再起の日の獣王
半分回想シーンです。長すぎて書けなかった部分の補足も含みます。
予は獣王、獣人族の長である。
記憶が曖昧で時期ははっきりせぬ。だがいつしか眠りが深くなり、昏睡と浅い眠りとわずかな覚醒を繰り返す日々になっておった。夢を見ている様でいて声は聞こえ、視界も目が開いている状態であればしっかりしている様だが・・・
指一本、唇を動かす事すら叶わぬ状態であったのだ、病では無く呪術の類であると察するのにそう時間はかからなんだ。かろうじて時々瞼が動く事がせめてもの救いであろうな・・・
だが、それが分かったところで伝える手段も無い。医師が来たとて呪術には疎かろう、首を傾げて遂には匙を投げてしまう始末。それでもタキは毎日良く仕えてくれておる感謝せねばなるまい。ウルガンもまた忠義に熱い漢である、予の部屋に無粋な輩は一度たりとも入っては来なかった。この二人に守られて細々と命を繋ぐ日々が続いて数年も経っただろうか・・・
ぼんやりと見える視界に映る者の数が減り、国を別の者が動かし出してから昏睡とは違う何かが予の体を蝕み始めたのがわかった、黒き霧の様な靄が吸い込まれるように予の体へと入り、苦痛と精神への影響で体力はみるみる落ちて行った。焦りと共に何もできぬ自分自身の不甲斐なさを嘆く日々が続く・・・
内心で焦燥感が出てきた頃であった、珍しく世の部屋に見知らぬ者の姿が二つ見えた。天幕越しで顔は見えぬが明らかに今までこの部屋に来た者では無いとわかった。淡い希望と共に諦めが予の心を巡っておる。しかし何かしらの変化が起こる事に予は一縷の望みを抱いておった。
【解毒】【解呪】【状態異常回復】【治癒】
長い詠唱と共に4つの魔法が予に向けて放たれた。獣人族に治癒魔法に長けた者はそうおらん、国中から集められた者達は既に予には施す術がないと去っていった後だ・・・そんなことを考えておると不意に体が自然と起き上がるのを感じる。体が望むままに寝台から起き上がる様にして・・・余は寝台に座っておった・・・自らの力で、薄暗い部屋の中何年ぶりの自身の手足の感覚であろう?そして何よりこの魔法を使ったものは何者であろう確かめねば・・・・しかし体の自由はまだ完全には利かず寝台へと体を預ける格好に戻ってしまうもどかしいものだ・・・・予は数年ぶりに口を開き声を出し再起を周囲の者へ伝えんとした。
「ん、んん・・・朝か?まだ薄暗い様だが・・・・。」
かろうじて声はきちんと出る様であった。天幕を避け明かりが一つ灯された部屋の中には獣人で無い匂いのする耳と尻尾の生えた小さな娘と、かつて愛を誓った娘によく似た女がいた。
「陛下?陛下がお目覚めに!!」
「おお、何と・・素晴らしい治療魔法だ!」
タキとウルガンが泣きながら抱き合っておる、夫婦の癖にこの部屋だと気を使ってそれらしい素振りは全く見せないあやつらが・・・それほどに予の再起を望んでくれておったか・・・感動中の所悪いが誰が予を救ったのかを確かめるのを先決としよう。
「其方が予の治療をしてくれたのか?」
二人のうちどちらとも取れる方向で話しかけると小さな猫耳の娘が王国風の礼儀で挨拶をしてきた。
「はい、奉仕こそ我が務めですので。」
奉仕が務め、人間の国の教会の手の者であろうか?しかし予を助ける意味がまだ解らぬ。
「名は何と申す?獣人ではあるまい?匂いでわかるのだ。」
「このような格好で申し訳ありません、わたくしはリアと申します。」
訝しげに少し睨みを効かせ言い放つと、娘は再び予に魔力を浴びせつつ深々と頭を下げて、耳と尻尾を外して少し恥ずかしそうにはにかんで居る。敵意は全くない、害意も、欲すら感じぬ程だ。
詳しく話を聞いて見ねばなるまい・・・先程浴びせられた魔力のせいか体に力がもどってきよった・・みるみる細かった腕や足に血が通い力強く脈打つ・・これは奇跡か?少し若返った程に今まで通りに体の自由が戻っておる。
話を聞いてみるとやはりもう一人は予が愛した娘であった、13年も経って・・・それでもなほ予の元へ参じて来てくれたとは・・・流石に雄として誠意を示さねばなるまいの・・・・だが、何やら話の雲行きが怪しい。浮ついた事は後にすれば良かろう・・まずは現状把握が先決であろうよ、寝ている時間が長すぎて思考が追いつかんわ!しっかりせんか!
