転章 前編 ~王国歴→共通歴の世界で~
「リタ姫?どうして、ここに???」
外の喧騒に引かれたのか、屋敷の扉が開くと、そこには、王弟であるランベールの一人娘、リタが立っていた。
「ジョワン様の鳥さんに名をつけたくて参りましたの」
ジョワンは、そういえばと言う顔をした。
「お忘れになっていたのですね?ひどいですわ、ジョワン様!」
「いえ、忘れてたわけではございません。スプリットから、王都に戻って以来、本当に忙しくて忙しくて、連絡ができませんでした。すいません」
「そうですの?」
リタがやや疑いの目を向ける。
ぴゅーい!!!
と、遠くからの甲高い一鳴きとともに、何か小さなものが、ジョワンの下へ猛烈な勢いで飛んでくる。
「「「「姫様!」」」
リタを呼ぶ声とともに、急に、数人の気配が、この場に殺到する。おそらくは、リタの護衛なのであろう。
「えっ、えっ????」
急に現れた武装集団に、たじろぐジョワン。
ピュイピュイ!
という鳴き声とともに、その小さなもの、侵入者が、空中で急停止すると、ふわっとジョワンの肩に留まる。
「鳥さん!あなたのお名前を考えて参りましたのよ!」
周りのドタバタした雰囲気に臆することもなく、リタは、鳥さんに声を掛ける。
「ひ、姫様!危険です。こちらへ!」
護衛たちは、リタとジョワンの間に割り込もうとする。
「何者ですか?」
レジーナは冷静に、そして、その場を制するように声を上げる。
「!」
護衛たちは、その気配に臆したかのように立ち止まる。
「わたしをレジーナ・デュ・メディシスと知っての狼藉か?」
「「し、失礼いたしました!」」
リタの護衛たちは、膝をつき、頭を下げる。
「あなたたち、そんなに慌ててどうしたの?」
リタは、鳥に気をとられていたようである。
「えーっと・・・・」
なんとか、状況の推移を把握しようとするジョワンではあるのだが、屋敷の前まで並ぶ荷馬車の件から、リタの登場、そして、自分たちを取り囲む人。それでも、さりげなく、マリーは、ジョワンの前に出て集団を牽制し、リアエルはというと、ジョワンがその手を引き寄せ、彼女を守ろうと、自身の後ろに隠そうとしていた。
真っ暗な中に、皓々と光るものがある。
「お父様」
そこに映し出された映像を見ている存在がある。エル教の主神とも言われるAFIである。
『エフィー、元気かい?』
そこには、にこやかな笑みを浮かべる博士の姿があった。
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「君は誰だい?どうしてこんなところに一人でいるんだい?」
「お父様!」
「え?僕は独り身で、子供なんていないだんだけど?」
「お父様、逢いたかった」
目の前にいる20代の女性は、そういうと、男のところへ駆け寄ってきた。
「C.E.3688年10月(共通歴3688年10月)」
と書かれたカレンダーが、部屋の壁に掛けられている。部屋のあちこちには、ゴミなのか、資料なのか、どちらなのかわからないものが積み上げられている。そんな部屋の中、わずかに空いたスペースに、コンピュータ端末とほぼ万年床のようなせ煎餅布団が敷かれている。この部屋の主はというと・・・・あれ?
ずずず・・・ずさっ!
