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偽装誘拐事件?

物理職でも気を付けよう

  スプリットにおける調査報告書


 本調査は、先遣隊によるスプリットの治安状況を含む各種情報についての報告書である。


 治安状況

 1.過剰警備であると思われる。特に、町の守備隊である衛士ではなく、本軍管区(以下、軍)からの派遣部隊による町の周辺警備が行われており、町から外へ出る際の検査が、平時におけるものとしては、異常なほどである。反対に、外部から町へ入る際は、それほどで厳しいものではない。


 2.前述の周辺警備を軍が行っているため、守備隊によって町の警備が行われいる。ただし、その警備体制は、2~3日前より24時間態勢となっている。また、夜間の尋問が、町の至る所で行われ、

怪しいと判断されたものが次々と詰め所へ連行されている。これは実質的な夜間外出禁止令が下されているとも判断出来る。


 町の警備体制が強化された理由について

 住人の話によれば、連続殺人事件があり、その犯人が未だ逃走中であること。原因不明の突発的な隣人殺人事件。原因が、東西街区を結ぶ橋の建設工事であると言われている一部の住人による架橋に対する過激な反対運動。など、未解決の事件が、ここ数ヶ月急激に増加してきたことによる治安悪化にあると、行政区や守備隊が判断している。ただし、我々の調査によれば、それぞれの事件現場や、目撃情報で軍の関与が疑われるに等しいと判断できる。


 注意事項

 1.前述の事由により、統括軍管区下で不正行為が行われている可能性が考えられるため、軍内部の内偵を実施。現段階においては、調査継続中。結果によっては王国軍本部による査察の必要性をカーネル大佐に進言する。


 2.前項付随。本部付属の軍病院において、傷病者用の一般病棟が、隔離病棟とされており、軍による厳重な監視がなされている。ただ、隔離病棟設置のための申請がなされているか王都の軍本部に確認する必要がある(申請にに必要な事象の発生の有無については、確認できない)



その他注意事項

 調査開始時に、町中において住民の話題となっている2つの大きな事由について

 1.イースト街区、及びウエスト街区において、石造りの建物(*1)が焼け落ちるという火災事件が発生。現場の確認を行ったところ、過去にカーネル大佐と共に関わった案件で見られた火災の状況と酷似しており、同じことが原因(*2)であると思われる。当地にあの案件の原因となった能力を持つものが、町に潜伏している可能性あり、今後、同様の被害があることも考えられるため、何らかの対策を講じておく必要がある。領主であるランベール王弟陛下が王都滞在中で不在のため、行政区の代行責任者、または、町の有力者に協力を求めておく必要があることをカーネル大佐に進言する。

 *1 ウエスト街区・・・派遣協会支部建物、イースト街区・・・宿泊施設 双方とも石造りで、超高温により焼かれたとしか思えない。

 *2 本行政区の火災原因調書および、現場にて状況確認。


 2.住民消失事件が発生しているという噂が、流布しており、住人に不安が広がっている。ただ、事件の概要としては、住人がある日突然消えるが、しばらくすると、見つかるという状況のため、厳密には消失事件ではないため、町の行政も事件化していない。ただ、住人によれば、消失後見つかった者は、以前と性格が違っていたり、定期的に行方不明になったりしているとのことである。本件については、更なる調査の必要性がある。


                                       王国軍特務潜入調査部隊

                                  隊長 バーナビー 中尉

                                   (12月28日記載)



 

 「ふー」っと、大きくため息をついたのは、スプリットの調査に来ているバーナビー中尉である。先遣隊の隊長である彼は、前日、ジンから、大佐が明日には、宿の方にくると聞いて、大急ぎで報告書をまとめていたのだが、改めて読み直してみると、なんとなく内容が足りないような気がしていたが、それは、調べれば調べるほど、おかしな話が出てくるからである。


