霧から生まれてくるもの
そして、リアエル大はしゃぎ。
「おい、坊主、大丈夫か?」
ふと見るとジンじぃさんが、ジョワンの方を見ていた。
「大丈夫ですけど、みんなどうしちゃったんですか?それにあの白いもやもやした塊は?」
「わからん。カーネルも、嬢ちゃんも、うちの連中もあれ見てかたまっとる。」
白い塊は、機体内侵入したただの霧のはずなのだが、なにか生き物のように蠢いている。
「リアエルさん、カーネル大佐!しっかりしてください。」
リアエルは、何かに怒られているだろうか、「すいません、すいいません、すいません。」と誰かに謝罪を連呼しており、カーネル大佐は、「なぜだ。なぜ、おまえはここに!」と霧である白い塊に向き合い困惑の表情を浮かべていた。
「大佐も、リアエルさんもしっかりして!」
大佐の部下の一人は、この機体に乗ったときから恐怖で顔引きつらせていたのだが、今は恐慌状態に陥っている。
「く、くるなぁ!こっちへ来るな!」
商人姿に変装しているは言え、軍人である以上護身用の銃を隠し持っている。いきなり、その銃を構えて、「くるんじゃない!」と叫ぶと正面に向かって引き金を引いた。銃声が機体内部に響く。
「リアエルさん、危ない!」
大佐の部下から白いもやのような霧の反対側にリアエルがいることは見えているはずが、恐怖におびえた表情で発砲したのだ。ジョワンは、咄嗟にリアエルを庇うように押すとそのままリアエルの上に倒れ込んでいた。幸いなことに弾は、リアエルの居た場所よりも少し上を通って、機体の壁にめり込んでいた。
「ジョ、ジョワン様?」
「リアエルさん、大丈夫?」
「えっ、えっ、えーっ!ジョワン様、こんな所で駄目です。」
突然の事に何か勘違いをして赤ら顔のリアエルであった。
「おーい、リアエルさん?」
「ジョワン様。」
「正気に戻って、リアエルさん。」
「坊主、お嬢ちゃんは、大丈夫か?」
「はい、混乱してますが、大丈夫みたいです。」
「こっちも、カーネルをなんとか正気にもどす。」
「えっと、ジョワン様、私どうして?」
「詳しい話 は、後で。ジンじぃさん、あの白いもやもやの塊を何とかしないと、大佐の部下が!」
「わかっとる。くそ!強制的に機外への排出するのが手っ取り早いが、今外は深い霧じゃ。同じものだとも限らんし、どうすりゃいいんだ!」
「よっ、よるなあ!」
大佐の部下達は、一人が銃をもう一人がナイフを振り回している。そんなとき、ジンじぃさんがふと何かに気づきジョワンに声を掛ける。
「おい、坊主、おまえのポケットがなんか光っとるぞ!」
ジョワンのポケットを指差していた。そこには、市場でいつの間にか消えていた露店で売りつけられた(?)お守りや鎮守符、ブレスレットを入れていた。ジョワンは、そう言われてポケットを探り取り出してみれば、仄かな光を放っていた。
『これは?何で光り出したんだ?』
そう思って、手のひらにのせたものを見つめていると、次第に意志を持つかのように光が脈動し始める。
「ジョワン様、ジョワン様、ジルさんは?さっき、ジルさんが凄い剣幕で怒って・・・」
リアエルは、そう言いながら、さっきまで見ていた場所に視線を向けていた。ジョワンは、その言葉を聞いてポケットに入れようと開いていた手を一度握りしめる。
「あの白い煙の塊みたいなのは何なんですか、ジョワン様?ジルさんは?」
「ジルさんは城で、ここには居ないよ。リアエルさん、まさかと思うけど、そこにジルさんが居るようにみえた?」
「はい、凄く怒ってて・・・」
この現象が何なのかを説明するヒントになるような気がして、大佐に尋ねた。
「ジンさん、カーネル大佐の方は?」
「大丈夫じゃ。」
「すまない、ジョワン君。」
「大佐には、何が見えたんですか?」
「亡くなった部下が。」
ジョワンの中で自分なりに二人の話から点と点を結びつける。
「大佐、あの白いふわふわした塊は、人によって違う姿を見せているのでは?」
