小さな騒動
ジョワンと大佐、二人に起こった出来事
早朝、スプリットを取り囲む壁沿いの道から入り込んだ通りを一人の男が歩いていた。ヘンリーの命を受けた男である。
「さてさて、街には入り込めましたが、なにやら、とてもめんどくさいことになってるようですね・・・」
男は、余計な事に煩わされたくないという感じで、つぶやいていた。夜明け前、いつもなら何の苦も無く町へ入り込めるのだが、今回は、何やら警備が物々しく厳しい。それも、本来の衛士によるのでは無く、どうも軍の兵士であったことに、何かやらきな臭さを感じていた。
「まずは、カーネルを探して、そのお供とやらを確認しますか・・・おっと、このままの格好ではいけませんね。少し旅行者風に見える格好にでもしておきますか・・・」
彼は、見るからに旅行者ですよと言わんばかりの格好に着替えると
「次は、当面の滞在場所、どうしますかね・・・ヘンリー様のお屋敷を使うわけには行きませしね・・・どこか適当な宿にでも、泊まりますか・・・・・となると、この町の誰かを捕まえて、聞いてみますか・・・」
彼は、いつもなら朝方でも人が多いであろう通りへと、その歩みを進めたが、予想に反して夜明けの通りに人影は無く、街角には夜を徹したのであろうか、重いまぶたを必死に開ける衛士達が立っていた。彼が通りを歩くたびに、衛士達に呼び止められていた。
「これは、失敗しましたね・・・・」
とは、彼のつぶやきである。たまたま、最初に呼び止められた衛士に、「宿を探しいてる」と尋ねると、少し怪訝な顔をしてはいたが、「知り合いのやっている宿が、大通りから一本外れた通りにあるからそこへ行くと良い」と教えられ、ひと言礼を言うと、その宿へと向かった。朝日が照らし出す宿は、こぢんまりとはしていたが、おしゃれで綺麗な外観の建物であり、”ボーズ亭”と言う看板が、掛かっていた。男は、その宿の入り口から中に入ると
「いらっしゃいませ! ようこそボーズ亭へ、こんな朝早くに、お食事ですか?」
と、若い娘が声を掛けきた。
「先ほど、この町に着いたんですが、宿が見つからず、どうしようかと困っているところ、衛士さんに、ここを勧められまして・・・部屋はありますか?」
娘は、驚いた表情で、
「最近、夜の街道は、物騒と聞いておりますが、大丈夫でしたか?」
「ええ、運良くたどり着けまして・・・」
「そうですか。えーっと、お部屋の方は、3階の端の部屋が空いております。ご案内いたしましょうか?」
男は、部屋へ一人で向かいたかったのだが、娘の申し出に、少し考えて、
「それでは、案内お願いします」
「はい! お父さーん、お客さんを部屋へ案内するね?」
受付の向かい側にある食堂の厨房から、男が顔を出すと、
「おう。あっ、お客さん朝食はどうします?」
「長旅で、昼まで休みたいと思いますので、お申しではありがたいのですが、今は結構です」
「はいよ!」
娘は、案内のためにと階段を先に立って上がっていく。途中、たわいもない世間話をしながら、三階まで上がると、廊下の端にある部屋まで男を案内する。娘は「この部屋になります」と言うと、カギを開けて、男を部屋の中へと案内した。部屋は、こぎれいに掃除されていた。娘は、そこで、言い忘れていたのあろう事として、食事の話をしていた。昼食は1階の食堂で別料金になるが取れること、夕食と朝食が不要な時は、前もって知らせてもらえばキャンセルできることなど、説明して、宿代については、お疲れでしょうから、お昼でもというと、
「それでは、何かありましたら、1階の受付まで、お手数ですがお願いします」
と伝え、娘は部屋を後にするのだった。
「なかなか、良い宿ですね。さて、すこし休んだら、カーネルと一緒に動いて居る青年を探りますか・・・・まずは、あの男のことですから、軍関係の施設へ言っても無駄なような気がしますが、確認のためは、一度行っておきますか・・・」
男は、部屋の窓からスプリットの街を見ながら、そうつぶやいていた。
「ミリーさん?」
「なんですかぁ?」
「支部に向かってるんですよね?」
「えっと、そうですよ?」
「組合通りですよね?」
「ですよ?」
「さっき、組合通りの案内が出てたんですが?」
「にゅ?」
ミリーは、「この人、なにを言ってるんだろう?」という目で、ジョワンを見ている。
