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第9話 残酷劇の開幕



 9席あるうち、6が埋まっている教室。そこはもはや教室などとは呼べないほどに華美な装飾がされ、果物に飲み物――飛行機のファーストクラスのようなきらびやかさの中に老けた学生たちが居た。


「――さて、あの霊王君だが来るかね?」


 スーツ姿の”でぶ”。でっぷりと太った腹をスーツで覆っているために、そこだけぴちぴちになっている。そのくすんだ金色の髪の下で弧を描いた瞳がニマニマと笑っている。異常なほどの暴力性に塗れたこの男はマフィアのボスと言うにも血臭が濃すぎる。この有様で社会に溶け込むなどできようはずがない。


「まさか、貴様がそう言うとはな『戦争狂(ウォーモンガー)』? 来なければ狩り出すまでのことだろうに。実のところ、潰してやりたくてたまらないのではないかな……あの糞生意気なガキを」


 こちらは絵物語に出てくる騎士そのもの――鍛え上げられた体には贅肉の一つも見当たらない。鉄塊のような男はにこりともしない。ただひたすら静かな殺意をまき散らして周囲を睥睨する。


「おやおや『二枚舌(ライアー)』、騙すのならばもう少し奇麗な言葉を使いたまえよ。キレているのはそちらではないかね? ほら、あれだ……神の御威光がどうたらとか、 [ロイヤルパラディン]としては面子以外に重要なものなどないと思っていたのだがね」


 調子に乗っているのか、戦争狂と呼ばれた男のニヤニヤ笑いがさらに深まる。すでに言葉でのナイフの抉り合いは始まっている。衝突は間近と確信できるほどの濃密な殺意がにじむ。――ここは戦場だ。


「ふん、無為に挑発するか。相手は選べよ、戦争狂。三つ巴でも四つ巴にでもしたいのだろうが、さすがに口喧嘩ではお前に分が悪かろう?」


 口喧嘩にもう一人参戦する。こちらは日本人だ。だが、騎士のような男と違って筋肉はあってもやせぎすだ。不健康的な細さに顔も青白い。


「は。『吸血鬼(ヴァンパイア)』が朝からご機嫌だな。昼でも口喧嘩ならできるってか?」


 赤毛。見るからに暴力的な気配を纏った彼は支配者よりも鉄砲玉と言ってしまった方が近い。言葉もズバリ――口ではなく手を出しての喧嘩を望んでいる。


「――殺すぞ。『王様(スレイブ)』」


 殺意がはじけた。否、最初から張り詰めていた……それがあっさりと切れた。


「ほざくな、雑魚ども。キャンキャン吠える犬ほど弱い――」


 呟くように、当然のように周囲を見下す彼はローブで体を覆っていて顔が見えない。見れば異様なふくらみが体のあちこちに見える……無数にアイテムを身に着けているのが見た目でわかってしまう。だからこそ、危険。


「「「「黙れ、『永劫卿(ストーン)』」」」」


 殺意が飽和する。


 ここまでで全員の異名が出揃ったのは偶然ではない。まあ、要するに名前を呼ぶのは嫌がらせなのだ。例えば一度でも「その名で俺を呼ぶな」とでも言ってしまえば、もう永久にその名で呼ばれ続けるだろう。そういうものだ。


 彼らはいつでも破滅的な地雷原の上でタンゴを踊っている。地雷を踏んだことなど数えきれないほど。……けれど、決定的な絶滅を辿っていないのは7つという数が多すぎるからだ。先に動けば6に潰されるという単純な計算が暴発を許さない。


「――やれやれ、先に始めているようだね。そして、ここはこう言っておこうか。久しぶりだね、皆々様。知らない顔が見えていないようだけど――何かあったかな」


 そこに霊王が参戦する。奇妙な言葉は記憶喪失がゆえ。空気を読まないのはわざとだ。知らない顔が見えていない、とは単純に7大組織なのにここにいるのが5人だからだ。全てが謎に包まれた[機関]の主が居ないのは当然として、さらにもう一人いない。[人類統制局]の支配者、『監視者(ストーカー)』。こちらは異常事態だ。けれど、彼の顔を霊王は覚えていない。


