リアとセシルは王都に向かう
朝目が覚めると隣に寄り添うように嫁がいて大口を開けて盛大な鼾をかいている
「もともと、すぅすぅ寝る娘じゃなかったし今は男性だし致し方なしか・・な
嫁を起こさぬように静かにベッドから離れたおっさんはコンソール画面を開き、ドレッサーシステムを用いて早着替えをする
ドレッサーシステムは5パターンまでの完全装備を瞬時に切り替えるシステムでおっさんは、完全武装、お洒落装備2種、ネタ装備(猫の着ぐるみ)、町娘(VRMMO初期装備)の5種で使い分けている
「一応完全武装でっと」
母屋を出て庭を抜け結界の外へと向かう、結界の確認と周囲の状況確認のためだ
おっさんが境界線を越えてすぐのあたりで頭の中に女神スィーリズの声が響く
「アナタたちは一体今までどこで何をされていたのですか?天界から全く見えなくなり結構な時間が経っておりますが」
「見えなくなっていたのですか?」
「そうです」
おっさんは顎に手を当てて、考える仕草をしつつ脳内で考えるだけで会話ができることを少し楽しみつつ会話を続ける
「・・・そうですか、精霊石を用いた結界魔法のテストをしまして一泊様子を見ていたところだったのですよ」
「そうなのですね安心致しました、まさかとは思いますが地球の女神が何か干渉したのかと思い少し慌てましたわ」
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「良いのです、アナタ達には自由に行動するようにと伝えてあるのですから、何事もなければ見守るのみです」
そこまでの会話を終えると頭がすぅっと軽くなり、会話終了なのだろうなと言葉にされずとも理解できた
おっさんは周囲をぐるっと警戒して廻り母屋へと戻り朝食の支度を始める
「そろそろ起きてくるかな?」
おっさんは朝食を作り終え椅子に掛けてコーヒーを飲みつつ今後の動きに関しての考察をしていた
予想通り嫁は寝起き眼を擦りながら寝室から出てきた
「おはよぉ~」
「おはよ」
「よく眠れたみたいだねぇ」
「うん」
嫁が席に着くのを確認するとおっさんはコーヒーを淹れ差し出す、両手で受け取ってふぅふぅしながら熱いコーヒーを冷まして飲む様は今は男性である嫁の姿とはミスマッチで少し可笑しかった
朝食をとりつつおっさんは嫁に今後の動きについての詳細をかたりはじめた
「とりあえず名前考えなきゃだな」
「そだねぇ、今のままじゃかなり怪しい夫婦だねぇ」
カラカラと笑う嫁を見ながらおっさんは続ける
「私は今後『リア』と名乗るよ」
「ほほう、その心は?」
「聖母様がマリアでしょう、あとは北〇の〇リア様とか、聖女っぽい感じのネーミングで考えてたらそうなった」
「ふ~ん、じゃあ私は騎士だからぁ~『セシル』かな」
「直球だな、鎧が黒いからって暗黒は使えないぞ?」
「あはは、そだねぇ」
冗談半分に早々と自分たちの名乗りを決めて、二人きりで無いときはそれぞれVRMMOの時同様のキャラ作りをしていくことで合意した
「それでリアよ、これから街に向かうわけだが我々がまず向かうべきは何処なのだ」
早速キャラ作りしてきた嫁は、口数が少なめの生真面目な騎士(ボロが出やすい)になりきっている
「んとね、まずは町に入れるかどうかでしょ?あとはこの世界の身分証?的な物があるはずだからそれの入手が先決かな」
おっさんも負けじとキャラ作りをして対応する、おっさんは筋金入りのネカマなのでそうそう崩れることは無い
言葉、所作、全てにおいて女性よりも女性らしくを目指して鍛錬を積み重ねて来た結果である
「あとは防具はそのままでいいんだけど武器は中級の物があればそっちに変えといたほうがいいかも、かな」
「そうだな、人目は気にしつつ行動するのがいいだろう」
深く頷くセシルを尻目にリアは朝食の後かたずけをしつつ会話を続けている
「まぁ朝女神様と少しお話したんだけど、好きにしていいっていうのは本当みたいだし出たとこ勝負でいいのかもしんない」
「ちょ、女神様とお話しって?わたしも話したかった~」
