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三章

 三章悪魔の杜

 

 人の部屋を覗くとき、そこに拡がる様子は、(ぬし)の心映えであるという。細かいことに気を留めない人間の部屋は散れている、潔癖症の人間ならば、整然と家具が並び、ちょっとシーツを乱しただけで(あるじ)は怒るだろう。

 なら、悪魔が棲む杜はどうだろう。

 禍々しい空気が支配している? いや、目に見えて、邪悪だった。木々の枝葉は、ふつう、太陽を目指し上を向いて伸びる。しかし、老木でもないのに、若木さえも、その枝を地面に向けて伸ばし、天から降りそそぐ数多の魔手に映る。地に堕ちた悪魔は、天上の神の野に未練はないといわんばかりだ。

 加えて、不自然なほどに、蔦が生い茂り、樹木の皮には赤黒い苔が生している。狭い間隔で生え揃う木々とその葉のせいで、森に明かりは殆ど注がない。地面は雨のたびにぬかるみ、陽光が届かないせいで、いつまでも泥のまま、ルカの足は踝までめり込んだ。森ではなく、沼地や湿地帯のようだ。

 しかし、光が届かないにも関わらず、泥からは幾何学模様を描く生理的に嫌悪を抱く、草が生えている。見たことのないものだった。森そのものが、異界のよう。ルカの村は肥沃な平野部にあるが、乾燥した風土だ。一歩、進んだだけで、こうも違う。

 水は清浄の証として、教会は聖水を人々に配る。

 けれども、その聖水すら、腐ってしまえば毒水だ。人の腹を痛めつけ、場合によっては死に誘う。繁茂する草木は、清らかな水ではなく、腐った毒水に根を張っているように感じた。それとも、悪魔のお導きだろうか。

 ルカは泥濘の中を進んだ。一歩一歩がつらく、舗装道路の何十倍もの時間を掛けて々道を進んだ。

 やがて、杜の間口が見えなくなったが、悪魔が彼を食しにくることはなかった。迷信だったのだ。杜から出れなかった人間というのは、どこかのぬかるみで足を取られ、脱出できずに絶命した愚か者に違いない。これだけの湿地だ、どこかに、底なし沼の類があってもおかしくはない。慎重に進まねばならなかった。

 そのうち、夜も昼も分からなくなった。

 霧が太陽を隠しているのか、いないのか。初めから(やみ)の世界の悪魔の杜にはまるで関係のない話だった。

 冒険記によると、村からすぐの杜の口からまっすぐに進むと、杜の中枢に出ると書いてあった。中枢は開けた場所で、一本の大樹があるという。

 不安にもなった。直進しているかどうかが怪しい。樹海のようなこの場所で、帰り道が分からず、野垂れ死にするかもしれない。

 しかし、ルカの不安はそこにはない。アリサなきなら、生きている必要もない。この世に未練があるなら、それは、神からアリサを奪還する手立てをなくすことだ。すなわち、悪魔に会えずに死んでしまうこと。

 悪魔に魂を売ってでも、と人はいう。背水に面し、それでも、成就を願う者がそうのたまう。

 悪魔に魂を売ることが人からの落伍だとしても、そんなことは関係ない。

 けれども、ルカに魂を売る気はない。自ら死して、アリサを救出しても、ここで絶命するのと同じく意味のないことだ。

 悪魔は自分に如何なる対価を求めるだろう。

 人の命か。ならば、他人の命を捧げよう。何百人でも、何千人でも、無関係で出会ったことすらない人間なら、いくらでも贄として献上しよう。願わくは、悪魔が神の命を所望してもらいたい。神の命があるのか、殺せるのか、殺せるだけの力量が一介の人間にあるのか、それはわからない。すべては、悪魔の判断に委ねられている。それが全てだ。

