6話
聞いた事の無い言語、時代錯誤な周囲の環境。生まれ変わるなんて言う稀有な体験である以上前世とは違う世界という可能性は考慮していたが、そもそもとして世界の法則そのものが違うなどとは考えていなかった。
学者でなかった以上重力が云々空気の組成が云々といった専門的な知識は存在せず、どのようにすれば元の世界との差が有るか調べる方法ももちろん覚えていなければ、正直差があるからどうしたと言える程度にはどうでもいい事で。
問題なのは物理法則もあったものではないかもしれないという事。いや、少なくとも今まで生活してきた中ではそのような事を感じる事も無かったわけであるが、侵入者の腕が子供の払いのけで関節を1つ増やすというのは超常現象だろう。
だからといって私が特別に優れているわけではなく、そもそもとして貴族と平民という『差』はそういうものであるという講釈を聞いた時にやっと前世とは違う法則があるのだという事に気が付いた次第である。
どうやらこの世界では『格』ともいうべきものが存在するらしく、格の違いが大きい生き物であればそれこそ格の高い生き物が持った紙で格の低い生き物がばらばらにされるといった事が起こるらしい。どうやら男どころか人間も辞めていた可能性がある。
まあ世界が違えば物理法則の知識など当てにならなくても仕方がないだろうし、自身が人間かという事は自分がそう思っていれば良いと何処かの誰かが言っていた気もする。自分が自分なのかなどという疑問を抱くほど若さを昂らせていない。
少なくとも突然何の脈絡もなくテレポートしたり明日突然世界が滅びたりといった事に対策するのは、前世で空が落ちてくることを心配するようなものだ。それよりは目の前の現実について考える方が有意義である。……現実逃避という点ではこれ以上ないかもしれないが。
「………………」
「………………」
子供なら泣き出してもおかしくはないような圧力、それも子供なら気が付かない雰囲気的な物ではなく物理的な圧迫感すら感じるほどのソレを推定父親に浴びせられている状況。本能的に目の前の生き物との『差』を理解することが出来てしまう。
高まった圧力が、ある程度の所でふと霧散する。プレッシャーからの解放でようやく呼吸が止まっていたことに気がつく。冷や汗で背筋が冷たく、人としての尊厳はかろうじて死守出来ている程度だ。……アンモニア臭? 知らない子ですね。
「……惜しいな、男子であれば余程……」
至極残念そうに呟かれた。こちらとしてもその点においては心底同意する内容なのだが、無論言葉にできる筈も無い。正確には息を荒げないように必死でそれどころではないというだけでもあったが、よしんばそうでなかったとしても喋りはしなかっただろう。
「ふむ、或いは……まあ良い、とりあえずはだ」
トントンと、指で机をノック。合図によって部屋に運び込まれたのは檻に詰められた小動物。
「ソレを殺してみなさい」
そう宣言する父上殿の目は、この部屋に入った時から変わらずにこちらを値踏みしていた。