ご機嫌取りと女帝
むくれ顔の3人と朝食のオムレツを食べつつおっさんはコテジで久々の朝を迎えていた。
昨日作ったソースを更にアレンジしてふわふわトロトロの卵と共に頂く、ドミグラスソースは作り置きできれば様々な料理に使えるので、フォン・ド・ヴォーと別にしてアイテムボックスで保存している。時間経過を伴わないアイテムボックスには様々な出汁やソースが保管されていた。
美味しい朝ご飯なのに3人の表情は曇っている、理由は明白なのだがさてどうしたものか・・?
「そのうち必ず埋め合わせするから機嫌直して・・」
「絶対だよぉ♪」
「何時ですか?」
「ボク今夜でもいいよ?」
「わかった!わかったから、聞いて。」
かぶせ気味に3人の突っ込みを躱しつつ、おっさんは本日の予定を述べる。
「蝶華はシスターにこの手紙を渡してね。」
「承りました。」
「嫁とルシエは今日も井戸掘りだね。今日で7か所目の村が終わるんだっけ?」
「そだよ♪あと5日もあればフルコンプ!」
「少し涼しくなったからペースアップしてるよ!」
「成程、無理しないように。私は今日は領主邸でレミア様と少しお話してから一旦獣王国へ戻って連絡を取って、夕方までにはここに戻ってくるから。逃げも隠れもしないから・・・ね?」
3人は昨夜の事を余程根に持っている様で、ジト目で睨んで来た。食器を片付ける風に立ち上がりパっとキッチンの方に逃げ込む。
今夜相手しなかったら暴動が起きかねない・・少し諦め気味に溜息をつき、一心不乱に洗い物をして迷いを振り払う。
程なく何やら楽し気な声が聞こえて、ちょっと前までとは少し変わった雰囲気に驚きつつもなんだかんだで面倒見の良い嫁に感謝する・・・。多分彼女が何かしらの努力をしてくれたお陰なのだろうなと手は止めずに皿を洗いつつ笑みを浮かべた。
転移寸前まで3人は私を睨み続けていたけれど、笑顔で送り出してあげると最後は全員微笑みを返してくれる。ホッとしつつおっさんも領主邸へと転移するのだった。
転移したのは領主邸の外、広場から少し離れた位置にあるもので転移後は足早に大井戸へと向かう。
大井戸の周りに結界石を埋め込み、【破邪顕正】を用いて不干渉の結界を張る。勿論悪意なき者は透過出来るように調整して普段使いには支障が無いように注意を払い、あくまで女神除けの結界とも言える準備を終えた。
ふと周囲に二つの気配が有る事に気が付く。
「出ておいで、かしまし娘二人でしょ?」
「気が付かれていましたか?」
「流石は聖女様、感服致しました。」
木陰からスッと二人が姿を現し深々と頭を下げてお辞儀している。
「君達はヴァイスプレさんの所のジェントさんと同じ匂いがするんだよ。国王の息のかかった者なのかな?答えなくても良いけど、レミア様の護衛を頼まれてたのかなぁ・・王もおせっかいだよね。」
「そこまで気か付いていらっしゃるとは・・道化を演じていたのが恥ずかしく思えます。」
「しかし我らがレミア様に付いているのは我らの意志でもあります。ここが我らの故郷ですから。」
かしまし娘二人は元々フォンターレ出身であり、王宮侍女にまで上り詰める程の才女でエリートだった。しかし自分達の領地に戻る事を元々決めていて、王の推薦もあり領主交代の際に領地に戻る事となる。同年代のレミアが放っておけなかったらしい。
「成程ね、得心がいったよ。レミア様はまだ寝てるよね?」
「はい、後半刻もすれば起床の時間となりましょう。」
「聖女様はこの結界をどうされるので?」
「その話をレミア様にしようと思って来たんだ。」
二人に招かれ食堂でお茶を啜りつつレミアの起床を待った。侍女長となった最もレミアと親しい侍女は幼馴染だそうだ。少しだけ下のレミアが可愛くて仕方ないというような会話をして時間を潰していると。
「リア様!お久しぶりです。」
「そんなに経ったかな?」
「ええ、リア様と御姉様が旅立たれてから数日で天候が回復の兆しを見せ、寝苦しさがやわらぎ数か月前に戻ったような気分になっておりましたの。」
