第290話 後来
アランと一緒に旅をしてから、一年が経過する。
小綺麗な格好のアランであったが、一年も経過すると衣服の汚れが目立つようになっていた。
ちょっとした食料や衣服、毛布や寝袋などは──サングラスを掛けて僕がアランと一緒に街へ行って買っている。
基本、僕やクロナ達が山賊などの悪人を見つけては金品を奪っていたので金銭面で困る事は無かった。
当然、旅をする上で危険な事もあるけれど、千年以上も前から悪魔達は災厄を無視するようになり、魔物も殆ど襲って来る事はしなくなっていた。悪魔だろうが魔物だろうが、僕達に襲い掛かって来るヤツは容赦なく殺し続けていたし、[災厄]は弱らせる事が出来ても決して殺せない事を長い年月で充分に理解したからだろう。
僕との戦闘で[魔王]が消えた後、四匹の悪魔が魔王候補として名乗り出て、ヨハンで魔王の座を狙って争っていた。とても長い争いの末、現在は二匹の悪魔が新たな[魔王]として君臨し、幻想界の者達から[二大魔王]と呼ばれるようになっていたのだった。が、別段、二大魔王は目立った行動を起こす事はしなかった為、基本的に僕も悪魔達を無視していた──
『お兄ちゃん、おんぶ!』
『ああ』
アランは六歳で当たり前だが未だに幼くて、両親も死んでしまったけれど、一年前と比べて涙を流す回数は明らかに少なくなっていたのであった。
悲境にも負けず、アランなりに頑張っているのだろう。
──そして、アランとの初めての出会いから五年が経過する。
『もうアランも十歳かぁ』
『そうやで……ルシファー君は年を取る事が無いからええなぁ』
『まぁ、災厄だからね』
『……[災厄]かぁ……』
午後、林道の端にあった倒木に座り、僕とアランは休憩していた。
『災厄の事、少しは理解できたかい?アラン』
『……少しだけなら……』
『そうか……災厄は人を不幸にする為に存在している。悪だろうが闇だろうが、僕は最後まで災厄で在り続けるよ。例え、全ての者から笑われようと、憎まれようと、自分が決めた道を歩き通す……[今]、歩く道の先に光が無くても、苦しみしかなくても、僕は変わらないよ』
『……ルシファー君……』
僕には一週間ぐらい前から決めていた事があった。アランも十歳になり、人の暮らしに戻るべきだと、人と生きて行くべきだと──今度こそ人間の街へ僕はアランを連れて行く事にしたのだ。だから、せめて最後に、
『アラン、これをあげるよ。プレゼント、受け取って』
こっそり街で買って置いた[桜の髪留め]を僕はアランにプレゼントしたのだった。
『えっ、プレゼント!?めっちゃ嬉しいっ!開けてもええかな?』
弾んだ声でアランが小さな紙袋を受け取る。
『ああ、良いよ。明日さ、アランを街へ連れて行こうと思ってるんだ。もう十歳だし、アランは街で人としての暮らしに戻るべきだよ。だから、サヨナラをする前にプレゼントしたんだ。気に入ってくれると嬉しいんだけどさ』
と、僕は隠さずに述べてみせた。すると、紙袋から桜の髪留めを手にしたアランが、
『エッ、街へ行って……人としての暮らしに戻る?……サヨナラをする前に?』
なんて、急に表情を暗くする。
『やっぱり人間達と生きて行った方が良いと思うんだ。何より君の将来の為にもね』
隣に座るアランの横顔を見ながら僕は言う。
『……ルシファー君、何も分かってへん』
『えっ?』
『……こ、こんなプレゼントいらん!か、返すわっ!』
不機嫌にアランは桜の髪留めを僕に返すと、
『もう知らんッ!』
と言って、林道を走って行ってしまった。だが、
『…………』
僕は、すぐに追えなかった。予想外だったからである。機嫌悪く、アランにプレゼントを返されるとは思ってなかったのだ。
『ルシファー君のアホッ!サヨナラなんて嫌に決まってるやろ!』
林道から川に行き着き、一度、アランが橋の手前で足を止める。そこへ、
『ちょっと待ちなよ!アランちゃん』
クロナが現れては、アランの真正面へ行って立ち止まった。
『な、何の用や』
素っ気なくアランは切り返す。
『ルシファーに謝りなよ。ルシファーはアランちゃんの将来の為に街へ連れて行こうとしてるのよ』
いささか怒り気味のクロナに、
『ウチは、そんなん望んでへん。はっきり言うて迷惑や!ルシファー君はウチの事、何も分かってへんねん!』
そう怒った口調でアランが対抗する。対し、クロナは熱く言葉を費やした。
『何も分かってないのはアランちゃんの方だよ。人間が大嫌いなルシファーは、本当なら人間の街へ行くのだって嫌だし、そこで買い物なんかも絶対にしたくないわ。だけど、アランちゃんと旅を始めてから、仕方なく謎のオッサンからルシファーはサングラスを借りて、嫌々ながらも街へ行っているのよ?全部、アランちゃんの為だからでしょ!』
『……そ、そうなのかも知れへんけど──その前に一つ聞かせて、[謎のオッサン]って何?そっちが気になるわ』
『謎のオッサンは[油断]を司る災厄、名前は無くて、サングラスが凄い好きなのよ。いつまでも、どこまでも、ずっと[謎のオッサン]よ』
『果てしなく謎のオッサン!?謎のオッサンは[謎のオッサン]って呼ばれる事に納得してんの?そもそも謎のオッサンって別に謎ちゃうし、[災厄]やし……』
『そんな事より、アランちゃんに喜んで貰おうとルシファーが選んだプレゼントを受け取らないなんて、ホントに失礼だよ。アランちゃん、ルシファーに謝りなさいよ』
『……い、嫌や』
俯き、アランはクロナの言葉を聞こうとしなかった。
『何ですって?』
などと、クロナがムッとした直後である。林から三メートル以上ある巨大な蛭の魔物が飛び出て来たのだ。
『ま、魔物?……クロナ、アレやっつけてぇや』
『いや~、アタシ、戦いは苦手なんだよね。まぁ、アタシの[力]で眠らせる事は──と言うか、アレ、眠るの?と言うか、あんなのに触るの嫌だよ』
林道のド真ん中、じわりじわりと巨大な蛭が接近する為、アランとクロナが橋の中央まで後ずさる。
次の瞬間、
『──ッ!』
巨大な蛭は飛び跳ねて、アラン達に襲い掛かったのだ。けれど、
『このッ!』
まるでボールでも蹴るかの如く、巨大な蛭を林の奥深くまで僕は駆け付けると同時に蹴り飛ばしていた。
『もう大丈夫だ。アラン、クロナ』
アラン達の側へ行って僕が声を掛ける。
『ありがとう。ルシファー』
クロナは礼を言うと、
『それじゃあ、後は任せるね』
僕とアランを残し、小走りで橋を渡って何処かへと去ってしまうのであった──




