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負傷者は誰?

そして、またつまらぬものを・・・

 謁見の間を後にしたヘンリー侯爵は、王宮内に割り当てられて侯爵家の執務室へ少し歩みを早め向かっていた。謁見の間における新しい弟子が『王の弟子』であったことで驚きはしたが、それが自分たち貴族にとっては邪魔でしかないということに苛立ちを覚えていた。上級職であることから国王へ脅威となると嘘の報告をした上で、対象者を排除しようとしたのに、その対象者の一人が、現れ、『王の弟子』として大勢の前で認定されてしまったことに更なる苛立ちを覚えていた。義理の弟でもある国王に対して『ロベールは何を考えているんだ。』と内心悪態をついていた。


「・・・ヘンリー様・・・ヘンリー様。」


 ヘンリーは、『王の弟子』であるジョワンという青年が、カーネル大佐に預けられたことで、排除が困難になり『ロベールの愚か者め』と内心盛大に悪態をついていた。もしこの場に侍従長がいて聞けば謀反だといったであろう。そのヘンリーのそばにいつの間にか、執事の装いの男が付き従っていた


「ヘンリー様!」


「ん? おお、貴様か。いつからそこにおった。」


「先ほどからでございます。ヘンリー様にロベール陛下より御依頼がございます。」


「陛下から? して、何を?」


 ヘンリー候爵にすれば、国王ロベールが自分を裏切って『王の弟子』を取り立てたと思っていたので、執事からの話を聞き、『はて?』と疑問に思ったのだが


「はい、”救護室の負傷者が誰であるかの確認せよ”とのおおせでございます。」


「なるほど、先ほど知らされた事件現場で保護されたとかいう負傷者について調べろと? ふむ、確か、王城に向かってくる者がいれば、道ごと爆破せよという命令は出しておったが、誰が動いておる?」


「ヘンリー様、今回の担当はマリーでございます。」

「マリーか、連絡はあったか?」

「それが、昨日の夕刻より連絡がございません。」


 ヘンリーは、負傷者がマリーであった場合、カーネル大佐の能力行使を垣間みた今となっては、その素性から自分まで手がおよぶのは避けたかった。仮に、そうでないにしても、マリーの姿を見た目撃者である可能性もあり、教護室に運ばれた負傷者は、ヘンリーにとって都合の悪い存在であった。


「ならば、負傷者が誰であるか確認しておく必要があるな。もしマリーであれば、カーネルに保護される前に連れ戻せ。連れ戻すことが困難な時や、マリーでは無い場合は、その場で処分せよ。」


「はっ、よろしいのですか? 王城でそのようなことをなさっても?」


「かまわん。王政反対派が忍び込んだことにすればよかろう。」


「は!」

「カーネルには、あくまで王政反対派の仕業だと思わせるためだ。だが、マリーの場合は、連れ戻すこと優先せよ。」


「かしこまりました。」


 ヘンリーにすれば、マリーという手駒を失いたくはないのが本音ではあるのだが、王政反対派の存在をロベールが肯定したことでそれを利用することにしたのだ。ヘンリーは、男に命令を伝えると、執務室に入り、椅子に腰掛けた。そこには先ほどまでヘンリーに付き従っていた執事の姿は、既になかった。


「あいかわらずだな」


 ロベールは、笑みを浮かべていた。


 ちょうどそのころ、ジョワンたち一行は、大佐たちの作戦室ともいえる部屋についていた。大佐が、部屋に入ると中の副官や兵士たち、大佐の部下がいっせいに立ち上がり敬礼していたが、その後に、理事長、ジョワン、リアエルの三人が入ってきたのだから、みな一応に驚いていた。


「げっ、リアエル・・・・」


 特に一部の兵士たちは、全力で走るメイドに吹っ飛ばされたことを思いだし、引きつった表情を浮かべていた。リアエルは、『あんたたち、何か文句あるの?』という表情で、彼らに視線を向けていた。


