運命の日~それは、僕の誕生日~
壁に浮き上がるように”C.E.3700.07.31.UT.11:59” 時計が表示されている。
「う~ん・・・・」
今日は、土曜日の昼下がりである。前日の会議、2~3時間のはずが、休憩時間を挟んで、気がつけば深夜に及ぶほどの長時間会議となり、議長役であったリーダーは、身も心も疲れ果て、昼を過ぎても夢の中である。
ポーン!
12時を告げる時報がなる。リーダーは、会議後、明日は休むと宣言していたので、緊急事態で無ければ、誰も訪ねてくる者はいない。が、裏を返せば、朝も、昼も、夜も、食事の誘いに誰も来ないことを意味しており、自力で行く事が確定である。
「・・・・う~ん・・・・・リンゴ・・・・」
何の夢を見ているのか、本人に聞か無い限り、誰も知ることはないだろう。ただ、悠長に寝ていると、前日の会議における議事録が送られて来ており、それをいつものように確認して決裁の必要なものについては、処理しなければならないのだが・・・・・・この様子では、いつになることやら・・・・・・
ジョワンの事をリアエルに任せ、大佐は、控えの間まで案内するため、理事長の前を歩く。今は、王城の長い回廊。天井を見上げると、そこには絵が描かれており、また、左手の壁には美しい装飾を施された枠にステンドグラスがはめこまれ、差し込む光が幻想的で、荘厳な雰囲気を醸し出している。そして、回廊右手の内側には、庭園がある。
「ほう、冬だと言うのに、花が咲いておるのか?」
「ははは、冬であれ、殺風景を好まない方がおられますから」
理事長が庭園の上を見れば、わずかに空が白くくすんで見える。
「なるほどのう、回廊全体を透明なガラスか何かで覆っておるのか?」
「ええ、そうすることで、この庭園全体を温室のようにしております」
「じゃが、それだと強度の問題とかでんか?」
「ここが作られてまだ、間がないので・・・・どうなのでしょう?」
馬車に揺られ、ここに来るまでの見ていた風景とは違い。色とりどりに花が咲いているこの庭には趣がある。そして、これだけの規模のものを作り上げる時間や労力を惜しむらく使う王国は、非常に平和であると言うことの方を理事長は理解した。
「まあ、そのときに考えれば良いか・・・・平和で無ければ、こういうものを作ろうとは思わんじゃろうしな」
理事長は、そういうと、中庭の天井付近を見る。所々白くくすんでいるいようなところもあるが、透き通るように向こう側をうつしているところもある。そこからには城の尖塔と、その向こう側、この国が誇る標高6000m級のアウラの山並みがそびえ立つのが見えている。
「ガラス越しに、やや揺らいで見える尖塔と山並みというのも、絵画のようで中々良いものじゃな」
「ええ、別の場所からだと、リベラの大河も含めた状態がごらんになれますよ?」
「ほう」
王国にはいくつも川が流れているのだが、そのうちの一つだけ、人が立ち入ることができない川がある。それが、王都上空を流れる、リベラの大河と呼ばれる川である、それは文字通り天の川と呼ばれ、王国史以前から流れる大河であり、神の川とも呼ばれていた。
『そういや、前にここから、景色を眺めたのはいつのことじゃったかのう』
理事長は、ふと立ち止まると、もう一度、絵画のような風景を見ている。
「理事長、どうかされましたか?」
大佐は、後ろを歩く理事長が歩みを止めたことに気がつくと、振り向きそう尋ねる。
「いやいや、ここからの景色は、以前とは違って、なかなか趣のあるものものじゃなと思うてな」
「ええ、大抵の方が、そう言われますね」
大佐は、理事長の言葉に頷くと、そう答える。理事長は、言葉にこそ出さないが、”以前は、ガラスの天井が無い分、くっきりとしておったな”と、古い記憶をたどりながら、思い出していた。
「ああ・・・」
「理事長、どうされましたか?」
「いや、なんでもない。なんでもない」
そして、それが20年前、ショルテ弟子派遣協会の理事長に就任した際、その就任挨拶のため陛下に挨拶に来た時だったことを思い出す。それは、甥の家に子どもが生まれた日でもある。そして、その時の子が、ジョワン。今日、王城に理事長と共にやってきた青年である。
『あの悪たれも、今日で二十歳。そうか、もう、それほどまでに過去の事になるのかのう・・・・・・』
理事長は、言葉に出さないまでも、ついこの間の事だと思っていたが、こうして考えてみると、時間というものは無常に過ぎ行きものでもあることを実感していた。
『よもや、その後、あんなことが起こるとはおもわんがな・・・・・・』
そして、思い出す。ジョワンの両親のことを。丁度、16年前、ジョワンが4歳の誕生日を迎えた日、ジョワンの両親が突然行方不明になったことを、そして、その二人の行方が未だに、生死不明のままであることを。
・・・
・・・
王国歴10452年12月23日。その日は、冬の曇天ではなく、晴れ渡る空の下。弟子派遣協会本部は、王都から西に遠く離れた町、シュートにある。今、本部内の廊下を、一人の男が、かなり慌てた様子で、理事長室へと駆けていき、ノックもせずにその扉を
ガチャーン!
