大地の再生と農業改革への道
「じゃあ嫁と蝶華はさっき言った通り、こっちの儀式が終わり次第レミア様に話をしてくれるかな?」
「おK~♪」
「二圃式農業を一気に混合農業へ進めて行く工程のススメ・・セシルさんこういうの得意そうに見えないのに・・・意外です。良い意味ですよ!私には知識があっても実際の事と結びつけることが難しいので。」
「意外ですって・・・ショックだなぁ・・。」
羊皮紙に何枚もまとめられた農業改革案と灌漑のやり方を見ながら肩を落としため息をつく嫁の背中に手を当てて、
「大丈夫、嫁に任せておけば!」
「任された!」
広い意味で捉えれば農業も科学だ、灌漑などの土木工事もきちんと計算して行えば重機など無くてもできる。いかに早く確実に少ない人員で行なえるかを考察してもらい、書き起こしてもらっておいた。嫁は物理化学が特化して強いが、有機化学もきちんと修めているので安心して頼める。
胸を張って奮起し立ち直った嫁に微笑んでいるとルシエが腕にしがみついてきて・・・
「旦那様ボクは結構不安だよ・・・。」
「平気だよ、後ろに私もついてるんだし。」
「そっか、そうだよね。フフフ。」
何を納得したのかは良くわからないがルシエは本日の要である。気落ちしていては成功するものも失敗しそうなのでしっかりとエールを送る。実際どうなるかは出たとこ勝負なので大丈夫と言い切れないのが申し訳ないのだが、やってみるしかない。
「じゃあ転移するよ、忘れ物は無いかな?」
「はーい。(全員)」
早朝の領主邸前、大井戸の結界内へと向かうと既に多くの人々が集まっており中央にレミアの姿があった。
「おはようリア様、この通り街の人間は既にここに全て集めましたわ。」
「早朝からご足労頂き感謝いたします。」
「ボクは準備を始めるね。」
「宜しく。」
ルシエは杖を握り精霊召喚用の魔方陣を空中に描き始める、音声魔術と違い精霊たちと同調しその力を借り受けるための魔方陣をゆっくりとした動きで行なっていく。
「わたくし達はどうすればいいんですの?」
「まずこちらに準備してある布を全員に配布して貰って、布の上で両膝を付きこのように祈りを捧げる姿勢を作ります。」
「珍しい型ですのね?」
「そうですね、今回祈って頂くのは女神にでは無く水と大地の精霊に対してなので。大事なのは心です、豊かな水を貯え豊穣をもたらす大地になる様に真剣に祈って下さい。言葉はいりません。」
口頭で伝えつつ祈りの姿勢を取り、手を組み目を閉じて息を吸って・・・吐く・・。
おっさんにとっては祈りはVRMMOの中でも数多行って来た事で自然と行える、流れるような所作で皆の手本となる姿勢を作り全ての人に祈りの準備を整えさせる頃にはルシエの魔方陣も完成していた。
懐中時計を見て蝶華が予定時刻までもう少しであることを伝えてくれたのでルシエの元へ向かい、
「レミア様も皆と同じく祈って下さい。」
「はい、わかりました。」
領主の侍女達も全て祈りのポーズに入った事を確認して、おっさんはルシエの後ろに回り羽衣を出しふわりと抱きしめる様にルシエの背中に密着する。
「じゃあルシエいくよ。」
「うん、頑張るよ!」
エルフ語による長い詠唱、魔法言語では無く精霊をこの世界に顕現させるためにルシエ自身の器を開放するための儀式で以前エルフの里で見た天馬召喚よりもずっと長く、深い祈りの様な文句が続き・・・
「盟約の名において命ず、顕現せよ水の精霊、大地の精霊!」
ルシエの声が静まり返った井戸の前に響き渡り、ルシエの杖から螺旋状に魔力が放出されている。魔力は羽衣を通しておっさんへも伝達される。
瞳を閉じたままこの世界に存在する精霊に助力を求める。
「願わくば、この地に水と実りを戻し給え。」
次の瞬間辺りは水色と緑色の魔力によって覆われ、目の前に人型の精霊が2体顕現していた。
ルシエは何かを命じようと口を開けようとするが、
「わかっている。其方らの願いは我らに届いた。」
「小さき者、短き者の祈りに応え我らの力を与えよう。」
2体の精霊はルシエの杖の中へと吸い込まれるようにして吸収される、ルシエの髪が伸び、青と緑に染まっていく。瞳を開けたルシエが信じられない顔で少しだけこっちに振り向いて声を出す。
「大精霊だよ、それも2体、力を行使せよって頭の中で声がするよ・・。」
「逆らわずに、ありのまま、君の願いを乗せればいいよ。」
「うん。」
杖に一旦終息された2体の力をルシエは薄く広くフォンターレの隅々にいきわたる様に広げていく。広がり切った所で地面に魔方陣の様な模様が浮かび上がり光を放ちだした。水色を放つ魔方陣が光を失うと何処からともなく現われた雲が領地全体を覆い、ポツ・・ポツ・・と天が泣き出す。
