領主の務め
おっさんは歩を進め、領主邸の玄関から馬小屋の方へ向かう。時刻はまだ早いが運送に携わる従者達は馬の世話をしたり荷崩れしないように固定する縄の確認をしていた。
「聖女様、今日はこちらに居られるのですか?」
少し慌てた声で聞いて来たのは領主邸到着時に玄関に来た女性メイドだ。あまり良い印象はなかったが邪険にするのもどうかと考え当たり障りなく受け答えする。
「はい、本日はレミア様が執務に戻られておりますのでこちらでお手伝いさせて頂きます。内務担当の方と外務担当の方は何時頃来られるかわかりますか?」
「もう暫くすれば来られるかと思います。」
「そうですか。」
おっさんは話半分にスッとその場を離れ、馬の様子を見に厩舎の中へと進む。馬たちは少ない飼い葉を少しずつ分けて与えられている様で少し元気が無い、おっさんはゆっくりと厩舎を回りつつ。
「触るよ、頑張ってくれているみたいだね、ありがとう。」
話しかけながら頭や背中を撫でて、【ヒール】をかけてあげる。馬たちは心地よいのか頭を少し下げてもっと撫でろと言わんばかりにすり寄って来た。
「アッこら、顔舐めたらドロドロになっちゃう・・・もうなっちゃってるね・・【浄化】・・。」
おっさんは馬たちに多少もみくちゃにされつつもにこやかに接して馬たちを労い、そろそろ内務担当と外務担当も来る頃だろうと布の敷いてある方へと向かって行く。
予想通り二人の担当者は来ており、こちらに一言挨拶をし、運搬用の馬車の前で指示を飛ばしている。
おっさんは今回レミアにこの二人への沙汰を言い渡すように言い含めて傍観の構えだ。一応保険は掛けてあるのだが、レミアには伝えてはいない。
「お手並み拝見だね。頑張れレミア。」
若干好々爺の様に顎を撫でつつ動きが無いかとキョロキョロ辺りを見回していると、かしまし娘二人が現われて内務担当と外務担当にそれぞれ向かって行く。
「レミア様が執務室でお呼びです。こちらの作業はリア様が引き継がれますのでご安心を。参りましょう。」
ぴったりと息を揃えて全く同じセリフを同時に口にする二人。面食らった表情の内務担当と外務担当であったがすぐに屋敷の中へと向かって行った。
そういえば自分が作業を引き継ぐことになっている、おっさんはすぐに荷馬車方向へと向かう。
屋敷の二階、レミアの自室の二つ隣の部屋が執務室であり、執務机とゆったりめの椅子、会談用ローテーブルとソファが置かれ、床は高級な絨毯が敷かれていた。
コンコンっとノックの音と共にかしまし娘が室内へと声を掛ける。
「お連れ致しました、入ります。」
「ご苦労様ですわ。」
かしまし娘達はスッと頭を下げて部屋の左右に分かれて左右に置かれたソファの後ろに陣取る。
レミアは執務机の椅子に腰掛け、従者がその斜め後ろに立っていた。
「お呼びとの事で参りましたが・・?」
「どの様なご用件でしょう?」
二人は似たり寄ったりの質問を投げかける。立ったままの二人をソファに座る様に言い、レミアは椅子から立ち上がる。
「先日王宮から連絡がありまして、貴方達二人に少し長い休暇を与える事になりましたのでそのご報告の為に呼び出した次第ですわ。」
「王宮から?」
「何用なのでしょう?」
腕組みをしつつ何の話が始まるのかと訝しげにレミアを見つめる二人。
「出納庁からの審問・・と言えばお二人ならわかるのかしら?私も連絡を受けて何のことかわからないのだけれど、説明して下さる?」
強い目力で座ったままの内務担当、外務担当へ一度目配せし、レミアは問うた。
「何の事で御座いましょうなぁ?外務担当。」
「皆目見当も付きませぬなあ?内務担当。」
顔を見合わせ腹黒い笑いを浮かべている二人に対しレミアは手紙を執務机から取り出して読み上げる。
「前フォンターレ辺境伯が亡くなられてから今年に至るまでの間のフォンターレ領の出納帳に不備が見つかったため、王宮へと直参し申し開きが有れば述べる事を許す。との事ですがお二人とも承知の事では無くって?」
手紙をパンっと執務机の上に放りつつ語気を強めてレミアは問いただす。
「そ、そそ、それは何かの間違いで御座いましょう。」
「わ、我々は潔白で御座いますよ。」
「我々は、ねぇ・・・あなたたちが二人で不正を行ったのかしら?それとも裏で手を引くものがあったのかしら?まぁここで話さなくともすぐに王宮で問われる事でしょうから、わたくしは深くは問いませんわ。」
顔色の悪くなった二人を見つつ畳みかける様にレミアは言い放つ。
「先代の辺境伯の頃から良く働いてくれました。本日付けで貴方達二人は解雇処分とし、捕らえて王宮へと送還致します。拒否はできませんよ、それは王への反逆を意味します。」
