首都防衛の記憶
私は蝶華、只今首都に向かって迫りくる土石流に向かって全力で走っています
ハイプリーストってこんな速度で走れるものでしたっけ?
いやいや聖女様だし、旦那様は特別なんでしょうきっと
息一つ乱さないで全力疾走とか既に人の領域を超えて・・・
セシルさんも普通に会話しつつ走ってますね、私だけ?思考しか出来ないほど苦しいのは
「蝶華ちゃんやるねぇ、アジリティだけなら旦那様といい勝負なんじゃない?」
「かもね、体力は結構少なめなのかな?【ヒール】」
あ、旦那様が後ろから回復呪文を唱えてくれたようです体が軽くなりました感謝を!
にしても、平然と無詠唱魔法を走りながら魔法使いが使えたら前衛の職業の方は一体何をするのでしょう?頭が痛くなる思いです
このお二人と共に居ると驚きすぎてこちらの常識が間違っているような気になります
「土石流かぁ、ここの標高が2000Mだとしてあの先のかすんで見えてる山が火山湖の有る山だよね」
「恐らく5000Mクラスの山だね、雲被って山頂は見えないけど」
「ん~まずいね、勾配が8度切ってないんだよねぇ、速度落ちないかも」
「8度以下で速度低下で3度から堆積だったっけ?」
「そうそう、何かで堰き止めるのはまず不可能だねぇ」
何やら難しいお話をされているようですが先頭を走っている私には全く絡む余裕は無いのです
30分も走ったでしょうか、標高が上がったことにより樹木が極端に減り、岩と砂利が多くなってきました
「森林限界だよ~旦那様」
「うん、標高は約3500~4000Mって所かな」
「地形破壊スキルでもドーンっとやってみる?一瞬なら止めれるかも」
「最大スキルでも広範囲にはちょっと無理があるね」
「じゃあどうするの?」
「結界魔法ってドーム型じゃない、あれを無理やり巨大な球体にして、地面に叩きつける」
「その心は?」
「クレーター型の所から溢れたならクレーターに戻せるかなって、ダメかな?」
「ダメじゃない、攻撃以外だとその方法しか無いでしょ」
何やら話はまとまったようです私の方に声がかかりました
「蝶華ちゃん~ストップ!私の方に向かって来て」
慌てて止まって旦那様が先頭に残り、セシルさんと私は500メートルほどバックしました
「それじゃあ、全力でやりますか」
旦那様が魔力を練っています・・・が何でしょう?途中で止めてしまいました何か呟いているかのように感じます
「わかりました、では、その通りにやってみます」
再び魔力を込めて今度こそ詠唱が始まるようです、何の魔法なのでしょうか?
「特大の結界魔法をやるらしいよ~♪」
「結界ですか?だったら首都を結界で包んで守れるんじゃないのですか?」
「ダメだよ、それじゃ土石流で街道も何も全部ダメになっちゃう」
「ああ、そうなのですね」
浅知恵だったようです、そうこうしているうちに旦那様の詠唱が聞こえます
?ここから500Mは旦那様までは有るのですが・・・聞こえます
『響け祈りよ、届け願いよ、天に在る偉大な神に我が全霊の祈りを込めて、この地に住まう全ての生きとし生ける者を守る力を、神の御業をこの身に降ろし、今奇跡を体現せよ!』
何でしょう、旦那様の法衣からひらひらと舞う様に水色のラメ入りの羽衣が実体化して現れています
先程の直接脳に語りかけて来るような詠唱といい、羽衣といい、聖女と言うより・・天女?
「お~旦那様超本気だぁ~!上見て~」
「!!!!!」
上を向いて口を開けているセシルさんに釣られて私も上を向きます・・すると
「大きい!あの大きな球体を旦那様が作られたと言うのですか?」
「そうみたい、蝶華ちゃんは私の後ろに居て、絶対私の体の外に指一本出したらダメだよ」
「はい!」
そういうとセシルさんは2M以上ある大きくて太い剣を構え防御姿勢に入ります
上空の球体は大きくなりすぎて空を埋めているようにしか見えなくなって見上げる首がもぉ上がりません
『嫁、全力で自分と蝶華ちゃんを守れ!』
『旦那様は平気なの?』
『私は平気だよ』
『わかった信じてる、頑張って』
空が近づいてきます、天井が下がっている感覚と言えばいいのでしょうか?
