さあ、出発だ!
はしゃぐ人と青ざめる人。
「リアエル~、いってらしゃ~い!」
「おみやげたのむねぇ~」
リリーやリチルの見送りの声が聞こえて、身体より大きなリュックを背負ったリアエルは、
「行ってきまーす!」
と、リアエルが返事をしているのが聞こえていた。
目指す目的地は、港湾都市スプリット。国王ロベールからの勅命により、カーネル大佐一行は、王城を後にした。
『秘密裏に潜入の上、行方不明者の捜索及びその首謀者の確保。また、スプリットの治安を回復せよ』
との話である。そのため、最低限の随行員での動きが必要てあり大佐と部下二名にジョワンとその従者(お守り)であるリアエルの五名でのあったのだが、秘密裏とはほど遠い風景である。
ただ、今回は、秘密裏でと言うこともあり、大佐は、すぐにスプリットへ向かうはずであったが、準備の為に翌日の出発となったため部下を数名、スプリットへ向かわせていた。事前の状況把握の為である。ところで、大佐達一行、各々のいでたちであるが、商人と大きな荷物と小さな荷物をそれぞれ持った旅行者という風を装ってはいたのだが、
「大佐、僕が旅行者って、無理ありません? それにリアエルさんだって、動きぎこちないし・・・って、リアエルさん、その荷物大き過ぎるって」
「はははっ、ジョワン君、そんなに気にしなくてもいいから、リアエルくんも、その荷物は、部下に運ばせようか? それに、そんなに緊張しない。そうだな、ジョワン君たちは、仲のよい新婚夫婦って感じで、気楽に」
リアエルは、「荷物は自分で持つ」と言い掛けたのだが、大佐の一言で
「ジョ、ジョ、ジョ、ジョワン様とし、し、しんこんふ、ふううぅぅぅ」
リアエルの顔が真っ赤に茹だっていた。リチル質に散々弄られて来たので当然と言えば当然ではあるが、ますます、動作がぎこちなくなっていくのは気のせいだろうか。
「リアエルさん、真っ赤になってどうしたの? 僕、何か気に障ることをしちゃった?」
どうやらリアエルを怒らせていると、勘違いしているジョワンであった。
「い、いえ、いえ、いえ」
ひたすら、ぶんぶんと音がするかのうように首を横に振るつづけるリアエルであった。大佐は、そんなリアエルを気にもとめず、同行している部下に、リアエルの荷物を持つように命じながら、スプリットまでの移動手段の手配や先行する部隊との合流ポイントなどの確認など簡単なやりとりをしていた。
「大佐、街からの移動手段ですが、年末でもあるため、スプリットまでの直通の馬車などほぼ満席で手段の確保ができせん。いかがいたしましょうか?」
と、部下の一人は返答していたのだが、もう一人の部下は、リアエルの荷物を持ったとたん。
「リ、リアエル、このカバンの重さは、な、なんなんだ???」
「え、皆さんのお昼ご飯とかおやつとか、飲み物です。ベイツさんが、持って行けって、作ってくれました」
『料理長ぉー』心の叫びである。結局、お昼を食べるとカバンも軽くなるだろうと言う理由で、リアエルはそのまま荷物を持つことになった。
王国歴10468年12月、今年ももう終わろうとしている。この時期は、年越しを生まれ故郷ですごそうと近隣の村や町へ帰る者や、休暇をとって王都近くの温泉へ出かける者など多く。王都からの乗合馬車などは、軒並み満席となっていた。秘密裏にスプリットへ潜入するためには、王国軍の力を使うわけにも行かず、歩き旅で向かうか、年明けまでさらに予定を変更することになると思われたのだが
「カーネル大佐、じ、理事長の権限利用して派遣協会の馬車を借りちゃいましょうよ」
とジョワンは、提案したのだが、
「ジョワン君、それだと目立ってしまう。秘密裏にとは、行かなくなるよ」
と、苦笑いであった。
「仕方がないな。少々荒っぽいが、途中の街までは、知り合いに頼むか。そこから先は、徒歩で向かうかするか、それとも、他の方法を探すかだな」