「ゴホン、では話を伺おう。お二人とも座るが良い。」
気を取り戻してレイネから離れて二人に席を勧めた、何とか面子は保てたかのぉ?
レイネの話を聞くに、砂漠の中心で起こった熱波が発端となりフォンターレ領が大干ばつに苦しんでおり、その機に乗じて外患誘致を手引きした者が人王国と獣王国双方に居ると・・・フォンターレ領にたまたま居合わせた聖女・・そこに居る娘リアが人王に一任され護衛役となりレイネが顔つなぎ役として参じた、と言うわけか・・。
たった二人でこの城のこの部屋まで辿り着くとは、恐ろしい行動力じゃな・・そして量り知れん。国としても救われた者としても相応に報いねばなるまい。聖女が望む平和というのがどのような形のものか知るためにも暫し同行して様子を見たいところだな。まずは側近を呼び少々話し合わねばならん、着替えの間を取り時間稼ぎ慎重に動くとしよう。
その後召し替えを行いつつ非常用の緊急通路からタキに側近3名を連れてこさせ、再起を示し今までの感謝を伝え、現状に対する対策を練った。
「すみませぬ我々が国を管理している間にそのような事が起こっていたとは・・」
犬顔の宰相が深々と頭を下げつつ詫びてくる。猫人の財務官と虎人の外務官は少し俯きがちだ。
申し訳ないと思うならば行動で示せばよい。反省の気持ちがあるならば予はそれで良かった。
「謝罪は良い、予など寝ておったのだからな。」
「しかし・・」
「良いと言ったら良いのだ、それよりもこれからどう動くかだ。」
「証拠は人王国でも掴んでいる模様なので御座いましょう?でしたら打つ手は一つ!!」
「強硬で立ち入り監査でしょうな・・あのギルド長は機を読む才だけは達者なので逃さぬようくれぐれもお気を付け下さい。」
「わかっておる、商業ギルドにおらん場合はすぐさま自宅へ突入する手筈としよう。」
話を終えてゆっくりと階段を降り、待っておる皆にも再起を伝え奮起を促し、ウルガンには決まった作戦を伝え準備を進めさせた。
近くに控えておるレイネと聖女はどうする?意志を確認しておいた方が良いであろうな。
「わたくしは見守る義務があると思っております。」
「レイネ様の御傍にいるのが私の役目ですから、お供しますよ。」
なんとも勇ましい雌共よ・・、本当に。予が体を張ってでも守りたくなるのぉ。
ウルガンは食い下がったが話がまとまり予が中心となって陣形を作り、商業ギルドへと向かう。先行して突入した者達の話を聞くにやはりギルド長の影は無いらしい。転進して自宅へ向かおうぞ。
ギルド長の奴はやはり自宅で待ち構えておった、狸の様な面構えの癖に昔から良く吠える奴であったわ。雑魚は兵士共に任せてギルド長を逃さぬように立ち回らねば!
素早く屋内へと突入すると匂いを頼りに奴を追う。
ギルド長の奴は独特な体臭を消すための香を焚いて攪乱しようとしたようだが、そんなもので胡麻化されたりはせん、逃さんぞ!屋敷の中を疾走しつつ奴の痕跡を探った。地下から臭うのぉ・・・悪臭が・・・
しかし・・・後ろから3人が付いて来ておるようだな・・・この先は何が起こるかわからん、バラバラに行動していては囲まれるやも知れぬ。少し待つことにしようかの・・
地下への階段の前で最後の意思確認を行い、レイネの強い意志は再び予の琴線に触れ、愛おしくなってしまう・・・。いかんいかん敵地だぞ、このような事は後だ、後!
ギルド長の奴は地下に闘技場を拵えておった、闇商人と何やら商いを行っているような噂も絶えなかったがよもや自ら非合法のモンスター育成と合成獣を作成しておろうとはな、証拠も揃った!打って出ようぞ!!
予は爪を繰り出しスライムの様なモンスターを切り裂く、が、あまりの巨体に核へ攻撃が届かぬ・・。あの狸面の嘲笑で怒りは絶頂を迎えておる。しかしさらに3体も増えては打つ手が無い・・さてどうする?