例え、ジョワンが導き出した答えが正解であっても、この機体の中ではどうすることもできない。白いもやもやした塊を機外へ排出することが問題解決につながるのだが、ジンじぃも言っていた通り外の霧もこれと同じである可能性が高い。
「こっちへくるなぁ!来るなぁ!」
「たすけてくれ!」
大佐の部下達は、恐慌状態のままで、互いを傷つけ合っていた。もはやお互いが別の何かに見えているのかも知れない。
白いもやもやした塊は、やがて、白から灰色へと色を変え不気味に蠢きだす。次第に何かの形をとろうとしてのだろうか、ぼんやりとしてはいるが輪郭が現れ始める。その姿は上半身が人の形で、下半身が蛇という奇妙で不気味な姿が現れてきたのだ。それにつれて、握りしめていたものが、それに呼応するかのようにより強い光を放ち始めている。
「リアエルさん、ジンさんのところへ!」
機体の内部は、大型の馬車4台よりも広いとは言え、現れた怪物と戦うだけのスペースがあるとは言えない。
「どうすればいい?こんな狭いところで逃げまわるなんてできない。それに、リアエルさんや大佐達もいる。そしてこの光は・・・?」どうすればよいか自問自答する。そんなジョワンの肩に、いつの間にか青い鳥が止まっていた。
「おまえ、今までどこに行ってたんだい。危ないから、リアエルさんのところへ行くんだ」
鳥は、ジョワンの気持ちや言葉を理解していないのか。飛び上がると、怪物目掛けて高速で突撃していく。
パリーン!!パリーン!
まるでガラスか何かが割れるような音がして、怪物の腕が根元が千切れ、床に落ちる寸前に粉々に砕けていく。尚も、高速で突撃を繰り返していく鳥。怪物は、千切れた腕を再生させながら、鳥を捕まえようとしていた。鳥は高速で飛び回りながらそれをかわしては、迫ってくるものを切り刻んでいく。ただ怪物の方は、腕を切り刻まれるほどにそれを上回る速度で複数本の腕を再生していく。戦況は明らかに、鳥にとって不利な状況である。もしジョワンが一人で、この場にいたなら、とっくの昔に逃げだしていただろう。だが、今この狭い空間で、しかも大佐達もいて逃げるが勝ちであろうと出来ない相談である。それでもこの状況はジョワンにどうすることもできないという絶望感を感じさせていた。「何か無いのか?」手元の光は、その思いに答えるかのように、その光はひときわ強く輝くと剣の形へと姿を変えていた。「えっ?」ジョワンは、一瞬何が起こったのか理解できなかったが、「これは?剣?」握りしめると、ずしりとした重さを感じる。高速で突撃を繰り返す鳥は、ジョワンを守るためであろうか怪物への攻撃を容赦無く次から次へと何度も何度も繰り返す。
「ジョワン様、危険です。怪物が!」
怪物は、鳥の攻撃を際限なく受けていたのだが、ジョワンの手元で剣が実体化すると、攻撃の矛先をジョワンの方へと向ける。
「ジョワン君、なにをしているだ。そこから離れるんだ!危ない!」
「坊主、かわせ!」
怪物は、再生により無数に増えた腕を振り上げている。鳥も、繰り返し繰り返し、何度も苛烈に攻撃を加えているが、それでも防げないほどの数の腕が、ジョワンめがけて振り下ろされようとしている。
ジョワンは、手に握られた剣で、怪物から振り下ろされる腕を誰が見ても無謀ではあるが受け止めようと構える。その瞬間、ガラスが割れるような音が機内に響き渡る。
怪物の腕は、光に触れるとすべて粉々に砕けていった。これまで何度も再生していた腕が再生されず、怪物は、猛り狂う。ジョワンは、無我夢中で手に持った剣振り上げ、怪物目掛けて振り下ろす。その振り下ろした光でできた剣が触れるところから、怪物は形を保てないのかどんどん崩れていく。やがて剣が機体の床に着くころには怪物の姿は、そこになかった。鳥は、怪物が消滅したあたりを飛ぶと、ジョワンの元へと戻って来た。
「ジョワン様?ジョワン様!」
リアエルは、慌ててジョワンの元に駆け寄る。
「ジョワン君、大丈夫か?」
「おい、坊主、生きとるか?」