「諸君、ご苦労。こちらは、派遣協会のフォルテラ理事長は、全員知っている事だろう。理事長のそばの彼だが、国王陛下と先ほど謁見した『王の弟子』ジョワン君だ。」


「「王の弟子?」」


 部屋にいた部下たちは、リアエルが部屋に入って来た事よりも驚いた表情を浮かべて一斉に叫んだ。その様子を見て大佐は『無理もないな』と若干の苦笑いをしていたが、


「そうだ。王国始まって以来の初めて職の弟子だ。わけあって、私が、彼を預かることになった。」


 そういうと、兵士たちは、大佐がどういう理由で『王の弟子』預かることになったのかを気にはなったが、それより『王の弟子』という事自体の方がインパクトが強かったようで、ジョワンの自己紹介に興味津々であった。ジョワンにしてみれば国王ロベールの前での謁見を終え、緊張感も解けてほっとしていたが、一斉に『王の弟子』と言われたことに驚きすぎて、一緒にきていたリアエルの後ろに逃げるような仕草をしていた。リアエルは、この時初めて、ジョワンの職業を聞いたのだが『ジョワン君が、王?? の??? 弟子????』と内心驚いていたが、ジョワンがなぜか自分の後ろに逃げ込もうとしているのをみて、『ジョワン様、何をやってるんですか・・・・・・・』と言わんばかりに、ジョワンが後ろに行くのを妨害していた。


『ジョワンや、おまえは、今、何をやっとるのじゃ?』


と、理事長は、ジョワンにあきれていた。大佐にすればジョワンが堂々と自己紹介をするだろうと思っていたが、結果たちに部下たちに驚かされて逃亡しようとしているのをみて、『野太い声で合唱されれば、引くか。』と、思いつつ『部下にはいつ何時でも冷静に対処しろと命じているのに、これぐらいのことで驚くとは、後でもうすこし訓練をするか』と、ため息をついていた。


「ガチャ」


 しばらくすると、部屋の扉が開けられて大佐の部下の一人が、部屋に入ってきた。そして、大佐に向かって敬礼をし、教護室の看護メイドからの伝言を伝えた。


「大佐、救護室から負傷者の意識が戻ったとのことです」

「了解した。それではこれから負傷者にいくつか確認しに行くとしよう。ところでジュワン君、これから教護室へ向かうのだが、君もついてくるかね?」

「はい! 是非に、ついて行かせてください。」

「では、ついでに、城内の案内しながら向かおうか。」


 理事長は、ジョワンが大佐について行くとは思っていなかったので、ジョワンの返事に少々驚いていた。ジョワンにすれば、ここに理事長とリアエルがいるとはいえ、ここに残って大佐の部下たちからあれやこれや質問されるのは嫌だなと思ったことから大佐の誘いに渡りに船でついて行くことにしたのと、この場で、理事長に()()お仕置きされるのが嫌だったからという理由があったのだが、とりあえず、この部屋から脱出できればそれで良いとだけ考えていた。




「・・・・・ここは、どこなんだろう?」

 巡回中の兵士に保護された意識不明だったマリーは、ようやく意識を取り戻し、あたりを何度も見回していた。


「気が付かれましたか?」

「・・・・・」

「大丈夫ですか?」

「・・・・はい、ここは?」

「王宮の救護室です」


 マリーは、『しまった』と思った。そしてここからすぐに出なければと身体を起こそうとしたのだが、胸のネームプレートにリチルと書かれた看護メイドが


「お怪我をされていますので、無理をせずにここでお休みください。今、お医者様をお呼びしますね」


 マリーは、急いでここから抜け出さないと自分の正体がばれてしまうということを危惧していたが、看護メイドが目の前にいて、自分を見ている以上、抜け出すことができなくはなかった。リチルは、もう一人の看護メイドを呼ぶと患者の意識が戻ったことを先生を呼びにいくように伝え。部屋の外にいる警備兵にも一人にも、患者のことを伝えると、マリーのそばに戻り、


「すぐに、先生さまがこられます。今、何か、お飲み物でも用意しますね。」


と伝え、ベッドのそばから離れた。マリーは、このチャンスに逃げ出そうと思えば逃げ出せたが、部屋の外には警備兵がいるのが見えたため、この場はおとなしくするしかなかった。

