瘴気の蜘蛛2
「ああ旦那様!あの装備使っちゃう気だぁ、異世界でなら使っても怒られないよ。」
「あの装備ですか?」
「そ、元居た世界だとちょっと問題があってお蔵入りしてた装備なんだぁ」
「あ、コレかな?うわぁ、旦那様せくしぃ~」
旦那が危機的?状態であるにも関わらず、二人して冷たいもので全く心配して貰えていない。
「その信頼はありがたいけれども、さ。」
落下してくる瘴気の蜘蛛の陰に入り、暗くなっていく視界の中ドレスチェンジの光がおっさんから放たれる。
次の瞬間には落ちてきた蜘蛛に潰され、おっさんはぺしゃんこになった、筈であった。
しかし着地と同時に黒い瘴気の靄が蜘蛛の腹部から勢いよく上空へと押し上げられていく、眩い光を纏いながらおっさんがぽっかりと穴の開いた腹部から飛び出し蜘蛛の顔の下に移動している。
おっさんの姿は白いシルクに金と赤で刺繍が入ったチャイナドレスである。
長さはミニでは無く、膝下程度まである。しかし大胆に布を完全に2つに分けて首の部分だけつながっており、胸から腰辺りは肩の内側から黒色の肩紐を腰の方向へと通し、腰紐と一体となって布が捲れるのを防ぐとともに、体側の肌の露出を抑えている。腰ひもの下には紐パンの紐だけが見えるが、これもまた絶対に見えない仕様のもので、股関節のラインまでは見え隠れするもののそれ以上は見えない。さらに大腿部には黒いレースがあしらわれたストッキングが装着され見事なコントラストを生み出している。
靴は指先が隠れるタイプの黒のミュールタイプのチャイナシューズがチョイスされて、靴と同色でさり気ない刺繍が入っておりデザイナーの拘りが感じられた。
手には黒いオープンフィンガーのグローブが装着されていて甲の部分には左手に梵字でキリーク、右手に同じくウーンと白い文字が浮かび上がる様に描かれており、左手が強く光を放っていた。
「見た目ものすっごいエロいですね。」
「旦那様の前でそれ言ったら三日はしょげ込むから止めてねぇ・・せっかく解禁したんだし・・」
率直な感想を述べた蝶華だったが、この衣装で歩き回ることはおっさんには出来なかったらしい。
デザインしたのは無論、嫁であった・・・。
異世界に来て吹っ切れたのか?必要に迫られてやむ負えずなのかはいいとして、おっさんはサウスポースタイルで構えを取る。
VRMMOの職業にはバトルモンクというものがあり、魔力を拳や体全体に纏わせて魔法拳を扱う職業である。
剣を扱う場合は魔法剣士となる、と言えばわかりやすいだろうか。属性を持たせた拳、もしくは体全体のあらゆる部分で攻撃するオフェンス職だ。
各メイン職業+サブ職業2つが限度であるVRMMOなのだがドレスセットに組み込んでおけば自在に変えられる。
バトルモンク+ハイプリースト+薬剤師が今のおっさんの構成である。移動中に仕込んでおいて正解だったかな?とおっさんは独り言ちてから上を向いて。
「すぐに楽にしてあげますから。」
嫌味では無く、瘴気の中のどこかにいる何かしらの生物の亡骸に対しておっさんは無意識に口にしていた。
構えを解いてからふわっと飛び上がり左拳を蜘蛛の顎めがけて鋭く振りぬくジャンピングアッパー、当たる前から左手の光で瘴気は消滅しつつあった、左手に描かれるはキリーク・・量り知れぬ光を持つ者。その一撃で蜘蛛の顎は一度完全に消え去り、再生と共に蜘蛛の体は一回り小さくなる。
おっさんは畳みかけるように拳に魔力を込め詠唱を始めた。
『全ては東より来りて、西へ還るモノ、道に迷いし旅人を、示し照らせよ、この拳・・・』
危機感を覚えたのか、蜘蛛は全ての足を使いおっさんを蹴散らそうと必死にもがくように攻撃を繰り出しているがおっさんは柳の如くゆらりゆらりと運歩をしているだけで全く捉えられることは無い。
眩い光を放出しながら踊る様におっさんは詠唱を続行する。
『浄化の光をその身に纏い、終焉が喜びを奏でよ、【招光浄滅打】』
詠唱が終わった瞬間に脈打つ光がおっさんの右手に集まりドクン、ドクン、と鳴動しつつ明滅し、おっさんが右腕を差し出すと光は蜘蛛に向かって津波の様に襲い掛かる、巨体は全てのみこまれ瘴気が霧散していく、暫くして光の波が収まった後には小鹿の死体だけが残っていた。
小鹿にゆっくりと近づき跪いておっさんは、驚いた表情で再び詠唱を始める。手を胸の前で組み、瞳を閉じ声は歌の様に周囲に拡がってゆく。
『去りし日の恨み現世に残さず、かの地へ向かう者其は勇敢な旅人なり、死は生の終焉喜びと共に在れ、生は常に不条理でも、ゆく場所に等しく救い多からん事を、先に行く全ての者へ捧ぐ詩【鎮魂歌】』
