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派遣協会支部(仮)にて

そして、大佐達の判断

 ジョワンは、ユリカから受け取った数枚の紙に書かれたリストを見ながら、これを写すのかと思うと、少々げんなりはしたが、大佐からの協力要請であり、国王ロベールの言う証しを立てるため大佐に同行していたことから、ユリカにお願いして別の紙をもらうと、急いでリストを写しはじめた。


「おい、ジョワン、貴様は、一体、なにを急いでいる」

「えっ、いや、カーネル大佐に早くリストを渡さないといけないし、それに、従者として一緒にこの町に来てる子を、待たせてるし・・・・そこに戻るのに時間制限あるし・・・・」

「ん?時間制限?」


 ナインは、ジョワンが、合流するのに時間制限があると言ったことから


「おまえ、まさか、イースト街区に戻るのか?向こうの宿は、潰れて無いはずだぞ?」

「えっ、えっとですね・・・・」


 ジョワンは、なんとなくこの先は言ってはいけないような気がしたのだが


「昨日、輸送会社さんのお手伝いで、バーグブレッド家へ伺ったのですが・・・それで、夜も遅いからと、そのまま、そこの方に招待されて・・・・ですね・・・・」


 ジョワンの言葉を聞きながらナインの顔つきが、どんどん険しくなっていくのを見て、ものすごく嫌な予感がしたジョワンは、一気に話題を変えるべく、ナインから「ジョ・・・・・」と言葉が出るよりも早く、大慌てでユリカに質問をしていた。


「あ、そう言えば、ユリカさん、このリストの中に、ミリーさんのお母さんも入ってるんですか?」

「ええ、入っているわよ」


 ユリカがジョワンに渡したリストの中には、この町での行方不明になった者(海で遭難などの事故に遭遇した者)や、病院へ収容されている者などの名前が記載されており、当然その中には、ミリーの母親の名前も書かれている。ジョワンは、ユリカの返答に、”しまった”と、踏まなくても良い地雷を踏んでしまったと思い。ナインは、”このバカは、人の傷口に塩を塗りつける、ほんとに、バカだ”と呆れていた。まあ、ミリー自身、そんな事でへこたれるほど弱い人間では無いのだが・・・


「ミリーのママは、ここだよ!」


 ミリーは、二人の様子も何のその、リストにある一人の女性の名前を指さす。


 ”アリサ・オコ-ネル、職業:植物学者、能力:ガラス細工(属性値+)”


 ミリーの母親の名前と職業、その能力が書かれていた。 


「ユリカさん、ガラス細工って?」

「ガラスの材料を、熱も使わずに、自分が思った形に整形してしまう能力。彼女は、植物学者だったから、採取した植物を入れておくための容器なんか作ってたわね」


 ユリカは何か懐かしむような感じで、ジョワンにそう答えていた。そして、その言葉につなげるかのように、何かを告げようとしたとき、


『ドンドン』


支部入り口の扉が叩かれる。


「はーい、どちら様ですかぁ?」


 ミリーは、元気よく返事をすると扉の所へと向かった。


「守備隊の者です。派遣協会、支部長はおられるか?」

「守備隊さんですか?ユリカさん、お客さんですぅ」


そして、扉をあけたのだが、次の瞬間


『パコーン!』


 協会支部(仮)の狭い小屋の中だけで無く、外にも響き渡るぐらいの大きな音がした。


「何するんですかぁ?痛いですぅ!」

「お客様が来られたときは支部長と呼びなさいと、何度も言ってるでしょ!」


 訪ねてきたのは守備隊の隊長であったが、扉を開けるなり、その音と、ミリーが涙目で抗議しながら、頭を抑えてしゃがみこんでいる姿を見て、普通に”なにごとが?”と引いていた。


「うちの子が失礼しました。支部長のユリカです。守備隊の方が、当協会へ何のご用ですか?」


 営業スマイル全開のユリカに訪問者である守備隊隊長は、若干腰は引けていたのだが、小屋の中を見回すと


「支部長殿、このあたりで、怪しいものを見かけませんでしたか?ん?そこの二人は?」

「この二人は、シュートの協会本部からの派遣者ですが?この二人に、なにかご用ですか?」


 ユリカに対して、隊長は非常に慇懃な態度で接していたが、それに比べるも無く、部屋にいるジョワンとナインの二人に対して、隊長の視線は、非常に厳しく全身を舐めるように見ていた。