「ふぅ、参ったな、まさか部屋の中の土砂崩れで死ぬかと思った」
ふ――っと、大きく深呼吸をすると
「それにしても、リアルな夢だったなぁ。いきなり、お父さんって言われて、あんな美人に抱きつかれたら照れるじゃないか」
コンピュータの端末から少し離れた所で、一人に男が、資料なのかゴミなのか、それとも、ブレンドされたものなのか、その中から起き上がった。彼の名は、マサキ。物理学者であり、それ以外にも色々と博士号を取得しているいわゆる天才であるが・・・私生活は、部屋の状況が全てを物語っていた。
ジリジリジリジリン、ジリジリジリジリン・・・・
「おっと、電話か・・・って、電話はどこだ!」
マサキ博は古き良き時代の懐古主義者でもあり、レトロな事が大好きというか、電話の呼び鈴は、なぜか1000年以上昔の固定式電話機の音を使っている。本人曰く、『だって、その方が寝てるときでも、目が覚めじゃん!』だそうである。
「はい、もしもし?」
『あ、博士。まだ家でしたか?約束の時間は、とっくの昔に過ぎているんですけど?』
「え?あ?うそ?」
『お昼を食べながらプロジェクトの話をするって昨日言ってませんでした?』
「あ、えーっと、そうだね。言ったね」
『どうしますか?すぐ来られますか?』
「あ、わかった、すぐ行く。30分ほど待ってくれ」
『わかりました。昼からの予定についても、こちらで変更のお願いしておきます』
「う~ん、そうだね・・・いや、昼からも同じような話をすることになるから、全員呼び出しといてくれないか?頼むよ」
『え?博士。それは、む・・・ツーツーツー』
マサキは、相手が何か言おうとしていたのを遮るように、着ると、急いで身支度をして出かけようと準備を始めた。それも丁寧に、電話の電源をOFFにしてである。
「それにしても、共通歴っていう呼び名は、なれないなぁ。やっぱり、ここは西暦でないとなぁ」
マサキの故郷は、日本であり、そこでは、AD、つまり、西暦の表記を使っていた。とは言っても、世界中のほとんどの国では、西暦を採用していたのだが、彼自身、あるプロジェクトに参加するため、パプアニューギニアに作られた研究施設に来ている。そこでは、国家を超えた枠組みが必要とのことで、西暦を使わずに、共通歴と世界時であるUTを使っている。
「それにしても、やっぱり慣れないな・・・・」
施設で配布されるカレンダーは、共通歴表示であり、時計も世界時であるため、ここにやってきて半年ほど過ぎているのだが、慣れないままである。個人的に、西暦表示を使っても良いとは言われているのだが、だからといって、それほど、歴表示に執着しているわけではなかったからである。
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ここは、赤道に近い南半球のパプアニューギニアにある東ニューブリテン島につくられた研究施設。その中で、心地よい室温に保たれてはいるが、降り注ぐ日差しは厳しい。そんな中、一人の女性が、あきれた表情をして腕時計型の端末を見ていた。
「全く、マサキ博士は、どこか抜けているというか、なんというか・・・・」
ふーっとため息を吐きながら、目頭を押さえているのは、彼女の名は、マーガレット・アクリオ、文化人類学を研究分野とする学者である。
「たしかに、ここ数日、忙しかったですけども、まさか、今日やらかしてくれるとは思いませんでしたわ」
彼女は端末をもう一度操作して博士に電話を掛けようとするも、『お呼び出ししておりますが、電源が入っていないか、電波エリア外のため接続できません』というメッセージが流れる。
「あの野郎、端末の電源を切りやがりましたね」
目鼻立ちが通るどちらかと言えば、きれいな女性なのだが、現在、無表情で激おこである。
「あ、マー・・・・」
マーガレットの今いるところは、研究施設にあるカフェテリア、昼時でもあるため、彼女の顔見知りもやってくるのだが、マーガレットの纏う殺気に、思わずたじろぐものも多く、途中まで声をかけようとするのだが、それに気づくと、急に何も見なかった風を装い、その場を立ち去っていく。その彼女が、もう一度、盛大にため息をつけば、遠巻きに彼女を眺めている同僚達が、思わずピクリと震えていた。
「午後からの会議荷出席するのは・・・・・あの人と、この人、それからっと、この人もか、う~ん、それだと、こっちの人も呼ばないといけないかな・・・」
何やらぶつぶつつぶやいている声が、はなれていても聞こえてくるのだが、周りは、触らぬ神に祟りなしとばかりに、華麗にスルーしていた。
「よ、マーガレット、一人かい?」
そんな彼女にお構いなしに声をかけるものがいた。触れてはいけないところを触れたことをわかっていないそんな勇者を彼女は、ギロリと睨む。男は、当然ビクリとする。