と、大きな音を立てながら開ける。
「おっ、おじさん! とんでもないものを発見した! その事で、す、少し相談したいんだけど、週末にでも、我が家へきてもらえませんか? お願いします。あっそれからついでよいいのですが、息子のジョワンが誕生日なので、あの子の欲しがってたの一番大きな積み木のセットをプレゼントでもよろしく!」
唐突にしゃべりだしたのは、理事長の甥っ子である。あまりの勢いに理事長は、一瞬誰だかわからなかったのだが、
「こらこら、ヴァレリー! 理事長室へ入るときは、いつもノックをしろといっておるだろう? 大体、何を慌てておる?」
「あっ、す、すいません。おじさん」
「理事長と呼ばんか」
甥っ子を咎めるが、その視線は優しい。
「して、ヴァレリー、重大な発見とな? それなら、週末でなくとも、今、ここで話せばよかろう? それを、おまえは、わざわざ、家に来いとか。おまけに、呼びつけたついでに、ジョワンの誕生日だからと値の張るプレゼントをねだるとか、どさくさに紛れて、何を言っておるんだ?」
「ハッハッハッ、ばれました? でも、発見したことについて相談したいというのは本当です。でも、内容が、ちょっとばかり物騒で、今、ここでというのは、ちょっと不味いかなというか、おじさんに、納得してもらうにしても、もう少しばかり証拠をそろえようと思っているので・・・・・」
「だから、理事長と呼べと言っておるのに・・・・まあ、しかし、おまえが物騒だとかいっておるが、本当なんだろうな?」
”大発見を”とか”物騒な”とかいう言葉をつけられると、当然、軽視できない事態が起こったことを意味するのだが、確認した結果、そのほとんどは空振りになることが多く、当然、理事長は疑いを口にする。こと、ヴァレリーにいたっては、ほぼ100%勘違いという結果になっていた。
「今度は、ほんと! 絶対の絶対に、ほんとなんだって、おじさん!」
「だから、ここでは・・・・って、ええい、わかった。わかったから、ちゃんとした証拠が残るとか、再現性なりが、あるような何かを見つけたということか?」
「そうなんだ、おじさん」
「ちょっとまて、ならここで話せばよかろう? 証拠のようなものは、既にあるんだろ?」
「う~ん、エレーカに、『念には念を入れるべき』ってね。それで、もう少し確実な証拠を集めようかと、それで明後日にでもどうかな?」
「なるほど、エレーカの入れ知恵か。それで、その証拠は1日あれば集められると?」
「そう! エレーカも、おかしな報告をしておじさんに迷惑を掛けちゃダメだって言われてね」
ヴァレリー一人の発見であれば、過去にやらかした色々なこともあり、話自体、かなり怪しいと疑われがちである。
「ヴァレリー、それは、エレーカも、その発見とやらを確認しておるということか?」
「そう!」
合点がいったという顔の理事長。ヴァレリーとその妻エレーカとでは、信用度が格段に違う。
「う~む、まあ、ジョワンの顔も久しくみていないし・・・・わかった。週末、金曜の夜、おまえの家に行けばよいのだな?」
「ははははっ、プレゼント持参でお願いします!」
なんとなく、笑って誤魔化すヴァレリーである。当時、ジョワンと両親が住んでいた家は、王都から馬車に揺られて5日程度、協会のあるシュートからは、馬車で3~4時間程度のかかるラオウ村と呼ばれるところにあった。
「明後日、協会の仕事が終わってからになるから、少々遅くなるぞ?」
「構いません。週末はジョワンのために十分な時間をとってますし、エレーカも腕によりを掛けて料理を作ると言ってしたしね。だから、是非、是非、来てください」
「ほほう、それは楽しみだな」
「じゃ、僕はこから塔に向かいますね。週末、家で、お待ちしてますよ。おじさん」
言うことを言ってすっきりしたのか、ヴァレリーは、そのまま、扉のノブに手を掛ける。
「だから、ヴァレリー、儂のことは、ここでは理事長と呼べ!」
甥っ子のヴァレリーは、理事長の方へ振り返ると悪びれた素振りも見せず、
「はい、おじさん。週末は、愛しの我が子と一緒に待ってますから!」
と、にっこり笑みを浮かべ、ヴァレリーは、扉をガチャリと開けると、来たときと同じように慌ただしく部屋を出て行く。
「おい! ヴァレリー、廊下を走るなよ!」
このときに見たヴァレリーの後ろ姿を最後になるなど、理事長自身、思いもしなかった。
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12月25日、協会のあるシュートから一台の馬車が、ラオウ村までの街道を進んでいた。