大佐が知り合いを使うと聞いて、大佐の部下は、多少、顔をひきつらせていた。過去にも今回のように潜入する際に利用した移動手段のことが、彼らの脳裏をよぎったからであるが、それを当然知らないジョワンとリアエルは、途中までであっても歩かないで済むことに素直に喜んでいた。特にジョワンは、スプリットまでの途中、故郷の村であるラオウの手前にある大きな街サミアまで徒歩だと2日程度掛かることを知っていたので心の底からホッとしていた。
「それでも、長旅にかわりはない。ジョワン君もリアエル君も、必要な物があれば、市場で買っておくといい。あとで、市場の反対側の外れまで迎えに来るから、そこで待っていてくれ」
大佐は、そういうと市場の外れで二人と別れ、知り合いのところへ向かった。当然、引きつり顔の部下達も連れてである。
市場は、年の瀬と言うこともあり、大勢の人が買い出しに来ていたり、ふるさとへのお土産を買いに来ていたりと、普段よりも、大勢の人手で混雑していた。それでも、リアエルは、いつも仕事が休みの時は、リチルやリリー達とよく街にでていたので、慣れた調子であれこれと露店や店をまわっていた。
「ジョワン様、あそこの店は、揚げ物が美味しいんですよ。こっちの店のお菓子、安くて美味しいんですよ。それにおじさんがよくおまけしてくれるし」
「よっ、嬢ちゃん、そんなに大きな荷物担いで里帰りかい?」
「おじさん、こんにちは。いつもの2つお願いいしまーす」
「あいよ。2つね」
「ジョワン様、これ美味しいんですよ?」
「ん!!! うまい!」
露店のおじさんから、「嬢ちゃんの彼氏かい?」と、言われて必死の否定をしている横で、ジョワンは、柑橘系の酸味がほんのりきいて、表面がパリッと焼かれた串に刺された鳥肉を食べて、思わずひと言、つぶやいた。
「兄ちゃん、よくわかってるねぇ。もう一本サービスするよ」
「ただでもらうって、おじさんに悪いです。それじゃ、これと同じのを三本、塩味って書いてるを三本お願いします」
「おしっ、リアエルちゃんの彼氏に、おまけで、二本して、錫貨五枚で!」
「もう、おじさん、彼氏じゃなくて! ジョワン様も、違うって言ってくださいぃー」
露天のおじさんに対して、リアエルは、ひたすら、「ちがうんですぅ」と抗議していたが、ジョワンは、キョトンとした表情であった。そんなこんなで、リアエルは、市場の中をあっちへこっちへとジョワンを引っ張り回すほどにはしゃいでいた。ジョワンも、学校のあったシュートとは、違った市場の賑わいに少し浮かれていたこともあり、二人してあれやこれやと試食したり、買ったりと、気がつけば余計な物まで買ってたのである。が、ふと、ジョワンが気がつくとリアエルの姿を見失っていた。
「あれ? リアエル、リアエル?? あれれ??」
どうやら、色々珍しいものをみているうちに、ジョワンは迷子になったようである。
「そこのおにいさん!」
誰かに呼びかけているようで、ジョワンは自分ではないと思っていたのだが
「そこを行く、キミだよ。キミ」
どうやら、声の主は、ジョワンを呼び止めたかったようである。声のする露店の方を見ると、目深くフードをかぶり、見るからに怪しい姿の男は、ジョワンを呼んでいたようである。
「えっ、僕ですか?」
「そうそう、キミ、不吉な相が出てるよ。どうだい、ここに並んでる御守り(アミュレット)や鎮守符一つどうだい? 身に付ければ、たちどころに幸運が舞い込むよ!」
露店の台には、かなり作り込まれた装飾が施されてはいたが、それ以上に怪しげな物が並んでいた。
「いや、持ち合わせがあまり無いので・・・それに、友人とはぐれてしまい。捜さないといけないので、遠慮します」
ジョワンは、気がついていなかったのだが、つい先ほどまでにぎやかな市場だったはずが、何の音も聞こえてこない。人気すらないそんな状況の中にいた。
「いやいや、そんな高い物はここには、ないよ。これなんかどうだい?」
男はジョワンの手に、ペンダントのようなものを持たせて、