と、その時、突然救護室の扉が乱暴にあけられた。




「王宮前での爆発に巻き込まれた負傷者が目覚めたと聞いた。こちらか? 国王陛下のご下命により確認に参った。中へ立ち入らせてもらう。」


 救護室前にいた大佐配下の警備兵は、国王陛下直属の近衛部隊の制服に身を包んだ訪問者が、強引に立ち入ろうとしたため


「お待ちください。本件の調査一切は、カーネル大佐に全権委任されております。大佐が来るまで、ここでお待ちください。」


「国王陛下の命を無視するのか!」


「カーネル大佐より、誰も入れるなと・・・」


「貴様、王命に背くとは、反逆罪なるぞ!」


あまりの剣幕に、警備兵も


「わかりました。間もなくカーネル大佐が参ります。お待ちく・・・」


と相手に言おうとした瞬間。警備兵は、強烈な衝撃を受け吹っ飛ばされ意識を失った。


「黙って通せば痛い目にあわずすむものを」


 男は、吹っ飛ばした警備兵のほうを見るとそうつぶやき、扉を開けて救護室の中へと入った。


 外で何やら大きな音がしたのを聞いたリチルは、先生が来たのかしらと、マリーために準備をとしていた部屋の奥から出きたのだが、乱暴に開け放たれた扉のそばには、近衛部隊の衣装ではあるが、今まで見たことの無い男が立っているのを見た。


「あなたは、だれなんですか? ここは、負傷者の手当てをしている王宮救護室です。ご用の無い方は、御退出ください。」


と、きつい口調で言うや否や男は、次の瞬間


「騒ぐな、騒げば殺す。城外から連れてこられた負傷者は、どこにいる?」


リチルの首筋に見たことも無いような形状のナイフを突きつけて、負傷者のベッドがどこかを聞いた。だが、リチルは安全なはずの王宮、しかも救護室でこんな目に遭うとは思ってもみなかったのだが、


「ひっ、そ、そこのベッドに。」


 男は、それを聞くと、この場に居合わせた看護メイドを生かしおくわけもなく、この場に居合わせた不幸を嘆けと言わんばかりにナイフを首筋に突き立てようとしたその刹那。


「そこまでだ。動くな!」


ジョワンを伴った大佐が、装備していた銃を構えて部屋に飛び込んできた。


 時間は僅かばかり遡る。負傷者の意識が戻ったと聞いた大佐は、救護室まで半分の距離に来たときに少しばかり嫌な空気を感じていた。もし、爆破物を仕掛けた犯人の顔をみていたとしたら、その負傷者が危険ではないかという可能性を考えていた事もあり、大佐は自身の派生能力である探知を発動したが、その時どこかで自分の部下が何者かに襲われて意識を無くしているのが感じ取れた。今、この瞬間に何かが起こりつつある。


「ジョワン君、少し急ぐぞ。」


 大佐は、ジョワンに一言言うと一気に駆け出した。ジョワンにすれば大佐が急に走り出したのだから、すでに置いてけぼりである。


「た、大佐、待ってください。急になにがあったんですか?」


ジョワンは、慌てた声をあげながら、必死に大佐の後を追うのだった。次の角を曲がれば救護室まであと少しと言うところで、救護室の警備兵が一人倒れていた。大佐は、


「おい、どうした? なにがあった?」


「た、大佐、近衛部隊の制服を着た男が、ゴフッ、ゴフッ、大佐の許可がないと立ち入り出来ま、ゴフッ、ゴフッ、そしたら、急に、ゴフッ・」


「わかったから、無理をするな。」


「な、なにかで、ゴフッ。」


 兵士は、血を吐きながらも大佐に起こったことを伝えようとしていた。


 大佐は、予感が的中したことから、内ポケットから携帯型の通信機のようなものを取り出した。通信機というよりも探知能力を逆転させて部下に警報を伝える装置である。そして、一方通行だが相手に言葉を伝えることができる便利アイテムである。


「王宮内救護室に侵入者だ。もしもの事を想定して国王陛下の下へ一個中隊を警護で向かわせろ。侍従長にも連絡を。あと、医務官と二個警備小隊を救護室に至急。怪我人だ。頼むぞ。」


