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第7話 モンスター殺戮



「――狩りをするなら”ここ”だと失われた記憶が言っているような気がするね」


 あたりを見渡す。近くに敵の影はない。静かなものだ、風がさわさわと音を立てている。辺りには――見渡す限りの草、草、草。普通は何か思うところだが、こんな風光明媚な風景を見たところで霊王の感情は動かない。


「草原。やはり場所が変わったかーーいや」


 霊王はそうと知って階層を超えたわけではない。第二階層へ行った時と同じように同じ場所へ飛ぶかと思っていた。……が、今となっては驚いていない。デジャビュ――というより、失われた記憶はそれを知っていたために、体験したら思い出した。


 ……もっとも、連鎖して別の記憶まで思い出したわけではないから、ただの”知ったかぶり”と同じだが。よくいるだろう、特に予言して見せたわけでもなく「いや、そうなるに決まってるじゃん。知ってた知ってた」などと後からほざく輩は。


「すでに僕は補足されている。ゲームだったらBGMが変わっているかな――ああ、いや。……”変わった”ね」


 羽音。そして、風切り音。襲い来るモンスターは奇襲などと言う知恵など持たない。ただ、そこら辺を見ていて気付いたら襲い掛かってくるだけの昆虫じみた生態。だが――比べ物にならないのは、その知覚範囲と脅威。先の殺した男たちとはレベルが違う。


「8層ともなれば、まさに”災害”ともいえるモンスターが出てくるか。2層ではピストルでも持っていけば十分だったと言うのにね。確か――ただの銃が重りになるのは4層からだったかね?」


 ”それ”は全てを破壊しながら近づいてくる。ミサイルだろうが効かないし、そもそもよけてしまうだろう。だが、霊王は涼しい顔だ。自分が神に愛されているとは思っていないし、幸運でどうにかなるとも思っていない。ただ、己はそれ以上の化け物だとわきまえている。


「さて、まずは少し”遊ぼう”か。ドラゴン君――ッ!」


 先の米軍の兵隊を殺戮した銃を向ける。もっとも、そんな鉄くず、ドラゴンにとっては何も怖くなどない。ただ、手を挙げたから威嚇されたと思って。


〈ッガアアアア!〉


 吠えた。こちらも威嚇だ。だが、人間のかよわい行為とは根本的に違う――それは空の王者としての威厳がこもった”殺戮行為”。ただの音が地をめくり、破壊して衝撃波となって襲い掛かる。


「――ッチ!」


 実のところ、霊王は強化(矛法)射撃(射法)も得意じゃない。だから、霊王の持つ銃も現実の強度からさほど離れていない。――ゆえ、歪んだ。咆哮の衝撃波で銃口が曲がってしまった。


〈グルアアアア!〉


 ドラゴンは口を開き、こちらを喰らおうとする。その牙の前では人類の最新技術だろうが紙くず同然――(アビス)でのみ生きられる幻想の存在なのだから、その存在は現実とは格が違う。たとえ現実には出て来られない儚き存在だとしても。


「――とはいえ、至近距離なら。ね」


 連射。一瞬でマガジンを使い切った。銃弾は全て口の中にプレゼントした。――と、いうのに。


〈ギシャアアアア!〉


 響くのは苦痛ではなく怒りだ。変なものを口の中に入れられた不快さ。吠えるついでにすべて吐き出した。……鉄は相当にまずいらしいね。


「なら、目だ」


 曲がった銃では正確に飛ばない。暴発の危険があるのだが――実のところ、暴発して銃身が爆発しても霊王なら回避できる。ならばとばかりに飛んで、ドラゴンの頭の上に着地する。そして連射。


〈ギイイイイイイ!〉


 さすがに少しは痛かったようだ。ドラゴンにされても可愛くもなんともないが、涙目になっている。


「――これも、効果なしね」


 また飛んで、今度は地面に着地する。ドラゴンの突進をかわしているのは迅法だ。射法を使うのは銃を使う一瞬。切り替えていなかったら今頃とっくに霊王はドラゴンの腹の中だ。錆びたナイフで切りつけ、戦闘機で逃げるような奇特な戦法――攻撃と回避のレベルが違いすぎる。


「これ、気に入ってたけどね。ま、いいさ――これもプレゼントだ」


 もう使わない銃をドラゴンの口の中に放り込んだ。


〈ガアアアアア!〉


 今までで一番怒った。鉄の味はそこまでまずいらしい。まあ、銃弾よりでかいからねえ――と、霊王はせせら笑う。


「さて、遊びの時間は終わりだ。ドラゴンなら火の一つでも吹いてみろよ。芸の一つもできないならば、さっさと駆除してしまうぞ?」


 ドラゴンは霊王を見失った。気付いた時には少し離れた場所にいる。ゲーム的に言うなら、レベルは彼の方が上なのだから。だから、この”8層”で遊んでいる。


〈――ッガア!〉


 火の玉を吹いた。それはまさに小型の太陽。大地を焦がし、溶かし――徹底的に破壊するそれは奇しくも人類の攻撃力の頂点、核兵器と同等に。通り過ぎた後にはガラス化した地面が後を晒す。