「これは、あらゆる厄災から、身を守ってくれる呪符が彫られておる」
次に、小さなナイフの形をしたブローチを手に取り
「これは、降りかかる災いを切り裂き、魔を討つ降魔の剣の呪詛が掛かっているブローチじゃ」
それは、ジョワンがこれまで見たこともない意匠が施されており、銀色に光る見るからに高価そうなものを次々と目の前で見せられていく。
「僕、あいにく持ち合わせが無いので、結構です」
と言うのだが、露店の男は、
「いやいや、今日は、安売りセールの日。なんとここに並んでいる商品は、全て銅貨一枚。おまけに水晶のブレスレットもつけるよ? どうかな?」
ジョワンは、銅貨一枚でと言う言葉に釣られて、屋台の商品を手にとって見ていた。
「ジョワン様?」
突然、ジョワンは、肩を叩かれ、はっとして振り返ると、そこには、リアエルが立っていた。
「ジョワン様、捜しましたよ? 大佐との待ち合わせ場所までいってもジョワン様が見当たらないので、戻って来たんですが、どこに行かれてたんですか?」
「あっ、リアエルさん、実は、ここの店でね」
と、店の方へ振り返るのだが、
「あれ?」
先ほどほどまで、露店があり商品が並べられていたはずなのに、そこには最初から何もなかったかのように、ただ、道があるだけだった。
「ジョワン様、顔色がお悪いようですが、何かございましたか?」
ジョワンは、心配顔をするリアエルを見て、そして、自分の手元をみると、先ほど露天の男に説明され手渡されていた御守りやブローチ、ブレスレットが、初めからその手に握られていたかのように存在を主張していた。
『お客様、お代は後ほどいただきにまいります』
どこからともなく、先ほどの男の声でそう言われたような気がした。
「ジョワンさま?」
「あ、っと、リアエルさん。何でもない。大丈夫だから。で、『様』は、むず痒いから他に人が居ないときはやめてっていったのに」
「えっ、えーっと、ジョワン君」
「う~ん、『君』もいらないんだけどなぁ。じゃあ、リアエルさん、君付けだと皆の前でもお願いね」
「えっ、は、はい、ジョ、ジョワンさ、」
「ん? さじゃなくて」
「ジョ、ジョワンく、くん」
「はい、よくできました」
リアエルの顔は、恥ずかしさで真っ赤であった。
「ところで、カーネル大佐は?」
「あっ、そうでした。カーネル大佐が、待ち合わせ場所に来られて、そろそろジョワンさ、くんを呼んできてくれと、それで捜してたんです」
「そうなのか。いや、なんか迷子になってて、シュートとは、王都では規模が全然違ってね。よく見つけてくれてありがとう。リアエルさん」
「えっ、いや、そんな。ジョワンさ、くんの鳥さんが、ここまで私を連れてきてくれたんです」
気がつけば、いつのまにかジョワンの肩に青い鳥がとまっているのだが、『えっへん、凄いだろう』と、胸を張る仕草をしているように見えるのだが、きっと気のせいであろう。
「あら? ジョワンさ、くん、その手にもってるのは?」
「露店見て回っているときに、安くするって言われて、なんとなくね」
ジョワンは、いつのまにか目の前から消えた露店のものだとは、当然ではあるが言えずにいた。
「ふ~ん、なんか凄く高そうに見えますよ? あっと、いけない、カーネル大佐が待たれているので早く参りましょ?」
カーネル大佐を待たせるわけにも行かないとリアエルに急かされるまま引っ張られてはいたが、ジョワンは、見もの全てだ珍しく露店で売られていた甘いジャムのようなものを挟んだ保存の利く焼き菓子を少しだけ買うために立ち止まったりしつつ大佐との待ち合わせ場所に向かっていた。
「リアエル君、ジョワン君は無事見つかったようだね」
「あっ、大佐、ジョワンさ、くん、市場で迷子になってたみたいで、鳥さんが見つけてくれたんです」
カーネル大佐は、移動手段の手配で、少し町外れにある知り合いのところに行っていたのだが、手配と準備が整ったことで、二人を迎えに来ていた。