「支部長殿のお言葉を疑うわけではないのですが、そこのお二方は、この町では見かけない顔ですよね?身元の確認をさせていただきたいのですが、よろしいですかな?」

「彼らの身分について、私の言葉が信じられないと?」

「いえ、決してそんなわけではなく、上からの命令ですので、何卒ご容赦いただきたい」


 隊長は、そういうと、ユリカに深々と頭を下げる。


「この通りにある全てのギルドや組合の方々にも、他の町の者で、ここへの派遣者については、全員身元照会のお願いしている訳でして、こちらとしても、派遣協会支部だけ特別扱いというわけには・・・」

「そうですか、仕方ありませんね」


 支部長へ本部から渡されている写しではあるが登録者の名簿を取り出すと、その中からナインとジョワンの二人のファイルを取り出した。その名簿は、ジョワンのように弟子として派遣された者や、ナインのように弟子として師事する者がいない場合に、その身元を協会が保証するのだが、それに必要な身分証明書の写しを綴じたものである。これがあることで、派遣者が弟子の身分にあるとき、どこの町にいても協会支部の支援を受けることが可能となっている。この名簿の原本は、協会本部に厳重に保管されているが、そして、その証明書の写しは、あくまで身元確認のためであることから、情報の一部簡略化された上で、公印がおされ、各支部へ送られている。実際のところは、この名簿は、弟子としての派遣者が、行方不明や、死亡などの事故等に遭った際、その身元照会に使われることが非常に多く。当然のことながら、そのために顔写真が添えられているのである。協会派遣者は、一般人よりも優遇されているとは言え、リスクを負うことが多く、不慮の事故で死亡することや、事件に巻き込まれてしまう事が多いためとも言える。ただし、職業としての弟子から正規の職業へと出世した場合は、各ギルド・組合・軍などに身元保証というより、身元確認のための登録へと移行していく事になり、協会本部には、訓練学校や協会での在籍記録のみ残されることとなる。


「これが、二人の身分を証明するものの写しです」


 写しとは言え、協会の公印がおされている公式なものをみせられた隊長は、見るなり顔が引きつる。


「こ、これは、失礼しました。そちらは、ご高名なナイン殿ですか。まさか、女性とは・・・」

「いかにも、私は、ナイン・C・エシャロット本人だ。女で悪いか?なんなら私の協会登録番号も言うが?」

「いえ、ナイン殿を疑うなど滅相もございません。申し訳ございません」


 ナインに、深々と頭を下げる隊長。次に、ジョワンの登録証を見るのだが、見た瞬間、今度は、驚きのあまり”ぶっ”と吹き出すや、名簿とジョワンの顔を交互に見ながら


「支部長殿、こちらの青年の保護者が、フォルテラ理事長ご夫妻と言うのは、本当なのですか?」

「ええ、まだ、かれは、この間、派遣されたばかりの新米で、登録証というより身元確認の写しですけどね。そこにある通り、理事長ご夫妻が、保護者よ」


 ジョワンは、ナインのようなやりとりになっても大丈夫なように身構えていたのだが、どうやら、理事長の名前の持つ破壊力がそれを上回ったようである。


「だから、彼に何かあったら、理事長・・・いや、奥様が、来られるかも知れないわね」


 隊長は、背中がびっしょりと濡れるほどの汗を掻いていた。理事長の奥方、片手で猛獣を狩る者”と言った二つ名を持ち、その勇名は、王国内で知らぬ者など無いほど響き渡っていた。ただ、隊長の言動とその汗を見て、ジョワンは”なぜ?”と思ったようではある。ジョワンは、二つ名のことを全く知らないからである。


「いえいえいえいえいえいえ、こちらの青年の身元につきましては、支部長殿が保証人と言うことでお願いします」

「わかりました。それにしてもどうして、二人に身元を確認したいとか、ほかでも身元の確認などをされているのですか?」

「いや、それがですね。先ほど軍管区本部より『ランベール王弟陛下のご息女であらせられるリタ王女が誘拐された』という緊急通達と、その捜索のため軍に協力せよと少将の名前で、要請が出ておりまして」


 ナインは、リタの誘拐と聞き、自分がバーグブレッド家を出た後で、そこを訪れたであろう後輩を睨み付けると、”どういうことだぁ、ごらぁ! ”と、声には出さなかったが無言の圧力を掛けていた。ジョワンは、身元の保証人を支部長がしてくれるというので、ほっとしていたのもつかの間、先輩の圧力に気づくや”僕は、知りませんよ! ”と、ナインの圧力に負けまいと、無言の抵抗をしていた。斯くして、ユリカや隊長の視野外では、二人は無言の攻防戦をはじめた。