「えっ?」
当然、ジョワンは、そんな目で見られて、冷や汗である。
「にゅにゅ!? うみゅ・・・ん!!」
何か考え込んで、にへら~笑うと、目の前にある建物と建物の隙間、人が一人なんとか通れるぐらいの路地がミリーの前にあった。
「みゅん♪みゅん♪」
何かのかけ声だろうか、ミリーは、何かを口ずさみながら、路地へと入っていく。
「!?」
ジョワンは、そんなミリーを見て慌ててその後を追いかけ、路地へと踏み込んだ。
「えっ?」
一歩踏み込むと、いきなり、頭上から水をかぶる。そして、さらに一歩進むと、大きな石が落ちてくる。上の注意をしていると、いきなり、落とし穴が目の前にあいていたり、何故か槍が、横から突き出てきたり、ふと振り返ると、鎖に繋がった斧が振り子のように、ジョワンめがけて向かってきたり、
「えっ、うそ!?」
なんとか交わしてほっとしていたら、火のついた矢が、いきなり、下から飛んできたり・・
ジョワンは、襲いかかってくる罠を次から次へとかわしながら、路地を進んで行く。前を歩くミリーに声を掛けようとするも、飄々と進んで行き、どんどん差があいていくのだった。
「!?」
大きなブロックが、落下してくるなり道を塞ぐ。
「うそ!」
そんなこんなで、ジョワンが、もうこれ以上は、無理と言わんばかりに、落とし穴を飛び越えると、急に明るく開けた所に出た。その明るさに、一瞬目がくらんだのだが、次第に目が慣れてくると、『派遣協会スプリット支部(仮)』と書かれた看板があった。
「おにーさん、派遣弟子なんでしょ?遅いよぉ!」
ミリーは、プンプン顔で、そう言うのだが、ジョワンは、「あれ、普通に無理だし」と口を開こうとしたが、それを遮るように
「ミリー、戻ったの?」
支部の看板(仮)が、掛かった小屋から、一人の女性が出てきた。
「ユリカさん、ただいま戻りましたぁ。で、お客さんですぅ」
ゴツン!
通りに響き渡るような音がした。
「痛いですぅ。ユリカさん、何するんですかぁ!」
ミリーは、涙目で抗議するのだが、
「お客様の前では、支部長と呼びなさいといつも言ってるでしょ!」
「だってぇ~」
「だってもないの!」
支部長であるユリカは、ミリーを叱りつけると、ジョワンの方を向き、とんだところをお見せしましたと言わんばかりに、咳払いを一つすると
「派遣協会スプリット支部支部長のユリカと申します。うちのミリーが、失礼なこといたしませんでしたか?」
ミリーが「猫かぶりだぁ」と、呟くなり、支部長は、目にも留まらぬ速さで、げんこつをミリーの頭上に落とす。「痛いですぅ」と、頭を抑えて更に抗議するのだが、サラッとスルーされていた。ジョワンは、何となく支部長の動きに理事長の事を思い出しはしたが
「い、いえ、全然、全く持って大丈夫です!」
と、普通に返事を返していた。
「当支部に、如何なるご用でしょうか?」
「あ、えっと、僕は、ジョ・・」
ユリカはジョワンの言葉を遮るように、
「あら、いけない! 私としたことが、こんなところでお客様と立ち話もなんですわ!」
ユリカは、大袈裟にそう言うと、振り返るなり支部建物(仮)の扉のノブに手を掛けると
「狭いところですが、中へどうぞ、ジョワン君」
ユリカは、微笑みながら扉を開けると、言霊の力をもって、暗に、中へ入れと促していた。その雰囲気に飲まれたのか、ジョワンは思わず
「は、はい!」
と、返事をするや、支部建物(仮)の中へ慌てて入っていく。
大佐は、渡し船乗り場へ急いでいた。
「やはりか・・・これは、早めにジョワン君と合流しないとまずいな・・・」
大佐は、ジョワンより先に、バーグブレッド家を出て、宿の経営者であるハンスのもとを訪れたのだが、玄関の呼び鈴を鳴らしても誰も出てこなかった。が、何度目か鳴らすうちに、漸く玄関の扉が開き、一人の女性が出てきた。
「どちらさまでしょうか?」
「私は、以前ハンスさんの宿に宿泊てお世話になったものですが、先日、宿を廃業なさったと聞いて、次この町へ来たときに、お世話になったお礼にご挨拶をと思いまして・・・ハンスさんは、ご在宅でしょうか?」
女性は、感情の欠片も感じられないほど無表情のままで、
「ご主人様は、ただいま、留守にしております。改めて、おいでください」
そう告げると、大佐の返事を待つことなく、扉を閉めようとした。
ガチャン!
