茶番の先に
街議会資料保管室、【隠蔽】を使い音もなく資料確認をする嫁
例の如く脳内で会議中である
『あった、この街議会講演会運営費に教会の為の国の補助金が回されてるね』
『こうもしっかりと記載して残しているというのは聊か真面目過ぎる』
『几帳面なのか馬鹿なのかのどっちかじゃよ』
『何にしても証拠はまずはこれでいいね』
『その資金の流れ先は・・貴族かのぉ』
『十中八九そうであろうなぁ』
街会議議長カルチェ、先日屋根裏で見た貴族とつながっていた男である
金銭の受け渡し確認に彼の名前がほとんど使われている、担当は街議会講演会事務局
そこまで掴んだ嫁はその場を離れる
ドレスチェンジで漆黒の鎧姿に替え、ロングソードを腰に下げたうえで
セシルは議会講演会事務局に向かう
「失礼する」
「おや、どちら様でしょう?」
「旅の冒険者セシルという者だ、ここに寄付をすると貴族とコネが出来ると聞いてきた、私は王国貴族の護衛騎士志望でな」
局員の舐めるような視線を浴びつつ、セシルは革袋を出す
「金貨100枚は準備できたのだが・・・噂だけであったなら申し訳ない出直すとしよう」
「いえいえ、ここで合っておりますよ、どなたとの縁を求められるので?」
「ヴァイスプレ閣下だ!あのお方の男気に私は惚れたのだ」
「なるほどなるほど」
手を蠅のようにスリスリしつつ、局員は書類を取り出してくる
「こちらの部分にサインを書き込んで下さればそれで完了です」
「寄付金の行く先が教会となっているが、きちんと教会に渡るのであろうな?私利私欲で事を運ぶ輩は我が切って捨てようぞ!」
剣の鞘に手を当てて少し威圧する
局員は血の気が引いた顔で答えてくる
「え、ええ、必ずお届けしますよ」
姿勢を戻し革袋を渡すセシル
それだけ言い放ってセシルは街議会講演会事務所を離れる
『餌巻き完了~♪』
『ご苦労様、そのまま【隠蔽】で少し張り付いてて、すぐにボロが出ると思うし』
『了解』
通信を終えると曲がり角を曲がり様に早着替えして街議会講演会事務局の中に息を潜めて潜り込む
先ほどの局員は別室で金貨を数えていた
「へっへっへ、馬鹿な冒険者もいたもんだぜ、こんな大金ポンと置いていくなんざ」
チャリチャリと金貨の擦れる音がする中、その部屋に入ってくる者がいた
「上機嫌だなブレアム、その金貨はどうしたんだ?」
「これはこれはカルチェ様、たった今教会への寄付金が金貨100枚あったのですよ」
「おお、それは大金だな、メショーン伯爵もお喜びになる」
「我々の地位も安泰ですね」
「そうだな」
高笑いをする二人
「それで教会へはどの程度寄付を届けさせましょうか?」
「いつも通り雑穀10キロ程度で十分だろう、どうせ深く追求するものなどおらん」
「では、教会はそのように」
先ほど記入した書類をカルチェは見ながらブレアムに問う
「このセシルという冒険者、中級者か?」
「ええ、ひどく良い漆黒の鎧にロングソードを腰に下げてました」
「何でもヴァイスプレ閣下の護衛騎士になりたいとか何とか言ってましたが」
「捨て置け、どうせ確認しようにも門前払いだろう」
「間違いありませんな」
ここまで話を聞いたうえで再びセシルは外に出て、ドレスチェンジで漆黒の鎧に着替えロングソードを下げて街議会講演会事務局へと息を切らせて飛び込む
「大変申し訳ないが先ほどの金貨返却願えるだろうか?」
「おや、いったいどういった理由で?」
「シスターが直接ヴァイスプレ閣下と口利きして下さるそうなのだ」
「左様でしたか、少々お待ちくださいませ」
別室にゆっくりと戻ったブレアムはカルチェに相談する
「聞こえておったわ、あれほどの大声だ、しかし妙だなシスターは目を悪くして寝込んでいる筈ではなかったか?」
「確か、孤児のガキたちの話だと金貨100枚で高位神官の医療魔術で治るとか・・」
「金貨100枚だと?同額じゃないか」
「何か裏がありそうですね」
「とりあえずその金貨を返却してセシルとかっていうあの冒険者を泳がせろ」
「メショーン伯爵に連絡して、諜報部を一人借りる手筈を整えて、シスターの治療が完了してからどこから金貨が出たか調べさせろ、寄付金を直接受け取っていたことが分かれば教会の失態として責めて金貨は回収すれば良い」
「ではそのように」