「ええ、そうよ、マサキ博士(くそ野郎)が来ないのよ!」
「あ、はい」
「ところで、貴方も部門責任者の一人よね。リヨン卿?」
「あ、はいです!」
彼は、この時代には珍しく爵位を持っており、一見して優男である。が、欧州からきた物理学者、専門は素粒子物理学であり、素材工学に長けた男でもある。
「じゃあ、貴方も、このあとの会議に出席ね」
「え?いや、それは」
「はあ?」
マーガレットのドスのきいた声に、リヨン卿は黙らざる得なかった。彼女は、このあと数名にメッセージを送ると、再度、端末からマサキ博士に連絡を入れようとするのだが、呼び出し音はしているようではあるが、本人が出ない。流石に、怒りがほぼ垂れ流しになっており、リヨン卿など涙目である。
・・・・・・・・・リリリリン・・
・・・・・・・リリリリン・・
・・・・・リリリリン・・
・・・リリリリン・・
どこか、遠くで鈴の鳴るような音が聞こえ、それが次第に近づいてくる。マーガレットはその音に気づくと、端末での呼び出しを止める。当然、聞こえていた音も止まる。
「やっと、来やがりましたね」
激おこの状態ではあるが、待ち人、来たりで、ほっとしていた。
「いやァ、ごめんごめん!ははははっ」
にこやかな表情で、カフェの入り口から颯爽と男が入ってくる、マサキ博士である。
「やっと来ましたね」
とても冷たい声で彼女はそう言うと続けて
「緊急の連絡をする場合があるから、電源を切ったり、出ないなんて事はしないようにと、あれだけ口酸っぱく言いましたよね?なに、電源を切ったり、出ないかったりするんですか?」
「ははは、準備途中で、電源切れちゃって、あとは走ってきたから、出れないじゃないか。ははははっ」
悪びれもせず平然と答える姿に、あきれるやら、何やらで、大きく「ふぅ」と、ため息を吐くのだが、
「いや、ため息なんてしてると幸せ、逃げちゃうよ?」
「誰のせいですか!誰の!」
僕、何か悪い事言った?と言う顔のマサキ博士をみて、こめかみに指をあてて、悩み顔のマーガレットであり、そのやりとりとみているリヨン卿は、マサキ博士をまるで勇者を見るような尊敬のまなざしで見ているのであった。
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「お集まりになった皆さん、手元の資料をご覧ください」
一悶着あったものの、マサキ博士は、自分の用意した資料を配付した上で会議は始められた。
『Project: Dyson sphere』
とでかでかと書かれた表紙の付いた冊子を片手に持つと、出席者に、確認するように見せる。
「ご存じのように、今から1700年ほど前にアメリカの物理学者によって提唱されたのが、ダイソン球殻で、これについて、今更詳しく説明するまでもありませんが、」
もう一度、出席者を見回すと
「地球上のエネルギー不足や人口の増加に伴う食糧危機を解消するために、これまで、海底都市や、地球外の太陽系内の惑星をテラフォーミングすることによって人々を移住させたり食料の増産を図るという様々な施策が取られてきましたが、それでも解消する目処が立っていません」
「それを解消するために、我々はここに集められたわけだが、それとこの冊子とどういう関係があるんだ?大体、食糧増産に関わる私のような農学者や畜産、養殖業の関係者ならわかるが、どうして文化人類学などと言う関係ない分野が、」
「ストップ、その理由を説明するために集まってもらったんだから、そうイライラしないぃ」
参加者の一人、ここ数年の食糧増産のために、植物の品種改良を続けているサラトヴァ・ミレムが、
無関係なものがいると苦情を言い出すのだが、会議の趣旨をマサキ博士が、まだ、説明していないのだから当然である。
「ぶっちゃけると、地球軌道の外側で、ハビタルゾーンの外縁にそって、ダイソン球殻を設置して、太陽を覆ってしまいます。そうすれば、恒星、つまり、太陽からのエネルギーを漏れなく全て利用して、現在の地球におけるエネルギー危機を一挙に解決します」
「「????」」
「計画の概要は、お配りした冊子に書いてありますので、確認お願いします。この後の話は、冊子の内容を補う形で進めていき、詳細計画や設計、実施時期については、この後、私の方から各自にお願いしていきます」
参加者の大半が、『イッタイ、コノオトコハ、ナニヲイッテルンダ?』という表情ではあったのだが冊子を慌ててめくり、計画の概要とその趣旨、流れをむさぼるように読み始める。
「マサキ博士」
「リヨン卿?何か?」
「それだけの構造物を作るに当たり、必要な資材はどうする?地球上だけの物資ではまかなえないし、それこそ地球を解体したとしても間に合わないぞ?」
