第288話 浄土
ゴッドセーブは基本的に春の陽気に包まれたような場所だが、須弥山の周辺には妙に秋めいた涼しさが広がっていたのだった。そんな涼しさを余所に、僕の心は自分でも不思議なくらいに熱くなっていた──
『──だけど、このセカイは本当に調和されているのか?災厄の他に悪魔や魔物が存在する中、更に人間同士でも争ったりしている。少なくとも、こんなセカイを僕は好きになれない』
そう本音を吐く僕に、
『笑顔があれば、泣き顔もある。そうだろう?ただの理でしかない』
と、落ち着いた口調で天帝は切り返すのであった。
『誰かが理不尽に血を流したり、誰かが苦しみ泣いていたり……調和とは、そんなモノまで受け入れなければならないのか?』
『……きっと、このセカイが片寄っているように思えるのは、君が闇に片寄っているからじゃないのか?』
『望みもしないのに闇に片寄ってしまうのが、このセカイの答えだ。調和の仕方なら他にもあったはずだ。そもそも僕みたいなヤツを存在させたのが[過ち]なんだよ』
『……このセカイは正しくないかい?』
『理不尽に血や涙を流す必要は無いだろう!誰もが笑顔で生きて行けるセカイ、それが間違いだって言うのなら──こんなセカイ今すぐ死んじまえッ!』
などと、つい声を荒げて僕は思うままの言葉を天帝にぶつけていた。
『…………』
数秒の沈黙の後、
『誰もが笑顔で生きて行けるセカイ……だが、誰より君自身が分かっているはずだ。君が存在している限り、全ては笑顔になれない。何故なら君は[災厄]、司るモノは──』
なんて、悲しそうな表情を垣間見せつつ天帝が話している途中、
『分かってるさ。言われるまでもなく、誰より理解している。安心しなよ。僕の言う[誰もが笑顔で生きて行けるセカイ]に、僕が居る限り全ては笑顔になれない。だが、その[全て]に僕は含まれない。その[全て]の輪の中に入れなくても、僕は良いよ。その結果、誰もが笑顔で生きて行けるなら……』
と言って、一瞬だけ僕は天帝から目を逸らした。直後、
『ふざけるなっ!大将』
『そんなのアタイ達が納得しないよ!』
『そうだよ!ルシファーの本音を聞けて嬉しいけど、そんなの悲し過ぎるよ!』
『本当、困りますね。行き過ぎた想いですよ。全く……』
フィニールやヒバリ、クロナやアルバ、森に隠れていた全ての災厄が次々と出て来ては僕の周りに集まった。
『皆……』
一言、呟く僕を横目に、何も言わずに天帝が微笑む。
『僕は、ただ皆が……せめて笑顔に……』
独白のように僕は小声で口に出す。そこへ、
『正しくないと思えるセカイでも、未来は何処までも続く。まだまだ先は長い。だから、もしかしたら、いつの日か君を変えてしまう人が現れるかも知れないよ』
優しく穏やかに天帝が述べてみせる。
『この僕を変える人が?……そんな異端な人間──きっと、いないさ』
聞きたい事を聞いて、言いたい事も言えた僕は天帝に背を向け、皆と共に須弥山を後にしたのだった。
──昼、森を抜けて、
『とりあえず、もう皆は僕に付いて来なくても良いよ。人を不幸にしたり、好きにすれば良い。自由だ。別に統合する気は無いからさ』
他の災厄達に[統合者]として僕が告げる。故に、
『……自由、か……』
『それじゃあ、私はヨハンへ行こうかな』
『オイラはマテリアへ……』
ここに於いて、災厄達は僕に付いて来る者も多少いたけれど、大半が散り散りになった。
『大将は、これからどうするんだ?』
フィニールが気にして聞くので、
『僕は、[僕]を全うするよ!』
僕は強く迷わずに答えてみせた。
今、僕達[災厄]に吹く風が涼しく、ちょうど心地よかった。
『…………』
歩き出す前に一度だけ僕は振り返り、高すぎる須弥山を眺めて、災厄だろうが何だろうが高みへ行こうと思った。もし頂上に辿り着いたのなら、天空を飛翔し、更なる高みの太陽さえも超えて行こうと──
それから、十年、百年、千年と経過する。
一切、このセカイは止まらず、まだまだ続いて、
『あの日以降、天帝とは会ってないなぁ。もう、かなり前だよなぁ』
須弥山の麓で僕が天帝と話をした日から、約二千年の時が流れていたのであった。
そして、僕は[ツバキ アラン]と巡り会う──