「それは何よりだね。今日はレミア様に少し確認したいことが有って訪ねたんだよ。」
「ここでは何ですし、執務室へ参りましょうか。」
レミアについていって執務室の椅子にかけて、向かいに座るレミアを見つめて、
「大地に活力を戻す方法を思いついたのだけど、少し大掛かりな事だから先に報告をと思ってね。」
「リア様のなさる事であれば何でも承認いたしますわ!」
「わかった、じゃあこの街の人を全て6日後の朝に井戸の前の広場に集めて。・・・出来れば雨具持参でと伝えて欲しい。」
「雨が・・・降るんですの?」
「確証は持てないけれど恐らくは・・っていう感じで私自身どうなるかはやってみないと判らない。」
「そうなんですのね・・もしそれが成るならフォンターレにとっては悲願ですから協力は惜しみません!」
「ありがとう。」
「こちらこそ、民の平穏とお姉様の事・・お返し出来ぬ程の恩義が御座いましてよ。」
少し涙ぐんで訴えてくるレミアを優しく微笑んで見つめていると侍女がお茶のお代わりを注ぎつつ。
「レイネ様は・・獣王陛下と再びまみえる事叶いましたでしょうか?」
「ええ、フォンターレ領が落ち着き次第再度婚姻の儀を行う予定みたいだよ。人王と獣王の会談も出来たし、2国間の講和会議が遠からず開かれると思う。」
「まぁ!」
「獣〇!!?」
かしまし娘ども!!さっきまでのしおらしい態度は何処へやったんだ?やっぱり道化じゃなくて素じゃないか!と思いつつも感激しているレミアに気を使って怒鳴るのは止めておいた。
「だからこそ、この領地をまずは盤石にしたいと思ってるんです!」
「今後リア様には足を向けて寝れませんわね。」
「本当に。」
「いっそ銅像でも作っちゃいましょうか?」
「いいですね!」
「止めて下さい、そういうのはちょっと・・・。割と真面目に恥ずかしいので。」
全員で笑う、何だかレミアが元気になってくれたようでおっさんも嬉しかった。
その後はレイネ様と向かった獣王国での事を要所要所かいつまんで報告して、レミアへの用事は済んだ。
「では、六日後にまた来るね。」
「はい、必ず民を率いて見せますわ!お待ちしています。」
少し領主として成長したレミア様の表情は力強いモノで、おっさんは手を振って執務室を後にした。
領主邸の食堂の転移魔方陣から獣王国の客間へと転移し、従者の詰所でタキさんを見つけ、
「タキさん!これを陛下とレイネ様にお渡し願えますか?」
「勿論です、御承り致します。」
手紙を2通渡して、その足で商業ギルド長の家の跡地へ向かい、門の中へ入ってすぐの所に帰還石をセットした。
現状、獣王とレイネ様の様子を見に行くほどおっさんは野暮ではないのでそのまま真っすぐ客間へ戻り、さらに転移して嫁とルシエが井戸を掘っている村へと向かう。
来訪に気が付いたルシエは笑顔を満開にさせて、
「旦那様!来てくれたんだね。張り切ってやってるよ。」
「うん、そのままでいいから聞いてね。」
ルシエは杖を構えて土と風の精霊を同時に使役しつつ耳を傾ける。
今回の大地の再生に胆となる部分の説明を詳しく行う、ルシエは頷きつつ静かに聞き届け。
「なるほど、ボクと旦那様の合体技なんだね?」
「合体技・・うん、まぁ・・そうなるのかな?」
理解を得た・・と、思いたい。
井戸のそこに居る嫁を労う事も忘れてはいけない。通信出来るのだが、近くまで来ているのだからとロープを手に取り飛び降りる。無論私が来ている事に気が付いていた嫁は開口一番で、
「差し入れはぁ~?」
「はいはい、冷たいお茶とお饅頭2個でいい?」
「良い♪」
ペタンと座り込んで休憩モードに入ってしまった嫁を見て。
『ルシエ、休憩だから降りてこれる?』
『すぐ行くよ!』
ルシエの分もお茶とお饅頭を準備してからおっさんは降りて来たルシエの邪魔にならない位置に寄って座る。
先刻ルシエに話した内容を嫁にも伝えて、夕飯の希望を聞く。
「ん~今日は揚げ出汁豆腐食べたい。衣が鰹節のやつ。」
「ボクはキノコがいいな。」