「恵みの雨だ・・。」
誰が声を上げたかはわからない。全員に雨具の準備をさせておいて良かったとおっさんは安心して瞳を閉じたまま少し安堵する。
乾いた大地に水は染み込み不毛の荒野になり果てていた土壌を潤していく。更に魔方陣は色を変え緑色の光を放ちゆらゆらと上に立ち昇らせた、緑色の魔力はひび割れた大地を多い単粒構造の土壌を団粒構造へ変え、水を含んだ土はサーっとルシエを中心に更なる魔力を放射状に放ち踏み固められていない分部に草が伸び始める。
「草が、木が、まるで息を吹き返したようですわ!」
レミアが目を開けて驚いた表情で辺りを見回している。領主邸の庭部分にある大井戸の周りはすっかりと芝が戻り青々として、以前の姿を取り戻したようだ。
杖を抱く様にして跪いていたルシエが立ち上がり、大きく杖を天に掲げる様にして突き出す。
「水の大精霊アクエ、土の大精霊ドーズ、心より感謝を。」
2体の精霊が宙に顕現して柔らかな笑みを浮かべている。
「久々の顕現に心躍るの、また何かあれば呼ぶが良い。おぬし等気に入った!」
「其方らの祈りは心地よいものでした、水と土は以前よりもより強く根付きこの領地を覆いました。我ら大精霊も精霊王の加護を持つ巫女に力を貸し、必要な時には顕現致しましょう。」
2体の大精霊が霧の様に姿を消して、魔力の波動が収まるとルシエの体がゆらっと傾き始めた。おっさんは慌ててギュッと力を込めてルシエを抱きしめる。
「ふふふ、役得だね、ボク今旦那様独り占め。」
「心配させないでよ、でも、頑張ったからね、お疲れ様。」
真剣モードが長続きしないルシエに微笑むと茶目っ気たっぷりの笑顔が帰って来た。何にせよ無事に成功して良かったと心から思う。
ひとしきり雨は降り続いていたが次第に弱まり、雲の隙間から日差しが見えて来て、人々も感動の熱が収まって来たので。
「レミア様まとめて下さい!」
「え?わたくし?」
「そうですよ、レミア様以外だとまとまりません。」
ゴホンっと咳ばらいをしてからレミアは大きく息を吸い、言葉を紡ぐ、
「精霊魔法使いのルシエ様、聖女リア様の助力を受けフォンターレの大地に水と緑が戻りました。水位が下がっていた各村の井戸もセシル様が掘削して下さり日々の暮らしは改善されつつあります。当面は蝶華様が行って下さっている物資の輸送に頼る事となるでしょうが、フォンターレが再び立ち上がる足掛かりは整ったと考えて良いでしょう。協力して下さった全ての方々に最大の感謝を!そして何より住民の踏ん張りがあったからこそ乗り切れた今回の飢饉です、皆にも感謝致しますわ。良き穀倉地帯のフォンターレを復活させるためにこれからも共に頑張りましょう。」
「おぉおおおおおぉおおおお~!」
「フォンターレ領万歳!!」
「レミア様万歳!!!」
歓喜の渦が一瞬で最高潮となり、立ち上がり抱き合う者、涙して立ち尽くすもの、それぞれが長く続いた干ばつによる飢饉をひとまず乗り切った安堵と歓喜に身を震わせていた。
住民は安堵と歓喜に酔いしれるのは良いことだろう、しかし、統治者は一時の安堵に身を委ねてはならない。
おっさんはレミアの元へ進み、肩をポンっと叩いて、
「安心するにはまだ早いです。レミア様へは宿題が山ほどありますので、嫁!準備はいいね?」
「はいなぁ~♪」
「参りましょうレミア様!」
「あっ・・」
嫁にお姫様抱っこされてレミアは執務室に連行されていく、蝶華と侍女長とかしまし娘2名も一緒だ。
蝶華にルシエをコテジで休ませてから、獣王国へ向かって状況確認する事と、シスター達の元へも向かう事を伝えてから動き出す。
コテジに戻りルシエにマナポーションを与えて、ルシエの部屋の小さな机の上に軽食を並べて、
「各地の状況を確認して来るから、しっかり休んで元気になってね。」
「うん、旦那様の戻ってくるのを待ってるよ。」
ベッドに横になったルシエのおでこにキスをしておっさんは獣王国へと向かって転移する。各地でも同時刻に祈りを捧げて貰っていたので状況を確認しお礼もしなければならない。
獣王陛下が頑張りすぎてレイネ様が大変な事になっていないかが少し心配で、
シスターも無理していないか心配で、
嫁と蝶華は平気だろうから問題ない。
ルシエも少し休めば恐らく問題無いだろう。
今回の飢饉のから始まった長い旅路も終わりが近づいているように思えて来た。人王国からの物資がフォンターレ領に届くようになればおっさん達の出る幕は無くなるだろうと想定して。
「獣王に話を聞いておくべきかな?」
歩きつつボソっと独り言ちて、転移後の獣王国の乾いた風の中を進むおっさんだった。