「ふむ、まあ言葉を理解できるような畜生ではないとは思うが――おあつらえ向きに距離を離したからか。実験をしてみてもいいが」


 行動パターンの解析をしてはみたが、それがそもそも解析できるようなものかも分からない。おそらくはNPCと似たような存在だろうと思っているだけだが、ドラゴンが生物ならばゲームの攻略と同じようにはできないだろう。それを調べるのも興味深いことではあるが。


「――それも面倒だ。死ね」


 ”その実験を自分がやったことがあるかもしれない”。そう思うだけでやる気が萎える。やはり、他人がやったことをなぞっても面白くないし、自分が一度やったことなら猶更だ。


 迅法による斬撃。吐いた火の玉ごと一刀両断にした。


「お、100単位行ったか。やはり稼げるね――上限に注意しないと無駄になるが」


 うん、上限だと? ああ、一人で……というか徒党で稼げる量には上限があることを思い出した。仲間はメア以外に居ないが――メアを連れてきて乱獲しても二人分にはならないか。それでは単位は入らない。


〈チチチチチ〉


 何の音だ? そう思うのと同時にそれが襲い掛かってきた。


「蜘蛛――か! 気持ち悪っ!」


 さすがに悲鳴を上げた。数mmの微細な蜘蛛が無数に這い上がってきた――無駄に身体能力を強化しているせいで、そいつの姿を一々はっきりと見てしまった。


「ち――イ! 燃え尽きろ、火炎放射能力(パイロキネシス)!」


 叫んだのは伊達でも酔狂でもない――本来は使えないほどに苦手なものを使うためにキーワードを叫んで連想を強化した。その程度でできてしまうのは霊王の異常性とも言えるが。


「う――わ! 効いて、ない……ッ!」

 

 たかが数百度にも達しない炎はその蜘蛛を燃やすことができない。これでも8層のモンスター、焼夷爆弾くらいでは死なない。


「ああ――もう、なまっている。判断が(にぶ)すぎる。やはり、戦闘は本職ではないな!」


 旋風。全て、斬り殺した。はじめから迅法を使うべきだった――それが得意なのだから、普通はそれ以外は使うべきではなかった。それは(アビス)の基本戦法だ。


「……は?」


 戦闘は本職ではない、思わず口に出たが――


「それは後だな。……やはり、倒せてはいない」


 スマホを操作、単位が変わっていないことを確認した。これも常套手段……モンスターを殺せていなければ単位は入らない。8層ともなれば悪辣な性質を持つモンスターも登場する、それは9層が本番なのだが。それを防ぐための、システムを悪用した裏技だ。


「本体は――どこだ?」


 乖法(クラック)、使うのは透視(クレヤボヤンス)。だが、やはり適性が足りない。最底辺のFなのだ――ただ”使う”ならともかく、対抗するのは難しい。


「――クヒ」


 嗤う。笑みが浮かんだ、それはギャンブラーの顔だ。一か八か……今までの何がどう転ぼうが圧倒できた時とは違う、死の可能性を感じて。


「……ッ!」


 巨大な蜘蛛の足が現れたのは背後――それも後頭部だ。決してあり得ないはずの攻撃の秘密は”空間に潜る”能力。子蜘蛛が地面から伝って足から這い上ってきたのは伏線、ようするに手品の”種”だ。思考を地下からの攻撃に誘導するために。


 だが、手品の種を撒いたのは霊王も同じ。わざと苦手な夢を使ってステータスを下げた。蜘蛛の攻撃を誘発するために。


「それで殺せると? 甘いぞ」


 ――かわした。予想していた以前の問題だ、なぜなら霊王は家を出てからずっと第三者の奇襲を警戒していた。この場合は第ニ者とでも呼ぶべきかもしれないが、背後の警戒は切っていない。切るはずがない。そして、タイミングは霊王が指定したも同然。


「賭けに勝ったな」


 ナイフを突き差す。嗜虐的な笑みを浮かべ――


「さあ、壊してやろう」


 線が走る。そして、見えない”空間の向こう側”に潜む蜘蛛の本体にも。迅法の切断を伝播させる。切らずとも破壊する、ここまで器用な真似ができるのはそうそういない。基本、上位の夢使いは一芸に特化している。


「……さて、もう10匹ほどは狩らんと家賃の足しにはならんね」


 殺戮を開始した。




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