「そこなんですが、まず、地球軌道のすぐ外側に、球殻の数万分の1だけ作り、そのあとは、小惑星や星間物質を利用しようとおもいます」
「それで、私を呼んだのか」
「ええ、そうです」
「それでも、彼女の専門分野は関係ないだろ?」
リヨン卿は、そう言うと首を傾げ、マーガレットの方を見る。彼女はといえば、少しばかり決まり悪そうな顔をしている。この会議に参加している者達が知らない事実を知っているようである。
「それはですね。この計画、つまり球殻を作る材料に関係するんですよ」
「いや、材料なら、彼女より僕の方だろ?」
「ええ、いってしまえばその通りなんですが、実は、球殻を作るために、この地球を少しばかり材料にしちゃおうかな?と思いまして」
「「「はい?」」」
この場にいる者達が。凍る。
「いま、何を言った?」
「ええっと、この地球の表層を少し削ってですね」
「ちょっと待て。それは、貴様一人で勝手に決めて良い問題じゃ無いぞ?」
「あ、これについては、マーガレット君の知識を総動員して、各国には協力を取り付けています」
『はい?』
何がなんだかわからないというのが、約2名を除き、この場にいる者達の気持ちである。
「文化的な遺産等は壊さずに、不要な物等を国土に合わせて供出してもらいます」
「いや、それでも、反発が」
「はい、反発はありましたが。海も材料として使用するので、当然、国により、国土が広がることになるので、喜ばれてましたよ?」
『!』
全ての根回しは済まされていた。リヨン卿をはじめ、この場にいる者達の理解すると物事を計る目盛りの針は、すでに振り切れている。
「そこで、皆さんには、計画実施市中に起こりうる経済的な問題や、人間の心理状態などを推測していただきたいのです」
「いや、そこまで決まっていれば、問題は、」
「問題は起こっています。例えば、皆さんが、こちらに来る際に、セキュリティチェックが厳しくなかったですか?」
マサキの言葉に、みんなが顔を見合わせる。ここ研究施設は、隣の島、ニューアイルランド島に軌道エレベータが作られた500年ほど昔であり、改修工事の際に耐久性のある新素材を開発する拠点として作られたものであり、一般見学者の受け入れや、研究成果の公開など世界で最も開かれた施設であり、セキュリティチェック自体もそれほど厳しいものではなかった。少なくとも、Ⅰ年前までは。
「そういえば、何年か前に、家族を連れて、ここへ見学に来たときは、あれこれ問われず、すんなり入れたな・・・・」
「それより、この国に入る際に、行き先の確認がやたらとうるさかったな。我々のように、ここに来るものと、軌道エレベータを利用するもの、それ以外のもので、分けられたよな?」
何人かが、確かに、厳しくなったことを言葉にする。
「マサキ博士、そうは言うが、近年のテロは、進まない環境保護活動に対して、一部の過激派による抗議行動が主体でしょ?ここにどういう影響がある?」
「う~ん、それなんだけど、この場では言えないんですよ」
「は?どういうことだ?」
「内容的が、内容なのでこの場で話すには、セキュリティレベルが高過ぎてね」
リヨン卿は、彼の言葉に、”いったい、どういうことだと?”と、言葉に出さないまでも、首を傾げる。
「とりあえず、ここにいる皆さんの安全は保障します」
なんだかとても軽い口調で、マサキは博士は言うのだが、マーガレット女史だけは、眉間にしわを寄せつつも、難しい顔をしており、出席者は、皆顔を見回しながら、一様に、リヨン卿と同じように首をかしげていた。
「まあ、とにかく、今ここに集まっていただいた方々は、総勢24名は、この計画における各部門の正副責任者となってもらいます」
そう言ってマサキは、一度、全員を見回すと
「それぞれの部門で、やっていただくことは、この後、お話していきます」
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2時間後、全体会議における計画の概略説明は終わり、各自は、配布された冊子に書かれた研究ブロックへと分かれていく。
「マサキ博士、貴方の説明如何によっては、この計画から下ろさせてもらう」
ただ一人、リヨン卿だけが、そう言って、席をたって行く。
「マサキ、貴方どうするつもりなの?だから、前もってある程度説明方針を決めてって事だったでしょ?」
マーガレットは、険しい顔で詰め寄るのだが
「そうはいってもなぁ。こればっかりは、前もってどうのこうのと言っても、どうしようも無いし、彼なら、必ず、こう言ってくるとは思ってたさ」
それほど深刻に受け止めていないようであった。
「まあ、このあと、個別に回ってしてもらう事の説明をするし、なんとかなるでしょ」
「貴方が、そうおっしゃるならかまいませんが、私はついて行きませんよ?このあと、資材の搬入の立ち会いとかありますから」