『思っていたよりも遅くなった。ヴァレリー達も、さすがに待ちくたびれておるだろうな』
理事長は、ジョワンへ渡す誕生日プレゼントに見ながら、少しばかり焦っていた。
馬車から見える外の景色は、鮮やかな夕焼けもなく日は暮れ、冬の寒々とした風景を隠すように夜の帷が広がろうとしていた。中天には、煌々と月。理事長の耳に聞こえてくるのは、馬車が街道を走る音だけが辺りに響く。
理事長がふと車窓から外を見ると、遠くに、うっすら灯りが見えてくる。
『そろそろ、ラオウ村に着く頃だな』
理事長が、そう感じたと同時に、御者から
「旦那様、灯りが見えてきました」
「そうか、少々急かしてすまんな」
「いえいえ、まだまだ余力はありますから」
あたりは、すっかり夜と闇に包まれる。村と言っても、王都までの街道筋にある村、その大通りを通ると、店や家の灯りで馬車の外は明るい。やがて、馬車は、村の外れにさしかかると、街道筋から外れ、外は、また、夜の闇に包まれる。
「旦那様!」
ヴァレリーの家は、村の中心から少しばかり外れにある、なので、少々離れていても家の灯りを目印にして行けばわかるのだが
「どうした?」
「ヴァレリー様のお屋敷の方に灯りが見えません」
「は? なんだと?」
理事長は、御者の言葉に、窓を開け、馬車の前を見る。
『おや? 確かに、灯りがついておらんな? なるほど、ヴァレリーのことだ。儂をビックリさせようとかしておるな』
理事長は、内心、”甥っ子のいたずらだな”と、思った。
「音を立てずに、静かに、家まで進んでくれ」
「かしこまりました!」
御者台から元気の良い返事が返ってくる。馬車は、音を立てないようにと、速度を落としながら、家の前に、静かに馬車が止まる。
『さすがに、バレとるな・・・・』
そう思いつつ、理事長は、馬車から降りた。が、その時、かなり勢いで玄関の扉が開いた。
『やはり、ビックリさせようとしおったか』と、それを言葉に出そうとした。
「儂をびっくりさせ・・「パパ、ママ!?」」
幼い声がした。理事長は、視線を下にすると、そこに、小さな男の子が、理事長めがけて駆け出してくる。
「え?」
子どもは、理事長の足にしがみつく、その小さな体は、寒さに震えている。
『何が起こった?』
その様子から、灯りの消えた家、恐らくは、家の中は、暖房すらついていないのかもしれないことは、容易に想像できた。
「ジョワンや、パパとママは、まだ戻ってないのかな?」
理事長は男の子の頭に手を添えて、ささやくように聞く。
「わーん」
男の子は、声の主が、ヴァレリーとエレーカでないことがわかったのであろう。ひときわ大きな声で泣き出した。
「どうしたんじゃ? ジョワン? 何かあったのかい?」
改めて聞くも、泣くばかり。理事長は、なだめるように優しく頭をなでる、しばらくして、少し落ち着いたのか、
「パパとマ・・マが・・・か…ヒック・・・って・・ヒック・・来ない・うわ~ん」
男の子は、理事長に泣きながら、両親が帰って来ていないことを話しだす。
「!」
いい加減なところはあっても、約束を違えることのないヴァレリーが、家に戻っておらず、母親のエレーカも戻っていないことを聞き、理事長は、先日、興奮した様子で理事長室へやってきていたヴァレリーのことを思い出し少し嫌な予感がしていた。
「うむ、ジョワンや、儂と一緒にパパとママが帰って来るまで、中で待とうか?」
「ヒック・・・う・・・ん・・・ヒック・・・」
理事長は、馬車の御者に、協会に何か連絡が入っていないかの確認と、今日は自宅に戻れないという伝言と、明日の午後にでも、ここに迎えに来るように頼むとジョワンに手を取ると家の中へ入った。
・・・
・・・
結局、二人は朝になっても帰ってこなかった。儂からの伝言を確認した協会は、明け方近くになって早馬をよこし、二人の行方がわからなくなっていることを知らせてきた。さすがに、儂としても四歳、いや、五裁のジョワンを家に一人にするわけにもいかず、
「ジョワンや、ここよりシュートでパパとママを待たないか?」
儂以外の身寄りが居ないこともあって、シュートの家へつれもどった。そのあと、理事長の職権乱用だと言われはしたが、二人の行方をとことん調べるように指示を出したが、まるで、始めからそこにいなかったかのように、二人の痕跡を見つけることができなかったと書かれた報告書を受け取り、あの子に、どう説明すればよいか悩んだものだ。そうか、もうあれから15年。月日の流れるのは、早いものじゃ。