小鹿は光の礫となって、ゆっくりとサラサラ天へと向かって行く、その様子を見ていた嫁が呟く。
「アナタ・・それ、ゲームには無かった魔法じゃない?」
VRMMOのプレイヤーは完全に死亡することは無い、弔いの儀式も別れも必要ない、故に鎮魂歌等は存在しない類の魔法スキルなのだ。
視線を落としていたおっさんは顔を上げて振り向きつつ嫁に語る。
「なんかね、今コンソール画面開いたら表示が上がってて、LVアップしましたって・・・」
「嘘ぉ?カンストなのに?」
「そう、カンストだし、この世界にLV概念は無い筈なのに・・新スキル・・ハイプリEX枠だ・・嫁、君は?」
「私?見てみるぅ・・・・あ、あった何コレすっごい、びっくりだね~。」
瞳をパチクリしつつコンソールを覗き込む嫁、おっさんは蝶花に周囲の警戒をお願いしつつ洞の方向へと足をむける。ルシエも共に斜め後ろからついて来た。洞の中の妖精たちも【浄化】しないといけない。
自身の格好に気が付き顔を真っ赤にしつつドレスチェンジでおっさんはハイプリ装備に一瞬で戻って、洞の中から顔を出した長老に
「住処の住民は皆無事ですか?一応心配なので全員に浄化魔法を施したいと思うのですが。」
「はい、おかげさまで皆無事の様です。中へどうぞ」
長老の導きで洞の奥へと進み、全員がかたまって丸くなっているのを確認しておっさんは範囲浄化をかけていく。黒いシミの様になっていた瘴気の残骸がすっきりと消え去り、妖精たちに笑顔が戻る。
「ありがとう」
「私は力を貸しただけです。褒めるべき、感謝すべきは長老と入り口を守ってくれた仲間達、それとフェイがいなければ私達は此処へは辿り着けなかった筈ですし、エルフの里長の召喚獣で此処へは来ましたからその方達こそ今回の功労者と言えるでしょう。」
おっさんは苦笑いになりポリポリとあたまを掻き、感謝の言葉を受けて回る。嫁達も洞の中へと入りフェイと楽し気に何か話している。そうした中長老が皆に向けて声をかけた。
「皆聞くのだ、我々は2度人族に救われた。町の住民との際、そして今回だ。2度とも聖女様の助力によりこの住処の安寧は守られた。妖精は種族を超えて人族の聖女リア様に恩を返さねばならないだろう。」
頷く一同を見回す様に長老は一息つき
「妖精の守りを、聖女リア様に与えようと思う」
妖精の守りが何なのかはわからないが、妖精にとって大事なものであろうというと言うことはわかった。
謙遜して断れる雰囲気でもなくなっている現状おっさんには受け取るの一択しか無かった。
「この守りは遥か古より妖精に伝わる守り、龍族より賜ったと先代からは聞いております。聖女様の旅路の一助になればと思い託させて頂きとうございます。」
桐箱の様な箱に真綿に包まれて大事そうに運び込まれる翡翠の様な勾玉、魔力の残滓が感じ取られるそれは薄暗い洞の中にあっても熱を帯び、淡く光を放っていた。
手渡された守りを大切に鞄の中にしまい込み、おっさんは長老に応える。
「このような大切なものを本当にありがとうございます。今後も何かあればここに来られるよう転移の魔法陣を設置したいと思うのですが、宜しいですか?」
「おお、お返しにお返しで応えられてしまうとこちらは困ってしまいますが、是非ともお願いします。」
おっさんは手早くチョークを取り出して魔法陣を描き魔力を込める。魔法陣を使用できるのは魔法陣を制作したものの指定した者のみである。長老とフェイにおっさんは使用者権限を付与する。
「フェイならすぐに使いこなしちゃいそうだしね」
おっさんは言いながら、コテジでは様々な関係者が一同に集まった場合手狭なのが明確になってきたことを以前から考えていた事を思い出し、次の目的とすることと決めた。
こうして妖精の住処は救われ、聖女一行は天馬をエルフの里に戻る様に伝えて飛び立たせる。妖精たち全てに見送られ、来る時とは違うゆっくりとした速度でエルフの里へと戻るのだった。
「共に行きたかったのでは無いか?フェイよ」
「今回の事でよくわかったんだ、今のままじゃついて行ってもただ守られる存在にしかならないって。だから長老、魔法を教えて欲しい!」
ついこの間までは会話自体が片言だったとは思えないフェイの発言を受けて長老は嬉しく思い、大きく頷いた。
「頑張るんだぞフェイ、期待しておる」
「うん!」
湖のほとりの洞の入り口前で長老とフェイは一行が飛び去った空を見上げて晴れやかな表情で笑いあうのだった。