「えっ?」
「マサキ博士、貴方が、昨日、私に言ったことですよ?忘れましたか?」
「あ、えーっと、そうだったっけ?」
「ええ、そうです。ですので、お一人で頑張ってください」
「嘘・・・あ、それなら、悪いけど、リヨン卿へのセキュリティ権限を上げるように保安部門に言っておいてくれないか?頼むよぉ~」
マーガレットは、”ふーっ”とため息をつき
「わかりました、それは、こちらの方でやっておきます」
「お願いね」
「それでは、博士、頑張ってくださいね」
マーガレットは、にっこりと微笑むと、その場を後にする。昼も過ぎ、まだ外は明るいが、時刻は夕方になろうとしており、マサキは、一人、カフェテリアに佇み。
「さて、行きますか」
と、気合いを入れて、無人のカフェテリアを後にした。
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「先生、荷物はどこにおきましょうか?」
「いや、まだ、そのままにしておいてくれ、このまま、帰ることになるかもしれないからな」
リヨン卿に割り当てられた研究ブロックは、新築されたもののようで、最新式の機材が置かれており、壁には、時刻表示とともに、世界中で投稿された最新の論文の見出しが表示されている。
「これは、プレプリントサーバからの情報を逐一表示しているのか?なるほどな」
彼は、それを見ながら感心していた。それでも、自身にとって、納得いく説明が無い以上、このままここで仕事をする気にはなれず、祖国へ帰るつもりである。窓の向こう、遠くには、隣の島にある軌道エレベータが遙か遠く霞んで見えている。
「先生!マサキ博士がお越しです」
「来てもらってくれ」
「はい!」
リヨンの助手のように動き回っている女性、名をセリーヌというのだが、今年、彼所属する大学の研究室へ入ったばかりの大学院生である。彼女より上の大学院生も、おっつけ後からここへ来ることになるのだが、リヨンの様子から、それも無くなる可能性がある。
「来たよ♪」
渋い顔のリヨンに対して、軽い感じのマサキの登場である。
「貴公は、もう少しまじめにできないのか?」
「ははははっ、いや、硬い雰囲気をほぐそうと思ってね」
「そんな事は、結構だ。貴公は、説明に来たのであろう?」
「まあ、そうなんだけどね。そんな、怖い顔をしないでくれよ」
マサキは、大袈裟に手を広げるジェスチャーをする。
「じゃあ、まず、これを見てくれ」
マサキは、手元のタブレット端末に軽くタッチすると、先ほどまで、時刻と最新の論文が表示されていた壁のディスプレイが、”Top-secret”と書かれた表示に代わる。
「リヨン卿、あなたが知りたい反対運動というか、妨害工作等についてだけどね。それを説明するためには、今回のダイソン計画の骨子を説明しなければならない。そのあと、妨害工作について説明する。それでも、どうするか決めてくれ」
「わかった」
「それから、もし、この計画を降りるとなった場合、申し訳ないが、ここから話事を他言した場合、計画が発動が公に発表になるまで、軟禁生活になることを了承していただきたい」
”軟禁”という言葉に、リヨンは怪訝な顔をするのだが
「それも、承知した」
「それでは」
と、マサキは説明を始めた。概略説明で、不要なものを資材にして球殻を作ると言うことであったのだが、各国から提供される物資は、全て、素粒子レベルまで分解した上で、再構成することで球殻を維持できる素材を作り出すということであり、そのためにリヨンのように、素粒子学を専門としてつつ、材料工学にも長けた人物が必要であることを告げる。
「いや、ちょっとまて、物体を分解する方法はあっても、素粒子レベルまでとなると確立できていないはずだぞ?それに、たとえ、そこまで分解できたとしても、再構成はどうするんだ。これもある一一定の大きさが無いと不可能だ!」
「それはそうなんですが、リヨン卿のいうこれまでの方法で、最も極小物体の分解、いや崩壊は、放射線同位体を利用するという手法がありましたよね?」
「ああ、過去の地球において、原子炉という施設に用いられていた方法だな?制御を間違うと危険な方法だ。あれを使うにしても、素粒子レベルでは不可能だ」
「ええ、あれは、原子核の崩壊を使うという手法で、放出されるエネルギーを使って、連鎖反応を引き起こすんですよね?」
「だが、それでは、限界がある」
「そうです。そこで、別の理論を考えました」
マサキはそう言うと、壁の画面を切り替える。
「これがなんだかわかりますか?」
「これは、ブラックホールだな?」
「はい、その通りです。ブラックホールでは事象の地平線をこえると、全てが分解されますよね?」
「ああ、理論上そう言われている・・・まさか、ブラックホールを使おうというのか?