どちらかといえば、気持ちだけはいまだに若いままの理事長は、もう一度、遠くのアウラの山脈を眺めていたが、
「時に、大佐、ここの天井のフレスコ画と壁のステンドグラスじゃが、儂が以前、協会理事長就任の挨拶に来たときは、なかったとおもうのじゃが?」
「ああ、これですか、これは、6年ほど前でしたか、国王陛下が急に、回廊が殺風景過ぎると申されまして、ここの天井に先王陛下以前の王国史を題材に、絵とステンドグラスを使って、王家をたたえる物語をここに作れと申されましてね」
大佐は、そういうと、ひときわ大きなため息をつく。
「それで、ここの制作を任された担当者が、確認のために王国史編纂所に問い合わせたり、編纂所は、編纂所で王国史の抜けている箇所の再調査、その際に、国王陛下がお持ちになっている資料に新たな情報が見つかったりで、それらを補足して王国史を新たに編纂。それを基に、大勢の職人投入して、ここを作り上げました。確か、5年前のお披露目式の際に、理事長もご招待したものとおもいましたが?」
大佐は、理事長からの質問にそう答えると、国王陛下にも困ったものですという表情をうかべていた。理事長の方はといえば
「5年前、5年前のう、おお、そうじゃった。なにやら城からの招待状が来ておった。じゃが、その時分、非常に忙しくてな、出席できんかったんじゃよ」
そう答え、『今更、王国史を再編纂するとは、大層なことよ』と理事長は、内心、思いはしたが、言葉には出さなかった。
「あの時は大変でしたよ・・・国王陛下が、それこそ、急に、我が王国には、王族の活躍を記したものが、どこにも無い! 他国から国賓を招いた際、このままでは、舐められる! と、突然申されましてね・・・忘れもしませんよ。丁度6年前、そう時期は、今頃ですね。年の暮れに上を下への※大騒ぎでしたよ」
やや遠い目の大佐。なぜなら、このときの担当者は、なぜかカーネル大佐が、指名されたからである。
「なるほどのう。なぜ、急に?」
「ははははっ、それが、ちょうどその少し前に、隣国へいかれましてね・・・・、その際、豪華な装飾を施された廊下を見られたそうでして・・・・まあ、あとはお察しください」
「ああ、なるほど」
割とどうしようもない理由であることを聞き、納得はしたものの微妙な表情を浮かべる理事長である。それから間もなくして、物々しい数の兵士が警備する部屋が見えてきた。謁見の間の控え室である。入り口を警備する兵士は、大佐に軽く挨拶をする。
「こちら、異常ありません」
「ご苦労」
「理事長、こちらが控えの室となります。ジョワン君が来るまでこちらへ」
大佐が扉に手をかけ開けようとすると
「大佐、少しお待ちください」
「何事か?」
「ハッ、こちらの方の身体検査をいたしませんと、ご入室は、許可できません」
警備主任の兵士が静止する。大佐は
「私が、この方、派遣協会理事長であるフォルテラ氏の身元を保証する。それで問題ないだろう?」
「いえ、大佐、こちらが理事長であることは、存じております。ですが、申し訳ございませんが、規則です。理事長先生、すいませんがご協力お願いします」
大佐は、『そう言えば、こいつばかまじめだから警備の責任者にしたんだった』と、苦笑する。
「すいません。理事長、彼の指示に従って身体検査を受けてください」
「いやいや、彼は職務を忠実にこなしておるのじゃから、大佐が気に病やむことも無かろう」
この場合は、融通が利かないと言えば、それまでなのだが、それでも、兵士の言葉と行動は正しい。
「おぬしは・・・・、そうじゃった。そうじゃった。弟子として派遣される前の日に、行きたくないとさんざ駄々をこねて、さんざん儂らを困らせておったのが、なんと立派になったことか」
理事長は、検査を受けていたのだが、悪気はないのだが、急に思い出したかのように、思ったことを言葉にする。当然、この理事長の一言で、警備主任は内心、『それは、言わないでください』と恐慌状態に陥り、精神ががりがり削られ、穴があったら入りたい気持ちでいっぱいであったことは、内緒である。
「すまんが、あとから、リアエルが、一人連れてくるが、この部屋へ通してくれ、あっ、職務遂行をしても問題はない」
理事長が検査を受けている間、ジョワンのことを警備主任に伝えると、再び扉のノブに手をかけ
「どうぞ、こちらへ」