「で、犯人は、どういった人なんですか?」

「はい、どうも、毛むくじゃらの獣人と、老人だと、手配書にありました。人相は不明です」

「そうですか」


 ユリカは、無言の攻防戦を繰り広げる二人をちらりと見て、「ふーっ」と、ため息をついていた。


「支部長殿、どうかされましたか?」

「何でもありません。ところで、リタ王女が、誘拐だなんて、いつのことなんですの?今日?」

「いえ、それが三日前に屋敷を出て戻らず、その後、身代金の要求が屋敷の方にあったそうで、それで誘拐じゃないかと届けが出されたそうで、これまで非公開で軍が捜索としていたとのことだったそうですが、犯人の目撃情報と共に、公開捜査に切り替えたと、軍から」

「まあ、そうなんですの・・・王女様が誘拐されたって、物騒ですわね」

「そうなんですよ。ランベール様ご不在の時に、こんな事件が起こるなんて、うちもてんてこ舞いですよ」

「わかりました、もし怪しい人を見かけましたら、守備隊へ連絡をすればよろしいかしら?」

「お願いできますか?あと、不用意に町をうろつく者は、念のための取り調べをするために拘留せよとの命令が出ておりますので、そちらの派遣者の方々は、身元を証明するものを必ず持ち歩くようにしてください。」


 隊長は、そう告げると、ユリカに、礼をして、支部を出ていくのだった。


「あなたたち、聞いての通りよ。二人の様子だと、リタ王女について何か知ってるようだわね。知ってることをさっさと話しなさい! 特に、ナインさん、貴方は、王弟陛下からの緊急要請で、王女の護衛をしていたのでしょ?」


 隊長が支部(仮)を出るなり、ユリカは、無言の暗闘を繰り広げていた彼らに対して、再び大きなため息をつきつつ、二人に詰め寄った。支部長の威厳なのかその雰囲気に気圧されたナインもジョワンも、王弟陛下邸での出来事、リタ王女を伴ってバーグブレッド家へ向かった事を話し始めた。

そ して、昨夜の事をジョワンが語り出した途中で、ミリーが、”! ”と何かに気づいたのか、支部(仮)を飛び出して行き、すぐに戻ってきて、「また、ポイしてきましたぁ」と言っていた。どうやら、支部を監視しようとしているものがいたようである。


「そう、そういうことだったのね。だったら、誘拐事件って言うのは、あなたたちの言葉を信じるなら、嘘だという事になるのだけど・・・・う~ん、隊長さんが話してくれた誘拐事件の話には、本人も気がついてないみたいだけど、矛盾があるのよね」


 ユリカは、どうもややこしい事に巻き込まれたような気がしたが、二人の話が真実であると判断せざる得なかった。そして、王弟陛下から要請受諾による契約上、リタ王女を派遣協会として保護しなければならなかった。


「う~ん、派遣協会として、王弟陛下との契約上、リタ王女の保護をナインさんに命じます。ジョワン君には支部長権限で、ナインさんへの協力を命じます」

「えっ、でも、僕は大佐のお供で、それで、動いてるわけで・・・・具体的に、何をって内容を言うことができないのですが・・・・」

「ジョワン、ふざけたことを言ってないで、私の手伝いをしろ!!」

「ナインさん、ジョワン君には、あなたへの協力をしてもらいますが、そのまえに、この件に、何かきな臭さを感じます。私としてはカーネル大佐に協力を求める必要があると思います」

