桜の終わり
子供の頃は無邪気に喜んでいた桜。いまはただ、散る姿だけを見ていた。映画やドラマでは桜の木下で告白、とかあるけれど、私はもうそんなことはしない。純粋に桃色を美しく思えたあの頃が懐かしかった。
心の中でもやもやと曇るこの感情――。
桜を見上げても、ただ綺麗と思うことはできない。なにかに触れているようで、なにかを盗っているようで、その美しさに見惚れることはできなかった。
幼稚ないたずら心を抱えて遊んでいた時間なんてもうとっくに過ぎた。もう私は育ってしまった。光る木漏れ日が邪魔なくらいに輝いていた窓も、今日は光を通すことなくただ開ききっていた。
窓から頭を出して、ひらひらと部屋に舞い込みそうになった桜を手のひらで放り出した。部屋に桜が入って来るのは嫌。それだけ嫌っているんだ、と言い示すかのように窓をばたんと閉じた。
窓を閉じると、歌っていた鳥たちの声が聞こえなくなった。少し寂しくなったけれど、もう一度、あの綺麗なようで残酷な光景を見る気にはなれなかった。自らの姿を見下ろすと、あの桜のような色の着物。お気に入りだったはずなのに、今すぐ脱ぎ捨て、真っ黒な物を着たかった。
「あの方がいなくなってもう一年……」
愛おしいあの顔の表情が次々と浮かび、切ない想いが胸を掠めた。懐かしいあの声、あの顔、あの姿。また私の前で生きて、それを願うことはできない。
私はもう自由。だけど、その代わり、もう心の支えとなるものはなかった。
桜の残酷さ、それは私なりに感じていた哀しみが生んだものだった。