「大佐が、来られたら、きちんと説明しないといけないな」


 そんな独り言を言いながら、報告書を書き上げた後に、新たに持ち寄られた情報を一つ一つ確認しながら、報告書に書き足すべきか、新たに、もう一枚書くべきかを悩んでいた頃、大佐は、ハンスの家からハンスとその娘を救い出し、バーグブレッド家に、二人を預けて、スプリット川の渡し船の待合所まで来ていた。船は、今出たばかりのようで、次の船が、ここに到着するまで対岸のウエスト街区を眺めながら待っていた。その間に、ここまで出来事について考えていた。


「・・・・ハンスの家のあれは・・何だったんだ?人ではない?そして、あの馬車の集団は、何者だ・・・軍人?それとも・・・・これは先遣隊と早く合流して、彼らの集めた情報を確認する必要があるな・・・それに、リタ王女の話も気になる・・・・」


 大佐は、リタが語ったスプリットで起こった一連の事件について、リタには尋ねはしなかったが、この町に来て、話を聞くまでは、王都の軍本部へはこれと言って大きな事件があったという報告がな されておらず、その内容から、本来であれば、軍本部の要請が早い時期にカーネルにくだされてもおかしくない事件である。


「ここの軍管区が、情報を隠した?責任者は、トランフ少将・・・・まさか、少将が、意図的に事件を隠した?」


 大佐は、「責任ある立場にある少将が・・・事件を?それに、獣人を酷く嫌っている?」とつぶやきながら頭を振る。生え抜きの軍人であり、部下からの信望もある少将。そんな人物がと、大佐は、「あの少将が・・・・あり得ないが・・・」と再びつぶやく。次の船でウエスト街区の役所へ行く者や、買い物に向かう者で、次第に、待合所は混雑していく。

 冬の寒さはあるものの、柔らかな日差しが降り注ぐほどに、晴れ渡っている。渡し船の待合所のある川岸から少し離れた街並みの中、一台の豪華馬車が、護衛を引き連れて駆けていく。その中で、ひとりの男が、報告を受けていた。報告の内容は、いつも同じであるため、適当に受け流していたのだが


「閣下、昨夜、王弟邸前で自警団の連中が獣人を連れた怪しい連中と遭遇したとのことです」

「奴らのいつもの報告など、報告には、ならんだろ!」

「いえ、それが・・・バーグブレッド家が介入してきたとのことで、負傷者が、」

「どうせ、その怪しい奴らが負傷して、あの家の執事が介入してきたのだろ?」

「いえ、それが、自警団の連中は、その怪しい奴らにやられたとのことで、バーグブレッド家の執事は、その後に来たとのことです」


一瞬、男はどう言うことだ?という表情で、報告する男の方を向き


「その連中ですが、バーグブレッド家への荷物を届けに来た輸送会社の配達員とその護衛とのことです」

「はあ?どういうことだ?輸送会社?まさか、ジン・マクスウェルか!」

「それが、護衛の中にいた獣人にやられたとの事です」


男の顔色が怒りでみるみる変わる。


「馬鹿者! 自警団が獣人なんぞに後れを取っただと!」

「そのようです。最初は、相手が獣人かどうかわからなかったようですが・・・」


男は押し黙り、少し考えると


「馬車の行き先を変更だ!」


と、言うなり、馬車は、本来向かうべき目的地では無く別へと行き先を変えるようにと厳しい口調で命令を下すと、報告していた男は、御者と護衛には、それぞれ指示を出していた。護衛達は、ひとりを残して、本来の目的地へ主の到着が遅れることを伝えに向かわせた。そして、男を乗せた馬車は、彼がリーダーを務める集団の隠れ家へと向かっていた。ただ、本来であれば、こんな時間に、そんな所に寄ることなど無いのだが、子飼いの自警団の失態に、男は怒り心頭であったからである。ただいつもの日暮れとは違い、昼日中に、馬車で堂々と乗り付けるのは、躊躇われたこともあり、御者は、隠れて人通りの少ない裏手の道を使っていた。馬車が裏手に着くと