「ユリカ殿良いのか?相手は軍人だぞ?信用してよいのか?」

「そうですね。ジョワン君、大佐と君は、内容までは、言えないまでも、誰かの命令で来ているのよね?」

「はい」

「言葉に出せないかもしれないから、もし今から言うことが、当たってたら、うなずいてくれるかしら?」


 ユリカの問いかけに、ジョワンは少し戸惑ったのだが、


「え・・・・わかりました。でも内容までは、うなずいたりもできませんよ?」


 と、答えていた。


「ジョワン君たちが、ここへ来るのは、国王陛下、または、王族関係者からの依頼かしら?」


 大当たりに質問に、ジョワンはたじろぐも、大きくうなずいた。


「そう。ナインさん、誘拐事件の操作命令を出している少将と、ジョワン君たちは、同じ軍であっても、別の動きだと信じても良いわよ。」


 ナインは、なぜか納得のいかない顔をしていたのだが、支部長がそういうのならとしぶしぶ大佐に協力要請することに承諾した。


「ジョワン君、君には、大佐と交渉した上で、支部長権限での協力要請をお願いしてもらえますか?」

「わかりました。大佐にお願いしてみます」

「くれぐれもお願いね。ナインさんも、良いかしら?」

「ユリカ殿がそう言われるなら・・・・だが、ジョワン、もし、王女に何かあったら」


 ”ただでは済まさない”と、言う言葉をナインが口にする前に、ジョワンは、激しくうなずいていた。


「ところで、ジョワン君、大佐とはどこで会うのかしら?」

「はい、支部長、それが、大佐とは、バーグブレッド家のお屋敷に戻ってか・ら・・と・・・」


 ナインが、猛烈な殺気をジョワンに向けて放っていた。ナインにすれば、自分が王弟陛下より受けた受けた依頼で、ジョワンに手伝わせるとはいっても、リタ王女がいる屋敷内で、軍人を入れて、など、危険極まり無いことから、到底看過できなかったようである。


「ナインさん、あなたが受けた依頼だから、横槍が入るようでいやだとか、王女が危険にさらされるとかで心配になるのは、わかりますけど、今は、緊急事態です。それに、カーネル大佐なら、安心できます」

「はあ、支部長がそう言われるのでしたら・・・・わかりました」


 ジョワンは、バーグブレッド家へ戻ることになるのだが、結局、ナインに同行する形となった。ただ、ユリカは、二人をそのままに、一緒に行かせるのは、危なかったしいと思ったようで


「あ、二人とも、協会としてリタ王女を保護するので、こちらからも人を派遣します」


 二人は、誰かが帰ってきてからだと最終に間に合わないと思い、そのことを口に出そうとしたのだが、


「そうね。ミリーを連れて行ってくれるかしら?ミリー、お願いね」

「あい、りょうかいですぅ!」

「支部長、大丈夫なんですか?」

「ん?どうかした??」

「ここを監視しようとしている輩がいるとか?お一人で大丈夫なんですか?」

「ああ、まあ、もうすぐ、うちの副支部長も帰ってくるし、ほんとは、私が行く方が良いんだけど、ミリーに留守番させるわけにはいかないしね。それに、ミリーの方が何かあったときに、あなたたちを助けてしてくれるわ」

「でも、誰か戻られるまで、お一人で大丈夫なんですか?」

「そこは心配しなくて大丈夫よ。ミリーに留守番させる方が危険よ」


 ミリーは、ユリカのその一言で、「ユリカさん、酷いですぅ」と、ぷんぷん顔であった。そんなやりとりをしつつ、ジョワンは、なんとか渡し船の最終時間に間に合うように、リストを写し終えると、ナインとミリーの三人で、渡し船乗り場へと向かった。協会支部(仮)を出るとき


「ミリー、支部長としての最優先事項よ。明日の朝一番で、ここへ戻って報告をするように!」

「あい、ユリカさん、わかりましたぁ!」


 ミリーは元気よく返事をして、二人について行くのだった。




 昼下がりイースト街区、バーグブレッド家、大佐が連れてきたハンス親子、特に父親のハンスは、身体の衰弱が激しく、手厚く看護されていた。娘のマリーナは、父親のそばについていたが、リタとリアエルの二人が、話を聞いているうちに安心したのか、気がついたらすやすやと眠っていた。二人は、そんな彼女を父親であるハンスのそばにそっとしておく事にして、部屋をでるのだった。部屋を出ると


「マリーナちゃん大丈夫でしょうか?」

「今は、そっとしておきましょう。それより、リアエルさん。ジョワン君の鳥さん、名前どうしましょう?」

「リタ様、ジョワンs・君の鳥さん、名前を付けるのむずかしいです」 

「リアエルさん?お友達なんだから"様”は、無くても良いわよ?」

「え、えっと、リタ・・・・さん、あうあう・・・・・」


 リタは、ジョワンが戻ってくるまでに、いくつか名前の候補を考えようとしていたが、中々良い名前が浮かばないこともあり、リアエルにも、何か無いかとたずねていたのだが、リアエルが”様”を付けると、リタに"様”を付けないで、言われるのだが、ジョワンの時のやりとりを繰り返すかのようなのだが、相手が王女であるためリアエルが、”あうあう”するだけだった。