「ジョワン君、色々買ったようだね?」
「はい、シュートでは、市場にこんなにたくさんの店が無いので、珍しくてつい」
「そうか。今回の件が片付いて、ここへ戻った時には、もう少しゆっくり見て回りなさい」
「はい!」
「リアエル君、準備は、良いかね?」
「問題ありませーん」
「それでは、街外れにある荷物輸送専門のところまで、少しいそごうか?」
「大佐、他の方達は?」
「向こうで、ちょっとした準備をしてもらってる」
そう答えると、大佐は、ふたりを連れ、街外れの方へ向かっていった。しばらく進むと、あたりには人気も無くなり、「翌日配達、高速輸送」「荷物輸送は王国一」などといった看板が次第にジョワンやリアエルの目につくようになってきた。リアエルは、何度か城でお使いでここに来た事があったので、
「大佐、このさきって???」
そして、離れていてもはっきり目立つほどの大きな看板が、二人の視界に入ってきた。
『ユイキュル・エキスプレス』
それは、王国内での貨物輸送において随一を誇る輸送専門の業者であり、ジョワンのいたシュートにも王国で最も有名な輸送会社である。
「た、大佐、ここは、荷物輸送専門の・・・」
「そうだ。王都一の輸送業者だ」
王国内、移動は、派遣協会が持つ高速移動に特化した空飛ぶ移動機、王族貴族が利用する四輪駆動車、それ以外の一般人が利用できる手段は、馬車や船、または、徒歩と限定されていた。ただ、協会や王族貴族の持つ移動機は、燃料が必要であるのだが、その燃料の材料となるものが余り採れないことから、移動は、もっぱら一般と変わらないものとなっていた。そんな中、ユイキュル・エキスプレス社は、”馬車よりも速く目的地へ”をモットーに、新しい移動装置の開発と新技術の投入に余念がない風変わりな輸送会社であった。
やがて、彼らは頭上の大きな看板をくぐり、その入り口の門をはいると、大型の馬車と言えるのだろうか巨大な金属製の乗り物があった。そのそばには恰幅のいい少し汚れた作業着をきた理事長より少し若く見える老人がたっていた。
「おお、戻ってきたか!」
「おやっさん、部下たちは?」
「いま、中でごちゃごちゃやっとるが、こっちは、いつでもだせるぞ!」
そう老人は、告げると
「ただし、今は一定時間動かしたら、装置を休めてやんねえと駄目だがな。それでもサミアの町までなら新型機の試験運転には、ちょうどいい」
老人の視線の先には、先ほどの乗り物があった。
「まあ、半分は社長の道楽みたいなもんだがな」
ジョワンもリアエルも、キョトンとした顔をしていた。目の前の巨大な馬車のような乗り物が、直ぐに動かせると言われ、しかも馬も無いのに動くと言われたのだから無理もない。
「あのう?」
「なんだ、坊主?」
「これ、馬も居ないのに動くんですか?」
老人は、怪訝な顔をしたのだが、
「こいつは、空気の力を利用した乗り物だ。だから、馬なんか必要ねぇ」
ジョワンにとって馬を利用しない乗り物は、理事長に連れられては乗ったことのある協会の移動機ぐらいであるが、それでも馬車より小さかった。なので、目の前のものが馬無しで動くと言うのが信じられなかった。
「おやっさん、紹介が遅れたが、今質問したのは、ジョワン、ジョワン・フォルテラ君で、今回の同行者だ。その横に居るのが、リアエル君、ジョワン君の従者だ」
老人は、全く興味が無いようだったが、
「ジョワン君は、派遣協会フォルテラ理事長の甥の息子さんだ」
と、大佐が告げると
「ん? フォルテラと聞いてもしやとおもったが、ひょっとして、ヴァレリーの息子か?」
「父をしっているんですか?」
「ああ、よく知っとる。あれの息子か。そうか」
ジョワンを感慨深げに見つめていた。
「坊主、儂のことはジンと呼んでくれていいぞ」
「はい、よろしくお願いします。ジンさん」
「おやっさん、そろそろ出発してほしいんだが、いいかな?」
なんとなく水を差すような感じはしたのだが、大佐は出発を促した。