「閣下! 大変でございます!」

「なんだ?」

「ハンスに逃げられました!」

「なんだと! 監視は?人質は?」

「はっ、監視は、全て破壊された可能性があると、今、ハンスの屋敷へ確認に人を向かわせております。一応、人質の確認もさせておりますが・・・そちらの方は、おそらくは、大丈夫かと」

「まて、ハンスの監視がやられただと! 今回の計画で、唯一の成功例の監視がか?」

「可能性があると・・・」


男は、背筋に冷たいものが流れるのを感じていた。それは、ハンスの監視が持つ戦闘力は、軍の精鋭が束になってすらかなわないほどのものであった。


「ハンスの行方は?街から、出ておらんだろうな?」

「それは、多分・・・大丈夫かと」


護衛の歯切れの悪い受け答えに


「なんだ?」

「それが、今朝方、警備体制を突破して街に侵入したものがいるとの報告が・・・」


男の怒りは、爆発する。


「いったい、どうなっておる! どいつもこいつも、我らが計画を実行出来るところまで来ておるのに邪魔しおって!」


激昂した男は、


「すぐに、責任者を全員呼べ!」


護衛の男は、その言葉に反応するように


「ハイ!」


と、慌てて手配に向かおうとしたのだが


「お待ち下さい閣下!」

「五月蠅い、すぐに呼びだせ!」

「閣下!」


先ほどまで報告をしていた男が、強い口調で諫める。


「五月蠅い、五月蠅い!」

「トランフ少将! カーネル一派が潜入している可能性がございます。お待ちください」

「!」


男は、自身の名、そして、カーネルと聞き、言葉を飲む。


「お前は、カーネルとその部隊が、ここへ来ていると言うのか?」

「その可能性があると言ったまででございます」

「・・・・」


 少将は、苦虫を噛み潰したような顔して黙り込んだ。それは、王族であるランベールをスプリットからの排除する計画から、王国内で強い発言力を得られることが、潰されるかもしれないからである。少将は、怒りに我を忘れかけていただのが、少し落ち着きを取り戻し、


「リタ王女の行方は?」

「そちらも行方不明のままです。が、スプリットからは、出ていないと思われます」


 少将は、王女が屋敷から逃げ出したと聞いて、すぐに、軍の部隊が守備隊に代わって街の警備をするように指示をだしていた。当然、王弟配下の守備隊からは、軍へ苦情を出していたが、以前の派遣要請に対して、余剰人員が確保出来たためだと理由を付け守備隊を押さえ込んでいた。


「何としても、リタ王女の身柄を確保しろ! いや、確保せねばならん!」

「閣下、町中に、監視の目を張り巡らしております。時間の、も」

「そういうも、見つかっておらんではないか! ランベールが戻ってくるまでに、王女を見つけなければならんのだぞ!」


 トランフは少将として、自らの不甲斐ない部下達に対して、怒りがこみ上げてきていた。


「わかっておるのか!!」

「閣下、わかっております。が、閣下の目指される世界に賛同しております兵は、軍管区の中でも、僅かばかりの人員しかおりませぬ故、捜索に当たらせる数に限りが、」

「一般将兵にも、捜索させろ!」

「しかし、それでは、理由が・・・」


  トランフは、野卑な笑みを浮かべ


「王女が誘拐されたと、発表しろ、そうだな・・・誘拐犯は、いや、怪しいものは、すべて捕まえろ!」

「すべてでありますか?」

「そうだ! ハンス親子、リタ王女、どちらも誘拐された! だから、怪しい者は、全てを捕まえろ!」


 トランフは、軍を動かす口実として、誘拐事件が発生した。いや、今も、発生しており、要人誘拐、住民から聖女と呼ばれ絶大な人気を誇るリタ王女の誘拐、それに対して、軍が守備隊より先んじて事件を知り、そして、その捜査に動いているという姿を住民に見せることで、人知れずに計画を進めて行くことから、住民を味方に付けるという言う手法へ、切り替えることにしたのだ。


