冒険者ギルド2
冒険者ギルド地下訓練場、その中央で大柄な男が二人対峙していた
ヴァイスプレは身長2メートル近い、体重も100キロ近い、そんな戦車みたいな男だった
軽鎧を身に纏い、一撃必殺を得意とするタイプの立ち回り、しかし体が大きいからと言って鈍重な感じは全くないむしろリアの短い溜めの連続突きを大剣で捌ける技量から見ても十分に強者だった
しかし、一対一のPVPにおけるセシルの能力はそんじょそこらの強者程度では足元にも及ばないのである
開始の声をヴァイスプレが上げた瞬間に足元付近まで一気に駆け寄り慌てて振り出したヴァイスプレの不十分な上段を懐刀をクロスさせて止める、一度バックステップを踏んでから相手の左斜め前に飛んで着地と同時に斬撃を繰り出す
わざと相手の左側、利き腕とは逆の方向から攻めるのは一振りが大きな武器を持つ相手と対峙する場合のセオリーとも言える
たまらず防御姿勢を取るヴァイスプレの大剣ごと懐刀を振りぬき払い退ける
「つっ!」
小さな刃に両手で持っている大剣が跳ね上げられるのが信じられないようでヴァイスプレは驚愕で狼狽えた声を上げる
斬撃の重さというのは移動速度と体重と角度と腕力で決まる、体重と腕力はもしかしたらヴァイスプレが上回る可能性があるがその他の二つはセシルが圧倒的に上回っていた
そして大剣が跳ね上がるということは、腕力もセシルに軍配が上がったということである
跳ねのけた大剣が戻る間も無くヴァイスプレの懐に入り首筋に刃を押し当てる格好でセシルは止まった
「参った、降参だ!」
ヴァイスプレは潔く負けを認めて構えを解く、セシルはもっと戦いたいのに・・っというオーラを見せつつも武器をスッと下ろし冷静に寡黙キャラを演じて見せる
「わかった」
一瞬の事である、だがその一瞬でヴァイスプレは恐らくこの二人には敵わないだろうことを思い知らされていた
そしてその瞬間から冒険者ギルドのサブマスターとしてこの二人をこの国でどう扱うかを検討し始めていた、リアが考えたように戦う事だけが取り柄のタイプの人間では無かったのである
「これでも私は上級冒険者だったんだがなぁ・・」
「上級冒険者は冒険者全体でどのくらいの人数いるのでしょうか?」
いつの間にか戻ってきたリアが質問する
「全冒険者の総数の約1割に満たない程度が上級冒険者だな、その中からごくまれに最上級と言われる冒険者が生まれる」
「ふむふむ、勉強になりました有難うございます」
「君達なら既に二人で上級PTと認めても良いかもしれんな」
「え?冒険者の格ってもっとこぉ、採集したり、ドブ攫いしたり、討伐したり、コツコツした感じで上がるものじゃないのですか?」
「普通のPTはそうだ、だが、君達は少し実力が異質だ、既に上級職でもあるし」
「なるほど、それで受付のレセフィーレさんはあんなに畏まってしまってたんですね」
その後はヴァイスプレさんに冒険者の分布や役割、ダンジョンのある領地の説明などの話を聞いた
色々納得の表情で頷いているとセシルが口を開く
「俺、お腹減った」
「はいはいご飯ね、ヴァイスプレさんどこかこの近くで美味しい食事処ってご存じですか?私たち今日ついさっき首都に着いたばかりで土地に疎くって」
「値段が高くても美味いものがいいなら、ちょっと先に行った所に『金獅子亭』って店がある、安くてがっつり喰いたいって奴なら冒険者ギルドの隣がギルド運営の酒場兼食事処になっている」
「ふむふむ『金獅子亭』すごいネーミングの店ですね、ギルドの食事処はいつでも行けそうだし今日は豪華に食事しようかセシル」
「ああ」
結局銅の身分証を銀の身分証に変更する手続きをサブマスターが勝手に行ってしまい、丁重にお手を煩わせたことに対して二人で感謝のお礼をしてから冒険者ギルドを離れた
大通りに出て10分くらい歩くと貴族街と言えばいいのだろうか、豪華な家が立ち並ぶ区域に突入した
