ルシエの挨拶と聖女の慈愛
翌日、早朝から式の支度に追われる。化粧、着付け、式典での文句の確認など細々とした取り決めも覚えた。
式が始まった。穏やかな日差しの中静寂と共にセシルがルシエをエスコートして広場の会場の壇上へと向かう。おっさんと蝶華は手を繋いでその後に続く。
「旦那様も反対側でエスコートしたいぃー!」
早朝の屋内に嫁の駄々が響き渡る。
「今回はルシエが主体だから諦めなさい。」
「一緒に後ろから見守ってますよ。」
私と蝶華に説得されて嫁はしぶしぶこの入場を了承した。
おっさんは蝶華の手を取り歩きながら思い出して苦笑する。
「旦那様?」
蝶華は楽しそうな私を見て、灰色の瞳を少し煌めかせ顔はこちらに向けずに問う。
「ん?ああ、私と嫁の結婚式では嫁の父がエスコートの最中に泣き崩れちゃってね、嫁がお父さんをエスコートする形になったのを思い出しちゃってね。思い出し笑いだよ。」
「成程、微笑ましいですねそれは」
声は殆ど出してはいない、傍から見れば会話しているのかどうかさえ分からない程度の音量で蝶華と笑顔で嫁とルシエの後を付いていく。
広場に設けられた式典用の壇上に階段を数段上り辿り着くと、司会進行のルデスと自然崇拝の見者エルフが並ぶ前へと進み立ち止まった。
「今日ここに新たなる夫婦が誕生する、女王ルシエとその婿セシル、その妻リアと蝶華だ。」
ルデスが話し出す。エルフでの一夫多妻、一妻多夫は至って普通であるために壇の下に集まった里の人々は皆すんなりと話を聞き入れている様である。
「大精霊の加護を持つ女王はこれより里を出て、世界を見て回りその見分を以て里の更なる発展へと貢献すると誓われた。故に結婚式と共に遥かな遠征の出発式とも言えよう。」
多くのエルフが顔を見合わせて一瞬ざわついたが見者エルフが鎮まる様に手で制するとすぐに収まった。
「本日は大精霊もここで祝福をして下さっておる。みな粛々と受け入れ、精霊に感謝の祈りを捧げるのだ。我らは自然と共に在り、自然に帰る。そして廻るのだ。何処に女王があっても我らに変わりは無い、何処で祈ろうともその祈りは全て繋がっているのだから。」
里の皆は納得した眼差しで壇上を見つめ、司会のルデスが口を開く。
「では、女王より一言挨拶を頂きたいと思う。」
すっと、組んだ腕から離れ里の皆の方へ向き直りルシエは胸に右手を当てて語りだす。
「里を離れ200年、大精霊の信託を胸に私は悩んでおりました。里の為に何が出来るのか、正直私一人では見いだせず、逃げるように各地を回り知識を得ても答えは何も見つからず途方に暮れる毎日を過ごします。ですが最近になってそれに大きな変化がありました、私は運命と邂逅致します。200年止まっていた私の心は再び鼓動を始め動き出し、大精霊の信託の真意を捉えることが出来たと自負して里へと戻るに至ったのです。そしてそれらの答えが今回の結婚式であり更なる旅立ちへと繋がっているのです。」
少し間をあけるものの誰一人微動だにせず静かに女王が続けるのを待っている。
「旅立つに当たり、里長を正式にルシリルに任せ、その補佐としてルデスには今まで通り里の取り纏めを担ってもらいます。正式に大精霊の祝福を賜った決定ですので、皆には今まで通り指示に従い里長であるルシリルを盛り立てて行って貰いたいと願う。」
女王ルシエは胸に手を当てたまま大きく頭を下げる。里の皆は驚きつつも声は上げず、ひたすらに女王を見つめたまま沈黙を保っている。
「私は、私の幸せの為だけに里を一度出ました。しかし今回は違います。明確な目的を持ち、伴侶と共に愛する家族を得て、私は旅立ちます、そして必ずここに戻って来ます。ですから皆には心から結婚と旅立ちを祝福して欲しいと願うのです。」
顔は見えないが壇上に雫が数滴落ちた・・・
一人の里の男の子から声が上がる。
「結婚おめでとう!旅も頑張ってね女王様。」
暫くの静寂、その後里の者全てから声が上がり一帯は歓声の渦となる
「おめでと~」
「がんばって」
「里は安泰だな」
口々に里の者達が女王に声をかける。セシルはルシエに寄り添い体を起こして手を振ってあげる様に促す。
涙を流しつつはにかんでルシエは歓声に応える。
「ありがとう、ボク頑張るよ」
壇上のルデス、見者エルフ、少し離れた所から見守っていたルシリルも涙してルシエを見守る。
その後は進行も何もなく、音楽が流れ出し、テーブルと椅子と食事が出てきて、宴会が始まる。壇は撤去されキャンプファイヤーの様な櫓が組まれていき、中央に火が灯され、一晩中飲み、食い、踊り、祈るのだそうだ。
式はひと段落したので、楽な服装に着替えた聖女一行はルシエの家の一室で寛いでいた。
「ルシエは偉いねぇ、過去ときちんと向かい合ったんだよね、尊敬するよ。」
「そ、そうかな?」