「閣下、よろしいのですか?」

「王女は、住民から聖女とまで言われて慕われておる上に、人命優先で、儂配下の部隊のみで捜索させておったが、ハンス親子も誘拐されたことで、軍として、犯人の逮捕を目指すとでも言っておけ」

「はっ! 流石、閣下でございます! そのようなシナリオ、私には思い浮かびませんでした」

「町の有力者達にも、そう言って協力させれろ!」

「はっ! 承知いたしました!」

「これで、王女も出てこざる得なくなるだろう。が、次の手も打っておくか、王都へ早馬をやり、ランベールに王女が誘拐されたと伝えてやれ、そうすれば奴も此処へ戻って来ざる得ないだろう?」

「すぐにでも、王都のランベール様に、遣いを出します!」


 トランフは、ここに来て、状況を利用すれば、一気に片が付くことに、酔いしれていた。


「これで、ランベールを排除して、儂がスプリットの実質的支配者、フフフ、ワハハハハ」


王国内での発言力の増大、それによる、ライバルである中将の排斥、そして、軍全体の掌握。そうなれば、ランベールに比べて無能の代名詞である国王ロベールの排斥も可能となり、自身が王となることも叶うことへの喜びからだろうか、周りの目も気にせず、大きな笑い声が、隠れ家中に響き渡っていた。





 彼は、少し休めた身体を起こすと、身支度をととのえる。


「さて、軽く食事をいただいてから、探りに行くとしますか」


と自分に言い聞かせるように言うと、部屋の扉を開けて、一階の食堂へと降りていくと


「あっ、お客さん。お昼ですか?」

 受付の娘が男に声を掛ける。


「ああ、頼む」

「何になさいますか?」

「お薦めはあるかな?」

「そうですね。今日はランチが、お薦めです」

「じゃあ、それを頼もうか」

「はい! お父さん! ランチ一つ」

「はいよ!」


 男が、食堂の席に着くと、娘が、男に話しかけてきた。


「お客さん、これからお出かけですか?」

「そうだが?」

「そうですか、衛士の方が、『町の警備が厳しくなるから、泊まり客にも注意するように』と、言いに来てくれたので、町を出歩かれるときは、注意してください」

「何かあったのか?」

「それが、王女様が誘拐されたとかで、軍の方々がその捜索をなさってるとかで、もちろん、お客さんが来られる前らしいので、疑われることは無いとは思いますけど」

「誘拐?」

「はい、詳しくは、衛士の方も、軍から情報が知らされていないのでわからないって、お客さん、気をつけてくださいね。もしもの時は、この宿に泊まってると言ってくださいね」

「ランチできたよ!」

「はーい!」


 娘は、ランチを男の所へ運んでいった。


「お待たせしました!」

「ああ、ありがとう」


 男は、誘拐の話を聞いたが、自身がヘンリーより課されている任務とは無関係の話ではある以上、それほど重要なこととは捉えなかった。


「あ、お客さん、こちらの宿帳に、お食事の後でかまわないので、お名前の記載をお願いします」


そういうと娘は、食堂に入ってきた他のお客さんの注文を受けつつ、料理人である父親に次からつぎへと注文を入れていた。


「さて・・・名前ですか、どうしますかね・・・」


 男は、食事をおえると、宿帳に、”ジョン・スミス”と記載した。そして、娘に宿帳を渡すと、


「ちょっと、出かけるが、夕方には戻る」


と言い残して、


「スミスさん、いってらっしゃい。お気を付けて!」


 娘の声を背に宿を出て行くのだった。



「げっ」

「ん?」

「せっ、先輩!」

「げっとはなんだ、げっとは?えっ、ジョワン?」


 ナインは、派遣協会事務所(仮)で、報告書をまとめていた。そこへユリカに案内されたジョワンが、ナインを見ていきなり「げっ」では、睨まれて当然である。そして、ジョワンも、リタからナインが支部に行った事を、この時点で思い出し、まるで、雨の中を歩いて来たかの如く、全身汗でびしょ濡れ状態となっていた。 


