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おっさんは聖女になりて異世界を憂う  作者: とくみつ ろゆき
人間の国編・教会を救いし聖女の憂い
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おっさんと嫁の異世界初日








おっさんと嫁は草原を歩き街道へと辿り着く・・はずだったのだが、何故か遥か彼方に見えた森の手前で旅の支度を確認する作業に追われていた


何分急な旅立ちだったこともあり装備品以外のチェックはざっくりとしかしておらず異世界での使用がどのようなモノかをチェックしておきたかった二人は、人気を避けるべく首都からは大きく離れる選択をしたのだった


「やっぱり初日だし手堅くアイテム使用感チェックとか体の動きチェックとか魔法のラグとかチェックして心と体をこの世界に順応させていくところから始めようか?」

「だねぇ!スキルの使用感とか身体強化でどこまでやれるのかも気になるし、アナタの回復魔法の効果も熟知しておくべきだよね~」


二人は思い思いの確認作業を淡々と進めていく、さながら大型イベント前のゲーマーの如く黙々と確実に抜け目なく行っていく様は、自己防衛と言うよりもこの世界を十分に満喫するための下拵えをしている様でもあった


「消耗品は追々で良いとして、コテジ出すね結界魔法のチェックも併せてやってみる」

「よろしくぅ~」


VRMMOの時はコテージが消耗品であり、コテジは一旦入手すると何度でも使用できるアイテムとなっていた

この世界でもそうであってくれると良いと思いつつおっさんはアイテムボックスからコテジを取り出す

コテジは中世風の赤レンガの塀でぐるっと囲まれた2LDK程の平屋で少しだけ庭もある

森を背にしてストっと庭付き一戸建てが出現する様はゲームの時と少しも変わらなかった


「じゃあ結界張るから庭の中に入ってて」

「はぁ~い」


嫁が庭に入ったことを確認しておっさんはアイテムボックスからメイン武器である【月下の聖僧杖+15】を取り出す、VRMMO世界ではイベント報酬を除けば最強の装備である僧杖を目の前に掲げておっさんは手を放し魔法の詠唱を始める


僧杖は倒れることなく直立したままでふわりと30センチほど浮き上がりおっさんの詠唱に応えるかのように淡い月光の光をゲームエフェクトそのままに放ちだす


『我の捧げし祈りよ届け、浩々と広がる世界に、潜む邪なるものを打ち払いて、我らが安寧を守り給え【破邪顕正】』


おっさんが手のひらから流れ出る魔力を実感し少し感動していると、コテジの周囲に境界線がすぅっと現れる

ハイプリースト衣装はスカートタイプであり法衣はマント部分が背中の中心からV字に分かれている、そのため魔力の放出とともに下から沸き上がった魔力エフェクトにより風が起きたかのように衣装が翻り波打つように揺れるさまは異世界に来てから初めて重力を実感させゲーマー心を擽るには十分な演出であった


「なんかエロいねぇ、ドキドキするねぇ!」


塀から顔を覗かせる嫁の呟きを無視しつつさらに魔力を杖に込めていくおっさん

杖から上へ上へと昇った魔力の筋はコテジの母屋の直上へと向かい五本の筋に分かれて弧を描きつつ塀の周りに均等に降りていく

そして境界線と触れ合う瞬間に五芒星を描きその中心の円の中に魔術文字が形成される、そのまま五芒星と境界の線上に光の壁の様な物が浮かび上がり境界線が目視できるほどまで強化されていく

光が収まるとドーム状に結界が形成され僧杖が手元に引き戻されるようにスゥっと戻ってくる


「なかなかに凝った演出が期待できそうだな」

「だねぇ、見ててワクワクする」


嫁と二人でぐるっと結界の周囲を見回り確認するとおっさんはアイテムボックスから【スチールワンド+3】を取り出す、それを見た嫁も同様に【訓練用木剣+3】を取り出す、二人にとってのその装備はPVPの練習に使う装備でありこれから実際にスキルや魔法の確認をすることを暗に示唆するものだった