家の奥から何か音がした。
「あれは?」
大佐の質問に答える事もなく、扉は、閉じられた。閉じる直前、扉の隙間から、何の感情も生気もない目が、大佐をただ見ているだけであった。そして、再度、呼び鈴をならすも、扉は、二度と開けられることは無かった。大佐は、自身の能力、諜報活動に特化した能力の行使により、家の中に、人が居ることが、わかっていたため、応対したメイドの行動に、違和感を抱いていた。とは言え、このまま、この玄関前にいても仕方がないこともあり、一旦その場を離れ、もう一度、屋敷の中に人の気配を探る。気配は2つ。ひとりは、先ほどのメイドで、もう一人は、ハンスであろうと、容易に判断出来た。
「ハンスは、屋敷の中にいる。なのにあのメイドは、居ないという・・・」
生気のない無表情なメイド、昨夜、リタから聞いた話に出てくるメイドの事が、大佐の脳裏をよぎる。
「もしもの話で踏み込むわけにはいかないが・・・忍び込んでみるか・・・」
大佐は、屋敷の裏手で、忍び込みやすい所を見つけると、城で使った道具を懐から取り出すと、その道具のスイッチを切り替えた。一瞬、大佐の周りが光ったように、見えたのだが、大佐の姿が次第に揺らめいていき、やがて、その姿が消える。良く目を凝らせば、大佐の居た辺りは、微妙に歪んで見える。それは、大佐の周囲の屈折率が変えることで、遮蔽効果を出しているのであり、障害物にぶつかれば、当然、痛みを感じるし怪我もする。ただ、姿を隠しているだけで、実体は、そこに有るのだ。大佐は、遮蔽状態で、屋敷の中へと忍び込むと、そこは、書斎であるのだろうか、本棚と机があるのだが、埃っぽく長い間掃除がされていないのか、机の上は、うっすら埃が積もっていた。
「ん?」
その机の上には、何かがおいてあることに気づくと、大佐は、それを手に取った。分厚い表紙をめくると、それは、ハンスの日記であった。
・・・・
12月1日
今日は、娘の誕生日だった。妻の用意したケーキを娘は、喜んで食べていた。その姿のかわいいことかわいいこと・・・・・
・・・・・
ありきたりの日記であったが、数ページめくると
・・・・・
12月4日
今日は大変な一日であった。経営している宿が全焼(?)なのだろうか、焼けてしまった。幸いも、お客様に怪我がなかったことでほっとした。明日からの事を考えると気が重いのだが、夜半にご領主様からの使いの方が当家に来られて、再建の支援をしてくださるとのお話をいただいた。明日にでも、ランベール様の所へお伺いしようと思う。
12月6日
最悪だ! 午前中、ランベール様と再建について、話し合いがまとまったと言うのに、家に戻ると、火災調査官?と言う聞いたことの無い衛士が来ていた。彼らが言うには、宿が火災になる前、うちのメイドが宿のそばで目撃され、その後すぐに宿の火災があったことで、第一容疑者として調書を録るため連行すると言うのだ! そんなことは絶対に有り得ない! 大丈夫、すぐ疑いは晴れると、言い聞かせるが、不安そうな表情を浮かべているのを見て、妻が、一緒にいたことを証明するからと付いていったのだが、夜になっても二人は帰ってこない!