「二人はお知り合い?」


 ユリカの言葉に、ジョワンは、一瞬否定しようか思ったのだが、ナインの一睨みに、思い切り頷いていた。


「なんで、お前がここにいる?理事長も耄碌したのか?」

「えっ、いやっ、その・・・」

「貴様のような奴を、この町に置いておくと禄でもないことをしでかすに違いない」


 書き掛けの報告書をそのままに、席に掛けていた剣を掴むと、鞘から剣を抜こうとしたのだが、


「ん! ん!」


その剣が抜けない


「貴様、私の剣になにをした!」

「!」


「今、ここに来たの見たでしょ」といいたかったのだが、あまりの剣幕に言葉を飲み込むジョワン。そんなジョワンの前を横切り肩にちょこんとのる鳥。


「ピュール?」


 一声鳴くと、鳥は、小首を傾げていた。


「おまえ、どこに行ってたんだ?」


 ミリーを追いかけて路地に入ってから今まで、ジョワンの肩を離れていた鳥は、いつの間にか協会事務所(仮)の小屋に入り込んでいた。


「は~い、二人ともそこまで!」


 ユリカは、二人を止める。


「ユリカ殿、こいつは、悪戯常習の愉快犯、ここに置いておくのは」

「ナインさん、落ち着いて、ジョワン君、君は、仕事でここへ来たのよね?」

「は、はい、そうです! カー・・・」


ジョワンは詳しく説明しようとしたのだが、ユリカは、右手の人差し指を口の前に持って来ると、茶目っ気たっぷり表情を浮かべて、そこから先は言わないと、合図をしていた。


「ユリカ殿、こいつは!」

「ナインさん、ほんとに落ち着いて、ジョワン君、君の事は、協会本部からの新規派遣者の通達と、カリーからの連絡で、聞いています」


 ユリカは、ナインを制止しつつ、ジョワンの方を向いた。


「だから、君の名前のことも知っていたのよ」


と、微笑みを浮かべていた。


「ユリカさ~ん!」


 ミリーが、勢いよく小屋の中へ入ってくるなり


 スコーン!


 乾いた音が、狭い小屋の中に響く。


「痛いですぅ」

「お客様が居るときは、支部長と呼びなさいと、何度言ったらわかるの!」


支部長の手には、巨大なハリセンが、いつの間にか握られており、ミリーの顔面をクリーンヒットしていた。


「だぁってぇ」

「だってじゃありません! ところで、ミリー、建物の周りは、異常なかったかしら?」

「えーっと、変な人が居たんですが、路地にぽいしてきましたぁ」

「そう。やっぱり、覗き魔は、いたのね」


 ユリカは、そう言うと、


「さて、ジョワン君、ご用は何かしら?」

「ユリカ殿、このバカに用などあるわけなかろう!」


 ナインは、抜けない剣を必死に抜こうとしていたのだが、信用度〇のジョワンに対して、あくまで辛辣である。ジョワンは、ナインの牽制にビビりながら


「し、支部長、僕は、王弟陛下の要請に伴うカーネル大佐の派遣に、国王陛下よりお供として行くようにと言われて、スプリットにきました」


 ユリカは、ジョワンを見つめている。ナインは、王弟陛下や国王陛下と言う言葉に、怪訝な顔をしていた。


「そう、カリーの知らせてきた内容と一致するわね。で、そのジョワン君が、支部に来た理由は?」


ジョワンは、ユリカの質問に答えるように、昨夜、リタから聞いた話をした。途中、ナインは、リタ王女にジョワンが粗相をしたのではないかと噛みついていたが、ユリカが、ジョワンが王宮詰め上級職の弟子である事を教えると、驚きつつ絶句していた。ただ、その瞬間、ナインの剣は鞘から突然抜け、その勢いまま天井に突き刺さるようにナインの手は離れた。


