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序章

序章 闇の世界


 昔、夜はもっとずっと短かったのだと、亡くなった祖母はことあるごとに、いった。

 冬に夏に、四季の移り変わりで変化はあれど、一日の半分以上が夜というのは子供心に異常に思えたのだと、そうもいった。それをかたるときの祖母はどこか、悲しみと懐かしさとがない交ぜになった複雑な表情をいつも浮かべていた。

 太陽が雲隠れしたのは、五十四年前、ぼくが産まれるずっと前のこと。

 ある日、何の前触れもなく空は深い霧で覆われて、陽光が大地に注がなくなった。人々は最初のうちは、ちょっとした悪天候だと思い、適宜の太陽乞いをするにとどまった。

 しかし、太陽が再び、顔を出すことはなかった。

 日に日に作物は枯れ、辺りの暗さのために、薪を取りにいくこともできず、灯もすぐに火種をなくし途絶えた。

 空も大地も人も、夜も、昼も、失っていた。

 人々が失ったのは、太陽だけではなかった。星も月もその姿を深い濃霧のベールで隠し、光を人々から奪っていたのだ。

 あるときから、(やみ)(よる)という言葉は同じ意味になった。

 寝ても醒めても、暗がりばかり、外の世界にいるのに一生を洞窟で過ごす羽目になったような厭世的気分が蔓延した。そして、人々は残された食料を巡って、卑しく争った。

 が、それも長く続くことはなかった。

 そもそも、食の備蓄が持たなかった。

 枯れ果てた畑、飼料がなく飢え死にする家畜。

 世は終末の様相を呈していたのだという。沢山の死人(しびと)が路傍に溢れていだろう。祖母は悲哀に染まった顔と、振るえる声帯を押さえていった。祖母も、誰も使者の人数を数えられなかった。なにせ、屍は闇の中、数えようがハナからなかったのだから。

 世には、捨てる神あれば拾う神ありという言葉がある。そして、実際に、この世界を拾い上げたのは神だった。

 神はいった。

「半年に一度、私に女の生贄を捧げるといい、世界は再び晴れるだろう」

 人々は藁をもすがる思いで、神の言葉にしがった。ただし、贄などという物騒な物言いはせず、捧げられる女は花嫁と呼ばれた。民は、即座に神の花嫁候補を探した。

 それはすぐに見つかった。

 神の意思を受ける人間がいたのだ。それ以来、神の意思を媒介する人間は神職として王都の豪奢な神殿に住まうことになった。神託を授かる代々の神職には女が多かった。そのため、巫女とも呼ばれている。

 最初の花嫁を神に送り出すと、世界は晴れた。待望の日差しは、人の歪みきり、荒みきった心の(うち)をも晴れあがらせた。

 見上げれば、長いこと忘れていた黄色い顔を太陽は元気に、青空に咲かせていた。

 しかし、神の力をもってしても、霧を取り除くことは長くできなかった。

 ぼくは、日の出、日の入りというものを知らない。黄昏の赤い色を放つ太陽をしらない。月も星もしらない。なぜなら、そういった現象が起こる間は、空はいつも霧で満ちているから。

 だから、太陽が隠されて、そして、神の力で一部解放されてからの世界は、闇と明りが交互にやってくるだけの世界になったのだ。

 一度、様々な顔を見せる太陽や、兎が住まうという月を、そして、願いを叶える流星というものを見てみたい。実際に知らないのだから、祖母の昔話は、ファンタジーだった。それが、過去に本当にあった出来事で構成されていようとも。

 上空の濃霧の先にあるのは、現実に起こっているはずのファンタジー。

 現実でも、ぼくら、闇の世界で産まれた世代には夜は闇の時間、昼は黄色い太陽が照る時間でしかない。明るいか明るくないか、暗いか暗くないか、二つの一つ。

 そして、今年も秋分が近づき、巫女の託宣によって花嫁が選ばれた。

 彼女は百八番目の花嫁だった。加えて、ぼくの最愛の人だった。

 ぼくは神の意思を呪った。いや、神そのものを恨み、(つら)んだ。神の像には唾棄した。


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