歩行者が減りほとんどが馬車での移動をしていることを考えても間違いなさそうである
その一角に『金獅子亭』の看板が見えたので躊躇せずに入ってみる
店舗の中は絨毯が敷かれており足音が聞こえない気配りがされている、店の中も落ち着きがあって話し声もほとんど聞こえない程度で食器の音だけが微かに聞こえる程度だった
「雰囲気は上々・・あとは」
「味だね!」
二人で顔を合わせてロビーを進むとギャルソンみたいな恰好の店員さんが静かに声を掛けてくる
「いらっしゃいませご予約はされてますか?」
「いいえ、先ほどヴァイスプレさんから紹介をされたので伺ってみたのですが、予約がないとお食事は出来ないでしょうか?」
「いいえとんでもございません、ヴァイスプレ様のご紹介でしたら喜んでご案内させて頂きます」
「よかったねセシルご飯食べれるって」
「うん、お腹ぺこぺこ」
ギャルソンさんの態度から察するにヴァイスプレさん、ここの常連もしくは貴族と関りがある、もしくは本人が貴族の可能性もある、次あったら聞いてみようと思いつつギャルソンの案内で仕切りのある二人用の席へと案内された
「ご注文はどうされますか?」
「ええと、食前酒はすっきり飲みやすいもので、料理は満足感のあるものでお任せでもいいでしょうか?」
「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」
笑顔でギャルソンはこの場を離れていく
ちょっと高級なお店に行けばわかることではあるのだが、基本的に美味いお店の料理はよほどでない限り何でも美味い
下手にあれこれ考えるよりも好き嫌いがないのであれば抽象的な注文をしてもギャルソンは対応してくれるものである、あっさりと~とか、こってりと~とか、お腹にたまる~とか、その程度の示唆を敏感に対応してくれるのが高級店の強みとも言えるんじゃないかとおっさんは経験的に考えていた
それでも何か無いかと追加注文の準備を淡々とメニューと睨めっこしている嫁はいつもの事なので敢えてツッこまないようにしている
「お待たせしました食前酒になります」
そう言ってから瓶の蓋の上に張られた文字の書かれた紙を剥がすとコルクのような物が勝手にスポっと抜けて瓶の中に炭酸と思われる気泡が見て取れた
細長いグラスに7分目程度に注がれたシャンパンの様な飲み物をまじまじと二人で見つめているとギャルソンの説明が入る
「王歴20年物の発泡酒でございます、当店の直営醸造工房の中でも出来の良いものだけを厳選して提供させて頂いております」
「へぇ~由緒正しいらしいよ」
「んじゃ乾杯~」
そっとグラスを合わせて静かに音を上げてから発泡酒を口に含む、酸味が一瞬口の中に広がったと思うと次の瞬間には炭酸と共にさわやかな甘みそして最後にアルコールの余韻が静かに残るそんな味だった
「香りもいいねぇ」
「そうだね」
20年物とかって聞くと変に匂いがきつくなったり渋みがきつかったりするものがあるけれど不思議とそんなものは一切なく柑橘系とブドウの良い所を足した様な良い香りのお酒だった
あの蓋にはってあったお札、魔法で作られてるのかも?などと考えていると料理が運ばれてきた
「前菜でございます」
前菜は野菜と魚を使った物でこの店オリジナル料理らしい、下地に淡いクリーム色のお魚が敷かれて緑色のアスパラのような野菜が楽譜のように並べられ赤いプチトマトの輪切りの様な野菜と紫のキャベツの様な野菜とが花のように散りばめられて、その上から食べ応えがあるようにと考えられたのか少し重めのホワイトグレービーソースの様な物がかけられている
「カルパッチョより食べ応えがあって空腹時にはもってこいの前菜だね」
「箸が進むね~箸は無いけど~♪」
嫁が完全に嫁モードなのは気にせずに料理を堪能していると皿が空く寸前で次の料理が運ばれてくる