「リアエルさん、そこは『様』じゃなくて『君』で。」
リアエルの方を向き一言そう言うと
「ええ、大丈夫です。この・・・」
ジョワンが次の言葉をつなげようとしたのだが、先ほどまで確かに重さを感じていたはずの剣は、すでになくジョワンの手の中に何かが握りしめられているのを感じるだけであった。その握りしめた手を拡げて中を見つめると光は消えており、「あれ?」と首を傾げるしかなかった。鳥は、そんなジョワンの肩に乗り『ほめてほめて』という態度を取っているようには見えたのだが、鳥にそこまでの意思があるとは思えないので気のせいかも知れない。ただ鳥のそんな態度に気がついたのか。
「おまえに名前を付けてやらないとな・・・・いつまでも鳥さんでは、困るものな。」
「ピュル?」
そうつぶやくようにやさしく鳥に語りかけていた。
「全く、素手で向かって行くなどと、無茶しおって。坊主そういう無茶をするところは、ヴァレリー譲りじゃな!」
大佐もリアエルもジンじぃもジョワンが素手で怪物に立ち向かっていったように見えていたようである。ジョワン自身は、ずしりとした剣の重さを感じていたのだが、今はその剣の重さも無く、素手では無かったことをどう説明すれば良いかわからなかった。
「ところで、坊主、さっきの光は、何じゃったんじゃ?」
「ええっと、王都の露店でたまたま買ったこれが光ったようで、なぜ急に光り出したのかは、僕にもわかりません。」
「ほう、お守りか!どれ?ほう、なかなか凝った装飾がしてあるが、見たことがないな。」
「はい、店員さんが、色々、こういう時効果があるとか説明してくれてたんですけど、細かいことは、わすれちゃいました。」
「ハハハ、まあ、坊主が無事で何よりじゃが、無茶はせんでくれよ?」
「ジョワン君、城での時と同じように、右ストレート一発で解決したようだね。でも、危険なことはさけてくれたまえ。」
カーネル大佐は、部下二人の状態を見ながら戦いは嫌だと言いながら結局状況に流された形で戦うジョワンにそう声を掛けていた。大佐は、光る手が怪物を倒したことで、救護室で襲撃者に対した時のように姿勢を変えながら理事長の技からの応用技を使ったように見えていたのである。ところで、肝心の大佐の部下たちではあるが、怪物の姿が現れた時、恐慌状態のまま同士討ち状態になり、そのまま限界を超えて昏倒していた。命に別状は無いようではあるが、目が覚めるまでは、無理に起こさずそのままにしておくことになった。
外を見ると怪物が消えたためであろうか、機体の外側を覆っていた深い霧もすべて消えていた。機体前面には、川の流れに冬の日差しが水面反射してキラキラと光輝いている景色が見えていた。
「ジョワンさ、君、無茶しないでください。理事長先生に怒られます!」
と、リアエルが抗議していたが、ジョワンは、「大丈夫だって」と軽く答えるだけだった。
「ところで、大佐、あれは、一体何だったんでしょう?」
「フォグ・モンスターには、違いないが、霧の中からあんな怪物が出てくるというのは、聞いたことが無い。」
「そうなんですか?」
「わしも輸送業務中に、霧の中に突入する事は、よくあるがこんな事は初めてだな。」
若干ジンじぃが無茶をしていたことを言っていたが大佐の答えに同意していた。フォグ・モンスター自体現れることは王国内では、さほど珍しいことではない。それであっても今回のように霧の中から怪物が現れるなどということは、まったくと言っていいほど報告されていない未知の出来事であった。
「そういえば、大佐には、死んだ人が見えて、リアエルさんには、怒ったジルさんが見えたって言ってましたよね・・・ジンさんには、何が見えたんですか?」
「わしか?ハハハ、怖いものなんかあるか!坊主と同じものし見えておらん!」
「僕と同じって、白いふわふわした塊ですか?」
「それ以外に何がある。」