 大佐の警報から副官を含め上下への大騒ぎ。侍従長は、何事じゃ、大佐を呼べと騒ぐは、陛下は、引きつった表情で説明を受けてはいたが『ヘンリーめ失敗したな』と内心思いつつも居室内まで警備兵が張り付くという自体に「余は、国王じゃぞ」と愚痴っていた。理事長は、ジョワンがなにかやらかしたのではないかと引きつり、リアエルは、何事もなければと理事長のそばで心配していた。

 そんな騒ぎが他で起こっている中、大佐は、


「ジョワン君、君は危険だから、戻りなさい。」


と伝えたのだが、ここに一人で残されても困るという本音を隠して


「僕も王の弟子として、此処に来た身です。戻るなど出来ません。」


というと、大佐の後をついていくといったのだった。大佐は、たとえ『王の弟子』とは言え、素人を連れて行くのはと思ったが、ここで押し問答もと思い。仕方なく同行を許したのだが、前に出ないようにとジョワンに注意していた。そして、到着するや否や、大佐を先頭に部屋へ飛び込んだのだ。


「ちっ、それ以上近づくな。近づけば、この女の命はないぞ。」


 大佐は、部屋に踏み込みはしたが、看護メイドであるリチルが人質に取られていることからどうやって助けだすかを思案していた。が、ジョワンはいきなり、


「おまえ、なにいってんの? 今、此処に飛び込んで来たら殺そうとしてただろ? もともと、殺すつもりだったんだろ? このバカ、アホ、まぬけ!」


 冷徹な暗殺者という雰囲気だった男は、目の前の青年の言葉を聞き、なぜか急に怒りがこみ上げてきた。


「そこの男、うるさい黙れ! そっちの男も動くな。」


「動こうが、動くまいが人質を殺そうとする奴のいうことなんか聞けるかよ。バ~カ、バ~カ。」


 男の顔は次第に怒りで我を忘れそうになっていき、傍目にも見てわかるほどに青筋が増えいく。そこには怒りに身を任せてしまった男がいた。ジョワンの言葉に、ますます怒りが込み上がってくる。そして、その感情に次第に飲み込まれていく。大佐は、男を挑発するジョワンを止めようとしたのだが


「こんなバ~カでアホな逃げぞこないのまぬけ。大佐さっさと捕まえてしまいましょうよ。」


 すでに、男は常軌を逸していた怒りの感情に支配され無表情な状態へとなっていった。ただ、ジョワンを見つめる目だけは鋭く、視線で殺すと言わんばかりに睨み付けていた。もう人質の看護メイドのことなど男の意識の中からは消えていた。『この男を殺したい』ただそれだけの感情に支配されていた。男は、もし、誰かに見つかった時は負傷者が誰であれ人質として逃げようとしていたことすらも意識の片隅から消えていた。もう、いつ猛烈な衝動に突き動かさ、ジョワンにつかみかかるかわからない状態で。


「なにかっこつけてんの、このまぬけなバ~カ」


 ジョワンの一言で男はかろうじて殺害衝動を引き留めていた糸が、”プツン”と音を立てたかのように切れた。すでに意識の中には、人質にしていた看護メイドの事など無く、リチルを突き飛ばし、ジョワンにナイフを振りかざし襲い掛かったのだ。


「ジョワン君、危ない!」


 大佐は、そう叫ぶとジョワンと男の間に割って入ろうとしたが、その時、ジョワンの右の拳が、輝き動き出した。ジョワンは、男のかざすナイフを器用に避けながら、上体を傾け、その右の拳を男のこめかみめがけて振り抜いた。

 大佐は、理事長がジョワンに放った黄金の右ストレート以上の威力で全く同じ軌跡で振り抜かれるのをみて驚愕した。全く同じ型など有り得ないのに、寸分違わず全く同じ型であったことに『いまのは?』と。


 男は、こめかみにもらった一発で吹っ飛んでいった。


 マリーは、自分の雇い主であるご主人様に迷惑が掛かってしまうことを恐れて逃げ出すタイミングをうかがっていた。幸い、リチルが目覚めたマリーに気を使いベッドを隠すようにカーテンをしてくれたのだが、