12月7日
昼過ぎに、昨日の調査官が、メイドの疑いは、晴れたとのことで、二人を送ってきてくれた。ほっとしたが、ランベール様ともう少し話を詰めるために出掛けた。夕食をご馳走になり、夜半に戻った。かなり疲れた!
12月10日
何かがおかしい。娘が、メイドと妻が別人だと言い出した。そんなことはないと思っていたのだが、娘の言葉から注意してみていると、確かに何かおかしい。
12月
大変だ、あれは、人間ではない! 見た目妻なのだが、別人だ! ランベール様に、明日にでも相談しなければ
日記は、一週間ほど前の日付で終わっていた。ただ、最後のページは日付を書く暇も無かったようで、書き殴られたようだった。大佐は、少し考えて、振り返ると、先ほどのメイドが、隠蔽して見えないはずの大佐の後ろに立っていた。感情のなにもない目で、そこに大佐がいるかのように見つめている。次の瞬間、メイドの右腕が振りかざされる。右手には、包丁が握られており、一気に大佐目掛けて振り下ろされる! 間一髪で大佐はよけるが、振り下ろされた包丁は、返す刀となって、大佐を襲う。
「ちっ!」
大佐は、咄嗟にハンスの日記で、右手を払いそのまま、足を払う。バランスを崩したメイドは、横倒しになる。
「うっ・・・・・」
メイドが、一瞬呻くも、うつ伏せになり、動きを止めた。大佐は、襲って来たとは言え、相手は、メイドである。うつ伏せのメイドを起こそうとするが、大佐は、絶句する。払って床に落とした包丁が、メイドの右目に深々と刺さっていた。軍人とは言え、流石に゛しまった! ゛と、思ったのだが、左目が、かっ! と開くと
「い・・い・・いら・っ・・しゃ・・・いま・ま・ませ・・・ご・・・ご主人・・・さ・さ・・ま・・・は、ふふふふ・・・」
と、喋り始め、表情は無いままギロッと大佐を見つめる。
「タスケテ・・・」
そうつぶやくと、メイドだったものは、物言わぬ骸と化す。
大佐「タスケテ」とは、どういう事なのだろうかと思いつつも、人の気配が、2つのまま変わらないことに、首を傾げていた。
「そう言えば、襲ってきたメイドの気配は、察知できなかった・・・どういう事だ?」
大佐は、廊下の気配を確認すると、書斎を出て、一番近くの気配がする部屋へと向かう。日記の内容が正しければ、この屋敷には、ハンス親子3人とメイドの合計4人いて、先ほど襲ってきメイドを除くと3人が居るはずなのだが、2人分の気配しか感知出来ていなかった。廊下の突き当たりの部屋、人の気配がする。大佐は、ゆっくりとドアノブを回すと、静かに扉を開けて、部屋の中にゆっくりと入ると、遮蔽を解除する。昼なのに薄暗い部屋、そこには、扉に背を向けた状態で椅子に紐で縛り付けられた人がいた。大佐は、椅子のそばによると男である事がわかった。
「ハンスさんですか?」
「・・・む、むすめをたすけて・・」
椅子に縛り付けられている男は、一言言うと、意識を失った。部屋の暗さになれ、大佐は、男を見ると痩せこけてはいたがら辛うじて生きているようである。大佐はロープを切ると、男を床に横たわらせると、今の状況を冷静に分析する。もう一人の気配は、おそらくは、娘であろう。だとすれば、ハンスの妻は、どこにいるのか?もし仮に、メイドの時と同じと考えるならば、その気配を察知することは、できない上に、突然襲われるかもしれないと。ただ、ハンスの状況から、娘の救出を急ぐ必要があるため、大佐は、ハンスを部屋に横たわらせたまま、部屋をでる。一応、部屋を出る歳に、自分以外が開けることが出来ないように、気休め程度のロックを掛けてではあるが・・・。
大佐は、突然襲いかかられるなら、最初から誘導してしまう方が良いとばかりに、階段のある広間へと小走りに進むと
「どなたか、いらっしゃいませんか?お留守ですか?」
と、声を張り上げる。
ドン!