実際は別の何かが見えていたのだが、それが偽物であることを見破っていたこともあって、そう答えていた。『見えていたものが何か別に話す必要は無いだろ?』といった感じではあった。
「そろそろ温度も下がったようだし、アンカーを上げて出発するか。おい、おまえら、いつまで呆けとる。さっさと持ち場にもどらんか!」
「「は、はい!親方!」」
ジンじぃの横に立っていた二人、外で作業をしていてが霧に突入したときに機体内に入って来ていた。この二人には、自分たちの親方をその中に見ていた。もう一人の親方が正面にいる。親方が二人も居るというシュールな状況に『仕事が倍になる』と思い込んで茫然としていたのだが、後でこれを聞いたジンじぃは、こめかみに青筋を浮かべながらもにこやかに二人を怒っていたのは別の話である。
「親方!アンカー収納完了!」
「そんじゃ、いくぞ!」
王都を出るときと同じように低い音がし始めると、一行はふわっと浮き上がる感覚に包まれるや面を進み出したのであろう、ジョワン達は身体が後ろに押される感じがしていた。それを物語るかのように前面の窓の景色が動き始めた。そして快調なペースで川を下っていく。王国内では、どちらかというと陸上輸送が主で有ることから、時々すれ違うのは漁師達の船である。彼らは、機体にユイキュル・エキスプレスと書かれていても、高速で迫ってくる船とは言えない巨大な機体を見るとみな一応に驚いた表情をしていたが、慌てて逃げ出す者や社名を見て納得顔の者たちなどの様子が機体の内部から見て取れた。やがて、遠くに見えていたアウラの南側の山並みが次第に近づいてくる。
「ジョワンさ、君、お腹空きませんか?」
どうやら、はしゃいだいたり、怪物騒ぎで、リアエルは、お腹が空いたようである。
「あんまり空いて無いけど、リアエルさん、お腹空いたの?」
「えっ、えーと、空いてません!空いてませんですとも!お腹なんか!」
『グー』
リアエルの主張も空しく、お腹が自己主張したようである。リアエルは、恥ずかしさから両手で顔を覆い。『私ったら、あうあう、恥ずかしい。』と、一人賑やかに頭をいやいやと左右に振っていた。
「嬢ちゃん、人間素直が一番!」
ジンじぃは、大きな声で笑いながら、前面の窓越しに見える山並みを指差し
「そろそろイト温泉郷が見えてくるぞ!」
イト温泉郷は、王都からアテンザ経由で馬車でほぼ一日。深い森を超える街道をアウラ山脈南へ向かった山麓にある温泉郷である。そこは元々、希少鉱物の産出拠点であるガガ鉱山のそばにできた宿泊施設であったが、温泉が発見されたことから湯治場として有名になり、それにつれて道の整備されていったのである。また、最近、川に橋が架かったこともあり、サミアからも半日たらずで比較的安全に行けるようになったことで、一大観光地となっているのであった。
「今回のテストは、サミアまでで、イトには行かんがな。」
フォグ・モンスターに出会って以降は、順調過ぎるほど快適な旅である。やがて、川の前方に黒い染みのようなものが見えてきていたが、進むにつれそれが、遠目でも橋であることがはっきりとしてくる。
「あれが、この前出来た橋だ。あの橋の手前で、一旦休憩時間をとるぞ。」
「おやっさん、サミアまで後どれぐらいかかる?」
大佐は、気を失っていた部下たちが目を覚ましたこともあり、ジンじぃに、尋ねていた。
「そうじゃな、恐らく昼過ぎ、後一時間と言ったところだな。ただ、支流に入って、少し陸上走行もするからもう少しかかるかもしれんが。まあ、だいたいそんなもんだろ。」
そう答えると、機体の速度を落とし始めた。橋の手前には、古びた建物が見えてくる。船着き場があることから、このあたりは川の流れも緩やかであることから橋ができる前は両岸を結ぶ渡し船が行き来していたのであろうことは、一目瞭然であり、橋が架かってから、温泉郷とサミアの町との間の休憩所となっているようである。
「船着き場に、着けるぞ。接岸準備!」
「「はい!親方!」」