この辺りの気配りも高級店ならではだなぁ、と感心してしまう
「肉料理です、肉は熟成赤牛の赤身を使用しております」
外側はカリッと焼きが効いていて中はしっとり、火加減が素晴らしいそんな肉料理だった
臭みの無い肉、重すぎない味付け、丁寧な添え物の下処理、きちんと料理されてるっていう感じの味が喜ばしい
「美味しい~♪ご飯欲しい~」
「まぁ、パンで我慢でしょこういったファンタジー的な世界でお米出してくるのは結構大変だろうし」
前菜、肉料理、と来たからメインが魚料理なのかも知れないと思っていると案の定お魚らしき皿が此方に向かって来ていた
「本日のメイン、魚介の焼き物です」
フレンチ的に頭で考えてしまっていたけれどここはフランスでは無い、一転して直球に塩焼きっぽい魚が野菜を伴って出てきた
鯛に似たようなお魚が火加減抜群に焼き上げられ少し丸まった皮の加減が食欲をそそる、柑橘系のあっさりとしたソースとマヨネーズを思わせるようなソースが添えられて味に変化をもたらしている
「お米、やっぱりお米がぁ~」
「今度、市場も見てみようね」
駄々っ子状態の嫁をあやしながら満足感に浸っていると次にデザートがやってきた
「クリームチーズのサワータルトです」
ある程度油分と塩気を取った後なので甘みと酸味のバランスが心地よい一皿だった
「お酒との相性も抜群よねぇ」
「だね」
少し酔いが早いなぁ、と思っていると発泡酒結構な度数のアルコールらしいことをギャルソンが教えてくれた
早めに食後のお茶を出してもらうようにギャルソンにお願いして嫁の体から酒精を抜き、お会計をお願いして支払いを済ませ、店を出た
「またのご利用をお待ちしております」
店の外までお見送り、いい店だった、お値段もいい店だったみたいだけれど
女神様からの支援金は金貨1000枚だった、今回このお店だけで30枚・・・初日から使い込んじゃっていいものかなぁと一瞬反省しつつも、満足の味だったので後悔はしていない
食事も終えて、お腹も膨れたのだけれど二人で協議の結果、お酒が入っているので先に本日の宿を取ろうということになった
宿は庶民街に戻ってギルドにそれほど遠くない場所にあった、こちらは受付のレセフィーレさんのお勧めである
「一部屋晩飯と朝食付きで銀貨50枚だよ」
「それでお願いします」
女将さんの説明を聞くと各部屋にお風呂はあるそうである、ただしお湯は出ず水・・・
ここは冒険者向けで中級くらいの者が利用する一般的なごくありふれた宿なのだそうだ
お湯が出るお風呂は貴族街にしか無いらしい
まぁ【浄化】の魔法で洗濯の必要も、風呂に入る必要も無いといえば無いのだけれど
そこは我々日本人、是が非でも入浴は視野に入れて行動してしまうものである
宿の部屋に入り室内を確認していくと、ベッドが一つにクローゼット兼物置があり、トイレとお風呂が各部屋に常備、トイレは魔道具を用いた水洗だった
「お風呂を沸かすには~っと」
アイテムボックスに何かヒントになるアイテムが眠っているのでは無いかと思いコンソール画面と睨めっこしている、嫁は嬉々としてベッドの上で転がっている
2~3分後にあるアイテムを見つけてお風呂場で実験してみることとなった
「火の魔石(劣化)?」
「そう、この劣化っていうのが大事」
「劣化だとどうなるの?」
「火がつかない」
「駄目じゃん!」
「いやいや、火がつかないってことは熱くなるけど燃え無いってことでしょ」
「いいじゃん!」
早速備え付けの手桶で実験してみると短時間でお風呂には十分な温度になることがわかった
お風呂をわかして、入浴を終えて、さっぱりしたら二人とも眠気が刺して夕飯前まで寝てしまっていた
夕食も美味しく頂いたのだがどうにも眠くはならない、寝ていたのだから当然なのだが・・
「ちょっとだけ夜の首都見て回ろうか?」
「オッケー♪」
女将さんに一声かけて二人は夜の首都に繰り出していった