「やあ、『悪魔』。久しぶり、と言ってあげたいところだが……よくも我々の前に面を出せたものだな?」


「悪いね、頭をぶつけて記憶喪失になったんだ。だから、お前の言っていることはよく分からない。謝罪と賠償を求めるなら記憶を失う前の俺に請求してくれ」


 例え民大抵ならぬヤクザであろうと失禁するような凶眼をしれっと受け流す。霊王とて記憶喪失なのが知られているは承知の上。そして、殺意を向けられることは予想がついている。


「……なるほど。確かに記憶を失っているようだ。前はその名で呼ぶなと言ってきたものだ。懐かしいね」


「勝手に懐かしがらないでほしいものだ。――で、文句でもある? 言うだけならタダだぞ。聞きやせんがな」


「ふふ。ないさ。……ああ、ないとも。騙された方が間抜けだったと言うだけの話――だが、ね」


 空気が止まる。互いに武器を抜く、その一瞬前の緊張。


「――」


「――きひ」


 殺意が弾けた。


「……チ!」


 手が懐に伸びたのを察知して、霊王も夢を繰る。二丁と言う遊びは無し、最速で。


「一手、遊ぼうじゃないか」


 戦争狂が奈落のような笑みを浮かべ。霊王もまた凶悪な笑みを張り付けて。ピタリとタイミングを合わせたように同時に銃を掲げた。


 ――銃声が響いた。


「――くはは」


「チィ」


 壁に亀裂が走った。舌打ちしたのは霊王だ。


「いやはや。楽しい! 楽しいね! この薄氷の上を渡る感覚――病み付きだ!」


 さらに深い笑み。本当に楽しんでいやがる……腕に一つ、逆側の頬に一つ裂傷が走っていても。


「……本当に、悪趣味な奴だ」


 霊王の方には頬に一つ。大してダメージを負っていない方が苦々しい顔をしている。が、まあそれも当然と言えるだろう。こっちは撃つ瞬間に夢を切り替えた。全力を出してしまった――向こうは最初から本気だったことを見抜けず、後乗りするカタチで。それは何ともカッコ悪いだろう、向こうの思惑に乗ってしまった。


 霊王と戦争狂のぶつかり合いは壁に亀裂を作った。ゆえにこそ、これらの傷は二人の衝突によってできた傷ではない。ゆえに、勝敗を言うならば霊王の負けで――戦争狂の大負けだろう。


「――」


 霊王は残りの4人の様子を伺う。


(判断はつかない、か)


 このうちの一人の攻撃をかわしきれなかったのが頬の裂傷だ。二人が戦争狂に攻撃を仕掛け――残りの一人は様子見だった。互いに手傷を負ったのは、相手の攻撃ではなかった。


 睨み合う。すでに局面は二人の諍いから六ツ巴の段階へ移行している。わずかに身じろぎしても他の5人から攻撃を喰らう恐れがある。”動けない”、どんな鋼の心臓を持っていてもなお止まるような緊張の中、この6人は薄い笑みを浮かべている。


「「「――」」」


 恐れを顔に出す者がいない。面白がる顔、不機嫌に隙を伺う者、強いのは俺だと宣言するように不遜な者――多様な嗜虐的笑みではあるが、一つ共通しているのはビビってイモを引くような臆病者は居ないということ。


「はい、ホームルームの時間ですよ。席についてくださーい」


 そこで現れるNPC。NPCなどこんなものだ。銃弾が飛び交っているならば恐怖に震えて隠れているかもしれないが――尋常ならざる殺意が振りまかれる中には平然と入ってくる。理解できない、と言うよりもそこまで処理できるほど頭がよくない。wikipedia的な知識量とは違う類の”頭の良さ”が足りないのが人間ではないNPCだ。