上の階からか大きな音がするや
ドッスーン!
目の前に見えていた階段が、一瞬見えなくなる。埃が舞い上がったようである。
「当家に、勝手に入ったおまえは誰?うちのメイドを、どこへやったの?」
埃の中、いきなり、女性が現れる。無表情な顔、そして、頭がグルッと周囲を見回すかのように回る。一回転、二回転、三回転。
「うちのメイドは、どこ?」
大佐は、身構える。彼女の視線が、大佐を捉えると、
「おまえは、だれ?」
首が、カクンっと右に折れる。
「ハンスさんに、会いにきたんですが・・・・」
「そう?私は・・・」
彼女の左腕がしなると、鞭のように大佐目掛けて打ち付けられる。
「・・・ハンスの妻よ。うちの・・・」
右腕がしなると、左腕と同じく鞭のように、大佐目掛けて打ち付ける。
「・・・メイドは、どこ?・・・」
大佐は、鞭のように打ちつけられる腕を避けようとするが、延びて打ち付ける。
「グッ・・、あなたのメイドは・・ウッ・・そこの部屋で、倒れて・・」
少しでも隙を作る気を引こうとするも
「私のメイドを出しなさい」
何の動揺もせず、大佐に逃げるまもなく与えずに、次から次へと打ち付けていく。そして、腕の繰り出される速度が次第に上がっていく。その攻撃をかわせなくともダメージを受けないように受け流していたが、それも難しくなってきていた。後ろに引けば、その鞭のような腕は、追いかけるように延びてくる。ならば、一か八か、腕を繰り出してきた彼女の方へ、そう、大佐は、前へと突進する。それは、虚をついた行動であり、相手が普通の人間なら、明らかに動揺するであろうが、向き合うも、その表情は変わらず無表情なままで、その虚ろな瞳には、突進してくる大佐が写る。そして、その右腕を掴むと、背負い投げの要領で一気に投げ飛ばす。
「・・・メイドは、どこ?・・・」
宙を舞いながらも、彼女は、無表情なまま言葉を発しながら、床へ打ちつけられ、その身体は二度と三度とバウンドする。鞭のようにしなっていた腕は、投げられた拍子に目標である大佐ではなく、勢いそのままに、右の腕は彼女の首に巻き、左の腕は頭部に巻きつく。次の瞬間、両方の腕が勢い良く引き戻されるのだが、その弾みで、頭部が鈍い音とともに胴体から離れる。
「・・・・メ・・・イ・・・・ド・・・・メイ・・・・」
床にゴロンと頭部は転がるも、その口は、言葉を発し続ける。胴体の方は、数回、腕をしならせていたが、動きを止める。
「・・・・・・タスケテ、タスケテ、タスケテ・・・・」
目を開いたまま、そうつぶやくと、その頭部はやがて、ものいわぬ塊と化す。
大佐は、メイドとハンスの妻と名乗る女性がそれぞれ発した「タスケテ」という言葉の意味を疑問に思うも、二階へと上がると、先ほど女?が、出てきたであろう開け放たれた扉か部屋の中へとはいる。そこには、一人の少女が、怯えた表情で、耳を押さえ、部屋の隅に座り込み、部屋に入ってきた大佐を見つめていた。
「ハンスさんの娘さん?」
少女は、ビクッとしながらも頷く。
「助けに来たんだよ」
「おじさんは、だれなの?」
「お父さんの知り合いで、リタさんの友人だよ?」
「王女さまの?ほんとに?」
「ほんとだよ」
少女は、ホッとしたのか、急に泣き出した。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「マリーナ・・・お父様、お父様を助けて!」
「そうか、マリーナちゃんか。お父さんは、ちゃんと助けたから大丈夫だよ。おじさんがお父さんとマリーナちゃんの二人を、助け出すからね」
