クラーケン討伐
ネットワーク不調でアップ出来ていませんでしたので、連続アップです。
海風が穏やかで、空は晴れ渡り、凪の海を定期船は順調に進んでいる。
「高ーい♪」
嫁はミズンマストの途中にある見張り台にマストクライムして遊んでいる。既に見張り台の上にいる蝶華は凪の海を見つめながら何やら物思いにふけっている様子である。
甲板の後方側を陣取って座り込み船室は遠慮した聖女一行は快適な船旅を満喫していた。
お尻が痛くならない様にテントの下に敷くシートを出して敷き、ルシエからこの世界の海の伝承について聞いていた。
「この海域にも伝承があってね、何百年前かにすごくおっきなクラーケンが船を丸飲みにしちゃったんだって。伝承では大艦隊で討伐して、その後はそこまで大きなものは現れていないみたいだよ。」
「へぇ。ルシエはそこまで大きなクラーケンは見たことないの?」
「うん、ボクが見たのは大きくても甲が10メートルくらいのサイズだったよ。」
「十分大きいよね。」
昼下がりに出航した帆船は4時間程で目的地である中立商業都市に到着する予定である。出航から1時間ほどたったが陸が見えなくなった事意外は何の変化もなく、船旅は非常に快適だった。
「取り付かせるな、沈められるぞ!!」
触腕を振り解きながら双剣を振るう冒険者、もう一方の触腕を防ぐ大盾使い、彼らが大型クラーケンと遭遇して一時間程経ったであろうか、決め手を欠いた武装船2隻はクラーケンと付かず離れずの攻防を繰り広げていた。
「駄目だ!大きすぎて近づけねぇ!」
「この距離じゃ魔法も弓もまともなダメージが入りません!」
艦首でクラーケンを睨みつつ消耗戦を強いられている各冒険者達には焦りと消耗の色が見えて来ていた。
「予定通りならばもうじき定期船がこの辺りに差し掛かります。それが通過するまでは現状維持で、最悪出直しも視野に入れましょう!!」
シヤは芳しくない状況に焦りつつも冷静に判断した。海上の敵に邂逅し接近できず、明確なダメージソースが無い以上膠着状態を打破出来る可能性は薄い。だが、定期船の航海を危険に晒してはならない為に何とか現状を維持するしかなかった。
『双牙の団』が率いる一番艦が注意を引き付けて挟み込む形で二番艦が斜め後方から魔法や弓で攻撃を仕掛けているが大型クラーケンの皮膚は固くダメージが通っている風には見えない。
風が弱い事もあり船速が出せず、細かい操船に操舵長が悲鳴を上げる。
「捕まっちまうよぉ~!」
「黙って操舵に集中してください、捕まったらどうなるかは分かっているのでしょう?」
「わかってるよ、わかってるけどもよぉ!!」
流石にメインマストとほぼ同じ大きさのクラーケン等伝承だけの生物だとシヤも思っていた。恐れるのも仕方ない事だ、だが、我々は今退避することは許されない。人々の安全の為に今こうして戦っているのだから。
「定期船見えました!3時の方向!」
その言葉を聞いて全体に少しの安堵が見えた、このどうしようも無い状況からもうじき解放されるのだという心の緩みが精彩を欠く事となる。
突如として転身した大型クラーケンの触腕が二番艦を捉えて艦首がポキリとへし折られる。
「うわぁああぁ!!」
艦首に居た2PT8名が海に落ちる。二番艦は大型クラーケンに取りつかれて今にも沈没しそうな状態になってしまった。
「見えている人にロープを!!」
とっさに叫んでからシヤは二番艦の方へと視線を向ける。艦首側から捕まって艦尾は浮き上がり、すでに離れたとしても沈没は避けれない状態となっていた。
「二番艦乗組員全員退避!!必ず引き上げます!!海に飛びなさい!!」
苦渋の決断をシヤは一瞬で執った。速やかに船長他十数名が簡易浮き輪を手にとり海へと飛び込んでいく!