「そうだなカーネル。そろそろ出発するか。坊主、後で時間がある時にでも、おまえの父親のこと教えてやろう。この試運転は、この儂、ジン様がついて行くことだしな」
ジョワンは、王都についてから、両親のことを知るカリーに会い。そして、ここで、また自分の父親の事を知る人物に会えたことが嬉しかった。横に居るリアエルはというと、「輸送屋さんで、ジョワン様のお父様が? 馬車だけど馬が必要なくて? え? え? え?」と、混乱していた。
「坊主も、嬢ちゃんも乗った乗った。今回の試運転は、貨客混在輸送ってやつの試験も一緒にやるから、後で乗り心地がどうかも教えてくれよ」
大佐は、やれやれと言う表情を何故か浮かべており、大佐の部下二人は、完全に引きつった表情を浮かべ、割り当てられた場所に、荷物の固定と、自分達の身体の固定やらを終えていた。
「んじゃ、行くぞ!」
ブーンと音が聞こえてきたかと思うと、その音は次第に大きくなり、ジョワンは、協会の専用移動機と同じように身体が宙に浮いているような気がした。
「よっしゃ、ここまでは、問題なし。次、前進じゃ!」
ジョワンは、ジンじぃがなにやらレバーを押しているのが見ていた。そんな中、大佐の部下達は、ずっと青い顔をしたまま、何かに必死に祈っていた。
「ジョワン君、大丈夫かい?」
大佐は、そう声をかけると
「派遣協会の移動機と似たような感じがするので大丈夫です」
浮いた感覚のまま、動いているのがはっきり感じられた。
「ジョ、ジョ、ジョワン様、こ、こ、こ、これ、な、な、な、なんなんで、ですか?」
リアエルは、背負っていた荷物をおろしていたが、その荷物にしっかりしがみついていた。
「リアエルさん、大丈夫だよ。地面から浮き上がって動いてるだけだよ」
「ジョ、ジョ、ジョワンさ、さ、さま。う、う、浮いてるって、な、な、なんですかぁ」
「落ち着いて、リアエルさん」
ジョワンは、仕方ないなという風に、リアエルをなだめていた。やがて、機体前面の窓から、王都を取り囲むように存在する湖が見えていた。
「おっ、坊主、びびってないな」
「はい、訓練学校時代に、じじぃ、あっ、理事長に協会の移動機に乗せてもらったことがあるので、大丈夫です」
「そうか! そういや、あれも宙に浮かぶんだったな。こいつは、あんなに高くは、飛べんがな」
ジンじぃは、大声でわらっていた。大佐は、そんな笑い声を聞きながら、部下達が怯えているのを見て、今後、訓練が必要だなと考えていた。
「ところで、おやっさん、どの位連続で使えるんだ」
「はははっ、儂にもわからん。が、ここのついてる温度計のメーターが上がりすぎれば、爆発するかも知れん。じゃから、わしは温度計とにらめっこじゃ」
さすがの大佐も、爆発するかもと言う言葉にやや顔色が変わる。
「そういや、社長が『こいつは、エレキで動いてるが、そのエレキが無くなると止まる。途中で充填じゃったか、充電しろじゃったかをしろ』とか言っておったな。エレキが何か、社長は言ってたが、儂にはわからんがな」
そう答えるジンじぃに、大佐は、あきれ顔で
「おやっさん、たのむよ」
そう返すと、部下達の顔色がますます真っ青になるのを見て、『これは、訓練どころではないな』と、苦笑いするしかなかった。
「た、大佐、ジンさん、止まらないと、湖に突っ込む!」
王都エルグラントを取り囲むように拡がる湖、ナッツ湖である。ジョワンは、次第に近づいてくるナッツ湖を見て思わず叫んだいた。
「よっしゃ! 湖にはいったら、エア・フロート展開して速度を上げるぞ」
と言うなり、ジンじぃは、筒のような物に
「エア・フロート展開じゃ!」
と、叫ぶと、どこからともなく
「親方、こっちはOK ですぜ!」
「こっちも準備できました!」
と聞こえてきた。ジンじぃは、
「展開!」
と、ボタンを押すと
ボン、プシュー
ジョワン達は下から押し上げられる不思議な感じを受けた。