「それで、ジョワン君、君は、何を確認するためにここへきたのかな??」

「はい、立て続けに事件か起こる前から今までで、この町で派遣協会に登録されている人のリストの写しが頂きたいんです!」

「なるほどね・・・それが欲しくて、ここに来たのね?う~ん、でも、それは無理ね」

「えっ?」

「そんなリスト無いからよ。仮に有ったとしても、支部の独断で見せることは出来ないわね」

「・・・」

「ただし、ここ数年の間に、行方不明になるか、何らかの理由で病院に収容されていて身元確認を頼まれた協会登録者のリストならあるけど、それは、うちじゃなくても見れるわよ?特にカーネル大佐にくっついて来てるなら、軍管区本部に行けば、普通に見せてもらえるわよ?」


ジョワンは、リストが無いと聞いたとき、一瞬どうしようかと思ったのだが、別のリストがあると聞きほっとはしていた。


「支部長、極秘調査で来ていますので、できれば、ここで見せていただけますか?それをメモってもどります!」

「そう、わかったは、ミリー、そこのリストを摂ってくれる?」

「あい、ユリカさん」


 ミリーは、リストをユリカに手渡したが、ユリカ受け取ると同時に、無表情なユリカからハリセンの一撃をもらっていた。「痛いですぅ」と、頭を抑えるミリーは、懲りていないようである。


「これが、そのリストよ。一応、病院に収容されてる者の私物は、支部預かりで、ここの保管庫においてあって、こっちのがそのリストよ」


ジョワンは、ユリカの説明を聞くと、リストをみるのだが、このリストのどこが、重要なのかはわからなかった。保管品リストについても、協会登録者が、なぜ道具を持ち、また、病院に収容されているのか、わからなかった。


「支部長、病院に収容って、どうして協会登録者が病院に?それに保管品って?」


 ユリカは、あれ?っと言う表情をしたのだが、


「ジョワン君、理事長から、協会登録者が病院に収容される理由について、何も聞いてない?」

「えっ?何か理由が、あるんですか?」

「私が教えてよいのかしら・・・・」


 漸く天井に刺さっていた剣を抜いたナインが


「そいつは、魔法使いや魔術師の特性が無い。能力は、中立。だから、病院に収容されるようなことも起こり得無い」


そう言うと、自分の剣と鞘を、よく確認して、納刀をすると、もう一度抜刀しながら、首を傾げている。


「ああ、そういう事ね。いずれ知ることになるから、支部長として教えておきます。ナインさん、貴女の解釈も少し間違ってるから、ジョワン君と一緒に聞いておいて」


 ユリカは、二人に派遣協会が、なぜエル教教会と共に、王国内で、時には王族より力を持つのか、そして、常に中立であるのかを話し始めた。


「職業判定は、ハーミュアが行うことは知っているわね?」

「はい、エル教教会の所有物で、派遣協会が管理していると聞いてます」

「そう、最初は、職業判定後に有資格者が集まってできた互助組織が、今の派遣協会だったの、ところが、ある時、職業の有資格者から、特定の力が使える者が、最初は、数名ほどだったので、気にかけなかったのだけど、次第に、彼らの中に、その特定の力が使えるものが増えていったの」

「ユリカ殿、それが今魔法や魔術であろう?」

「そうじゃないの、そこがナインさんの勘違いなのよ」

「私が勘違い?」

「いま、私が言った能力は、職業に無関係に発露する力の事なの」

「え?」

「そうね・・・例えば、職業判定で、花卉扱い職、つまり、花屋が適性と判定されたとしましょう。でも、判定された人に発露した能力が、物を発酵させるだと、どうなるかしら?」

「花が枯れる?」


ジョワンは、ユリカの問いに答える。


「そう、普通なら花屋なのに、花を腐らせる。そうなるわね。でもね。その発露した能力には、3つの属性があるの」

「属性ですか?」

「そう、正属性、負属性、無属性の3つ」

「そんなに?」

「ええ、あくまでも、例えばの話ね。発酵の正属性は、発酵の促進で枯らしてしまう。無属性は、何の変化ももたらさない。負属性は、発酵を止める。言い方変えれば、エイジングを止める・・・この意味、わかるかしら?」


