閣下の悩みと三日目終了
執務室の机で手紙を読みつつヴァイスプレは悩んでいた。
「報告ではやはり黒か。」
目の前には報告書を持ってきたジェントが待機しており次の指示を待っている。私の発言に相槌を打つわけでも無く静かに微動だにしない。良くできた執事兼護衛である。
「それでは聖女に伝達を頼む。」
「はっ、承ります。」
手早く書き上げた手紙をジェントに手渡し、彼が席を外したことを確認して私は少しため息をつく。
椅子の背もたれに深く体を預けて瞳を閉じて独り言ちる。
「首都の闇は深そうだぞ、聖女よ。」
聖女の願いという事でフォンターレ領の出納記録などを一度前領主が居た時とその後で見直した結果、聖女の予想通りつじつまが合わない分部が毎年見つかったのだ。
諜報員を数人割いて実態の解明に乗り出すと、関与している文官とその部下、いずれもが国の東側の村や街出身の者達ばかりであった。
金の流れ、物流の流れ、人の流れ全てがに東に向いて流れる様に仕向けられ、吸い上げる様に徐々にフォンターレ領は勢いを無くしていった。
東の隣国の影響と関与が浮き彫りとなり、それを放置していた国の責任も問題となる事を視野に入れヴァイスプレは一人執務室で悩んでいた。
「王に報告するのが先か、問題解決が先か・・・」
聖女の手紙には国家問題になる恐れがあるため調査はヴァイスプレ閣下にお願いします。何事も無ければ報告は必要ありません。黒だった場合は何かしらのお手伝いが出来るかも知れませんのでご連絡ください。とある。
丁寧な文章の中に断定的な部分が多く見受けられ、聖女は初めから真っ黒であると想定して動いていることがわかる、あの者は一体どこまでが見えていて私に話を振ってきているのであろうか?底知れぬものを感じて少し畏れすら感じてしまう。
いずれにせよ早い段階で発覚できたことは僥倖であり、対策も打ちやすい。諜報部には更なる指示を出して行動に移させてある。あとは報告を待って、王に相談するしかあるまい。
「前回の戦から70年、民もやっと戦を忘れて来たというのに。再び繰り返そうというのか・・愚かな獣人よ・・。」
戦争が決まったわけでは無い。しかし、完全なる外患誘致の発覚が間近にある中でそれを見据えた行動を執るのは為政者としては当然の事。国家間の諍いで何もなしで済むわけが無いのだ。
良くて条件付き講和、最悪戦争の火種、どちらにせよ公爵である私の領分すら超える内容のものとなっている。
「聖女の頼みは段々と骨の折れるものになるのぉ。」
疲れ切った表情をしつつも少し口角を上げ、私は自分が少し楽しんでいることに気が付く。困難な状況、旗色が微妙な戦況、先行きが見えないからこそ来るその感情はとても男性的なモノだった。
馬車を準備させ、王宮に先触れを出させる。私がこの芽生えた感情のまま動くことは絶対にできない。報告し、思案し、決定するのは王であり私では無いからだ。
馬車に乗り込む私は姿勢を正し、胸を張って腕を組み座り、堂々と王宮へと向かう。
事態は動こうとしていた。
一方、コテジでは三日目の作業を終えおっさんが鼻歌交じりにキッチンで作業していた。
「あいすくり~む~、あいすっくり~む~♪」
聞いたことの無い歌とその歌詞にレミアは首を傾げておっさんに問いかける。
「その歌は何の歌ですの?初めて聞くのですけれど。」
金属でできたボウルを鼻歌交じりに攪拌しているおっさんは言わずもがなアイスクリームを作っていたのだが、レミアはアイスクリームを知らない。もっともな質問だった。
「これはですね、冷たいお菓子を作っているのですよ。フォンターレ領は暑いですからね、涼を感じさせる物が恋しくなると思いデザートに準備しているのです。」
「そうなのですね、異世界のデザート、楽しみですわ。」
おっさんは話しながらも手を止めず、ひたすらにボウルの中身を攪拌している。氷水に塩を加えて氷点下にもっていって、冷やしながらひたすらに攪拌する。熱伝導の観点から銅のボウルを使用しているため、バニラアイスとの色のコントラストが美しい。
「よしと、これで完成。器に盛って・・アイテムボックスに収納!」