「ジョ、ジョワン様、爆発ですぅ」
リアエルは、先ほどの話を聞いていた事もあり、パニックになりかけていた。一方、大佐の部下達は、なにやら遺書のようなものを書き始めていたのだが、ジョワンは、
「落ち着いて、リアエルさん。前を見て」
前面の窓は、湖面からの水しぶきが掛かってはいたが、次第に速度が上がっているのであろう。景色が迫っては過ぎていき、湖岸にある宗教都市アテンザの街並みが、急速に近づいてくる。
「ジョワン様! 私たち、凄いです。凄い速度で動いてますぅ」
リアエルは、景色がめまぐるしく変わっていくことに、恐怖を忘れて興奮していた。大佐の部下達は、ずっと真っ青なままであった。
「ジンさん、これどうやって動いてるんですか?」
「お、坊主、知りたいか?」
「ええ、興味深くて、どうやって動いているか知りたいです」
「そうか・・・・簡単に言うと、機体を空気の力で浮かせて、風を後ろに送って、前に進んでおるんじゃ。わかるか坊主?」
「全然わかりません」
「わはははっ、そうじゃろな。儂も詳しくはしらん」
「そうなんですか?」
「冗談じゃ」
ジョワンは、ジンじぃから、この移動機の移動システムについて聞いたのだが、複雑なところは、社長でないとわからないということで、王都に戻った時に詳しく教えてもらうことになった。
機体は、アテンザの街並みに近づいていく、窓からは、驚いた表情の人々の顔が見えていた。
「ところで、おやっさん、コースは?」
「そうじゃな、アテンザからスプリット川を下って、途中から、支流に入りサミアの近辺から陸上での走行試験にはいるぞい。まだ、温度の方は大丈夫じゃが、何回か止めることにはなるとはおもうがな」
ユイキュル・エクスプレスの機体は、快調なペースで川を下っていく。リアエルは、流れていく景色をみて
「ジョ、ジョワン様、景色がどんどん変わって行きます。すごい、すごいです!!」
少々興奮気味であった。ジョワンは、そんな姿を見ながら、昨日、マリーの見舞いに行った時のことを思い出していた。
御前会議のあと、ジョワンは、マリーの見舞いへとやってきていた。そして仮救護室の入り口の扉には、『Dr.トーマス在室』と札がかかっていた。
コンコン
「どうぞ」
「マリーさんの見舞いに来たんですが? よろしいでしょうか?」
「君は、ジョワン君だったかな?」
「はい。マリー君なら、ベッドの所にいるから行ってもかまわないよ」
「ありがとうございます」
ジョワンは、トーマスにそう告げると、マリーのベッドの方へと向かった。マリーは、どこも悪い所は無いのだが、襲撃者のこともあり、警護という名目で仮救護室にいた。逃げ出すにも、警備が厳しかったからである。
「マリーさん。おかげんはどうですか?」
「あ、ジョワン君。全然大丈夫よ」
「よかった。昨日のあの後、大丈夫かなっと思っても、ここにこれなくて、少し、リアエルさんから話は聞いたはいたんですけど、様子を見に来れなくて、ごめんなさい」
マリーは、ひどくびっくりしていた。この場で謝られる理由が理解出来なかった。マリー自身、ヘンリー侯爵から『派遣協会やエル教会が隠していることを暴き排除せよ』から始まり『該当するものを排除せよ』『登城してくるものを排除せよ』へと変わっていく命令から、目の前の青年を排除しようと動いていたからであり、この青年がそれを知らないにしてもである。
「どうして、謝るの?」
「え、だって、すぐにでもお見舞いに来ようと思ってたけど、これなかったし、マリーさんの知り合いって、この城の中だと僕だけだし、一人で、不安じゃ無いかなっと思ったから」
マリーには、その言葉が理解出来なかった。唯一のマスターであるヘンリー侯爵。そのマスターに危険を及ぼすものを排除する事を命じられて、それを実行することが全てであるという基準からすれば当然であった。ジョワンの言葉にどう答えて良いのか、言葉が見つからない。
「・・・・」
