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第4話 性能試験



 そして、夜。


 メアは部屋に寝かせておいた。俺の部屋、メアの部屋。個人の部屋はその二つしか用意はされていなかった。そして、全く使用された形跡のない10の客室はホテルかと思うほど清潔だった。本当に、この屋敷はメアとの二人きりだ。


「さて」


 そして霊王は地下室に降りてきた。灯りをつけて見渡せば、至れり尽くせりだ――まあ月2000万単位とかいう破格な物件なのだからそれくらいはなくては困る。


「実験を始めよう」


 腐っても迅法C、人外の領域であるならば――我が真の実力を発揮すればあのくまモドキと戦った時の比ではないはずだ。初めて使ったような無様、もちろん記憶喪失で似たようなものだったと言い訳はできるが。


「だからこそ、試しておかなくてはね」


 手を机に置き、銃を押し当てる。まったく、こんなものまで豊富にあるとは記憶喪失前の俺は何をしていたことやら。マフィアか何かの類に関係があったのは、おそらく間違いはないのだろうが。


「--ッ!」


 撃つ。装弾数6発、すべて狙いたがわず0距離で手の甲に叩き込んだ。そういえば、と考える。自分の身体の――夢使いの性能を考えれば問題はないとはいえ、人間と言うのはそう簡単に自傷行為をする生き物ではなかった気がする。


 ……まあ、いいか。どうせ、戻るべきところなどないのだし。と軽く考え事をする。銃を自分の手に撃つなんて、その程度のことでしかない。”それ”は武人の考え方どころか――マフィアですらない戦争に偏った化け物の思考。


「痛いな、これが痛みか。と」


 手のひらをひらひら振る。白煙が立ち上っている。霊王は防御に優れた矛法に突出したわけでもなく、そもそも今使っていたのは迅法だ。基本的にかわすのが基本戦術と言っていいが、Cクラスならばその程度の防御力は持っている。これが矛法Cだったらミサイルの直撃を受けても無傷でいられるだろう。


「なるほど、やはり迅法とはいっても速さのみが強化されるわけではないと」


 ただの人間の手の甲だったら穴が開いて向こうが見えるはずだが、やけどが残っているだけだ。しかも、それは白煙を立てて刻一刻と回復している。それは癒法に相当する。迅法と言えども、速度・切断力以外も人外のものとなる。


「--」


 その傷を見つめる。痛みについても、感じ方が変化している。無事といっても手の甲は半分以上やけどに覆われている。人間だったら痛みに転げまわってもおかしくない。なにせ、指先をちょっとやけどしただけでも大ごとだ。


 都合がいいな、としか思わなかった。人外を名乗るだけあって、霊王に人間にこだわる気など始めからない。体を異形に変えていないのは単に美意識の問題だ。もしかしたら人間を同じ生き物とは思っていないのかもしれない。自分のことと言えど、そこまで深いところは分からない。


「――5分」


 治癒にかかった時間だ。本来の治癒に必要な時間に比べれば短すぎる。1週間かそこらで治る傷ではないし、そもそも痕が残らないようなレベルでもない。それが5分できれいさっぱり治ってしまった。


「ちょっとした切り傷なら戦闘中ですら治る――が、それも小さいものくらいか。そして、戦闘に使えるレベルでもない」


 霊王はpcを操作する。傷の治癒を記録して解析している。それ自体は大して技術は使っていない、カメラで撮影して見比べているだけ。あくまで修復スピードを大まかに記録しているだけだ。もっとも、同じことを何回か繰り返しすという科学で言えば基礎的な実験を、”自分の体でやる”などやってしまうのは、間違いなく狂気の域だ。


 もっとも、何の理由もなく海月の体液を己に注射した研究者がかつていたように、多少度を超えた研究者というものはそういうものかもしれないが。


「さて――実験は終わりだ。反射の試験に移ろうか」


 治癒については分かった。霊王はやけどを作るに飽き足らずに指の切断実験までやっていた。もちろん、自分で切る範囲を少し広げていくという普通に考えればただの拷問を,眉さえ動かさず。


 そして分かったのは腕を切り落とすようなレベルではともかく、指一本なら癒法を使えば治るということ。しかし、くっつければ早く治るが癒法なしでは接着しない。もはや普通に自分に拷問を課すような狂い具合だが、霊王は特に痛みを感じていない。


「機関銃、そして的。本当に至れり尽くせりだな――かつての己というものに感謝しよう。アルファ、射撃スタート」


 言いつつ、己が的の場所に立つ。そして、”アルファ”この屋敷に備え付けられた制御コンピュータに命令を下す。毎分2000発の弾丸が霊王を襲う。もちろん、こいつに機械三原則なんてものついていない、命令されれば主人にすら牙を剥く……機械的に。