「ワクワクはいいけど最初は確認だから手加減してね」

「はーい」


結界が張ってあるとはいえどお互いにVRMMOゲームのLVはとうにカンスト状態であり防具や装飾品も手に入るものの中では最強の物が揃えられている

しかしながら、それでもなほ、おっさんは嫁の潜在力に危険を感じざるを得ないのであった

嫁の職はラオパラディン、本来は大楯等を使用する職のはずであるが嫁はツーハンデットソードか斬馬刀の様な大柄な武器を好みそれを盾として用いつつ攻防一体の剣としてオリジナルアーツを習得している


「いっくお~!」


嫁の漆黒の鎧が少し下に下がり関節部の隙間が埋まる

次の瞬間には下段の構えで前進する嫁の顔が直前に迫っていた


「おっとぉ」

「今のじゃ切りかかる前にショルダーチャージが決まってしまうな・・・」


重力を無視するかのような急制動に呆気にとられつつもおっさんは冷静に互いの動きを確認、分析していく


「あれじゃ攻撃発動が遅いのかぁ、じゃあもう一回いっくお~!」


バックステップを二度して5メートルほど離れた嫁が再び突進して剣の間合いに入る瞬間にスキルを発動する


「【5連突・影消】いっけ~~~!」


不意の攻撃スキルではあるが、攻撃前に技名を叫ばないと攻撃できない嫁に突っ込みを入れたくなる気持ちを抑えつつおっさんはスチールワンドを握る手に力を籠め捌きと回避に専念する


下段から直進してくる初突を上に跳ね上げて嫁が武器の引き戻しから中段の突を繰り出す前に嫁の右側に重心移動し躱す

3突目は既に重心が少し崩れているために半端なモーションで薙ぎに近い形で襲い掛かってくる、これを下にしゃがみつつ水平蹴りを放って軸足を狙うと嫁は斜めに倒れこみながらさらに低空に2連で短い突きをくりだしてきた

バックステップ一つで2メートルほど下がって半端な突きを交わすと嫁はそのまま慣性に従って倒れた


「オイオイ最早5連じゃなくなってるじゃないか」

「いいの~!」


と気楽に会話しつつ手に持ったスチールワンドに目を向けると大きく初撃を受けた部分が湾曲していた、ゲーム時代には起きなかった症状を確認しつつ嫁とともに分析する


「木剣でこれかぁ」

「消耗品として考えてアナタの武器は町に行ってから手に入るか要確認だね」

「だなぁ」

「まぁ体の動きは何となくわかってきたからいいかな」

「そだね、体かっるいの♪」


はしゃぐ嫁と攻撃スキルの確認と考察をひとしきりして、ダメージを受ける確認作業も併せて行った


「当たるとまぁ、痛いな」

「あはは、それ当たり前~」


当たり前の事だが当たり前では無い、痛覚遮断されているゲーム内では叩かれようと斬られようと痛みは微塵も無く衝撃が少し走る程度だったのだから

装備のせいもあってかクリーンヒットを受けても動けなくなるほどのダメージは無いことがわかったので嫁の確認作業は一応終了として魔法の確認をすることとする


「とりあえず【ヒール】」


無詠唱でもきちんと魔法が発動し嫁の攻撃で受けた痛みがスゥっと消えていく感覚に安堵した


「無詠唱でも問題なしか、詠唱の有無で効果が変わるかな?」

「かな~?攻撃魔法は~?」


ハイプリーストは回復系の中でも回復専門の職であり攻撃魔法は多くない、もちろんクラスチェンジ前の基礎魔法があるため手数はそれなりにあるのではあるが


「じゃあ【三稜鏡光(プリズム・レイ)】!」


収束された光の矢が嫁を正面から貫く


「ぴぎゃぁぁ!」

「平気?」

「平気、じゃないかも・・結構痛い」

「んじゃ【ヒール】」

「ん、平気」

「良かった、もし少しでも辛いときは早めに言ってね」

「あい」


少しジト目で恨みがましく見つめてくる嫁に向けて何種類かの魔法を繰り出すうちに周囲が薄暗くなってきたことに気が付く


「ふむ、夜がきちんとあるんだねぇ」

「基本は地球の太陽と月とかわんないねぇ、自転速度はやや早め」

「そっか」

「お腹すいた」

「了解、母屋戻ろう何か作るよ」

「わ~い」


二人は母屋に入るとドレスチェンジでアバターの基本衣装に着替える、嫁はVRMMOの時と同様にダイニングテーブルの椅子に腰かけて両肘をテーブルに突き手で顔を支えるようにして此方の様子を伺っている