と、検査を終えた理事長に声をかける。豪華に飾られた扉は、音もなく、今度こそゆっくりと開かれる。理事長は、促されるままに控えの室へ入る。部屋には歴代の国王の肖像画が掛けられていたが、ひときわ大きなサイズで現国王ロベールの肖像画が掛けられている。
『こんな巨大な肖像画、必要無かろうに』
と、理事長は、言葉にはしないもののなんとも言えない表情を浮かべている。
「この巨大な国王陛下の肖像画に驚かれましたか?」
大佐がそう言うと、
「ヘンリー侯爵が、『国王陛下のご威光を知らしめる為、歴代国王よりもその偉容を表現した肖像画が必要です』と言われましてね。このサイズを描かせたようなんですよ。ところが、これと言って飾るところが無い有様で、結局、ここへとなったんですよ」
大佐は全く持ってやれやれといった仕草を見せる。
「なるほどのう」
理事長は、納得したと言う表情で答え、控えの間にある豪華なソファに座る。
「それにしても、この部屋の入り口の警備をあれほどの厳重にするとは、かなり大変じゃな」
と理事長は、感心したかのようにうなずきながら、大佐に聞くと、
「それがですね、ちょうど、理事長とジョワンくんが到着する直前だったんですが、王城への道が一部、爆破されたかのうように崩れているのを巡回中の兵士が発見しまして、王政反対派等による破壊工作等も考えられましてね。それで、王城内は、特に、通常より警備を厳重にするように命令しているからなんですよ」
「大佐、わしらが来た道は、そんな跡は無かったがのう?」
「破壊されたのは、私が、最初に待っていた入り口に通じる道でして、理事長たちが使われた道の方ではありません。ただ、どうも現場で負傷者が発見されたようなので、詳しくは、今、調査中です」
「なるほど、それは大変なことじゃのう・・・」
かなり重大な事件が発生していたのだが、理事長は、そう答えつつも、既に、メイドに案内されてやってくるであろうジョワンのことを考えていた。
『あやつのことじゃ、メイド殿に迷惑をかけおるような気がして、落ち着かんわい』
---
リアエルは、国王陛下の謁見がいつから行われるかを知っている。だから、大佐からの指示に従い、ジョワンの着替えのために、ドレスルーム(着替え部屋)へと連れて・・・・いや、引っ張ってきたというのが正解だろう。なぜなら、リアエルの本気の走りに、ジョワンは、ほぼ宙を舞っていたこともあり気を失っていた。
「・・ワン様、ジョワン様、ジョワン様、寝てないで起きてください?」
ジョワンの意識はある。ただ、馬車を降りたところからこの部屋まで、リアエルが本気で走ったため、それに恐怖してしまい。誠に、恥ずかしいことながら、お漏らしていたようで、ジョワンは途中からバツが悪くて気を失った振りをしていた。『まずい・・・ばれる・・・笑われる・・』必死の死んだ振りである。
リアエルは、
「ジョワン様、国王陛下との謁見に遅れる訳に参りません。起きてください」
ジョワンは目を覚まさない。彼にすれば、とにかく、リアエルが、この場を少しでも離れてくれることだけを祈っていた。が、その希望は、裏切られることになる
「しょうがありませんね」
リアエルのそうつぶやくと
「ジョワン様、失礼いたします」
リアエルは、大胆というか、なんといか、ジョワンの防寒着なのか、羽織っている衣類を脱がそうとした。
「・・・????? (えええええええええっ)」
はっきり言ってジョワンは慌てた。
「あ、あのう、リ、リアエルさん、自分で着替えるから、ス、ストップ、ストップ!」
流石のジョワンも、いきなり来ている服を脱がされかけたことで不味いと思い。慌てて起きたのだが、当然のことながら漏らしていたことは、既にばれている。
「目を覚まされましたか? ジョワン様」
にこやかな笑みのメイドが、彼の前にいた。
「ところで、ジョワン様、謁見の際のお着替えの方ですが・・・」
王城に勤務する全ての者には、今日やってくる人物が、王宮勤めということが1週間ほど前から知らされている。なので、リアエルもそのことを知っている。だから、謁見にふさわしい衣装がいくつか用意されている。ジョワンたちが用意していれば、それを着てもよいのだが、
『よりふさわしい衣装を』
と、いうことで、リアエルは、その中から1着を選び出す。
「ジョワン様、こちらのものをおめしになってください。あと、こちらの下着もお使いください」
”やっぱり、ばれている”と、恥ずかしさ満載のジョワンである。
「リ、リアエルさん、じ、じじぃ・・・理事長には、このことは内緒で・・・・お願い」