「当たらずとも遠からじですね」
「馬鹿な。それこそ、原子核の崩壊をつかった核分裂よりも、制御が難しい上、事象の地平線の向こう側がどこにつながっているか、未だに不明だ。そもそも、制御困難だろ?一歩間違えば、地球自体がブラックホールに飲み込まれてしまうことになる」
「ええ、そうです。ブラックホールを使うなら、件の地平線から向こう側から、分解した素粒子を取りだす手法はありません。だから、臨海になるぎりぎりまでであれば、つまり、そうですね。中性子星のようなものを用意して、必要に応じて、重力制御を行うことができれば、中心部にたまった素粒子を集めることができるでしょ?」
「!」
「重力制御については、質量子であるヒックス粒子を使えば、何とかなるとは思うんですよね」
「どういうことだ?」
「いや、質量があるものほど、引力が強くなる。それこそ、ブラックホールは巨大な質量の恒星が、その巨大さ故の重力によりつぶれてしまったものである以上、質量子と重力、いや、重力子は関係があると思うんですよね。まあ、あくまでも私的見解ですけどね」
「重力とはなにかについて、具体的に重力子の存在予言されたのは20世紀、それからいままで未発見のもので、その存在そのものが、未だに謎なものだ。」
「はい、でも、重力子が存在しなくとも理論上、巨大重力の臼を作れば良いかと思いましてね」
壁の画像が切り替わる。
「シミュレーションしてみましたところ、うまくいったので、簡単な模型を作って見ました」
リヨン卿は呆れていた。マサキという一人の学者に。
「で、引力自体に指向性を持たせて照射してやれば、遠くの物体を引き寄せながら、素粒子レベルまで分解でできちゃうんですよね。いまの実験機は、10mほどの射程でしか使えませんけど」
さらに画像は、映像へと代わる。研究室に山積みされたゴミなのか資材なのかわからないものが、次の瞬間、吸い寄せられるように動きながら、次第に分解されていく様を。
「で、ごらんのように、世界中の国々から提供されるものや、海の一部は、これで回収して分解ししようかと。で、それをいきなりやるのは、調整が必要で」
「そ、それで、マーガレット女史がいると?」
「正解!」
「だが、それと、セキュリティとどういう関係がある?」
「そのあたりは、環境保護団体絡みですね」
「環境保護団体?ああ、なるほど、地球表面上を削るということは、環境破壊につながるからだな?」
「はい、そうです。が、環境保護団体ということが分かった時点で、手は打ちました」
「手?」
「はい、大抵の団体は、運営資金のほとんどが、寄付です。なので、寄付元を個別に訪問して、寄付先である団体の活動をやめていただくように理由を説明してお願いして回ったんですよ」
「それじゃあ、セキュリティを強化する必要はないのでは?」
「それがですね。確かに、いくつかの団体は、活動休止や、我々に対して手を引いてもらったんですが、いまだに、妨害工作が続いているんです」
「どういうことだ?」
「アースガルドという名前を聞いたことはありませんか?」
「北欧神話のアスガルドなら聞いたことはあるが?」
「それにあやかったんでしょうけど、泡沫扱いの過激な環境保護団体です。調べてみると、代表をしていた男が死亡して以降、数年間休止していた団体です」
マサキは、そういうと、視線を窓の向こう、軌道エレベータの方を見ると
「その団体には、実態がないことも判明しています」
「実態がない?どういうことだ?」
「その言葉通りです」
「それは他の誰かが隠れ蓑に使っているということか?」
「その通り!」
「それで、セキュリティが強化されたと?」
「そそ」
「おかしいだろ?たとえ、そうであっても、理由にはならないぞ?」
「ええ、だから、その裏にいる連中が問題なんですよ」
「どういうことだ?」