「マリーさん、僕、なにか悪い事言った?」
マリーは、これまで感じたら事の無い衝動に戸惑っていた。
「なんでもないの。どう言えば良いかわからなくて・・・・」
「マリーさん、なにか困らせて、ごめんなさい」
「気にしないで」
「マリーさん、泣いてるの?」
マリーに自覚が無いままに涙が頬を伝っていた。なぜそんなものが流れているのかも理解出来なかった。
「え、ごめんなさい。私にもわからないの」
そう答えるのが精一杯だった。ジョワンは、『女性を泣かせたこと、ばあちゃんにばれたら怒られる』と、少し焦っていた
「泣かないで、マリーさん、ごめんなさい」
マリーは、自分が流している涙の意味が理解出来ずに、涙があふれ出る。
「恐い目に遭わせてしまって、ごめんなさい」
思い当たる事を次から次へと口に出して謝るジョワン。そのとき、突然、ジョワンの肩に乗る鳥が、マリーの手元に飛び移り。
「ピュル? ピュル? ピーピュルピュル!」
マリーの手首に、銀色のブレスレットが現れていた。
「ピュルー!」
マリーは、手首に急に現れたブレスレットをみて、驚いていた。
「これは? 何?」
「えっ、えっと」
ジョワンは突然の事に驚いていた。リアエルと同じように、ジョワンを助ける役割を持つ者としてマリーが認められたことに、そして、その説明が出来ないでいた。
「僕の口から説明が難しいので、後で侍従長秘書官のカリーさんに説明してもらえるようにここに来てもらいます」
マリーに『いきなり従者です』とは言えないジョワンは、説明を逃げたのであった。ジョワンの微妙な弱さである。
「えっと、本題忘れるとこだった。マリーさん、僕、明日スプリットの町まで行かないといけなくて、一週間ほどで戻ってくるけど、もし会えなかったらと思って・・・・それもあってきたんだけど。。」
「ジョワン君。私は、この前の事もあって帰ると危険だって言われて、しばらく帰れないの。だから、多分・・・・・」
ガガガガガ・・・・
突然の異音がジョワンを現実に引き戻す。ジンじぃの方を見ると、
「ああ、しまった。よそ見してるうちに、温度が上がりすぎてとまっちまった」
「おやっさん・・・・頼むよ」
カーネル大佐が、思わず声をあげていた。
「まあ、少し待って温度が下がれば、また動かせるから、少し川の流れにそって動くか。しばらくは、船旅だな」
笑いながらジンじぃは、カーネル大佐にそう答えていた。
「みなさーん、おやつにしませんか?」
リアエルは、興奮冷めやらずではあったが、はしゃぎすぎておなかが空いたようであった。
「しばらくはゆっくりとした船旅じゃ。どれ、少しお茶でもいただこうか」
ジンじぃさんは、そう言うと、リアエルにお茶を一杯入れてもらっていた。大佐の部下達も、ようやく安心したのか。ほっとした表情を浮かべていた。
「おやっさん! 前方から濃霧が迫って来ます!」
ジンじぃは、前方を見ると次第に濃い霧が迫ってくる。まるで生き物のように迫ってくる。
「二人とも、機内へ入れ! アンカーを出して、この位置で停止する!」
「「了解」」
大佐は、おやっさんに
「おやっさん、あれは? まさか?」
「この時間に霧はおかしいからな。フォグ・モンスターの可能性があるぞい」
「フォグ・モンスターって?」
ジョワンが大佐に尋ねると、
「正体不明で、モンスターの形など報告がされてるいるんだが、その内容がバラバラ。その上、遭遇した者の一部は、廃人になったという噂もあるが、一応、無害とも言われてるんだが、ほんとに正体がつかめていない」
そう答えるだけだった。霧が機体を覆っていく。やがて機内にもわずかに霧が侵入してきた。
「助けてくれ!!」
いきなり、叫び声がした。声のする方をジョワンが向くと、硬直した姿勢で、恐怖におののいた表情の大佐の部下がいた。ジョワンは、一体何が起こっているかわからずにいた。ふと気がつくと、大佐も、リアエルも、まるで何かに出会って驚いた表情のまま立ちすくんでいた。