『今、この部屋には看護メイド一人しかいない。外の警備兵さえ何とかすれば抜け出せる。』

 マリーは、気配を殺して起き上がった。ところが、そのカーテンで仕切られた向こうから突発的に扉が開く音とリチルの悲鳴が聞こえ、はっきりとした殺気を感じていた。


『助け?』と、思ったが、ここまではっきりとわかる殺気から、これまで何度も命令に失敗してきた自分を処分しに誰かが来たのではと感じていた。そして、ここでうまく逃げたとしても処分されるのだと諦めに似た気持ちになってしまい逃げ出せずにいた。


 それは一度、主と決めたご主人様に対して、その安全を確保するため、命じられた事には絶対の服従を誓約しているためでありご主人様が自分を処分すると言うのであれば、それ自体受け入れなければならないと言う制約と、生き続けたいという自己防衛本能との矛盾の中の板挟みであったからである。


「今朝、ここに収容されたものは、どこにいる?」


 マリーは、侵入者の殺気を感じていた。そして、看護メイドの怯えた声で何かを言ったのだが、マリーは、自分は処分される以外選択肢は無いのだとあきらめかけた、そのとき、また扉が勢いよくあけられた。


『動くな。』


 マリーは、男が救護室への急な乱入者に呼び掛けられているのを聞いた。


『××××××××』


そして、見知った青年の声が聞こえるや否や、離れていてもわかるほどに、男は常軌を逸した怒気を放ち始めた。マリー自身、もし自分にその怒気が向けられたら、ご主人様からの命であってもその場から逃げ出したであろうほどである。だが、今この場では、マリーは負傷者としてここに居る以上負傷者としてやり過ごすしか選択肢はなかった。そして、男の怒気は、さらに膨れ上がっていく。カーテン越しではあったが、怒りの極致であることは想像できた。一瞬の間の後、男が叫び声を上げて青年に怒気と殺気を放ちながら、迫っていく行く様子が伺いしれた。見知った声の青年、本来ならご主人様の命令からマリーの手で葬るはずだった青年、何度となくその命を狙った青年、その青年が、自分を処分しにきたかもしれない男に、葬られようとしている状況に、『自分は役に立たなかったのだ。だから、処分されるのが必然だ』と思ったとき、マリーの目の前の景色を遮っていたカーテンが、突然消えた。疑問を感じる間もなく、何かの物体がカーテンに触れるやそのままくるまり、マリーの目の前を通り過ぎていったのだ。”めりっ”と音がしたかと思うと、その壁を突き抜け「グチャ」っと鈍い音が穴の向こう側から聞こえた。


 マリーは、カーテンが男と共に吹っ飛ばされたことを理解した。そして目の前に見知った顔が見えた。


「あっ、マリーさん」


 マリーは、声のする方に顔を向けた。そこには、そうジョワンの顔があった。


「負傷者って、マリーさんだったんですね? 大丈夫ですか?」

「・・・ジョワン君?」


 マリーは、ジョワンに返事をすると、


「わたし、なぜここにいるの?」


とジョワンに問い掛けた。


「ジョワン君、彼女は知り合いかね?」


 大佐は、穴の向こう側でカーテンにくるまれた男が倒れているのを確認した後、ジョワンが意識を取り戻した女性の名前を呼び、彼女もジョワンの名を呼んだことから、この女性が何者か確認するためジョワンに女性のことを尋ねた。


「はい、よく買い物にいく店の店員さんで、マリーさんっていいます。いつも良くしてもらっているので。大佐、彼女は不審者などではないですよ?」


 大佐にそう答えると


「マリーさん、僕が聞いたのは、なにかの事故現場で意識不明の負傷者が発見されて、王宮の救護室へ運ばれたって聞いたんだけど、大丈夫?」

「そうなのね。」


 マリーは、そう答えるしか無かった。ここから逃げ出せなかったことから、負傷者としてやり過ごすしかなかったからである。大佐は、ジョワンとマリーのやりとりを聞いていたが、最初、彼女が爆発物を仕掛けた犯人か、もしくは、その目撃者である2つの可能性を考えていたのだが、