「船に気が取られているうちに救護者引き上げを!全速で!!」
悲鳴のような指示を飛ばしながら自身も救護者の引き上げを手伝う。水面に見えていた全ての人を引き上げた頃には大型クラーケンは二番艦を完全に海の藻屑と化してこちらのいる一番艦へと標的を移していた。
「重すぎる!逃げ切れねぇ!!しかも風向き的に定期船航路側にしか逃げ道がねぇ!!」
「構いません囮になりつつ全速で!!」
それ以外の指示は出せない、このままでは全滅の可能性もあった、しかし、こちらが全滅すれば今度は間違いなく定期船が狙われるであろう事が明白だった、なので出来ることは一つだけ。
「全力で腕を落としましょう!!」
「応!!」
艦尾へと走り、救護者を艦首方向へと誘導しつつ迫る巨大クラーケンと対峙する。2本の触腕は冒険者に任せて残る8本に集中する。引き上げられた冒険者は疲労と恐怖で使い物にならない、9人で10本の足をひたすらに防ぎつつ時間が過ぎる。
「捕まる!もう駄目だ!!」
恐怖がこもった叫びが操舵室から聞こえてくる。腕を切り落とそうにも太く硬い皮に阻まれ防御する事しか出来ない、ひたすらに船に取りつかれない様にやり取りをしつつ荒くなった息で肩を上下させつつクラーケンを睨む。腕が痺れ、足も重い、全員の動きは戦闘開始時の半分程に悪くなっていた。
「ここまでか・・・。」
「旦那様!前方に船・・・と大きなイカが見えるよぉ!!」
「イカ?クラーケンってやつかな?」
「襲われてますね・・・ああ、一隻捕まりました!」
「え?それって不味いんじゃないの?」
「恐らく。」
おっさんは一瞬で船長の元へと走る。船長も状況を既に聞いていたようで青い顔で水面を睨んでいた。
「船長!私たちのPTは冒険者です!あの船の救援をしても宜しいですか?」
「頼む、あの船は中立商業都市冒険者ギルドの武装船だ、恐らく情報を得て討伐隊が編成され先に戦っているんだろうが、あのデカブツじゃあなぁ・・・あんたらも命の保証はできないぜ?」
「ええ、一瞬でいいのですれ違い様に少し船を寄せてください、飛び移ります。」
「わかった、やってみよう。気をつけてな。」
船長の許可を得ておっさん達は船の左舷に集まった。
「あのイカを捌くんだねぇ♪」
「捌く前に絞めないとだから、嫁は触腕落としちゃって。」
「了解~♪」
「蝶華は幻影魔法で目の周囲を攪乱できるかな?」
「可能です。任せてください。」
「ルシエは風の精霊にお願いしてこっちの速度を上げてもらって。」
「わかったよ。」
嫁が【太郎改】を出して飛び移るタイミングをイメージしている、蝶華は武器は持たず佇んでいる、ルシエは樹の杖を握って風の精霊を呼び出し、既に船速がグングン上がっていた。あっという間に一隻になった武装船が近づく。
「一気に絞めるから多分そんなに時間はかからないよ。」
「うん、信じてるぅ♪」
「お任せします。」
「安心だね。」
船室の扉が開いて船長の叫びが聞こえる。
「寄せるぞ~!!」
絶妙なタイミングですれ違う船との距離が2メートル程まで寄る、すかさず飛び移り左舷艦首から船尾に向かって走ると巨大なイカと対峙している9人が目に入る。
「助太刀しますね!」
「あ、貴方達は?」
「定期船に乗っていた冒険者です。」
会話している暇はないだろう、どう見ても戦っている冒険者達の顔には疲労が色濃く映っていた、一瞬で【月下の僧杖】を取り出し、【範囲回復】を全員にかける。
「プリースト・・・。」
びっくりした冒険者たちは何が起こっているのかわからないようだった、駆け出した私の隣にいる嫁に声をかける。
「嫁!触腕2本、いけるね?」
「あいあい~♪」
一瞬にして嫁の姿が残像を残して消え、ジュブっと水気を含んだ触腕が切れる音がして一振りで触腕の一本が切り落とされる。
「切り落とした・・。」
まるで夢でも見ているような感覚に驚きを隠せない後方支援の冒険者達の視線をよそにさらに加速して艦尾中央に陣取る。
「蝶華!」
「はい!」
蝶華の幻影魔法が巨大クラーケンの眼前へと展開され、白っぽい蝶が無数に乱舞してクラーケンの視界を奪う。イカは基本視力頼りこれで急所が狙いやすくなった筈である、あれがイカであれば・・・だけれど。
「船の周りに結界張りますので、艦尾にいる方は少し離れて下さいね。」
慌てて距離を取る冒険者達が全員腕から離れるのを確認して、
【破邪顕正】、静かに魔法名だけを口にして結界を展開し杖を構えたままクラーケンを見る。目の周りの蝶を払い退けようとしてもがき動きが止まった。
【聖光】、無詠唱で3つの光球が杖先から現れ巨大クラーケンの左右の目の横側からとこめかみ部分の中央に光の筋が突き刺さる。イカを絞めるときは目の左右を摘まんでこめかみの中心をぎゅっと押し込む、それに倣ったやり方だったが、効果は抜群の様でクラーケンは重みを支えることができなくなって倒れていく。
「危ない!!」
最後の抵抗と言わんばかりに一本残った触腕が見えない筈のおっさんめがけて飛んで来ているのを猫の獣人がとっさに叫んで教えてくれたようだった。
無論何の問題も無く【破邪顕正】によって艦尾の手前で腕は見えざる壁により止まり、止まった瞬間に嫁の斬撃により触腕の先は切り落とされる。
「終わりかなぁ♪」
「白くなりましたね。」
「出番無かったよ・・・。」
「お疲れ様、ケガ人や体力的に厳しい人などがまだいれば連れてきてください、癒しますので。」
何事も無かったようににっこりと微笑んで、猫の獣人に向けておっさんは言うと、艦尾からぷっかりと浮かんだ巨大なクラーケンを見つめる。猫の獣人は一瞬フリーズした後で再起動してキビキビと指示を飛ばしている。船が一隻沈んだこともあり事後処理に追われるのだろう。
ふと思いつきルシエに尋ねる。
「ルシエ、あれって食べれるの?」
「すごく美味しいらしいよ。」
「なるほど、じゃあ繋いで引っ張って進もうか?速度アップ願える?」
「勿論だよ!!」
意気揚々とルシエが樹の杖を構えて精霊魔法を行使して帆が風をいっぱいに受けて速度を増す。驚く船員達に説明して、イカを持ち帰る旨を伝えた。
船室に戻り、事情の説明とお礼をされているうちに中立商業都市に到着した。夕方に到着したものの、ギルドに顔を出すのは明日として、猫の獣人さんのお勧めの宿で一泊する。
明日には冒険者ギルドに必ず来てください、と言われたので、早めに床に就く一行だった。