先ほどから、ジンじぃがやりとりをしているのに使っている道具が不思議だったジョワンは、伝声管だと教えられ、能力を屈ししなくても離れた所へ声を伝えることができることを知って驚いていた。
「着岸!アンカー下ろします!」
ジンじぃは、その声を聞くと、何かの操作をしていた。先ほどまで聞こえていた音が次第に小さくなり、やがて何も聞こえなくなる。
「さてと、温度が下がるまで半時間ほど休憩!」
船着き場には、見慣れぬ機体が着岸したことで、野次馬が集まっていた。
「儂は、ちょっと、そこの出張所へいってくる。」
そういうなり、ジンじぃは機体から降りて出張所のある建物へと入っていった。その建物は、橋ができる前、川の渡し船の待合所であった。食事を提供するスペースが今も使われているようで、まばらではあるが人影があり、渡し船の乗船券の販売所の後が、かっての賑わいを物語っていた。
「あんちゃん、これなんだい?」
「これ船なのかい?」
ユイキュル・エキスプレスの機体とわかって、納得する野次馬もいれば、興味津々なのか色々尋ねてくる者もいる。
「ユイキュル・エキスプレス社の新型の輸送機です。荷物のお届けは、王国一の速さ、我が社へどうぞ!」
ジンじぃが出張所へと出かけている間は、その部下達が代わり色々聞かれることに答えていたが、これは、親方からも社長からも社のイメージのアップのために答えられることは丁寧にと教育されているからではある。ただ、秘密裏の行動と言う意味では大佐達一行にとっては、悪目立ちしすぎるような気がしないでも無かった。
「大佐、何にかものすごく目立ってませんか?」
ジョワンにすれば、これまで、多少ではあるが注目されることもなかったことから、恥ずかしかったようである。
「たしかに、目立っている気はするが、目的地まで、このままいくわけではないから問題は無いだろう。」
試験機のテストに乗り合わせた以上、こうなることは覚悟していたので、苦笑いではあった。
サミアまで、あと一時間ほど昼過ぎに到着するという話を聞いていたリアエルは、
「ジョワンさ、君、お昼にしませんか?皆さんもどうですか?」
自身がおなかの空いていたのだから、当然と言えば当然であり、自分の荷物の中からベイツ料理長から持たされていた昼食のセットを取り出して拡げだした。
「えっと、これが、ここで、あれは、あれ?どこに入ってるんだっけ・・・」
次から次へと取り出されていくのだが、どう見ても王宮で出される料理と変わらないものが並べられている。どこに入れていたんだろうと思えるぐらいの大皿も取り出していた。気がついたときには、リアエルは、いつものメイドエプロンを着けていた。鞄の中の袋からバケットを取り出し、出した料理を挟んで食べられるように切り込みをいれている。
「えーっと、これをこうやって、次は、これをつけて。」
料理長から「ちゃんと、作って出すように!」と言われていたので、次から次へとバゲットサンドを作っていく。ジョワンは、そんなサンドを一つ手に取る。一口食べると、絶妙にローストされた肉、薄く味が付けられた生野菜に少しかかったピリ辛のソースの旨味が口の中に拡がる。歯ごたえも良く、生に見えるがしっかりと火の通った肉、噛みしめれば噛みしめるほどに、さらに旨味が拡がっていく。リアエルは、保温容器の中からは溶けたチーズがのったホワイトソースのグラタンのようなものを、少しくりぬいたバゲットに入れたものをいくつか作る。まだほんのり温かいそれを次に手に取る。クリーミィーな味わいで、先ほどとはちがった旨味がその味わいが癖になりそうなほどであった。一心不乱にリアエルは、次から次へとバゲットに挟んでは、皿の上に盛っていく。大佐も部下達も、手に取る食べていくのだが、気がつけば、一番おなかが空いているはずのリアエルが、一口も食べていないと状況であった。
「リアエルさん、作りすぎだって、食べきれないよ。」
「えっ。」
「それに、リアエルさん、作ってるはいいけど、一番おなか空いてるんでしょ?食べないの?」