「ほんと?」
「ほんとうだとも、約束するよ!」
大佐は、そう言うと、マリーナを連れて階下に降りる。一瞬、床に転がる母親の頭部をマリーナに見せる事になるの危惧したのだが、その姿は、無く。服だけを残して消えていた。姿が消えていたことで、また襲われのでは、周囲に注意を払いつつ、そのままハンスを休ませている部屋の前まで行くと鍵が開けられていないことを確認した上で扉を開ける。部屋の中で、ハンスを床ではあったが休ませていた。それを見たマリーナは、そばに掛けよる「お父様!」、ハンスは、意識はもうろうとしてはいたが、その声に、わずかに反応していた。マリーナは、それを見てほっとしたのか、父親のそばに座り込む。
「マリーナちゃん、お父さんを早くお医者さんに見せようね?」
「うん」
「じゃあ、おじさんがお父さんを背負うね」
「おじさん・・・・ありがとう」
大佐は、ハンスを背負うと
「さてと、マリーナちゃん、これから、この屋敷を出るけど、おじさんのそばを離れないでね?」
「うん!」
大佐は、屋敷を出る前に遮蔽状態にして、屋敷を出る。外は、何事も無かったように晴れ渡っている。この状態で、一度バーグブレッド家へと向かう事にしたのだが、途中、ハンスの屋敷へ向かうのだろうか、猛スピードで馬車が迫ってくる。マリーナは、その馬車を見るなり大佐の後ろに隠れようとする。
「どうしたんの?」
「あのおじちゃん達恐い・・・・ママを連れていったの・・・・」
大佐は、馬車を見ると
「ん?あれは?軍?軍人?いや?ん?・・・マリーナちゃん、隠れなくても大丈夫よ」
マリーナの頭上に”?”が浮かんでいたのだが、その言葉通り、馬車は、大佐達を気がつかない様子で、走り去っていった。すれ違いざまに、馬車の中を覗くと、険しい顔をした男が数人乗っていた。見るからに軍人のようでもあり、そうでもないようでもあり、大佐には判断ができなかった。
大佐は、マリーナに、バーグブレッド家に一度寄ることを伝えると、不安そうな表情を浮かべていたのだが、バーグブレッド家の裏手に回ると、大佐は遮蔽解除した。そして屋敷の中に入ると、執事が、入ってくるのを知っていたかのように、入り口にたっていた。執事に、ハンスの事を説明すると、すぐに具合を見るということで、空き部屋へ連れて行くのだった。そんな様子を不安そうに見ているマリーナに、屋敷の騒々しさにリアエルが、部屋から顔出し、大佐の姿を認めると、慌てて大佐の元へと駆けてくる。
「カーネル大佐!」
「リアエルさん、まって!」
リアエルが、部屋を勢いよく飛び出したの見てリタがその後を追いかけて部屋から出て来きたのだが、そのリタの姿を見てマリーナは、
「リタ様!」
リタの方へと駆けだした。リタは、自分の元へ駆けよってくる少女がマリーナであることがわかると、驚いた表情を浮かべていたが、リタは、駆け寄ってくる少女をやさしく抱きしめると、ワンワンと泣き出すのだった。
大佐は、ハンス親子の事をリタ達にまかせると先行潜入調査をしている部下との合流を急ぐために、バーグブレッド家を後にした。リアエルがついて行きたそうではあったが、ジョワンを連れて戻るので、それまでここで待つように言われると、耳をぺたんとしてしょんぼりしてはいたが、じっと我慢のリアエルである。
「さっきの連中の所属がどこか確認する必要もあるな・・・・少し急ぐか」
大佐は、つぶやくと、部下と合流するため、渡し船乗り場へと急ぐ。