「了解、丁度揚げ物で済みそうだね。蝶華にも一品聞こう。先に戻って準備しておくから二人とももう少しだから頑張ってね!」
「「は~い」」
スルスルとロープを上って転移の魔方陣に入り、再び領主邸の広場へ向かう。蝶華は荷物を荷馬車へと積み込む手伝いをしていた。
「旦那様!お戻りですか?まだ早い時間ですが。」
「うん、獣王国へは長居しなかったから。」
「そうなのですね、私に何か御用でも?」
「嫁とルシエに夕飯のメニューをそれぞれ一品考えて貰ったから蝶華も一品何か無いかな?と思ってね。」
「そうですねぇ・・それではお吸い物というのを食べてみたいです。知識には有りますが実際に食べたことが無い物ばかりで・・・お願いできますか?」
「勿論構わないよ。バランス的には良い感じだと思う。」
華奢な体の割りに体力もついてきて蝶華は会話しつつも息も切らさずにせっせと荷物を運んでいる。おっさんも蝶華に布の上に置かれた食材を手渡しつつ会話していた。
「これで夕刻に運ぶ分は全部なのかな?」
「はい、後は明日の分の買い付けが少しある程度です。」
「了解、それじゃあ戻って夕飯の支度をして待ってるよ。頑張ってね!」
蝶華を労った後、まっすぐコテジへと戻ってすぐにキッチンへと向かう。
「土佐揚げと・・キノコの天ぷら、おまけで海老と玉ねぎと人参のかき揚げ。あとはお吸い物だね。」
まずは豆腐の水切りをしていく、含有水分の量によってかける出汁の濃さを変化させていく必要があるためしっかり目に水を切っておいて淡い出汁にする予定。これはお吸い物と喧嘩しないように塩味の調整を行うためだ。
かき揚げ用の野菜と海老を先に刻んで軽く塩をしてざっと馴染ませておく。
キノコは飾り切りを施すのみ、下準備は簡単だ。
一度これらをアイテムボックスに収納してから、お吸い物の支度に入る。頭と腹を取った煮干しを水から加熱しゆっくりと出汁を取る、別鍋で昆布を良くふき取ってから同様に沸騰前で引き抜く。昆布6煮干し4くらいで合わせてから、小巻にしていた湯葉と海老を加え少し加熱しアクを取り火が通ったら具を取り出し器へ移してアイテムボックスへ。
昨日はパンだったから今日はご飯を釜で炊く、全員が戻ってくる時間に合わせるため米を研いで水に浸して水加減を見ておく。
単純にご機嫌取りでは有るのだが、胃袋から攻めるのがおっさん流である。嫁はほぼ毎回それで機嫌を直してくれる。メニューを聞きに行った時点でバレているのだろうけども・・・。
苦笑しつつあらかた夕飯の支度を終えて、ソファに座った。
『そろそろ女の状態で相手をしてやれば良いのでは無いか?』
『わかってても中々ままならないものなの!』
『いけずだのぉ・・・。』
女帝に冷やかされるものの毎回頼ってばかりだ、女帝もれっきとしたおっさんの一部分ではあるが、おっさんの緊急回避先であり、なりきりモードの極み・・女性より女性らしくを追求し続けた後に生まれた権化が女帝なのだった。
故に交代後は主人格であるおっさんを寄せ付けないほど強く自己主張し男性的な考えを持つおっさんとは真逆の岸辺にある人格となり、他からの介入を一切受け付けない。女帝モードの時の記憶は殆ど無く、後に報告を少しだけ受けるのみである。
物思いにふけっていたら皆が戻って来て、おっさんは慌てて支度を始めた。
夕飯を済ませ、入浴中にやはりブラックアウトしてしまう・・・。
「おぬし等ももう少し手加減して入浴はできぬものかの?毎回このあたりで主はギブアップしておろうに!」
「だってぇ~。」
「旦那様かわいくってつい・・。」
「今度から気をつけるよ。」
女帝に連れられ主寝室へ向かう3人、反省している様で、反省していない顔だった。
「懲りぬやつらよ・・・そこが愛いのだけれども・・のぉ。」
ご機嫌取りが成功し、翌朝3人がとても上機嫌だったのは言までもない。
『女帝!あとで報告よろしくね。』
『・・・・・。』
普段通りの少しけだるい朝を迎えておっさんは動き出すのだった。




