首都の聖女と護衛騎士
入浴後なのもあって夜風が肌を滑り抜けていく感覚が心地よい、首都の気候は亜高山帯くらいだろうか?
地球のサンタフェの夜風にも似た空気を楽しみつつ女将さんお勧めの夜市の開催されている通りを目指す
「とりあえず何を見ても新鮮だし、先入観無く楽しもう」
「だね、踊らにゃソンソンだね」
嫁モードのままのセシルのハイテンションで何事もなければいいな・・と思いつつ、おっさん本人も少なからず上がったテンションで嫁の手をとり大通りから夜市会場へと到着する
所狭しと大小の屋台が折り重なるようにひしめき合う様は圧巻で目に映る全てが珍しく、食料品、食事、雑貨品、装飾品、魔術道具、魔術素材などを中心に日が落ちてから夜半過ぎあたりまで毎週開催しているらしい
雑踏の中なので心配していたほど嫁の異常性も目立っていないことに安心した
「一週間は6日、一日は20時間くらいだったね?」
「うん、時計も見せてもらったし、文字盤に10までしか数字がないのはカルチャーショックだった」
「今日が夜市開催の星の日で・・」
「明日が休日に当たる太陽の日、その後、月の日、火の日、水の日、風の日ね」
「すんなりわかりやすい暦でよかった」
「文明もそれなりに進んでるし、水洗トイレにも感動したし~」
そんなことを話しつつ歩いていると出発前に気になっていた魔道具屋さんの屋台の前に到着した
この世界の魔道具は魔力の少ない人でも魔法に類似した事象を道具を使用して引き出すといったもので
ほとんどは生活魔法として水、風、火を応用したモノが親しまれているようだ
「必要なのは~ドライヤーもどきと、水が出るタライみたいな道具だったっけ?」
「そうそう、女将さん親身に教えてくれたし買っていこう」
買い物を済ませてから色々見まわっていると嫁が串焼きの屋台に釘付けになって離れなくなった
「さっき夕飯食べたでしょうに?」
「べ、別腹だよぉ!」
苦しい言い訳に負けて串焼きを二本購入して少し人気が少ない路地の階段に腰かけて串焼きを頬張る嫁とゆっくりとした時間をすごしていた、こんなにまったり嫁とずっと過ごすのは久々だなぁ・・などと少し呆けていたのかもしれない
小さな影が通り過ぎて、お財布代わりに使っていた布袋を腰紐ごとナイフで切られて持っていかれる
大金が入っていたわけでは無いが、一応事態を終わりまで観察するのも一興と考えておっさんは走り出す
串を咥えたままの嫁は口をモゴモゴさせながらおっさんの後を駆けてくる
「ふぁっふぇ、まば、のふぃこめない」
おっさんは小さな影の主を目視して人込みを縫うようにして進んでいく、ステータスがVRMMOのままなので驚くほど速く走れることに感心していた、後方の嫁は体躯が大きいので少し苦戦しつつもついて来る
薄暗い袋小路に追い込んだ!と思ったところで小さな人影が唐突に消える
すると後から来た嫁が一瞬で魔法を唱える
【探索】これは斥候の魔法でダンジョンなどの隠し部屋捜索や敵の有無などを確認するための魔法である
おっさんはサブ職業は料理人と薬師なのに対して、嫁は斥候、鍛冶師を選択している
「そこぉ、隠し扉!」
「入るよ、一応注意を!」
おっさんは壁の中に吸い込まれるようにして内部へと突入する、中は4畳程のスペースがあり窓は無い
明かりはランタンの様な魔道具が一つ、机の下に丸まって縮こまっている影の主を見つけておっさんは手を差し伸べつつ口を開く
「その袋は私のなんだけれど返してはくれない、かな?」
優しく、ゆっくりとした口調で相手を絆す様にリアは影の主の手を取り、割れ物を触るかというほど丁寧に机の下から影の主を誘い出した
「女の子かな?こんばんわ、私はリア、旅をしているんだけれどそれが無いと困ってしまうんだ」
「嘘つき!神官はいっぱいお金を持ってるってシスターは言ってたし、お前らが冒険者ギルドから出てきて貴族街のレストランに入っていくのを私は見てたんだ!」
女の子?はかなりくたびれた布のフードを取りこちらを睨みつけつつそう叫んだ
リアは繋いだ手を振り払おうとするその子ごとふわりと抱きしめる
「つらい目に遭ってるんだね、大変だったね、大丈夫だよ、私は君の味方になれるよ」
そう口に出しつつ、リアは女の子の後ろ頭を撫でて体の強張りが取れるまで抱きしめ続けた、最初こそ力いっぱい振り解こうとしていたがすぐに力なく泣き出してしまう
暫くすると落ち着いたのか泣き止んだ少女はリアに願い出る
「シスターを、皆を助けて!」
「わかった、助けるよ、その前に君の名前を教えてくれるかな?」
「オルフェ・・」
「ありがとうオルフェ、じゃあシスターさんの所へ私を連れて行ってくれるね?」
「うん、こっち」
リアはオルフェの手を握ったまま歩き出す
裏路地を抜け一般街と貧民街の境目あたりに差し当たったあたりに煤けたレンガ作りの建物があった
突けば崩れ落ちそうな建物の扉を開くと蝋燭の明かりが少しだけ空間を照らしていた
ぱっと見たところ教会兼孤児院の様な作りの建物である、外見こそみすぼらしいモノであったが中に入るときちんと清めてあることがわかった