 そして、全てを始めるのは、杜の心臓部へ至らねばならない。

 足が棒のようになっても、ルカは歩みをやめなかった。

 膝から下が棒でも、手で木の幹を握り、腿で歩けばいい。

 腿が棒になったなら、手で引き摺ればいい。

 手が棒になったなら、休もう。そう、決めている。

 どんどん、体の感覚がなくなっていく。水気に浸りきった下半身が氷のように冷たく、赤く悴んでいる。掌には木の皮で摺った擦過傷から地が滲む、枝が額に蚯蚓腫れを作る。爪と皮膚の間に苔が詰まる。衣服はところどころ破れ、泥水を含んで重い。

 息はずっと上がりっぱなしだ。心臓が軋む。

「うわぁ……」

 つんのめった。根に足を取られた。起き上がれそうになかった。なんとか、這いずって、木に背を預けた。すぐさま、睡魔が降臨した。凍死も考えられた。けれども、ルカの意思は睡魔に逆らうだけの余力がなかった。背負ったバックから麻布を出す間もなく、上瞼は下瞼を包んだ。

 激痛に目を醒ました。とっくの前に、泥に奪われ、素足となった足の裏にヒルがくっついていた。久々の大きな獲物とでも思ったか、何匹も何匹も群っている。冗談のような量の血液が皮膚から出ていた。

 どれくら、眠っていたのか、石のようだった体はある程度、自由になっていた。

 一匹一匹、剥すのが面倒で、体を回して、樹皮で足の裏を擦った。ヒルは潰れて、ルカの血で丸々肥え太った体を弾けさせた。血液は赤黒い苔を一層、赤黒くした。

「ふあははは」

 ルカは笑いが抑えられなかった。

 昨日なのか、それとも、一昨日か、それとも数時前の今日かはわからないが、眠る前はヒル一匹会わなかった。ここに来て、彼らに出くわしたのが、嬉しかったのだ。

 目も口も手も足もない醜い異形のクソムシが、まるで、悪魔のファミリアに思えたのだ。杜の歓迎を受けた気が込み上げる。

 ルカは腰を上げた。

 また、前進しなくてはいけない。

 もう、どっちが前かはよくわからなかった。

 それでも、進むしかない。それしか、道はない。

 選択肢はひとつ。

 原動力もひとつ。

 ただ、最愛の人がために――。

 悪魔の杜の景色はどこも一緒だ。

 混沌よりも整然。

 暗く陰鬱な様子で塗り固められた統一感。ある意味、美しく、清廉だ。

 昼と夜、流動的な世界から隔絶している。

 神代が終り、神と悪魔の戦争が終り、人が泥人形から作られてより、ずっとこの杜はこの姿なのだろう。世界が霧で、暗黒の世界になり、人が惑っていようとも、ここは、大昔からずっと、漆黒の空間だったのだ。潔いじゃないか、とルカは思った。

 これぞ、あるべき世界のように思えた。

 神に捧げものをし、祈り、その寵愛を願ってまで、少しの時間の陽の光を求める人間のなんと、醜いことか。そんな、人間の思考回路を神は熟知している。なにせ、彼の作った泥人形だ。

 しかし、人間は喜怒哀楽を持っている。

 神の家畜じゃない。

 牛豚と一緒にするな!

 廻る思考から、叫びそうになった。けれども、声は出なかった。ただ、嗚咽のような呻きだけが出た。全身びしょびしょなのに、喉だけはカラカラに渇いている。

 水が欲しい。

 ルカは羊の胃袋でつくった水筒を取り出す。

 中身はもうなかった。たった二日で飲み干してしまった。

 下を見た。

 粘り気のある水、泥濘の水、飲む気になれない。

 (かぶり)を振った。そして、水筒を捨てた。もう、いらない。

 進もう。

 もう、ワケがわからなかった。夢か現かさえ定かではない。

 ただ、機械のように、ルカは手足を動かし続けた。

 頭は働かない。ただ、同じ風景を延々と視神経に写し続けるだけ。

 彼を動かすのは、たった一つの意思から発する命令、ただひとつ。

 血を求め、下半身から背中へとせり上がって来るヒルも気にならない。痛覚そのものが、麻痺して久しい。数日前に脱ぎ捨てた上着、そして、剥き出しの肩を腹部を傷つける枝も、払いのけることもない。前に転んでも、起き上がるだけだ。泥が足を取っても、引き抜くだけだ。