羞恥心で顔を赤いやら、理事長に知られたら知られたで、後のことをかんがえるて、顔を青くしたりと、顔色の変化は、忙しくもあり、全力で、お願いの土下座をするジョワンである。
「ジョワン様、国王陛下をお待たせするわけには、まいりませんから、お急ぎください」
リアエルの「なにかございました?」と、その様子を気にすることもない。が、それでも、ジョワンにすれば、気恥ずかしいだけが天元突破である。時間もさし迫り、ジョワンが自分で着替えるといったこともあり、リアエルは、
「謁見の時間までわずかですから、お急ぎください」
と言うと、一度、部屋の外へと出る。
『ジョワン様、サイズの方は大丈夫でございますか?』
リアエルが、気遣ってジョワンに声を掛ける。その度に”様”つけて名前を呼ぶ。ただ、呼べば呼ぶほどに、ジョワンは、何か秘密を握られたような気がして、恥ずかしいやら何やらで動揺していく。
「え、えーっと、だ、だい、大丈夫です・・」
『ジョワン様、お着替えが、終わりましたら、お声をおかけください」
リアエルは、ジョワンがおもらししたことなどまったく気に留めていない様子であり、ただ急がしているだけである。けれど、動揺して焦るジョワンである。結局、10分程度して、なんとか着替えを終えたのだが、その着こなしが、微妙におかしく、リアエルは、
「ジョワン様、少し我慢してください」
彼女はダメ出しすることもなく、離れてみると纏まって見えるのだが、よく見ると左右が逆だったりと、はっきり言って滅茶苦茶である。結局リアエルがきちんと整えて、控えの室へ連れていく。時間的にはまだ余裕がある。本来なら、リエルの案内を先頭に、ジョワンは、後をついて行くのだが、先ほどのように引っ張られては大変と、彼女の横を並んで歩く。案内しているようには見えない不思議な形で控え室へ向かうのであった。
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謁見の間に続く控え室には、協会の応接室よりも豪華なソファーがある、理事長は、そこにどかっと腰かけている。だが、そこは、先ほどの説明のあった肖像画の目に見つめられるような感覚には襲われる位置でもある。最初は、落ち着かずそわそわしていたが、さすがに数分もすれば、慣れてしまう。さらに数分すると、肖像画のことを忘れ、
『あやつは、争いごとは嫌いと言って、いつも逃げ回っておったからのう。さてさて、どうするか・・・・』
言葉のあやとは言え、大佐に、『ジョワンと一度、大佐と手合わせしてみればわかる』と言ってしまったが、どうすればよいかと考えを巡らせる。
『あやつのことじゃ、全力で拒否して逃亡しようとするじゃろうし・・・難しいのう・・』
理事長としては手合わせをさせて、大佐にジョワンの持つ能力について把握してもらいたいという気持ちもあるが、実現させるには、難しいすぎた。ちょうどその時、大佐が何かに気がついたように立ち上がり、入り口の扉のノブに手をかけた。
ト、ガチャ
ノックの途中で扉が開けられる。
「あっ、失礼いたします。ジョワン様をお連れしました」
扉の向こうには、まさか、途中杖開けられるとは思っていなかったのか、”え? っ”びっくり顔のリアエルが立ち尽くしている。
「リアエルか。手間をかけさせたな。理事長殿、改めて紹介しよう、こちらは、メイドのリアエル」
「いえいえ、大佐、私の仕事でございます。お気遣いなく」
とは言え、そこは王城勤めのメイド、動揺を抑え、理事長に軽く一礼する。
「理事長様、自己紹介が遅れました。メイドのリアエル・チャールストンと申します。よろしくお願いいたします」
「リアエル殿か、ジョワンが迷惑をかけなかったかのう。こやつは、この歳になっても手のかかる子どもじゃから」
「滅相もございません。お客様のお世話をいたしますのが私の仕事でございますし、ジョワン様は、メイドのわたくしにもお優しい方です」
と、リアエルの言葉は、そのまま受け取れるわけはなく、理事長は、”ふむ”と考え込むが、その視線はジョワンを見つめている。が、そのジョワンは、メイドの言葉に、覚えもないのに、自分はできる男ですとばかり少しばかり、自慢げな様子。確かに迷惑は掛けてはいないのだが
「こら、ジョワン、お前、リアエル殿に何か迷惑をかけたな?」
当然、理事長には、何かやらかしたと悟られる。
「じ・・・コウチョウセンセイ、ボクハ、ナニモシテイマセン」