「――っふ。ははは!」


 そして霊王は二本のナイフを持ち、まるでシューティングゲームのように弾丸を叩き落していく。


「っぐ。くく。あは――」


 だが、何発も身体に喰らっていく。毎分2000発は伊達ではない。集弾率のせいでおよそ3割は明後日の方向に飛んでいるが、それでも落としきれる数ではない。


「――そんなことがあるものかよ! この程度であるものか!」


 ギアが上がる。体の使い方を思い出していく。服はぼろぼろになり、皮膚が抉られてわずかに白煙が昇る。そして、10分。


「……っく! はぁーー」


 ガチン、と空砲の音が響いた瞬間に迅法から癒法に変える。カラカラと回る銃身を無視して回復に努める。


「記憶にかすりもしないが体の動かし方は思い出してきたな。とりあえず、最低限は使えるようにしておかないと話にならん」


 回復。そして。


「アルファ。次弾装填、射撃準備――射撃スタート」


 受ける傷が明らかに少なくなっていく。修行というより単なる苦行だが、しっかりと効果は出ている。もっとも刀を研ぐというよりは叩いて錆を落とす荒っぽい鍛え方だ。


「――」


 一発も当たらなくなる頃には3時間が経っていた。さすがにこれ以上は眠い。というか、日が変わっている。寝ることにして部屋に上がる。




「おかえり、お兄様。ごはんにする? おふろにする? それとも……メア?」


 こくりと首をかしげて聞いてくる。ぞくりとするような妖艶さを感じた。儚げな表情、人形のような、けれど目に光のある人外の魔性。生命とは対極の魔性の美。


「風呂をもらう。――人外は汗などかかんが、さすがにこれではな」


 少し目をそらした。当てられる、というほどでもなくてもさすがに感じるものはある。実験で全身血みどろの負い目もあるが。


「――待て。メア、起きてたのか?」


 ……起きていた。子供が起きるには早すぎる時間だ。もっとも、寝かせたのも早すぎたが。眠そうな様子はかけらもない、常のようにぼんやりとした目をしている。


「おきたのはさっきだよ。お兄様がそろそろおわるかなって。おゆうはん、もうたべたから軽いものしかつくってないけど」


 なにか、行動が完全に見透かされている気がする。まあいいかと嘆息して。


「そう、眠かったら寝てていいよ。それは風呂に入った後にもらうことにする」


「……ん」


 そういってとことこ歩いて行った。霊王はそれを見届けてから風呂に入り、食堂へ。食堂には当たり前の顔をしてメアがいた。


「メア、まだ起きてたの?」


「……メア、ねむくないよ」


 子供が起きているような時間じゃないな、と霊王は己の外見年齢を棚に上げて思う。いや、みかけとしてはアビスに入った大学生の頃そのままだからむしろ深夜2時台の今が本番か。色々考えつつサンドイッチを口に入れる。


「うん、おいしい。ありがとね」


「えへへ。メア、お兄様のためならいくらだってつくってあげるよ」


 にっこりとほほ笑む。なんともまぶしい無垢な笑顔だ。


「いや、実を言うと食べる必要はそんなにないのだけどね――」


 苦笑する。夢使いに生理反応は不要だ。まあ霊王は治りはしてもへばりついた皮膚の破片を洗い流すために風呂に入ったが、本来は食事も排泄も意味はない。


「でも、おいしいでしょう?」


「ああ、そうだね」


 霊王は余計なこと言ったかな、と思うが――メアは特に気にした様子もないので意識から消した。メアがニコニコ笑っているのがなんだかおかしくて口の端を上げた。そうするとメアはさらに喜んで、きゃっきゃと笑って。


「――メア、デザート?」


 霊王が食べ終わったのを見計らって爆弾発言をぶち込んだ。メアは手を広げて、すべてを受け入れるように微笑んでいる。口の端を上げて笑っている。それがデザート食べる? などと言う発言でないのは明らかだ。というか、デザートはカットしたフルーツがすでに並んでいる。


「……」


 黙る。まるで子供が誰かの言葉をそのままリピートしたような言葉だけれど、なぜかやればメアが一切抵抗しないのは確信できた。それこそ、何をしても遊んでもらったみたいに喜色しか返さないだろう。


「メア、そういうこと他の人に言っちゃだめだよ」


「……? だいじょうぶだよ。メア、メアのからだはお兄様以外にふれさせないから」


 それはそれで大丈夫なのかな――と思って。


「寝ようか」


「うん」


 そういうことにした。




「――うん、メア。部屋はそこだけど」


 後ろを指さす。


「……?」


 言っている意味が分からないというように首をかしげる。かわいらしくて抱きしめたくなったが、やっていいようなことではないだろう。


「いや、メアの部屋はそっちだよね?」


「うん、そうだよ。……?」


 ついてくる、自分の部屋を通り過ぎてもなお。どうやら一緒に寝たいらしいが。


「いや、男と女は一緒に寝るのはいけないことだから」


 ――大体、霊王にメアの記憶はない。初めて会ったとしか思えない……感情はそう言っていないが、記憶としてはそうなのだ。大切に思っている、だが一緒に眠るような親し気な感覚はない――いや、己の性質から言って実の妹だろうが一緒に眠ると言うことはしないだろう。


「そうなんだ。でも、お兄様はやっちゃいけないこといっぱいやってるよね?」


「……」


 答えが見つからない。いや、地下に機関銃を置いている男に何を言えというのだ。


「いっしょにねよ?」


 かわいらしく、両手を合わせておねだりしてくる。一も二もなく承諾しそうになって。


「――いや、だめだ」


「……ぷう」


 頬を膨らませた。それもかわいい――ではなく、まあこんなことに納得するも何もないだろう。


「ほら、部屋に行って」


「……や」


「え?」


「や。お兄様といっしょにねる」


「ええと……」


 どうしよう。拒否してもついてくるとは思わなかった。初めてのわがまま――会ったのは今日が初めだから実は意外とわがままなのか、などと益体もないことを考える。


「いっしょがいい。お兄様、メアになにしてもいいからいっしょにねよ?」


「――」


 この子、意味が分かっていってるだろうか。わかっているようには見えない。そして、メアはこてんと首を傾けて――


「お兄様が地下でやってたこと、いいこと?」


 ……いいこと、のわけがなかった。


「ええ、それは――」


「いいよね?」


「まあ、いいか。誰が見てるわけでもないし――」


 諦めた。


「えへへ」


 メアは手を取って抱きしめる。身長差で腕にしがみつく子供みたいな図になった。


「――やれやれ」


 観念して、自分の寝室に行く。




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