1話
天地の上下も分からない狭い闇の中で、私は微睡に揺蕩う。覚醒しきらない意識の淵で、存在するはずの無い過去の記憶を回想する。
至極平凡な人生だった。人並に学校に通い、人並に勉強し、人並に大人になった。人一倍熱心に取り組んだ事も無く、趣味と言っても広く浅い。うだつの上がらない日々を、漠然と送っていくだけ。
ただ、どうにも人と合わせることが苦手だった。いっそ人間嫌いと言えるほどだったかもしれない。
子供が嫌いだった。我が儘で落ち着きがなく、およそ理性というものの片鱗すら感じさせずに走り回る様はどこまでも精神に負担を掛けた。
大人が嫌いだった。自分の発言に責任も持たず、ころころと意見を翻し平然と嘘をつく様は醜悪という言葉がよく似合った。
女が嫌いだった。感情に従って理性を置き去りに暴走する様などは、同じ人間なのかと真剣に悩むほどに相容れなかった。
男が嫌いだった。暴力的な人間の多さに辟易したし、表面上は理性的であっても女が絡めばその理性を蒸発させる様は最早言葉にすることも無い。
それでも、だからこそかもしれないが、人の輝きが好きだった。いや、人の理性や信念を尊いものと思っているからこそ、逆に周囲の人間が理想とかけ離れている為に嫌っていたのかもしれない。
理屈の上で正しいことを言っているはずなのに、声が大きいだけの意見に封殺される。感情に振り回される人間に、理性を期待できるはずもない。私の人間性が気に入らないなどという理由で否定された事もあった。
それでも、処世術などとは無縁なままにとはいえ人並に、極普通に生きていた筈だった。曖昧で思い出せない最新の記憶は、いつも通りに道路を横断する光景で、そこで何かが。
光が差し込み、闇から引きずり出されたとき。その光が、トラックのライトと被って見えて。ああ、轢かれたのか、などと思い出しながら、私は第二の生を受けるのだった。