大きな、とても大きなものが私たちの手前に向かって落ちていきます
最後に見えた旦那様は金色と白が混ざったような光に覆われて手を上に突き出して叫んでいる様でした
大きなものが地面と接触したのでしょうか?ゴゴゴゴゴゴ・・・と地響きのような振動が伝わります
「【アイアンボディ】、【庇う】、」
セシルさんが騎士スキルを使いました、次の瞬間には光で覆いつくされて何も見えなくなります
肌を切るような突風が吹いています、衝撃波でしょうか?セシルさんの背中に引っ付いて目を閉じ祈るように時間が経つのを待っていました
どどどどどどおおおおおおおおんんんんんん・・・・・・と轟音が響き渡り・・・
私はしがみ付いたまま気絶してしまった様で、気が付くと青空が見えました
「ああ、目が覚めたね?体はどこも痛くない?」
「は、い、痛くは有りません」
「よかったねぇ~♪」
空が見えて声が近いと思ったら旦那様の膝枕の上でした
旦那様はいつも通りの柔らかな笑みを浮かべて私を覗き込みます
「本当に平気?」
「だ、大丈夫れすっ」
カミカミになりながら私はガバっと体を起こします、すると
目の前にとてつもなく大きな茶色い湖がありました、先ほどまでは傾斜が少しある斜面だった筈ですが
地面は抉れた後淵の部分は盛り上がり、周囲の草木は衝撃波でなぎ倒され同じ方向を向いています
「ちょっと制御が難しかったんだよ、初めての事だし」
「上手くいったんだから良しとしないとぉ」
「あはは」
旦那様が照れ臭そうに言っていますが、この大きさの穴を開ける大魔法など見たことも聞いたこともありません
「奇跡を体現したのですね・・・」
理屈ではなく、心の底から畏怖と敬意が溢れ自然と私は涙を流して居たようです
横座りから立ち上がって私にハグをしてくれた旦那様は困ったような顔で
「これじゃ至って普通とは言えないよね」
と、少し寂しそうな雰囲気でした、そのまま旦那様の力がスーっと抜けていき
「寝ちゃったみたいですけど?」
「旦那様の得意技、寝落ちよ!こないだのアレの時と一緒♪」
「ああ、成程」
思わずその時の事を少し思い出してしまいました、首都の一大事の直後というのに
不謹慎ですね、忘れましょう
私とセシルさんはゆっくりと来た道を戻ります
セシルさんの背中で旦那様はスヤスヤと眠られて、何かの夢でも見ているのでしょうか
首都に戻ると兵士が市民に安全だと説明して回っている様子が多く見受けられました
私とセシルさんは王宮の門の前に立ち、守衛に王宛てに伝言を頼み、そのまま宿屋に戻りました
旦那様をゆっくりとベッドに寝かせて、暫くすると
「蝶華ちゃ~ん、お腹減らない?」
「あ、そうですね落ち着いたら何だか私もそんな気がします」
宿屋の女将さんに頼んで、簡単に摘まめる様な物を多めに作ってもらいました
「ふむふむ、ジャガイモと玉ねぎのキッシュ・・モゴモゴ」
「食べながらは喋ってはダメだと叱られてるじゃないですか」
「唐揚げもほいひい」
「もー」
頬いっぱいに食べ物を含んだ状態のセシルさんを見ていると、さっきまでの事が嘘の様でした
食後に着替えをして、私達も少し眠りにつきました体力はまだまだでしたが、精神的に結構参っています
こうして首都防衛の一日は終わりを迎えるのでした
「起きてください、起きてください・・毎回よく寝ますねアナタは」
「ああ、ん?ここ夢ですか」
「そうです、部下にお二人が眠った後で神具を設置しに行って貰いました」
「そうですか、先ほどは有難うございます、アドバイス助かりました」
「あの力は本来人の行使していい力ではありません」
「で、しょうね」
「ですが、女神スィーリズが下手を打つのが目に見えていたので予め準備をしておいたのですよ」
「流石です」
「しかしながら、アナタの祈りを体に降ろすのは少々骨が折れますね」
「すみません」
「暫くは何事もないでしょうが、時期が来ればもう一度あのような事態が再発する恐れがあります」
「どうすれば?」
「いつでも先ほどの力を行使できるよう私の加護としてアナタに授けます、この羽衣を持っていきなさい」
「有難うございます、これって神器の類なのでは?」
「そうです、が、他の管理世界であっても民が苦しむのは見ていられないので」
「わかりました、できうる限りは尽力します、それでこの魔法は何という名称なのですか?」
「神代魔法と言います、祈りを捧げ、祈りを受け取り、その身に宿った力をイメージで事象具現化することで行使する魔法です」
「!!それって神の・・?」
「だから言ってるではないですか、本来人の行使できる力ではないと」
「そうでしたね」
「では、行きなさいもぉ夜も明けるでしょう」
おっさんが起きると嫁と蝶華がおっさんの傍らでベッドの角にしがみつくように寝ていた
辺りは少し薄暗い程度で、時期に夜が明けるのだろう
「ベッド三人分あるのに・・ありがとう」
おっさんは二人を起こさぬようベッドに寝かして、【浄化】で綺麗になってから着替えた
目に入った冷めたキッシュと唐揚げは冷めても美味しかった、塩味と油は時々体が無性に欲するものだ
食事を終えて、お茶を啜りながら
「色々あったけれど、ここが守れて良かった」
満足げに微笑みつつ独り言ちるおっさんだった