「バーナビー、この報告書の内容だが」


 先遣隊隊長であるバーナビーは、合流した大佐に報告書を渡し、その内容から色々質問されると思っていたのだが


「ここにある以外の報告はあるか?」

「いえ、その報告書の追加事項は、先ほど説明した以上にはありません」

「そうか・・・お前は、この内容についてどう思う?」

「はっ! これまで、同様な調査を行ってきましたが、今回は、奇妙な点があります。噂レベルの話と、実際に、公的記録との比較では、その内容に一致するものもありますが、反面、隔たりがある情報が含まれている場合が多く、また、王都軍本部へなされている報告内容と公的なものを比較しても、それは必ず一致します」

「当然だな。王都軍本部へ送られてくる報告は、その作成に軍属が関与することによって、公的記録と同じかそれ以上の精度になるようにつくられている。それは、中尉も知っているように、万が一、何らかの要因で、意図しない噂が流布され、その影響で住民の不安が増して、治安が悪化してしまうことが、これまであったからだ。そして、我々の存在は、その不安を取り除くためにあるのだからな」

「ええ、そうです。ところが、これまでのこの手の調査の結果と比較すると、今回は、おかしな事が・・・・

「おかしな事?」

「はい、今回は、住民の認識と公的記録の間には、齟齬が無く、全てが一致しているのです。ですが、我々が、王都で得ていた情報や、大佐が王弟陛下からうかがわれた話など、事前に得ていた情報と、その内容が、どれも一致しておりません」


 大佐は、王弟陛下から治安悪化を食い止めた上での治安回復と言う話と、昨夜のリタ王女が語った話との温度差。そして、王女が『既にご存知でしょうが』と、話し始めていたことから来る何とも言えない違和感があった。


「ふむ、確かに、この報告書にある連続殺人事件などの不可解な事件について、王都にいた我々が、全くしらなかったと言うのも、おかしな話だな」

「大佐、我々もそこのところが引っかかっているところです」

「それに、王弟陛下からは、スプリットの治安が急速に悪化したため、その治安の回復せよとの御下命があって、先遣隊をここへ出したのだが、その王弟陛下からは、事件に関することは、一切聞いていない」

「王弟陛下が、それほど大きく騒ぐほどのこともないと、思われたのでは?ともかんがえられますが・・・あるいは・・・」

「あるいは?」

「・・・考えたくはありませんが、軍管区上層部が王弟陛下に事件の詳細を知らせず、また、王都軍本部への報告も、本来のものを改竄してあったと思わざる得ません」

「なるほど・・・仮にそうだとしても、いずれ全てが発覚して、我々が乗り出してくることぐらいわかるだろう・・・」

「はい、調査すればするほど、情報に乖離が見られて、どれが真実で嘘か、吟味していく必要が、いつも以上に多くなっています」


 王国内では、それぞれの町で発生した出来事は、その町の領主や行政組織、軍などにおいて、報告書としてまとめられ、王都へと送られる。その後王国内に住む一般的な住人へ伝えると言うシステムであるのだが、これは、一般人が容易く町から町へ移動できない(特別な許可が無ければ、町からでられない)ためであり、旅行者による伝聞が著しく制限を受けているからである。ただし、領主や国王から許可を得るか、若しくは、軍人、エル教や派遣協会に登録されている者は、移動に制限がない。


「軍管区本部が仕組んだものだとすれば、どの立場のものが、関与している?」

「自分には・・・・判断する事ができません。ですが・・・最も疑わしいのは・・・・」


 大佐は、今後の調査に対して、何らかの判断を下さなければならないのだが、報告書を読めば読むほど、軍の関与が疑われるに十分な状況証拠が、あまりにも露骨に記載されており、そこから導けるのは、全ての事件が軍主導であることを如実にあらわし過ぎていたため、次のステップの進め方をためらっていた。中尉は、大きく深呼吸をすると、覚悟を決めたかのように


「意見具申!」

「なんだ?」

「軍の関与が疑われる多数の証拠、及び、情報隠蔽改竄の疑いがあります。これらを鑑みて、軍管区本部への強制査察を具申!」


大佐として、部下の提案は、もっともな事だとは思った。


「中尉、査察の件は、私も考えている。だが、ここまで証拠でも可能かも知れないが、決定的な証拠が必要だ」


 先遣隊と大佐達を含めた少数での査察を実施する場合、軍管区の協力も必要となるのだが、現状、軍の関与が疑われる事案で、査察を実施する場合は、協力を得られるどころか、王国軍内とは言え、軍管区の軍から反発を招く恐れがあった。そして、中尉も、それらのことを理解していた。