そんな嫁に向けておっさんは深刻そうな顔をして口を開く


「嫁、いやお嫁さん、大変に申しにくいことなんだが・・・・」

「なぁに?改まっちゃってぇ」


「トイレ」

「トイレ?」

「そう」

「トイレはあっちだよ?忘れちゃったの?」

「いや、場所はわかってるんだけど、生身でするのは経験がなくて・・・その」


おっさんは今女性である、女性アバターで無く完全に女性である、VRMMOでトイレというのはインテリアでしかなく実際に使用することは無い、おっさんは当たり前の事だが男であるので女性の作法を全く知らない少々混乱気味に嫁に問いかけていると嫁は悟った表情で立ち上がりおっさんの手を取りトイレへと誘う


「はい、ぬいでー、下げてー、お~結構過激な下着だねぇしかもつるつる~♪」

「うぅ~出すのはできるから説明だけでいいから、嫁ぇ!」

「はいはい~」


嫁に手ほどきをうけておっさんは事なきを得た、嫁のほうは男兄弟いっぱいだったために見慣れているらしく動揺せずに受け入れることができているらしい


「女性って逞しいんだな」

「男性よりも順応性が高いって何かの本でよんだことあるかも~」

「今にしてみればうらやましい限りだよ」

「あはは」


うなだれるおっさんに嫁は笑顔で笑いかけつつ再びリビングのテーブルのマイスペースに鎮座する


「なんだかんだで遅くなっちゃうから簡単なもので済まそうね」

「アナタが作るもので簡単な物に不味い物なんて無いから~」


おっさんは独り身が長かったせいもあり家事万能であるVRMMO内でも調理は数知れず行っている、ゲーム内での料理は補助効果を狙ったものがほとんどであったが味や香りは脳に訴える感覚があり満腹感さえ感じるほどであった


手早く素材を洗い、切り、焼き、盛る

また次の品を味見し食器の準備をする、流れるような動作で支度と調理後の調理器を洗ったり収納していく様は正に主婦のそれであった


「アナタいいお嫁さんになるよ~♪」

「ハイハイ毎度ありがとうね」

「私なんか胃袋で落とされちゃってる気がするモン」

「主夫冥利に尽きるね」


嫁はおっさんより一回り下である、しかし親の反対を押し切っておっさんの元へと嫁いできた、おっさんにとっては自分の何がそんなに気に入られたかがわからないうちに結婚が決まり二人でいることが今や当たり前となっていた


「少し納得した」

「なによぉ?」

「独り身が長いのもまんざら捨てたもんじゃ無いってコト」

「ふぅ~ん?ま、いいけどね」


訝しげにおっさんを見つめる嫁をしり目に料理は完成した


パンはアイテムボックスの常備品、野菜スープはポトフっぽくコンソメ風味でカツオと昆布の出汁も効かせてある、サラダもアイテムボックス内は時間経過が無いため簡単にできた、これを確認するための調理作業だった

メインは鶏肉のソテーおっさん風味である、酒浸しにした鳥をよくふき取ってから各種スパイスにまぶして両面こんがりと焼きあげてレモンと塩少量の醤油でソースを作り鶏肉とサラダが盛り付けてある皿のまわりに飾るようにちょんちょんと置いていく


「これで簡単な料理っていうと今の時代の主婦が嘆くと思うよ、アナタ」

「そうなの?まぁ細かいとこは気にせずに覚める前に食べようか」

「うん」


こうして異世界初日の晩餐を終え周囲には夜の帳が訪れるのであった







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