 食料はとうに底をついた。最初は空腹を訴えていた腹も、もう、何もいわない。口内でだらしなく垂れ下がった舌は、砂粒の付着した紙を食べているような気分になるだけだ。唾もとうに枯れた。口腔はひゅうひゅう鳴る。唇を潤すのは、転んだときに口付けする足元の泥水のみ。

 千枚通しのように尖った枝がルカの掌を貫いた。ルカは縫いとめられた。手をその場に固定したまま、足だけがその場で動く。枝の主が揺さぶられた。枝は千切れない。合理的な思考で解決などできなかった。

 

 

 声を聞いた。

 懐かしい声だ。

 二年間、聞いていなかった声だ。

 ――エルダ。

 ルカは声のする方へ、その声の主を呼んだ。

 真っ暗闇を背にして、声の主は振り返る。

 思ったとおり、エルダだった。

 ただ、彼女はルカの見慣れない服を着ていた。藍色を基調にした、ワンピースの服。そして、袖と襟だけが白かった。駐在魔術師の衣装に似ている気がする。けれど、マントはなく、胸元には十字の数珠がある。十字は神を代表する表象。

 ――どうしたの?

 エルダはルカを不思議そうに見た。

 その視線を追って、自分を見る。

 血だらけだった。生きているのがおかしいくらいに、血みどろだ。血達磨といっていいかもしれない。

 ――えっと。

 ――ふぅん。

 体中、真っ赤なのに、エルダは心配の色も悲哀の色も見せなかった。

 ――覚えてる?

 ――何を?

 ――あの日のこと。

 エルダはルカから目を離して、虚空を見た。すると、突然、周囲が開けた。三百六十度、地平線しかみえない荒野が現れた。

 ――成人式のこと?

 ――うぅん。もっと、ずっと、前。

 エルダは後手に振り返って微笑んだ。

 また、風景ががらりと一変する。

 今度は見慣れた場所だ。

 よく遊んだ河原だ。あの日も三人でいった。

 ルカは土手に立っている。

 川面を見た。

 誰かが溺れている。

 十歳くらいの少女だ。そして、ルカはその少女を知っている。

 十年前のエルダだ。

 助けないと、ルカは走った。走り出してから、気付く、歩幅が狭い。思えば、視界も低い。十歳なのは、自分もだった。

 これは記憶の再生。

 ルカは河に飛び込んで、エルダを抱えた。人一人を負ぶっての水泳はつらかった。岸辺がすごく遠くに思えた。体が子供なだけが理由ではないだろう。それでも、なんとか、岸についた。

 岸に上がると同時に、誰かが駆け寄ってくる。

 ――大丈夫?

 凄く慌てている。アリサだった。

 エルダは安否を気遣うアリサにサムズアップしてみせた。結構な水量を飲んでしまっているようだったが、気を失っていないのは幸いだ。

 ――よかった。

 アリサは胸を押さえた。

 ――ねぇ、思い出した?

 ルカの胸中の子供のエルダがいった。声だけが大人だ。

 ――ああ。

 ――なら、いって?

 ――何を?

 何をいえというのだろう?

 唐突に、突風が吹いた。ルカは目を瞑った。

 目を再び、開けると、さっきの荒野に立っていた。

 眼前には巫女姿のエルダが立っていた。

 ――ひどいんだ。

 彼女は頬を膨らましていった。

 ――何が?

 ――全部。

 理不尽だった。

 巫女服のエルダはルカをじっと睨むように見る。

 恨まれている気がした。

 何だろう。これは夢か。

 なら、走馬灯に見るのはアリサがよかった。

 ――アリサ、アリサ、アリサ、アリサあああああ!