「あっ!」
どうやら、おなかが空いていたことから、無心に次から次へと作っていたようである。少ししてジンじぃが戻ってきたのだが、すこし難しい顔をしていた。
「おやっさん、何か問題でも起こったのか?」
何か言いかけたのだが、思いとどまったかのように
「何でも無い。なんでも。」
と答えて、元いた席に着くと前面の川面を腕を組んで見つめていた。機内が少し重い空気になりかけていたが、リアエルは、ひたすら作ったサンドをジンじぃに、「お昼用に作ったんですけど、お一つどうですか?」と勧めると、一つ手に取り、「ありがとよ」というと、一口つまみ
「こ、これは!お嬢ちゃん、これは、うまいよ!」
「えへへ、お城の料理長直伝のバゲットサンドです。もう一ついかがですか?」
「おお、もう一つもらおうか!」
「どうぞ、どうぞ、いっぱい食べてください!」
リアエルのファインプレーである。
「リアエルさん、一番おなかが空いてるみたいなのに食べないの?」
「ジョワンさ、君、いっぱい作って、いっぱいあるから、皆さんが食べてから、最後に食べます!!」
「えーっと、リアエルさん、その皿に山盛りのを全部食べるの?」
「え、あっ・・・・ジョワンさ、君、残っちゃいそうです・・・どうしましょう?」
「リアエルさん・・・・・そうだ、ジンさん、ここの出張所の方にどうですか?」
「そうだな・・・・嬢ちゃん、三つほど頼めるかな?儂、ちょっと持って行ってくる。」
用意された三つのサンドを、持って再び席を立ち出ていく。
「やっぱり何かあったんでしょうか?」
「おやっさんの事だから大丈夫だとは思うが、それに本人が何でも無いと言ってる以上は、無理に聞くことはできないしな。」
ジンじぃから話をしてくれない以上、一行は何もできないことは当然であり、大佐の言うことはもっともだった。微妙な空気の中、戻ってくるのを待っていたのだが、リアエルは、『もうソロソロたべてよいかな?』とキョロキョロしながら、一つ食べ、二つ食べ、三つ食べと、どこに入っていくんだろうと思う勢いで食べていた。ジョワンが皿を見ると、半分ぐらい減っていたのを見て「ん?」となり、口を開き掛けたとき、ジンじぃが戻って来て席についた。表情はさっきほどでは無いが、やはり少し固かったが、
「待たせたな。嬢ちゃん、さっきのやつありがとよ。」
「もう少しありますけど、いかがですか?」
ジンじぃは、少し苦笑いして
「いや、そろそろ、出発するから、しまっときな。おい!おまえら、アンカー上げろ!」
「へい、親方!アンカーを上げます!」
次第に低い音が聞こえて来る。
「収納完了!」
「よっしゃ、いくぞい!」
船着き場をゆっくりと離れていく。それにつれ音も大きくなり、次第に速度が上がり川面を滑るように進み出す。
「もう少し行った先で、スプリット川の支流に入る。あと、予定していた陸上走行試験は中止で、そのまま川を上っていく。」
相変わらず、大佐の部下達は、引きつった表情だったが、快調に進んで行く。目指すはサミア。支流が見えてくる頃には、日は高くなっていた。
「支流に入るぞい。」
機体が、大きく揺れるが、リアエルが大はしゃぎ、大佐の部下達の引きつり顔は変わらなかった。しばらくすると、何故か川岸の藪の中から矢のようなものが雨のように降り注いだり、投石されたりするのだが、何事も無かったかのように、機体はすべてを無視するかのように進んでいく。気がつくと前面に見るからに盗賊とわかる風体が乗り込んだ数隻の木造の船が、待ち構えている。剣や銃を構えているようで停船しろと合図しているのが見えた。
「停めれるもんなら停めてみやがれ!」と言わんばかりに、ジンじぃは速度をさらに上げ盗賊の船目掛けて突っ込んでいく、ほぼ鉄の塊のような機体が衝突する。当然ではあるが木で作られた船は粉々に粉砕される。盗賊達にすれば、たまったもんではなく、まるで打ち上げ花火のように吹き飛ばされていく。伝声管からは、