「ジョワン君、少し彼女と話させてくれないかね?」

「えっと、大佐、マリーさんに何か聞くんですか? マリーさんを疑ってるんですか?」

「ジョワン君、疑ってなどいないよ。ただ、彼女にはいくつか確認しておかないといけないことがあるんだよ。」


ジョワンは、マリーともう少し話をしていたかったが、その場を大佐に譲るしかなかった。


「大佐。ご命令により警備2小隊、只今到着いたしました!」


 救護室の扉が、勢いよく開けられ大佐が先ほど手配した部隊が到着した。教護室の扉は、このときの衝撃で壊れ、リチルの顔は微妙に引きつっていた。


「そこの大穴の向こう側に、救護室を襲った賊が気を失って倒れている。直ちに確保せよ。」


 大佐は、そう部下に命じたのだが、


「大佐、何者も何も姿がありません!」

「何?」

「血溜まりと血痕はあるのですが、他には何も見あたりません。」


 大佐は、わずかな時間で賊が逃げてしまったことと、再び襲撃される可能性を考えていた。

「引き続き警戒をおこたるな。作戦室に、ここへの応援と城内の警戒レベルを引き上げるように使いを出せ。逃げた賊は手ごわい一人で行かせるなよ。」


 大佐は、手短に命令すると


「部屋の外の負傷兵の具合はどうか?」


 警備隊と一緒にきた医務官は


「意識ははっきりしておりますが、手と足のほねが折れています。すぐにでも手当ての必要かと」


 大佐は、医務官にリチルの状態も確認するように命じ、ようやくマリーに質問を始めるのだった。


「君の名前は、マリーで良いのかな?」


「はい。」


「では、マリーさん。なぜ、あそこで、いたのかね? 早朝のあんな場所で、もし巡回中の警備隊が見つけなければ、死んでいたかもしれない。なぜかね?」


 マリーは、大佐が、自分を疑っていることを理解していた。昼間は人の行き来はあっても、それ以外は人気の無い場所であるから当然である。


「・・・・・・・わからないんです。私は、どこで倒れていたんでしょうか?」


 マリーは、頭を押さえて答えるのだった。


「大佐、マリーさんはけが人なんですよ。あんまり彼女をいじめないでください。マリーさん無理しないでね」


 ジョワンはマリーに質問をするのを止めさせようとしていた。大佐は、たしかに、意識がもどったとは言え、けが人であるマリーの記憶が混乱しているのは当然だと思ったからでである。


「では、マリーさん、もし何か思い出したら、後でもよいので私の部下に話をしてください。」


と、大佐はマリーに告げた。大佐は、逃げた襲撃者のことは気になったのだが、それよりも先ほどのジョワンの無謀とも思える行動を思い出した。


「ところでジョワン君、君にも聞きたいことがあるのだが?」

「えっ」


ジョワンは、マリーの方を見ていたのだが、いきなり大佐に問いかけられた。


「ジョワン君、君は暴力反対とかいったのに、さっきのあれはなにかな?」


 大佐は、ジョワンに続けざまに尋ねた。


「しかも、素人の君が人質を無視して挑発して危うく殺されそうになるなど・・・・なにを考えているんだ?」


 大佐にすれば平和主義のようなことを言っていたにもかかわらず、素人のジョワンが一歩間違えば、人質と一緒に殺されていたかもしれない状況を招いていたことを問いただすのは当然の事ではある。が、ジョワンにすると、少し調子にのって『やっちまった』感満載であり、大佐に尋ねられて、どう言い訳をするか冷や汗だらだらであった。


 ジョワンは、小さい頃から自分以外の動きを真似るというのが好きであった。ジョワンの両親も自分たちの子どもが他の子どもに比べても真似ると言う事への情熱の強さに驚いていた。

 ある時、母親のエリーカが息子を見て、


『ジョワン、それは誰の真似かな?』

『うんとねぇ、おじちゃんのまねぇ~』


と、椅子にちよこんと正座して座っているのだ。たまたま前日、フォルテラ理事長の自宅へ招かれた際に、理事長が奥さんから叱られている場に出くわしたからなのだが、その時の様子を真似ていた。最初の頃は普通に格好を真似するだけだったのが、ある時、息子を見た父親のヴァレリーは