 エルダが叫んだ。

 耳朶に突き刺さるような声量と底冷えのするデスヴォイスだった。

 思わず、顔を伏せた。すると、声はドップラーしながら、遠のいた。

 再度、顔を上げると、最初の真っ暗闇にただひとり立っていた。

 ――罪作りだな。

 低い声が天から注いだ。

 瞼が開いた感覚がした。やはり、夢の類だったのだろう。

 地面に仰臥しているようだ。視界には、魔の手のような垂れ下がった枝葉が映った。しかし、今まで見ていた森の景色と少し違った。目の前の枝はかなり高い位置にあった。この枝の持ち主はさぞや、大樹だろうと思った。

 大樹の傍には木々がなかった。

 村の広場よりもずっと広い面積に草木が一本もなく、ただ、水がドーナツ型にルカの傍らの巨木を囲っているだけだ。そして、不思議なことに、今まで杜の中で目にしてきた毒水のような泥水(どろみず)ではなく、透き通った淡い青の色の水。

 もしかすると、ここは悪魔の杜ではなくて、天国なのだろうか。

 一瞬だけ、ルカはそう思ったが、すぐに、考えを改めた。

 こここそが、中枢。本に記述されたいた、悪魔の杜の中央なのではないか。

 ルカは首を回して、悪魔の姿を探した。

 リング状の水溜まりの先に杜の景色がある以外、何もない。何もいない。

 嘆息した。

 喉がひゅうと鳴った。

 すると、口むろも鼻むろも、乾ききっていることを思い出す。

 目の前の水は飲めそうだ。

 体ももう、死体と見間違われてもしょうがないほどの様相を見せている。

 口をすすいで、顔を洗って、行水をしよう。

 足を入れると、これまでの生温い泥水(でいすい)とは違って、ひんやりと皮膚を冷やす。

 何だか、悪魔の杜なのに、心が澄んでいく気さえした。

 何日分もの汚れと、瘡蓋になった傷口をすすいで、すっきりした。

 すっきりしたところで、頭の働きもよくなった。

 ここには、おかしいことがある。

 光があるのだ。

 巨木の枝葉がきっちり天空を覆っているのにも関わらず。

「不思議か?」

「誰だ?」

 ルカは声のした方を向く。

 悪魔がいた。

 昔、子供の頃、駐在魔道師の開く日曜学校で見せられた悪魔のスケッチそのものだった。歪に歪曲した角を持つ雄山羊の頭に、たわわな女の乳房、毛むくじゃらの腕と足に、野太い男の声を持ち、目は赤く血の色をしていて、口は耳まで割けてる。そして、その口からは上下に伸びた牙が覗く。

 その姿を悪魔と認めずして、何が悪魔だろう。

 覚悟はしていた。

 それでも、実際、目にすると怖さが湧いた。

 相手は異形。地上にいるのはずのない、姿形を持つ。

 ふくらはぎから震えが始まって、腿に至る。上下の歯がカチカチ鳴った。

 本能が畏怖している。

「誰だ? はないだろうに」

 悪魔は小さくその大きな口を開けて、笑った。

「……悪魔っ」

「誰でもないが、私は、悪魔でもない」

 悪魔は一歩だけ、ルカに歩み寄った。ルカは背を逸らした。

「私を悪魔と呼ぶということは、お前を人間と呼ぶようなものだ」

「――」

「名前は?」

「――ルカ」

 搾り出すようにいった。

「そうか、私はイイェデール。この杜の主だ」

「な、なら……」

 両の顎が重い。言葉が言い辛い。

 ルカが台詞をいう前に、イイェデールがいう。

「怯えるな。ルカ。私に怯えていて、はたして、お前の目的は叶うのか?」

 ――目的。

 確かに、悪魔に怯んでいては始まらない。まだ、奪還計画は序章なのだ。第一章すら始まっていない。ここで、イイェデールの協力を取り付けられるのか、否かで、物語は続くか、続かないかが決まる。