「その裏にいるのは、ある星間企業の連合体だろうと目星はついています。なので、その団体の構成員は、その企業の私兵ということになります」
「おいおい、今、さらっと強烈なことを言ったな。確かにそれなら、一筋縄ではいかなか・・・」
リヨン卿の知る星間企業はいくつかある。あるものは、本社を地球に置いていたり、木星の衛星に本社をおいていたりとか、太陽系内にある惑星に本社をおいている。ただ、それらに共通しているのは、その商圏、太陽系内ということだけであった。
「ただ、これから先の話を聞くと、これまでの日常には、戻れなくなるかもしれません。秘密を知るわけですからね」
「どういうことだ?いや、それより、引くか引かないか、欧州へ戻るか、戻らないかを決めるのは、私の意思で決めることだ。話を聞いたからと言って、戻れなくなるものではない!」
リヨン卿は、そう息まいた。マサキにすれば、ずいぶん身勝手な言い様である。
「わかりました。その星間企業は、」
その名前を聞き、リヨン卿は、驚愕の表情を浮かべるのだった。
「ジョワン様、鳥さんのお名前なのですが」
少々のトラブルはあったものの、一同は、屋敷へと入る。が、わりと広いはずの玄関には、なぜか家具が所狭しと並べられている。よく見ると、家具が変に積み上げられ、バランスの悪いところも見られる。
「えーっと、えーっと・・・」
先ほどまでの状況は把握したのだが、屋敷の中の混乱が、ジョワンを再度の混乱に陥る。
「えーっとですね。リタ姫、鳥さんの名前を考えてこられたということでよいですよね?」
「そうですわ」
「ところで、レジーナさん、この家具は、うちのじじぃが手配したものでしょうか?」
「じじぃ?」
「あ、フォルテラ理事長が手配したものでしょうか?」
「違うわよ?」
「え?」
ジョワンは、城の衛士である先輩の話から、理事長の過剰なまでのいたずらと言う名の祝いかと思っており、荷馬車の件も含めてすべての原因がそれであると思っていたのだが、レジーナによって否定された。
「ごめんなさい」
ジョワンが、”どういうこと?”という顔をしていたのだが、リタの一言に、レジーナを除く、全員がリタを見る。
「うちのお父様が、私が王都へ行くというので・・・」
リタの父である王弟ランベール、子煩悩と言うより娘煩悩が過ぎたようで、リタが宇都へ行くというので、生活に困らないようにと、家具から始まりすべてのものを過剰に手配したのが原因であるようである。要するに、親ばか全開である。
「でも、どうして、ここに?王弟姫であるリタ姫なら、王城に滞在中の部屋を用意していただけるのでは?」
「ええ、そうなんですけど・・・」
「ジョワン君、それはね」
レジーナが、どうしてリタが、この屋敷に滞在することになったかの説明を始めるのだが、ここにリタが滞在することになった原因は、国王陛下ロベールの息子であり皇太子であるデニーロの存在であることを聞く。
「デニーロ皇太子って、歓迎の宴で、アルフレッド枢機卿や、エル教の方々に文句言っておもらしした人ですよね?」
仮にも一国の皇太子ではあるのだが、ジョワンからするとその印象というのは、その程度である。
「おもらし?」
「ぷっ、あの皇太子がおもらししたのですか?」
レジーナも、リタも、ジョワンの「おもらし」という言葉に、反応する。
「アルフレッド枢機卿と、えーっと、AFIだったかな?お二方に喧嘩売って、空飛んで、最後におもらししてましたね」
その時の状況を思い出したのか、ジョワンは、ことさら細かなに説明をする。
「あの傲慢な皇太子がですか?」
リタは、皇太子のおもらしがよほど面白かったのか、何度も聞きなおしながら、笑うのだった。この場にいない、デニーロが、どこかでおおきなくしゃみをしていたことは言うまでもないことである。