「――興が削がれた。今日はここまでだな」


 そう言って戦争狂は早々に深々と椅子に座りこんでしまう。先ほどまでのいつでも対応できるように浅く腰かけた体勢とは違う、警戒感の欠片もない姿だ。


「なるほど。では、俺も座らせてもらおうか。……先生?」


「はい、なんですか? 神薙さん」


「……ち。俺の座る席だ。どこだ?」


 舌打ち。なんとういうか、霊王は相手が人ならともかく、機械相手だと意図に沿わないと殴り壊すような幼稚さを持っている。


「はい、そっちの奥です。ホームルームが始まるので早く座ってくださいね」


「……」


 その席に向かう途中。


「そういえば、俺は君の王国を土足で踏み荒らしてしまったわけだが――王様として、何か文句でもあるかな?」


 皮肉を一つ。アメリカの代理人、アビスの表側を支配する彼に。

「下らん。俺はそんな潔癖症ではない。そんなものは秘書に聞け――レイプ魔どもがどう死のうが俺の知ったことではない」


 ――なるほどね。彼らは作戦行動ができるレベルのインテリだ。誰にでもできる? それは日本人の話だろう。小卒ですら高学歴ならば、それができるだけで十分インテリだ。外の世界でも十分やっていける。


 だからこそ、彼らは犯罪者と言うわけだ。アメリカが良くやる手だ――犯罪者を連れてきて戦力にする。頭のいい人間を連れてくるのは国益の損失だ、なぜならこのアビスから得られるものは何もない。


 好事家の玩具など、経済の発展になにも寄与することはない。が、無視することもできない折衷案。どころか、人捨てにならずに不要な人間を処理できる”リサイクル”。世論がアビスを無視するから、アビスに人を捨てても非難されることはない。よくできているようで、実はなんでそんな風に回っているのか不思議でしょうがない。けれど、世界はいつだって何となく回っているものだ、アビスが特別ではない。


「やれやれ、世知辛いこと」


 肩をすくめて、席に着く。話はそれで終わりだった。


「では、今学期の講義申込書を配ります。なお、スマホからの登録も受け付けていますので、そちらもどうぞ」


 NPCの説明を聞き流す。どうせスマホを見れば分かることだ。


 そうして、時間が過ぎ――それぞれ帰る。おいそれと手出しできない以上、機会をうかがうことになる。霊王は、とっと家に帰りたいと言う別の思惑もあったが。




「……やれやれ、帰ってくれたか」


 戦争狂いが嘆息する。霊王はホームルームが終わるとさっさと帰ってしまった。


「しかし――なんだ、『監視者(ストーカー)』は来なかったな」


「……ふふん、その様子だとお前は知らないんだな、『二枚舌(ライアー)』。いつものごとくぺらまわる口はどうした?」


「生来口下手なのだよ、『永劫卿(ストーン)』。そして、君も知っているはずがないな」


「さて、それはどうかな――」


 ギスギスした空気が張り詰めている。何かあれば即座に手を出す殺意が朝と同じように満ちていた。


「まあ、知らんことを知っているように見せかけるのも滑稽だぞ二人とも。まあ、私も知らんのだが。そんなことより神薙霊王をどう始末するかの方が先ではないのかね?」


 この中で一番遠慮なく殺意をまき散らしているのは彼だ。もっとも、それが何かを意味しているわけでなく常にこうなのだが。


「やるならお前がやればいいさ、戦争狂。監視者も、案外霊王が起こした騒ぎの中で命を落としたかもしれんのだしな」


 わずかに空気が変わり。


「――は。下らんぞ、吸血鬼《ヴァンパイア。そんなことでアレが死ぬものかよ」


「日和ったか。そんな愚にもつかない妄想をするとはな」


「自分の心配でもしたらどうだ? そんな耄碌ぶりではな」


 集中砲火を受けた。何か隙を見せたらそうもなる。もっとも、集中砲火を受けた彼は不機嫌そうに鼻を鳴らすのみだ。このくらいで精神をやられるなど洒落にもならない。


「はは。この臆病者どもめ」


 あらん限りの侮蔑を乗せた言葉。だが。


「では、お前がやると言うことだな。やってみろ」


「そうだな、別に止める気はない」


「いや、奴を狙う貴様の息の根は止めるかもしれんがな」


 トゲトゲしい反応。最後の一人など横から不意打ちすら宣言している。もっとも、そんなこと宣言するまでもなく当たり前のことだ。


 そして、沈黙を続ける『吸血鬼(ヴァンパイア)』。彼もまた、誰かが隙を晒せば遠慮なく首を取るだろう。


「――応とも。開幕はこの私が上げてやろう。横から見ているがいい……勝つのは私だ。勝利を我が手にオールハイル・ヴィクトーリア


 闇が、嗤う。




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