教会の部分を通り抜けて孤児院の施設に入りすぐにシスターの部屋にたどり着いた
「ここだよ」
「うん、案内ありがとうオルフェはいい子だね」
膝を折り視線を合わせてから頭を撫でつつ声を掛けて貰える、たったそれだけの事で小さな少女の心は何とも言えない幸福感に包まれる
ノックをしてリアは少し待つ
「どちら様でしょうか?私目を悪くしていまして、入っていただいて構いませんので中でお話し致しましょう」
「では失礼いたします」
リアとオルフェ、そして口の周りに串焼きのタレが付いたままのセシルの3人がシスターの部屋へと静かに入っていく
シスターはベッドから起き上がり座るようにこちらを向いていたが、目には包帯がまかれこちらの姿は見えていないであろうことがわかったのでこちらから切り出すことにした
「初めましてシスター、私は先ほどオルフェの友人になりました旅の聖職者リアと申します」
「リアの護衛騎士をしている、セシルと言う」
「まぁ、気難しいオルフェに二人も友人が出来たなんて喜ばしい事ですわ」
「シスター恥ずかしい事言うなよ」
「それで、今は夜でしょう?友人を連れてくるにしても・・皆就寝時間が近いから部屋で大人しくしているはずなのにあなたは何をしていたの?」
「そ、それは・・・」
言葉に詰まるオルフェを見かねてリアがフォローに入る、路地でスリに遭ったところをオルフェに助けてもらったという内容に変えて
「まぁ、夜間の外出は褒められたものでは無いけれどオルフェはいい子ね」
「うぅ・・」
何とも言えないもどかしい顔をしているオルフェをニコニコ見つめながらリアはシスターに提案する
「オルフェにシスターを、皆を助けてほしいとお願いされたのです、友人のお願いなので私は一刻でも早くシスターに会いたいとオルフェに願いました」
「それで今ここにいらっしゃるのですね」
「ええ、シスターよろしければ包帯を取ってみて貰えませんか?」
シスターは包帯止めを外し、するすると包帯を外していく
「医師の手には負えないほど眼球が傷ついているらしいのです、子供たちを庇って受けたモノなので後悔は一切御座いませんが」
「高位神官なら治せるって神官長は言ってたんだよ、でも、神官に金貨100枚払えって・・・」
「なるほど、それでオルフェはお金が欲しかったんだね」
ゆっくりとオルフェの頭をポンポンっと2回ほど叩きリアはオルフェを見つめている、いたずらっ子を諭すような優しい眼差しはオルフェを一切責めるものでは無かった
「手っ取り早くまずシスターを治しちゃうからね」
「へ?」
『天に捧し我が祈り、深き傷を拭う力を、賜いし癒しの御業を以て、奇跡を顕現せよ【ハイヒール】』
穏やかな光にシスターの目が覆われて光が瞳に吸い込まれるように治まっていく、シスターの瞳からは涙があふれて両手で顔を覆うようにして体をくの字に曲げてシスターは感嘆の声を上げた
「ああ、ああ、見えます、見えるようになりました、神よ・・・」
「よかったね、とりあえず治って」
リアは驚愕で固まったオルフェの頭を撫でながら言う
オルフェも状況が掴めたのかぶわっと泣き出してシスターの膝元あたりに抱き着きながら泣きじゃくっている
そんなオルフェの姿を手で涙を擦りながらシスターは見つめている
「リアさんと言われましたか?あなたは一体?」
「私ですか?旅の聖職者ですよ、オルフェの友達です」
「わかりました、多くは聞かない方が良いのでしょうね」
何か一人で納得しているシスターにリアは今日はもう遅いので一旦引き上げる旨を伝える
明日もう一度来るときに色々話も聞かせて欲しいと願い出つつシスターの部屋を後にする
教会の入り口前まで付き添っていたオルフェはリアの服の袖をつかんだまま少し震えている
「あの、ありがとう、私は、悪い子だった・・でも・・」
言葉にならないオルフェをリアは再びしゃがみ込むようにして抱きしめる
「悪かった事は今のあなたが悪い事じゃないんです、明日のあなたが悪い子ならば私は明日もあなたを諭しに来ます、でも、そうじゃないんでしょう?」
「うん、うん・・」
10歳にも満たない少女、そんなオルフェが盗みを働かなければならない救いのない社会
子供の不幸は十中八九大人の責任である、ならば、まだこの子は救えていない
そうリアは決意を碧眼に灯していた、嫁は何だかモジモジしている
泣き止んだオルフェが施設内に戻るまで手を振って別れた後、二人は宿屋に戻って来た
部屋に入るなり、嫁はリアに抱き着いてグリグリ頭を胸に押し付けてくる
「どうしたの嫁ぇ、くすぐったいよ?」
「だって、だって、旦那様かっこよかったぁ」
「そ、そぉ?」
「そぉ~!」
暫く嫁が猫の様に擦りついて離れなかったが夜も遅くなってきたので【浄化】を二人ともかけて、串焼きのタレを服からきっちり落としてからベッドに横になる
「明日も忙しくなりそうだ」
「ZZZZZZZ♪」
おっさんは意図せず聖女としての道を進み始めていた
徐々に聖女としておっさんは活動を開始していく?ようです