「親方!危ない!」
と、悲鳴にもにた声が聞こえてくるのは、ご愛嬌である。
「おやっさん、盗賊の取り締まりは、軍か町の衛兵に任せてほしいんだが・・・」
「カーネル、あいつら盗賊に人権なんてねぇ。毎回毎回、荷物の輸送中に襲って来やがって、そのために警備を雇うのは大変なんだぞ!」
どうやら、これまでの鬱憤を晴らすと言う感じであったが、ほぼ蹂躙戦であった。
「おやっさん・・・・気持ちはわかるが、盗賊と戦うような事は民間人には危険だから、出来れば避けてくれないか?」
「ふん。あいつらが仕掛けてこん限りはな!」
ジンじぃは、納得なんかするかという表情であり、大佐もやれやれと言った感じであった。ただ速度が上げて突っ込んで行くときに「いけ~!」とか「ぶちかませ~!」とか言いながらハシャいでいたのは、リアエルであり、灼熱の超速メイドの二つ名は伊達じゃなく、この突撃が彼女の心の琴線に触れたのかもしれなかった。
「リアエルさん、はしゃぎすぎだよ。」
とは、ジョワンの独り言であった。
「親方!なにか引きずってます!」
伝声管からは、ジンじぃの部下からの声が聞こえる。
「カーネル、すまんが、何を引き摺っているか見てきてくれ。」
「わかった。」
仕方無いなと言う感じで大佐は、機外へ出ていくが、慌てて戻ってくる。
「おやっさん、人を引き摺ってる。すぐに止めてくれ!助けないといけない。」
どうやら、川面をバウンドするかのように引き摺っていたのは、先ほど吹っ飛ばした盗賊の一人であり、からまったロープが機体に引っかかった状態でのようである。
「盗賊に人権は無いのじゃい。」
停める気は毛頭無いようである。とは言え、遠目にもサミアが見えてくる。間もなく町につくであろうこともあり機体の速度は、先ほどよりは落ちてきている。
サミアの町。そこは、陸路で海辺の町スプリットへ向かうための中継点であり、多くの人が行き来して賑やかな所である。川は、町の真ん中を流れている。ちなみにユイキュル・エキスプレスの支社は、町外れのもっとも川下の倉庫街にある。機体は、ゆっくりとした速度で川岸に近づいていき接岸する。
「アンカー降ろせ!」
「親方、降ろしました!。」
「ロープで固定!」
「固定完了です!」
聞こえていた低い音も止まり、
「到着じゃ!乗り心地とか聞きたいから事務所の方へ来てくれんか?」
「おやっさん、そのまえに盗賊を引き揚げてさせてくれ。」
「ふん、盗賊なんぞどうでもよいじゃろ!」
「おやっさん・・・・」
苦笑いである。大佐は、この後、まだ青ざめた顔の部下に、衛兵を呼んで来るように命令すると、残った部下と二人で引き摺っていた盗賊を引き揚げた。盗賊は、気を失ってはいるだけであったので、引き渡す際にその事情を説明する必要もあり、衛兵が来るのを待っていた。大佐達は、後からくると言うことで、ジョワンとリアエルは、ジンじぃに連れられ社内の応接室のような所に案内されていた。
「坊主に、嬢ちゃん、乗り心地とかについて、気になった事があれば、教えてくれんか?」
そう言われて、二人は、思いつく限り色々と注文(?)をしていた。しばらくして、盗賊を引き渡した大佐達が来たのだが、すぐに部下達へスプリット行きの馬車の手配をするように行かせていた。
ちなみに、部下達は、白い霧が、それぞれ、蛇だったり、本で見た怪物だったりしたそうであり、緊急時に大佐に連れられて王国内の移動をするときに、この輸送会社を使う事があり荷物扱いの時が多いことから今回の移動中は引きつり状態だったそうで、ジンじぃから改善点を聞かれた際は、気を失っていたことや、盗賊を正面からぶっ飛ばしたことなどから正直、答えることが難しかったようである。そして、ジョワンは、鳥の名前を考えようとしていたのだが、なかなか良い名前が浮かばないかったようで思いついた名前で鳥を呼ぶも、鳥が納得してくれない雰囲気であったことから、『じっくり考えよう』と、焦らず決めることにしたようである。