 だから、いわなくてはならない。

 何の為にここに来たのかを。

「あなたの力を借りたい」

 震えが止まった。

 もう、大丈夫に違いない。

「力。何故、求める?」

「取り戻したい」

「恋人か?」

「最愛の人だ」

「よかろう。しかし、それが力を求める理由か?」

 悪魔イイェデールはずいと、顔を突き出した。乳房が揺れる。

「そうだ」

「誰がその者をお前から奪った?」

「神だ」

 イイェデールは角を振るわせた。そして、哄笑した。

「何がおかしい?」

「これが笑わずにおれようか?」

「悪いか!」

「悪くはない。私が高天原より堕ちて数千年、いや、もしかすると、たった半世紀前かもしれない」

「?」

「その間、神に反逆するといった人間は沢山いた。しかし、悪魔に助力を願いに来たのはお前が初めてだ」

「――」

「お前は、魂を売る気はないのだろう? 図々しいな」

 悪魔はルカの考えを全部読んでいた。

「自滅による復讐、身をなげうっての成就。それは、自棄に等しい」

「そういうことか――」

「そういう意味において、お前は初めての存在なのだ。おもしろい、お前こそが悪魔だ」

「何をいう……」

「悪魔を決めるのは神ではない。全ては有機的な相対なのだ。お前にとって悪魔とは誰のことだ?」

「――神だ」

「ふふふ。よいよい。それでは、お前に力を与えよう」

「対価はいるのか?」

「不要だ。私はお前のような人間を待っていた。ただ、ひとついっておこう。お前は私の与えた力を行使するにあたり、過去と決別し、未来を憎しみで埋めなければいけない」

 なんだ。簡単なことじゃないか。

「承った」

 イイェデールは、くるりと体を回し、巨木に向ってゆっくり歩んだ。そして、毛むくじゃらのその手を巨樹の幹につけた。すると、その腕は皮を突き破って、中に吸い込まれた。いや、突き破ったというよりは、透過したというのが正しい。樹皮には傷ひとつない。

 ルカの上空で枝がさざめき、葉が舞い降りてきた。

 落下した葉は、遠目に見た禍々しさはなく、普通の葉っぱにしか見えなかった。それらは、水面に落ちて、同心円をわずかに描き出しす。

 悪魔は、しばらく、探るように手を動かしていたが、当たりを得たようで、「あったぞ」といった。

 再び、ルカと相対したイイェデールの手には、ルカの二の腕ほどの長さの杖が握られていた。

 悪魔は、それをルカに差し出す。

「受け取れ」

「こんなもので……」

 シェパードの持つ羊を誘導する杖よりも、ずっと、貧相にそれは見えた。

 表面が一切、光を反射しない、その空間が切り取られたような真っ黒である以外に、特異な点はない。

「人は見た目によらぬ、というだろう。これもそうだ。黒の杖という」

 ルカは受け取る。

 すると、感じた。

 杖の中には、邪念が渦巻いていた。

 誰の邪念か。

 悪魔の怨念か。

 分からない。

 しかし、悪魔の言通りに、見た目と中身は違うのかもしれない。

「そして、お前は性急過ぎる」

 悪魔は、黒の杖を見遣るルカにいう。

「何のことだ?」

「愛は盲目とはいう。しかし、よく考えろ。お前は神に逆らう必要はあるが、やつと戦う必要はない」

「どういう意味だ?」

「百八番目の花嫁が、神に献上されるのは秋分が過ぎてからだ。つまり?」

「つまり?」

「まだ、王都にお前の最愛の人間はいるのだよ」

「あ……そうか……」

「しかし、まあ、王都の兵士にお前が勝てる道理はない。結果論だが、お前の判断は正しい。が、また、杜を抜ける時間は惜しいだろう?」

 ルカは首肯した。

「目を閉じろ。すぐにここからだしてやる。そして、ひとつだけ覚えておくといい、愛憎は裏表ではなく、まじりあうのだということを――」


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