ふ~っと汗を拭う仕草をしながらおっさんは洗い物を手早く済ませていく。転移での移動が可能になった事が大きくかなり早い時間にコテジに戻ることが出来た。おっさんは料理の腕が振るえると意気揚々とキッチンで動き回っている。
レミアと従者は出されたお茶を飲みながらローテーブル側のソファでゆったりと休憩していた。
「中身が男性とはとても思えませんわ。」
「女子力高いです。」
見つめる二人の視線を気にせずに、おっさんはテキパキ夕飯の支度を行う。細長い魚を取り出し目に杭を打ち捌いていく、ぱっと見職人技である。
「その魚ってヌルエール?ネバネバしてヌルヌルしている・・食べるんですの?」
「はい、美味しいんですよ、淡白な白身で油も結構のってますし。」
「そうなんですのね、こんな状況下ですし好き嫌いなど言ってられませんわね。」
ウナギの様な魚ヌルエール形も味もほぼウナギ、蝶華が湖の水質調査の面々が取って来たという事で渡してくれたものである。お腹は金色で、四万十の黄金ウナギを思わせる、良い肉付きだ。
捌いたら串を打って、焼く。素焼きしたら蒸す。関東風だ、余分な脂を落とし、ウナギなどの血中に含まれる毒素も熱で殺す。そしたら漬けダレに浸して焼く、香ばしい香りが屋内に広がる。
「すごく良い香りですわ。」
「お腹が鳴ります。」
最初は見た目で嫌がっていた二人も完成が近づくにつれ前のめりで立ち上がってキッチンのスペースに入り込み料理しているおっさんを眺めている。眺めているのは焼けていくヌルエールだろうけれど。
焦げ目がいい具合についたらアイテムボックスに入れて、皆の帰りを待つ。その間に土鍋でご飯を炊き上げる。さらにはお吸い物も一品作って、晩御飯の支度は終了した。
暫くして蝶華が戻る。
「戻りました、閣下より手紙を預かっております。」
「おかえり蝶華、手紙・・返事が来ちゃったんだね・・・。」
おっさんは、やはりか・・・っとボソボソ呟きつつ手渡された手紙に目を通す。
「食後に少しレミア様と従者3名をお連れして首都へ向かうよ。」
「私達は待機ですか?」
「うん、今回はお留守番、お家事情って事で諦めてね。」
「わかりました。」
少し不審げな顔をしつつも蝶華は受け入れてくれた。従順で良い子だなぁとおっさんは微笑みかけて蝶華を背伸びして撫でてあげる。
次の瞬間転移を終えた嫁が蝶華とおっさんの隙間にしゃがみ込むようにして割り込み。
「私も頑張ったから撫でてぇ~!」
「子供か!」
「イテッ、旦那様がぶったぁ~♪」
完全に子供である。見ている全員が少しあきれた顔でその様子を見つめていた。
「今日はウナギをかば焼きにしてみたんだよ。ヌルエールって名前のお魚だけど。」
「なんか不味いビールみたいな名前だねぇ。」
先日までとは違い完全に日が落ちる前に夕食となり、全員でゆっくりと食事を摂った。
その後は予定通りレミアと従者3名を連れて転移の魔方陣に近づく。
「どちらに向かわれますの?」
「首都のある人の所、だよ。」
「ある人・・ですか?」
「そう、会ってみるまではお楽しみって事で。」
言い切った瞬間には魔方陣が光り、4名は転移していく。転移した先は教会だった。
教会の会議室にはシスターとレイネ様が待っていて会議室の椅子に腰掛けている。
目を見開いてレミアが声を上げる。
「ま、まさか?レイネ御姉様ですの?」
静かな教会にレミアの高い声が響き、静かに目を伏せているレイネが口を開く。
「お久しぶりですねレミア、私を覚えてくれたのですね。」
「3歳の時に別れてから一度も忘れたことは有りませんわ、お会いできて嬉しゅうございます。」
感動の再開だが、レイネの瞳は少し暗く影が差している様にも見えた。
教会での姉妹の再開は今後の領地再生に向けての試金石となるだろうと考えシスターからの提案でおっさんが動いたものである。
二人は暫く抱き合い、離れていた年月を埋め合わせる様に見つめ合って、落ち着いてから席に戻った。
「さて、何からお話していきましょうか・・・」
レイネの口からフォンターレの内情が語られていくのだった。
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