『なぜばれた』という驚きを抑えつつ、ジョワンは目が宙を泳がせ抑揚のない声で答えていた。ジョワンの背中は冷や汗だらだら。よもや、リアエルに走りに気を失い、あまつさえ漏らして、下着を濡らし、それをリアエルにばれないようにごまかそうとしたことなどが、一連ことがばれるのが嫌で、この場を 誤魔化そうとしたのだが、
「メイワクナンテ、コレポッチモカケテマセン」
本人に自覚はなくとも、その動きが不審であり、そこから感づかれたのだが、当事者であるジョワンにすれば、いつもなんだかんだとばれて怒られている理由が、いつも挙動不審になっているという自覚がない。なぜなら、いつも自分は、ポーカーフェイスでいつもごまかせていると勘違いしているからである。
「ゼンゼンネ」
ジョワンはぎこちなく振り返る。リアエルは、そんなジョワンの背中がぐっしょり濡れていくのをみて『ジョワン様・・・・理事長様に全部ばれてますよ』と、気が気でない。なので、
「理事長様、ジョワン様は、こちらでご用意いたしました衣装の中から、ご自分ですべて選ばれ着替えておられました。ですので、私は、ただ、お連れしただけです」
リアエルは、ジョワンを助けるつもりで、理事長へひとこと言うのだが、それは単なる追い打ちにしかならなかった。
「リアエル殿、そやつが、口裏を合わせるように頼んだんじゃろ?」
「いえ、そんなことは」
「改めて、わしの方から、謝罪させてもらう。ジョワンが、迷惑をかけてすまなかった」
ちなみに、リアエルがジョワンをかばうような言葉をかけたことで、ジョワンは、『リアエルさん、やめて』と、恥ずかしさでHPががりがり削り取られる状態であったようである。
「理事長、ジョワン君をいじめるのはその辺で」
なんとも微妙な空気が流れる中、第三者が見れば不毛にしか見えないやりとりに大佐は割り込む。当事者の一人であるジョワンからすると、それは、お仕置き回避できることになり、内心ほっとしたのだが
「ところで、ジョワン君、理事長から『君が来たら、君の能力を知るには手合わせがよい』といわれたのだが、このあと、軽く手合わせは、どうかね? もちろん、国王陛下との謁見後になる。もちろん、今後の仕事に支障がないように軽くだが?」
大佐の一言は、ジョワンにとって、予期せぬ爆弾であり、ジョワンの能力を確認させてほしいということであり、それを目の前にいるじじぃが許可したということに、『げっ、なんで?』と、『このくそじじぃがぁ!』と顔に出さないまでも、二つの感情が渦巻き、頭の中は混乱状態である。
「エッ、ナニカイワレマシタ? テアワセ? ソレナニオイイシイノ? エッ?ウデダメシ? ボウリョクハンタイ、イタイジャナイデスカ、ダカラ、イヤデス」
今の状態で、ジョワンは、精一杯、拒否の言葉を棒読みする。が、彼の視線は、理事長に
『このくそじじぃ、勝手に何を決めてやがるんだ! 絶対、いやだからね! やらないからね!』
心の声とともに届けとばかりに、射殺すがごとく睨む。まあ、理事長にすれば、そんな視線はそよ風程度の感覚でしかなく・・・
「大佐、ジョワンがここまでいやがっておるからのう。こうなっては、こやつは、謁見を放棄して逃げ出すやもしれん。そうなると、もっと面倒なことになるやもしれん」
理事長は、ジョワンが逃げ出すと、捕まえることが困難な事態になることを予見していた。これまで、ジョワンが逃げだすと、捕まえるのに、苦労したことを思い出したからである。なので、
『そうじゃ、ジョワンを連れてきてくれたメイドのリアエル殿じゃったかな、この娘におだてさせて手合わせでもさせるかのう・・・』
とか、絡め手で攻める方法を思案しつつ
「ジョワン君、どうしても私と手合わせは、軽くても嫌かね?」
「ボウリョクハンタイ。ボウリョクハンタイ。ツイデニ、ジジィキライ。ジジィカエレ。ジジィノオンナズキ 「ぷっ」」
そんなやりとりに含まれたジョワンの余計な一言に、抑揚のない棒読みの中に、理事長への文句を織り交ぜていたのだから仕方ない。
「大佐様、理事長様、誠に申し訳ございません。ジョワン様があまりにも子どもっぽい事をお話のようでしたので・・・・・」
リアエルは、吹き出してしまったことに対し深と頭を下げて謝罪をした。それを見ていたジョワンは、
「リアエルさん、そんなの気にしなくてよいって、悪いのは、ぜーんぶ、じ・・・理事長なんだし、謝る必要なんてないって、それに大佐、僕は何があろうとも戦うことなんてことは、試合だと言われようと嫌なんです。もし戦う必要があったとしても、必要最低限度の労力を逃げることだけのためにつかいますので、申し訳ありませんが、軽くであっても手合わせはしません」