『これ! ジョワン、なんて、格好をしてるんだい!』

『わんわん』

『わんわんの真似は止めなさい』


 ジョワンは散歩している犬のおしっこをする姿を見たことから、なりきり真似をするようになっていったが、次第にその真似がエスカレートしていくことに、さすがの両親もどうしたものかと困り果てていた。


 そして、ジョワンが理事長に引き取られてからは、理事長の真似をして、理事長がその真似をやめさせただが、このとき既にジョワンには、不思議な能力が目覚めていたのだ。それがはっきりとしたのは、職業判定を受けてまもなくの頃だった。訓練学校の授業において、何を教えても何をさせても、見本となるものと寸分違えることなく。同じ動作をして、同じ物を作り出すという才能を発揮し始め、最初の頃こそ、学校の教授陣も偶然だろうと気にもしていなかったのだが、次第に、その特異性が注目を集めだし、ある噂が広がっていったのである。『ジョワンがいれば、負けない。』実際どんな勝ち負けの場面でどんな不利な局面であっても、気がつけば、相手の得意技・技術を完璧に真似た上で、引き分けにもちこみ、逆転していたのだ。ジョワンのこの不思議な能力は、後に『トレース』と名付けられる。ただ理事長は、校長として、ジョワンの能力自体、悪用される危険性があったことと、最も重要なこととして無闇な能力行使は、行使者の未熟さから精神に異常をきたすということから、あまり行わないように注意したのだった。ジョワンは、生来、争い事が嫌いであったことから、理事長の言いつけを守っていたが、精神に異常をきたすといわれて納得はしなかったが、のちのその理由を知り顔が青ざめることになう。ただ如何せん、理事長に引き取られていることもあって、理事長の右ストレートと言葉による無意識な扇動という二つの動作を完璧に真似るにいたっていた。


そして、現在ジョワンは、大佐に問い詰められているのであるが、自身の能力を説明するのが嫌で、この場をどうごまかすかを考えていた。


「いやー、大佐、成り行きで、その調子にのっちゃいまして、で、いつもじじぃに殴られているもんですから、ちょっと、こう真似してみたらたまたまあたったんですよ。」


と、言い訳にならない言い訳をしていた。しかし、その視線が宙を泳いでいるから、大佐は、嘘だと気づいたが、優先事項としてこの場を(おさ)めることであったことから


「偶然か。まあ、後でその偶然とやらをじっくり聞かせてもらおうか?」


と言うと、侵入者である男の行方を捜索するよう指示を矢継ぎ早にだし、『ジョワン君の能力については、後で理事長にでも聞いてみるか』という結論に達していた。ジョワンは、この場にいてこれ以上、自身の能力について聞かれるのが嫌だったこともあり、ジョワンは大佐に


「大佐、マリーさんと話をする以外、何か僕に出来る事ありませんか?」


と、たずねた。”マリーと話をする以外”と言うあたりは、ジョワンらしいと言えばらしい。


「ジョワン君、君は、私預かりだが、だからと言って、城内の案内も兼ねてここには連れてきただけで、今のこの騒動の手伝いを命じることは私としては出来ない。」


 大佐は、そう答えると少し考えて、先ほど戻ってきた部下に


「副官に、救護室にて負傷者の警備が困難であるため我々の仮眠室を仮救護室として使用できるように準備をするように伝えてくれ。ジョワン君、彼と一緒に戻るように。」


 そう言うと、大佐は、被害者でもあり目撃者でもある看護メイドのリチルに、仮救護室の準備ができ次第マリーと一緒に移動するように伝えた。


 ところで男は、どこへ行ったのか。男は壁を突き抜けた後、そのまま床にたたきつけられて、元の冷静さを取り戻していた。自分で自分の感情をコントロールできなくなり、見境(みさかい)ない行動をとり殴り飛ばされた。ただそれだけだった。結局、保護された負傷者が誰なのかわからなかったが、自分が警備隊に捕まるわけにもいかないためこの場所を離れることにした。男は、ジョワンから痛撃(クリティカルヒット)をもらい、ふらついてはいたが、その意識を集中させて、その気配を消し去り陰に溶け込むように姿を消した。

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