!!?
一瞬の出来事であった、遥か後方でレイネの傍に居た筈の聖女が隣に立って居った・・気配すら感じなかったぞ、何?結界を張るからその中で闘気を全身から爆発するように押し広げよと・・・。あいわかった、その策に乗ろうぞ!!狸に一泡吹かせてやるのだ覚悟せい!!
「今だ!聖女殿解除を!!」
「わかりました。」
聖女はこれ以上ないタイミングで合わせて来た、息の切れた予に回復魔法を唱え笑っておる・・・世の中広いのぉ・・これほどの使い手が人王国におったとは、眠っておった間に人王国と戦にならんで良かったと心から思うぞ。
さらに5体のスライムの様なモンスターが増え、レイネを守りつつ戦う事も困難と思えたその時であった。
聖女が我らの前に立ち、手で制し、ゆっくりと敵に向かって進んで行く。まさか一人で全てを相手しようというのか?
ゆっくりとした動きの中に隙は全く無い、確実に前に進む足取りに淀みも迷いも感じられぬ。
聖女の自身に満ちた横顔を見た予は、ゆっくりとその場を下がりウルガンと並んでレイネを守る事に専念する事とした。
聖女の魔法は圧倒的だった、戦いとも呼べぬ、蹂躙とは違うが格が違い過ぎて何とも表現ができぬ・・。
スライム共を消し去り、ギルド長を捕らえるまでほんの数分で片付けよった。
予は驚きと安堵が入り交じり膝を附いた状態でしゃがみ込む、心配したレイネが回復魔法を唱えてくれておるので少し甘えさせてもらおう。
ジト目で聖女があきれ顔をしているような気もするが役徳だ!よきにはからうがよい。
空気を読んで何事も無い様に聖女は事後処理の話を淡々と始めた。しかも自らの功績を公に広めないで欲しいとは・・謙虚を通り過ぎてお人よしなのか?解せぬ。
何はともれ事態は収拾され、レイネに鬣をワシワシされながら話は進む。
結局はレイネを前に出しただけで殆どの事は聖女の誘導と指摘があってこその事だとわかり、感嘆符も出ないまま、ただただ頭が下がる思いが募る。
一国の王として、この国に住まう者として、聖女には今後頭が上がらぬではないか、誠意を以て向かい合わねばならぬ相手だと悟って予は・・一人の獣人族の者として礼を尽くした。
聖女はすんなりと感謝を受け入れてくれた。しかしまだ終わりでは無いらしい、予が眠っておる間に瘴気が砂漠に溜まり熱波を孕んだつむじ風となり周囲にその瘴気をばら撒いておるようだ。
対策を考えるために皆で王城へと戻る事となり、レイネに付き添われたまま朝の王都を歩く。
「獣王様万歳!!」
「再起に喜びを!!」
「獣王国万歳~!!」
沿道から国民たちの声が溢れる、何もしてはおらん。やったのは聖女だ!と叫びたいところでは有るが聖女自身がそれを望んでいないのだ、ここは道化に徹するしかあるまい。
手を振りつつ王城へと戻ると側近3名が控えており、客間にレイネと聖女を迎える準備が出来ていることを伝えて来た。
「獣王様、これを・・。」
聖女が何やらお札を3枚ほど手渡してきた。
「これは?」
「完全防音のお札です、募るお話もレイネ様と有るでしょうからお渡しします。」
バチンっとウィンク付きで・・・そなた本当に聖女・・なのか?一瞬疑う程良い笑顔であった。
予も雄である、想いに応えるのが務め、レイネ殿が望むのであれば相応に応えよう。聖女のお墨付きを戴いておるようだしの・・・。
瘴気のつむじ風対策は明日朝からとして、王城でゆっくりと時間が流れて行くのを感じる。傍らで微笑むレイネを今度こそ幸せにして見せようと誓う、レイネも受け入れてくれるようだ。とても喜ばしい。
事態が全て収集した後に人王とも話す、無条件で和平を訴える構えだ。
ふと全てが聖女の手の平の上の様な気がしておぞけが走る。
本当に聖女には今後頭が上がらんようだな・・・・。出会いに感謝を!
不思議と清々しい顔で予は笑っていたらしい、レイネが後で教えてくれた。
これが再起の日の出来事である。