こうまできっぱりと言われては、大佐も感心するしか無く
「ジョワン君、君の主張はわかった。だが、この先、君が戦いを拒否しても逃げ出すことができない場面に出くわすことになるかもしれない。そのとき、われわれの助けが必要となるであろうし、君も助けが必要となるだろう。その時のためにも、軍務を預かる者として、君の能力を知っておきたいのだよ。そうすれば、もしもの時、君に預けておくべき装備や、救援の際にも誰をどのぐらい急いで送るべきかの参考にもなる」
と、ジョワンの能力をなぜ知っておきたいかの理由を言うのだが、
「たとえそうなっても、戦わずに、逃げます。どんな事があっても、僕は逃げ切って見せます」
それでも拒否するジョワン。そのやり取りを見ていた理事長は
「ジョワンや、いい加減にせんかい。大佐も困っておるだろう。それにじゃ、わしからのお仕置きが必要かのう?」
「げっ、お仕置き、いらない・・・・ワターシ、ナニモ、シテマセーン。ムジツデース」
「ほう、おぬし、さっきもじゃったし、今もじゃが、わしのことを”じじぃ”と言ったじゃろ」
「・・・・何を言ってるのか、リカイデキマセンーン」
「とにかく・・・」
ここまでの会話の中、ジョワンの目は死んだ魚のような目になっていった。誰が見ても、ジョワンは焦点の定まらない目で、リアエルを見たり大佐を見たり、ソファーをみたりと理事長を見ないようにしていた。
「こら! ジョワン、話を聞いておるのか?」
理事長は、大佐ですら追い切れないような速度で、ジョワンに仕掛ける。それは、お仕置きなのだが、理事長がその一歩を踏み出した。その拳になぜか光を宿しながら・・・・
!!
理事長の拳が、空を切る。ジョワンは、いつの間にか、先ほどの位置より、わずかにずれた位置に立っている。
「チッ、し損じたか・・・」
「じじぃ、いきなり、何しやがる!」
大佐もリアエルも、理事長とジョワン、目の前で、今起こったやりとりを見て
『もしものときが今だな(です)』
と、思わず言おうとしたが、それは。『パッパッパッパー パパパパーン』高らかなファンファーレとともに、言葉にされることはなかった。
「国王陛下が、参られました」
よく通る大きな声、さらに高からかに響き渡るファンファーレ、控え室のかべだと思っていたところが、動き出す。それは、謁見の間へと続く重厚な扉だったようで、ゆっくりと確実に開き始めるのだった。
王国歴10468年12月26日、この日、一人の青年が、運命の日を迎えたのである。
「うわ・・・・寝過ぎた・・・・」
ふわぁ~と、あくびをして、目をこすりながら、ベッドで起き上がったのは、今から10分前。
今何時だ? とばかりに、ベッドサイドにカルテを触れる。窓は、カーテンで閉じられ真っ暗。時間感覚は無い。
”C.E.3700.07.31,UT.20:37”
と、表示が浮かび上がる・・・
「げっ・・・・やば・・・・」
はっきり言って、寝過ぎである。慌てて、ベッドから降りると、カーテンを開ける。が、外は、真っ暗、夜である。
リーダーの顔色は、青ざめていく。ここは私室であるが、端末としてのワークステーションは、設置してある、とは最低限度の機能だけであるのだが・・・・・
「げげげげっ・・・・未読100件・・・・うぇ~」
メッセージはメールだけでなく、音声メッセージもあるようで、録音がありを知らせるランプが激しく点滅している。慌てて録音数を確認するのだが・・・・
「うそぉ・・・・・」
どうやら録音フルのようである・・・・・。どれから確認すれば良いのか、大きく迷うところではあるのだが・・・・
『議事録は、明日にでも送ってくれ、それから、各部署で、必要と思われる事があれば、各担当別で、追加資料と一緒に頼む。あとは・・・えーっと・・・・』
『すいません。決裁が必要なものは、この場でもらう方が良いですか?』
『あーっと、それは、今すぐって言うのは無理だろうから、そっちも、明日で良いからメールで頼む。それから、あさっては、日曜だから・・・月曜までには、返事は返す。以上。遅くまでごくろうさん!』
月曜までには、全て返事をするなり、知らせるなり、処理を終わらせると宣言している以上、ほとんど1日潰したことは、リーダーにとって失態である。さてさて、全てに目を通して、処理を終えられるのかは、神のみぞ知る。