「な、なにを馬鹿な!」
「ふ、ふざけるなやってられん。」
二人揃って立ち上がろうとした瞬間にソファの後ろに居たかしまし娘がくるくるっと縄で二人を縛る。
抗おうとしてソファの上に転がる様になった二人を見下ろしてレミアは言う。
「ああ、わたくしとした事が伝え忘れておりましたわ、獣王国ズーランと繋がって外患誘致を幇助した疑いがお二人にはかけられておりますの、恐らくここへは戻って来られないでしょうからその内容を含めての解雇処分ですよ。ご理解頂けたかしら?」
真っ青になりつつ冷や汗を流す二人、反論しようにもズーランの名が出ている以上レミアに全てを知られている可能性が高く言い訳すら思いつかないようだ。
「父上が亡くなった後アナタたちが執務を代行して下さって、忙しい中何とか領地は持ち堪えました。その事には本当に感謝していたのです。ですが、今回の事は領民への裏切りであり国への反逆です。許すことも庇う事も出来ないそういった事をされたのですよ、大人しく裁きを聞き入れ知りうる事を話せば、極刑は免れるやも知れません。」
最後の言葉はレミアにとっての最後の優しさだったのだろう、父の代からの重鎮。小娘であるレミアの代わりに執務を引き受けてくれた人達。それが悪意に満ちていたとしても、失意の中右も左もわからなかったレミアにとっては天の助けの様に思えたに違いない。
フッと語気を弱めて少し柔らかい表情となり、最後にレミアは二人に語りかけた。
「全てはわたくしの不甲斐なさが原因だと受け止め、フォンターレ領が再起するまで全力を尽くすことをお約束致します。本日までお疲れ様でした二人とも。」
がっくりと首を垂れて二人は縄に繋がれて転移魔方陣のある食堂へと向かって行く。
おっさんは連絡を受け二階へと足を進める、一件落着してレミアは従者達と話していた。
一応荒事への対応でこっそり結界を張ってはいたものの無駄になっちゃったなぁ・・とおっさんは頭をポリポリ掻きながらレミアの方へと向かうとレミアの方から話しかけて来た。
「リア様、わたくしやりましたわ!」
「そっか、うん。自分で納得して出来たならそれが一番だよ。」
頷きながらおっさんは瞳を閉じ、想いを込めて訴える様に言う。
「人を裁くというのはね、人の人生を裁くという事なんだ。家族や親族、恋人や友人等身近な者を裁くとき人は甘さや優しさに正義を感じてしまう時が有る。でも、レミア様はきちんと領主としてブレずに判断が出来た。おめでとう!頑張ったね。」
「あ、有難う存じますわ・・リア様がこの屋敷に来て下さらなかったら?・・と思うとまだ震えが止まりません。」
この領地におっさんが向かっていて、出会えたからこそ発覚し、解決へと向かい始めた事だった。もしも・・を考えると戦争への道しか思い浮かばない。
「たまたまだよ、私は出会った人とその周りの人しか救えない。レミアが本当に辛かった時に救ってくれたのはそこの二人だったのでしょう?」
「そうです、感謝の想いもきちんと伝える事ができてわたくし清々しい気分です。」
フンスっと鼻で息を一つ吐き、呼吸を一拍置いてから切り替える様にレミアは微笑む。
「では、王宮への護送宜しくお願い致しますわ。」
「お任せください。」
おっさんも返すように笑顔で応えた、縄を持ったまま転移魔方陣に魔力を込めてヴァイスプレ邸へと転移し、あらかじめ打ち合わせしてあった護衛の騎士に内務担当、外務担当を引き渡す。終始落ち着いて静かについていく二人は少し涙ぐんでおり、後悔よりもレミアの成長を喜んでいる様にもおっさんには見えた。
きっと間違った方向へさえ向かわなければあの二人が支え合ってレミアを一人前の領主へと育てたのだろうな・・・なんて叶わぬ妄想を振り払いつつ、おっさんは再び転移し、蝶華の元へ向かう。
「あ、旦那様早かったのですね、もう引き渡しは済んだのですか?」
「うん、たった今ね。レミアが一人で頑張ってくれたおかげで穏便に済んだよ。」
「それは何よりです。では今日は私と一緒に!一日付き合って下さるんですよね?」
ぐっと腕を組まれ引き寄せられる、蝶華の二の腕に頭を寄せながらおっさんは明日以降の予定を考える。
「旦那様!」
「な、何?蝶華?」
「ちょっとだけでいいから私も見て下さいね。」
見上げると前を向いたまま小さな声で言いつつ顔が真っ赤な蝶華がいる。
不意打ちでそんな可愛いこと言われたら無粋な事なんかできない。今日は今日で明日は明日考えよう。そう思いつつ蝶華とともに買い出しに向かうおっさんだった。