 ユリカの問い掛けに、ナインがハッとした。


「成長を、老化を止める?」

「そう、そういうことになるの。でも、この能力は、能力保持者が、行使しない限りは、発現しない。で、発現するのに必要なものは、何だと思う?」


ジョワンは、先輩であるナインをみるのだが、ナインも知らないようで、互いに、首を傾げた。


「ミリーしってるよ! 精神力とかいうやつだよ。ママが言ってたもの!」

「そうね」


 ユリカは、少し悲しげな表情を浮かべて、ミリーを見つめていた。


「精神力と言っても抽象的だけど、思いの強さと言う方がわかりやすいかしら?」


ジョワン達には、わかりにくかったようだが、二人とも「なぜミリーが?」と思っていた。そんな二人を見透かしたように


「二人とも、どうしてミリーがと思ってるわね?」

「ええ、どうしてですか?」

「ミリーのね?ママね、病院に居るのだよ!」


 ミリーは、ユリカより先に答えるのだが、ユリカの表情は、重苦しい雰囲気であった。


「正負の属性を持つものは、その思いの丈の強さが、能力の発現に影響するの」


 ユリカは、ミリーを見ると


「でも、その思いが、限界を遥かに超えたとしたら・・・」


 ユリカの問いかけに、ジョワンが答える


「心が壊れる?」

「そう、心が壊れる・・・つまり、正気を失ってしまう。そうなると、保護する意味で、病院に収容する事になるのよ」

「じゃあ、ミリーさんのお母さんは?」

「ミリーを守るために、限界を超えてしまった・・・だから、病院に入院しているの。今は、私の事も、そして娘のミリーの事解らなくなってるわ・・・」


 ナインも自分が知らなかった事実に、驚いていた。


「ユリカ殿、正気を失うって、大袈裟な・・・病院に入院ってことは、時間が、掛かっても治るんでしょ?」

「そうね。もしそうならどれだけ気が楽か・・・だけどね。自分が判らなくなって、次第に、意識が希薄になり、衰弱して、死んでいくの・・・」

「ユリカさん、ママは、ちゃんとミリーの事わかってるよ?だから、元気になるんだよ?」

「・・・そうね・・・そうかも

ユリカは、そう答えるだけだった。


「支部長、僕には、能力と言ってもそんなもの無いので、そうはならないですよね?」

「ユリカ殿、私も、正気を失うなど!」

「・・・能力は、後から発現する事もあるから、それはなんとも言えないわ」


 二人を見て


「でもね。どんな能力が、後から発現しようとも、二人とも、絶対にむちゃはしないで、それだけは約束して」

「約束します」

「私も、約束しよう」

「もし能力が発現したら、必ず、協会支部へ報告をして、能力鑑定を受けて」

「わかりました! ところで、こんなこと聞いて良いかとは、思うのですが、ミリーさんのお母さんは、なぜ限界を超えるほどの力をつかったのですか?何からミリーさんを守るためだったんですか?」

「私も詳しくは聞いてないの、そうだわ、ジョワン君、カーネル大佐と一緒に来ている言ってたわね?」

「はい」

「なら、大佐から教えてもらいなさい。彼がそのとき、その場に居て全てを知っているから」

「・・・・後で聞いてみます」


 派遣協会支部(仮)の小屋の中は重苦しい雰囲気だった。が、


「あっ、そうそう、二人とも、ミリーは、これでも、あんた達二人より年上だからね?」


 

 重苦しい空気もなんのその、ジョワンとナインは、その場で思い切りずっこけていた。


「それからジョワン君の鳥は、どうやってここに入ってきたのかな?」

「多分、入るときに一緒に来たと思います」

「そう?私の目には突然、そこに現れたように見えたんだけど・・・う~ん、まあ、悪さするわけでも無さそうだし、いいわ」


 鳥は、「なにをおっしゃいますやら」と、人間臭い動きをしていた。

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