「決定的な証拠ですか?」

「そうだ。今のままでは、王弟陛下や住民の不安を煽らないための処置とも解釈できる。本来では、有り得ない隠蔽工作。この町で発生していたと思われる事件の深刻度を考えれば、やり過ぎではあるが、わからなくもない・・・だが、確かにおかしな点が多過ぎる。それでもだ・・・現段階では、査察を認めることはできない。もう少し、決定的な証拠が必要だ」


 大佐にしても、直ぐにでも、軍管区本部へ査察を敢行したかったのだが、状況証拠だけであり、査察を実行するには難しい状況であった。


「わかりました。もう少し、調査をすすめます」

「こちらも、気になる事があるので、今、ジョワン君に動いてもらっているが、中尉、この後の調査もたのむぞ!」

「はい! それでは」


 中尉は、大佐にそう答えると、敬礼をしようとした、そのとき、宿の女将さんが血相を変えて飛び込んできた。


「あんた達、大変だよ!」

「女将さん、何事ですか?落ち着いて!」

「リ、リタ王女が誘拐されたんだよ!」

「「!」」


 大佐も中尉も、女将さんの言葉に絶句した。


「女将さん、落ち着いて、王女が誘拐?」

「今、守備隊の子が来てさ、3日ほど前に、屋敷から王女が出たところ、行方不明で、毛むくじゃらの獣人と年寄りの二人組から、身代金の要求があったとかで、誘拐事件だって、トランフ少将が先頭になって犯人捜査をしてるって、教えてくれてね」

「少将が?」

「そうなのよ。で、今、町中で怪しい者がいないか、調べてるって、あんた達、リタ王女を探して救ってくれないかい?」

「誘拐事件ですか。隊長、我々も!」


 大佐は、昨日、リタ王女に会い、その話も聞いたこと、先ほどもハンス救出後にあってきたこともあるので、「誘拐事件」事態が、嘘であることは、すぐに理解したのだが


「女将さん、守備隊は、今、捜索の手伝いを?」

「そうなんだよ。大変だって言ってたんだよ! あんた達も、王女様を探してくれるだろ?おねがいだよ」

「女将さん、落ち着いて、我々も、王女の救出に手をかすから」

「ほんとうかい?頼んだよ」


 女将さんは、そう言うと、宿の受付へと戻っていった。


「大佐、我々の中から、何人を捜査に?」

「おいおい、中尉、女将さんが聞いたという誘拐事件の話に、おかしなところがあった事に気がつかなかったのか?」

「え?」

「誘拐犯の人相が、どうして知られているのか?連れ去られての行方不明なら、人相がわからないはずだろ?」

「たしかに、でも目撃者がいたのでは?」

「目撃者がいれば、”目撃者の情報として”とか、言うのでは無いか?ところが、それがない。」

「しかし、そこは、無くとも・・・」

「ふむ、これから言うことは、他言無用だ。よいか?」

「は?はい」

「リタ王女とは、会った。正確には、昨夜、この町に来た際に、会っている」

「え?それでは?」

「さる安全なところに滞在されておられる」

「では、なぜ、少将は誘拐事件と?」

「誘拐事件というのは嘘だろう。おそらく別の理由があるな・・・・中尉、直ちに、王都の本部へ使いを、どうも嫌な予感がする・・・」

「大佐、町から出るのに、軍の検問が厳しく、2~3日足止めされますが?」

「仕方が無い・・・なんとしてでも、見つかること無く王都へ向かわせるんだ!」

「は、では、最良の者を向かわせます」

「現状の報告書とともに、たのむぞ。私は、一度、ジョワン君と合流するため、イースト街区へ向かう。明日には、ここへ戻る」

「明日ですか?」

「そうだ。それから、女将さんには、王女の捜索に出ていると、後で、言っておいてくれ」

「は、了解しました」


 大佐は、いくつかの命令を中尉にすると、宿を後にして、バーグブレッド家のあるイースト街区へ渡るための渡し船の乗り場へと急いでいた。



 12月の日暮れは早く、次第にそれがあかね色に染まるイースト街区、バーグブレッド家。


「ジョワン様、おそいなぁ・・・」


 リアエルは、窓の外を眺めながら、ジョワンの帰りを今か今かと待っていた。

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