金貨を返却してもらったセシルはそのまま教会へすぐさま戻った
「おかえり」
「ただいま~上手くいったよ」
「それは何より」
ここは教会のシスターの部屋、シスターには目に包帯を再び巻いてもらってベッドに座ってもらっている
「この格好で待ってればいいんですの?」
「そうです、もうじき向こうのほうから見学客が来ますので」
おっさんは窓を見上げて、お客さんを待つ
セシルは会議室の方に待機してもらい、ベッドの足元に金貨の入った袋を窓から見える角度で配置して準備万端で茶番を演じようというわけだ
ちなみにおっさんは高位神官用の法衣をお借りして着込んでいる
「お客様が来られたようですね、中々に仕事の早いことです」
セシルが戻ってきてからものの30分と経っていない、メショーン伯爵が勤勉なのか?はたまた諜報員が勤勉なのか?ならばいっそ良いことに力を使ってほしいものだと思いつつ
「ではシスター目の治療を行いますね」
「わかりました」
「【ハイヒール】」
無詠唱ではあったが、目に限局せずに全身に唱えているため光が全身を包み見た目はとてもすごい魔法に見えていることだろう
実はこの魔法、シスターを守るためにかけた【物理反射】の魔法なのだがぱっと見はシスターが包帯を取って立ち上がりおっさんに握手している時点で遠目ではハイヒールを唱えたものと考えてしまう
シスターが金貨の袋を渡そうとするが、おっさんはこんなには貰えないと数枚受け取って残りを返却する
シスターは大事そうにベッドの下の少し高価そうな箱に金貨をしまい込む
そして、おっさんが深々と頭を下げるシスターの元から離れる・・・
「さてどう動くかな?」
「捕り物、捕り物ぉ♪」
一旦会議室に戻ったおっさんは嫁と二人で嫁の【隠蔽】を使ってシスターの部屋に戻り、シスターがベッドに腰掛けている傍らに陣取っていた
何も知らない諜報員は街会議の者だと名乗り、礼拝堂でシスターに面会したいと言って来たらしい、対応しているのは巫女見習いの二人だ
礼拝堂にシスターが一人で歩いていく(左右にはおっさんとセシルがぴったりマーク)
諜報員は難癖つけようとやっきになってシスターを責め立てる、まるでヤクザだ
シスターは毅然とした態度を演じ続ける
「そのセシルさんがどなたか存じませんが、こちらには来ておりません金貨は孤児たちが奉仕などでコツコツ貯めたものでございます」
「嘘をつけ!言わせておけば」
諜報員は交渉を諦めたのかシスターの腕に掴みかかろうと手を伸ばす
無論先ほどの魔法効果により諜報員は跳ね飛ばされる
次の瞬間セシルの手刀が諜報員の延髄に入りうつ伏せに気を失い倒れた
「呆気ない」
「ね」
捉えたメショーン伯爵の諜報員は一時預かりで冒険者ギルドのヴァイスプレさん監視のもとOHANASHIを聞いていくらしい、俗にいう拷問?である
貴族VS貴族の場合は格が上の人間のいう事は灰色でも黒色でも白くなるようなのでお任せした
あとは後日確定した事実を持ってメショーン伯爵と街議会議長カルチェ、局員のブレアムに沙汰が有るはずだ
「これで貴族は教会に不満と疑念を抱いた」
「これはワザとだよね」
「そう、慈悲を与えないための・・ね」
おっさんは無理に必要のない施しをこの世界に与える気など全くなかった、本当に困っている人、救いのない人、寄りべなく祈るしかない人にだけ慈悲を与えれば良いと思っている
そのための布石の一つとしてこの茶番を準備していた
「あまりに呆気なさ過ぎて逆に怪しいほどだけれど・・」
「何か言った?」
「いや、何でもないよ」
シスターとともに今日出かけて行った巫女見習いの帰りを待ちつつ、緊急時にはコテジに転移できるように準備を整えていく
シスターの部屋からも転移できるように魔方陣を描き、今日は蝶華に現地には随行してもらっている
無論護衛は護衛で雇った上で、である
安全の為に打つ策は打ちすぎは無いとおっさんは考えできうる限りのフォローを模索する
命の替えは無いからね、ここは異世界だけれど、現実だ・・
辛気臭くなっているおっさんの方に寄り添うように嫁が縋ってきて
「全ての人にアナタが救いを与えなきゃいけない理由は何処にも無いよ・・」
「ありがとう」
おっさんは嫁の方に頭だけを預けるようにこてッと倒して目を閉じた