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第3話 生活するには単位が必要という残酷な事実



「――中々、立派な家のご様子で」


 メアの言うまま家に帰ってきたのだが。というか、この家でさえメアがそう言っているだけで自身のものだという確証が何もない。記憶がない。おまけに表札もない。そして立派すぎる一軒家。牽強付会であるが、目の前の”それ”が洋風であることはまあ自分の志向には合っているとはいえ――本気でここ、俺の家か?


「うん、お兄様の家だよ」


 心を読んだかのようなお言葉……いや、読んだのは表情か。顔に出ていた。顔の輪郭をなぞっても自分の表情は見えないが、おそらくはキツネにつままれたような顔でもしているのだろう。


「……俺の家、ねえ」


 違和感だらけだ。……俺はこんな家を持てるような人間か? とはいえ日本人であれば、それだけで上層にいてもおかしくはない。アビスは都市の性格上、ゴミためにしかならない。ここの実態など全世界の最底辺を集めたスラムでしかないからだ。普通に暮らしていける人間は決してこんなところに来たりはしないから。


 つまり、小学校を出ていれば高学歴というわけだ。俺は大学卒だから、そういう意味では研究者相当ともいえる。小難しい言葉を理解できる、それだけで大きなアドバンテージ。なぜなら、他のものは言葉が簡単に訳されてしまうために微妙な齟齬が発生する。……いや、周りのレベルが低すぎるだけか。


「理論上は、納得できる解を思い浮かべることもできるがね――」


 そう、そんなものは理論上。俺が偉くなれる余地はアビスにおいては、実は”ある”。けれど実際の社会なんて高学歴であれば成功するようなものでもないだろう。少なくとも霊王みたいな性格破綻者に関しては。というわけで、やっぱりまったく信じられなくて疑わしげな顔をするのであった。


「さ、いこ」


 メアはてくてくと歩いていく。ここまで着くのに時間がかかったのは霊王が歩調を合わせていたからだ。もちろん霊王が女の子に対する優しさなど持ち合わせているはずがなく、霊王はメア以外に歩調を合わせたりなどしない。それは失われた記憶から来るものだ。彼はあくまで他人の気持ちなど、そもそも分かることができない類の人間である。


「いや、ちょっとまって――」


 と言ってもメアはどんどん先に行く。嘆息してついていく。


「……鍵は?」


「ないよ。はいれるのはお兄様がきょかをあたえた者だけだから。だから人間はメアだけだよ。そういうふうになってるから安心してね。うん、NPCも、もういないし」


 ふうん、そういうもんかと頷く。


「じゃあ、お兄様はまってて。メアはお料理つくってくるね?」


「え? できるの」


 そんなに小さいのに、という言葉は飲み込んだ。いや、現代の日本人的な感覚としてできて大学生からというイメージになるのは仕方ない。童顔、といえば納得も――いや、そりゃ無理か。もっと幼い。一応は火を扱うに不安はなさそうな年齢ではあるものの。


「メアはずっとお兄様のおしょくじつくってたよ。大丈夫」


 ぎゅっと握りこぶしを作って、得意げに言う。こんな顔をされたら邪魔できない。霊王はひそかに黒焦げが出てきても無理やり食べようと決意する。


「そ、そうなのかーー」


 まあ、身の回りをこの儚げな少女に頼る自分のふがいなさはともかくとして。さらにこの美少女の浮世離れした雰囲気と家事の不釣り合いさも棚に上げて。とりあえず周囲を見渡してみる。


「メア? このデータ……はーー」


 ”それ”を見つけてしまった。わざわざ印刷したデータ。家計簿、というより生活費はこのくらい必要という感じの。


「……? メアはしらないよ」


「ああ、うん。そうね――」


 恐ろしい数字が並んでいる。家の賃料……2000単位。しかも、他の諸々まで計算すれば一か月に必要な単位は2500単位にもなる。しかも一か月で。


 家賃が高すぎる。というか、なぜこんなにも維持費がかかっているのだ。アビスの通貨は単位だ。そして大体1単位は日本円でざっくり一万円に相当する。いや、両替はできないが大体そのくらい買える。人一人養う程度ならば20単位もあれば不自由なんて何一つさせない――だって、ここには税金なんてものがない。


 そもそもにして! ここの一般人が稼ぐのは半期に精々12,3単位、一か月では2単位程度。そして、それでさえ今のアビスには選ばれた中流階層だ。稼ぐ必要のある単位がどれだけ高額か、これで知れるだろう。


「……おおう」


 ひどい。もう何かを言える気力もなくなる程に酷い。どうやってこれほどの金を用意しろと? 頭を抱える。


「--お兄様、どうかしたの?」


 とんとん、と軽快な包丁をふるう音に混ざってメアの声が。とても慣れている様子だ。料理には期待できそうだ――が。


「いや。なんでもない」


 とはいえ、メアに頼るのは違うだろう。いや、あの子けっこう得体が知れないから頼れば何とかしてくれるかもしれないが――男としてそれはやっちゃいけないことだろう。霊王にだって意地はある。


「そう? ごめんね、すぐ作れるのはかんたんなものだけだけど」


「メアが用意してくれるものに文句なんてつけないさ」


「もんく、つけてもいいよ? でも、おいしかったらほめてね」


「ああ」


 その料理は手製らしく、少し焦げなども混じっていたが――絶品だったので誉めまくっておいた。メアはとても嬉しそうにしていた。


 それは料亭で出てくるような料理とは質が違う、食べる相手のことを考えた料理だった。

どこかほっとするような味で、なぜか舌に馴染んでいる。それはまさに霊王のためだけの料理だった。



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