「そうですよ!壇上でのルシエさんかっこよかった。」
嫁と蝶華がルシエの健闘を讃えている、彼女自身が抱えていた重荷を一旦降ろし、抱えなおした瞬間が見れておっさんもどこか清々しい気分になって、お祝いしてあげたくなる。
そして、なんでこんな話をしたくなったのかはわからないがルシエにおっさんは話しかける。
「ルシエは愛ってどんなものだと思う?」
「愛かぁ・・好きって事と一緒にいたいって事かな?」
「うん、私もそう思うよ。」
おっさんは椅子に腰掛けたまま一旦部屋の中にいる全員の目を見まわしてから続ける。
「嫁は知っている話なんだけれど、私は昔全てに絶望する時があったんだよ。頑張ってやっていた事が全然報われなくて、沢山人が死んで、自分の命も危なくて、全てを捨てて逃げて逃げて生き延びて・・・住んでいた家に戻ったのだけれど空っぽになってしまった心が全く動かなくて、自分が生きていても良いのかどうかすらわからないような状態でね、自殺しようかとも何度も考えていた。」
嫁は少し目を伏せながら歩み寄り、椅子に腰掛ける私の頭を抱き引き寄せる様に抱え込む。
「それでも何となく働いていたところに、嫁が現われたんだよ。そして聞くんだ、何で戻って来たんですか?ってね。」
「あの頃の私は何も知らないで旦那様に逢いに行っただけの学生だったんだよ。」
一体何の話をしているんだろう?という顔でルシエと蝶華は最初聞いていたのだが、段々と食いつく様におっさんの顔を見て聞きに徹している
「私はね、逃げた事を忘れたかったのかも知れない、3000人以上いた状態から攻撃を受け始めて一時間もしないうちに生き残ったのは私ともう一人だけ・・考えるのを止めて逃げた事からも逃げたかったのかも。」
「でも、アナタは正直に話してくれたわ。」
嫁が稀にみる慈愛に満ちた表情でおっさんの頭を撫でる。
「私はね、話すことで誰かに許してもらえるんじゃないかって、その時考えてたんだと思うんだ。話せば楽になるかなって嫁に縋りつこうと思ってた。でもね、私が許しを請う前に嫁の方が許してくれてさ・・」
「そんな状態で逃げない人なんか居ないよ、気にしてたら正気じゃいられないと思ったし。」
ルシエと蝶華の頬に一筋の涙が流れている、それでもおっさんの蒼い瞳を一瞬も目を逸らさずに見つめて・・
「嫁は私と共に生きるって、一緒にいるって言ってくれた、何もかも失って情けない状態の私なのに・・・その時に救われた気がするんだよ、許されたい、助けてほしい、って心から願っていた私に、嫁は愛を注いでくれたんだ。」
おっさんは顔を少し動かして嫁の方を見上げて微笑むと、嫁もにっこりと応える。
「昔の私は自分の手で全てが救える・・なんていう暴慢な心を多分持っていた、でも嫁の愛に触れてからはそんな風には思えなくなって、どんどん角が取れて・・今みたいになってるんだよ。」
「アナタは一人で抱え込んで、一人で悩んで、一人で絶望してた。それだけよ。」
聞き入っていた蝶華がポツンと呟く。
「旦那様はセシルさんに愛されて今が在るのですね。」
「うん、だからさっきのルシエの挨拶を聞いてどうしてかこの話を伝えておきたくなっちゃってね。」
「それで、旦那様の愛って何だったの?」
ルシエの問いかけに少し困った顔をしてからおっさんは再び口を開く。
「手の届く範囲でいいから自分の愛する物、好きな人、それこそ何でもいいんだと思う。共に生きる者(物)があって、一瞬でもいいからそれらと長く共に在りたいと願う、それらが不幸で無い様に助けたいと思い、願い、祈り、行動する。その想いと想いに動かされる行為の全てが愛なんだろうなって私は考えるようになったんだ。それに気が付かせてくれた嫁には心から感謝しているよ。」
目を伏せて、口元は微笑んだ状態のおっさんと嫁はまるで聖者の様だった。
暫く動かない二人を見つめていたルシエと蝶華も涙で一杯の状態になっている。
ぱっと嫁から離れておっさんは立ち上がり、嫁の方に向いて。
「さて、嫁よ、正式に結婚したからにはルシエにも【感覚共有譲渡】で知識を分けてあげてください。」
「はぁい~持っている知識の全て、で良いのかな?」
「うん、いいよ。」
グズグズになっているルシエを前からガバっと嫁は抱き寄せて、何をされているのかわかってないうちにスキルは発動して、ルシエへと嫁の知識は譲渡されていく。
譲渡が終われば何をされたのかが理解でき、ルシエは泣き止んで顔を上げて笑みを浮かべ。
「真の意味で家族になれた気がするよ。ふつつか者ですが末永くどうぞ宜しくお願い致します。」
しっかりと日本語の言い回しが出来ている。これからの旅に理解し合える愛すべき仲間が増えたことに全員が喜び合うのであった。
復帰しました。イラストもアップしています、気が向いた方は、見て行ってください