ガタっと音を立ててテーブルに手を突き立ち上がる嫁、おっさんに私だけがのけ者みたいでずるいと訴えてくる
「嫁、キャラ壊すの早すぎ」
「だってぇ」
「まぁいいけどね、街に入ったら興奮しても寡黙モードで多少は頼むよ」
「りょーかい」
「キッチン周りが片付いたら出発するから、準備してて詳しくは歩きながら話そう」
ようやくと二人は街道目指して旅立った、途中モンスターや盗賊、野盗、襲われている商人、何故か襲われてる貴族的な娘、などとは一切出会わずのんびりと嫁と会話をしつつ街道を歩いて進んでいく
草原から離れると低木がまばらに生え、大小の岩が地面からせり出して年月によって風化しているような景色が広がってくる
「なだらかだけれど標高が少しずつ上がっているね」
「大きな丘の上に町があるのかなぁ?」
ふたりきりなのでおっさんと嫁モードの会話をしつつ先を見つめながら歩くこと数時間
「あれかな?」
「おぉ~絵にかいたような城壁都市だねぇ」
「大きいな」
「だね、何だかお城がサグラダ・ファミリアに見える」
予想通り丘の上に平地が広がりアオリ視点で見て結構な高さのある城壁の奥に町が見えていることから相当な広さがある街であることがわかる
中央には白い塔が並ぶようにして城が建っているのもわかる、直線だけで構成されず丸みを帯びた柱から見て取れる塔の造形は中世末期~近代初期の様な雰囲気を醸していた
「大きな門の前に守衛がいるねぇ、強そう~!」
「近くに行ったらキャラ作ってよ」
「はぁい」
歩きつつ最終確認を終えてリアとセシルは守衛に近づいていく、太陽の位置から昼前くらいの時間帯であるはずなのだが人の出入りは少なくすぐに会話ができる距離まで到達した
「見ない顔だな身分証は持っているか?」
ハーフプレートアーマーを着込んで兜は着けていない状態で槍を持った守衛がリアとセシルに話しかけてくる、訝しそうではあるが敵意を見せている様ではないのでゆっくりとリアが話し出す
「旅の者でこの国での身分証を持ってはおりません、身分証はどこかで発行することが出来るのでしょうか?」
「そうか少し待て、おぉ~い誰か【選別の水晶】持ってきてくれ」
守衛が門に向かって声をかけると、門のすぐ近くの詰所からもう一人守衛が何やら持って出てくる紫色の占い師の水晶の様な物である
「水晶に一人ずつ手を当ててみてくれ、奴隷、犯罪者や薬物所持者は赤く光る、何もなければ青い光だ」
言われた通りにリアとセシルはそれぞれ水晶に手を当てる、二人とも一瞬顔を合わせて恐る恐る水晶を見つめながら・・・
「二人とも青だな、問題ない」
「あの、身分証は発行できますか?」
「ああ、市民になるためには市民ギルドで手続きし金貨20枚必要だ、通行許可証として身分証が欲しいのであれば冒険者ギルドで発行しているこちらは銀貨1枚だな」
「ありがとうございます、早速行ってみます」
ぺこりとお辞儀をしてリアは守衛の顔を見つめてにっこりと微笑む、おっさんとしては社交辞令的な笑みであるが今の姿は金髪碧眼の小柄な割にスタイルの良い娘である、その破壊力は絶大で
「っ、各ギルドは大通り沿いに全てあるのですぐにわかるだろう行っていいぞ」
真っ赤になった顔を見せまいと守衛が顔をプイっと背けつつ道を空けてくれる
リアとセシルは門をくぐり城下町の城へと続く大通りをまっすぐ進んでいく、大通り沿いには都市運営に主要な建物が多く並んでおり一本外れた路地には屋台や市も見えた
異世界ならではの異種族多様社会を期待したものの人間種族ばかりで、他種族らしき者は今の所一人も見かけていない
良く整った石畳の街並みにレンガや木造の2階建ての建物が続く、きょろきょろと周りを見ながら歩く二人は傍から見ればお上りさんのようにも見えるだろう
人通りは激しく馬車を避けつつ道の端を他の歩行者に交じって進んでいくと冒険者ギルドの看板が見えた
「セシル、絶対に荒事は避けてね」
「わかっている・・つもりだ」
小声で確認してから冒険者ギルドの扉を開いた