蠢動
それでもジョワンとリアエルはいつも通りです
スプリット・イースト街区、昼間も人通りの少ない裏通り。夜の闇がおり、街灯が霧ににじむ中、一見どこにでもいそうな人々が、その通りにある一軒の家の扉をノックし、一人、また一人と人目を避けるように入っていく。
建物にはいると、少しわかりにくい場所に、地下への階段があり、降りきった先の部屋には、目つきの鋭い男達が構えており、部屋に入るもの達を一人一人チェックしていた。その部屋には、大きな机があり、リーダーと思われる男が、この部屋にやってくる者から報告を受けていた。
「ランベール邸の方はどうだ?」
「はっ、手のものに探らせておりますが、もぬけの空で、娘の所在は、不明です」
「ランベールが、王宮より助け連れてくるより前に、なんとしても娘の居所を押さえここに連れてこい」
「畏まりました」
どこにでも居そうなありきたりの服を着た男が、礼をして部屋を出ていく。
「例のもの首尾はどうだ?」
「はい、今のところ、長くても2日程度は、維持できておりますが、それ以上はまだ、難しいようでして」
「なんとかならんのか?」
「もう少しだけ、伸ばすことが出来るかもしれませんが、お時間を頂きたく存じます」
「少しとは、どのぐらいになる?」
「1日か、2日かと」
「話にならん! 一月は、維持出来るようにしろ!」
「ですが、それですと、もっと高位術者が必要となります」
「ならば、早急に手配すればよかろ?」
「それが、その・・高位術者の所在につきましては、どうやら派遣協会がそのリストをもっておるようでして、私どもでは、入手が困難かと」
男は、ローブをまとった報告者に対して、怒りをぶちまける
「ええい、貴様らは役立たずか! そんなもの奪えば良かろうが!」
「ですが」
「役立たずとして、この場で処分されたいか!」
「はっ、畏まりました!」
ローブの男は、慌てふためき急ぎ足で部屋を出ていく。
「どいつもこいつも、役立たずばかりか! こんな事では、我らが望みはかなわぬぞ!」
男は、ここ数日の計画が進まぬことにいらだちを募らせていた。
「申し上げます」
商人姿の男が、前に立つ
「なんだ? つまらん報告はいらんぞ!」
「ハッ! ここ2~3日、我々のことを探っている者がおります」
「なんだと!」
「身なりは、商人を装っておりますが、どうも軍属かと」
「ふむ、我が軍管区の部下からは、そんな話は聞いておらん」
「はい、軍との接触は、確認しておりませんが、こちらの手練れに監視や追跡をさせておるのですが、どういうわけか、追跡に失敗しております」
「どういうことだ?」
「我らより逃げおおせることが、出来ます故、王国軍の特務ではないかと」
「うむ、まさか、ランベールか? いや、国王との仲を考えれば、奴が王都に向かったのは、先日、よもや、こんなに早く軍なりが派遣されるなど思えん」
男は、王国軍の部隊、特に、隠密裏に動く部隊の介入が、王国軍の大規模介入を招く危険性を考えていた。
「奴らが、何者であれ、決して気取られるな。万が一でも、王国軍の介入を招くようなことは、絶対に避けねばならん」
「畏まりました。出来る限りの手を尽くし、怪しい奴らの監視、及び、その隠れ家について探りをいれます」
そう言うと、商人姿の男は、深くお辞儀をして、部屋を出ていく。
軍管区の軍人であろうか、軍服に身を包んだ男が
「閣下、輸送会社が奇妙な船で、スプリット川を下ってきております」
「どこの輸送会社だ?」
「ユイキュル・エキスプレスのようです」
「ユイキュルだと?」
「はい、報告によりますと、どうも、ジン・マクスウェルが、搭乗している模様です」
男の顔が、突如、怒りの表情に変わる。
「ジン・マクスウェルだと! やつのせいで、我々の計画が、水の泡になりかけた! そのジン・マクスウェルが、この町に向かっているだと! 奴を見つけ次第、殺せ!」
「閣下、お怒りは、ごもっともでございますが、あの男のバックには、厄介なものがおります。彼ものの死は、それが介入してくる可能が、ございます」
男は、名前こそださなかったが、王国軍の中で、最も厄介な存在であるカーネル大佐を思い出していた。
「ジン・マクスウェル、忌ま忌ましいが、余計なものの介入は、避けねばならん」
男は、冷静になったのか、少し考え、軍服姿の男に、
「その船が入港したら、誰がこの町へ着たのか、すぐに探らせろ!」
「御意」
軍服の男は、見事な敬礼をして、部屋を出ていく。そして、一通りの報告を聞いた後、部屋に残ったもの達に、男が一言告げた。
「我らの悲願成就のため、皆、一層の猛省をせよ!」
割れた窓の破片を片づけていた男の手が止まった。
「う~ん、これ、うごいてるよな・・・あの手紙の内容、嘘じゃなかったのか」
ライは、勢いよく動き出した装置を見て、1人つぶやいていた。
「お、止まった。ロープが川底から揚がったか。こうしちゃおられん。誰が来るかわからないけど、お出迎えに行かないと」
次に装置が動き出すときは、川を誰かが渡って来るときであり、手紙の中にあった副社長が、万が一、ここへ着た時、出迎え無しでは、失礼にあたると、ライは、破片の片付けもそこそこに済ませ、割れた後を塞ぐように、適当な板を張り「上出来、上出来」と、つぶやくと、上着を一枚羽織り、ランタンを持つと事務所を出た。
「まだかしら?」
「ダイアナさん、さっき、岸を離れたばかりですよ?」
ジョワン達は、今、スプリットのウエスト街区とイースト街区の間を流れるスプリット川を船で渡っているところである。船の前も後ろも霧に包まれ、先ほどまで、ユイキュル・エキスプレス社の事務所の灯りも見えなくなり、辺りは夜霧に包まれていた。ジョワンは、フォグモンスターとの戦いから、霧の中と言うことで、緊張していた。やがて、前方に灯りが見えてくる。
「メイド長、灯りが見えてきました」
船は何事もなく、川を渡る。リアエルの言葉に、ダイアナは、前方で揺れる光を見ると
「まだ、着かないの?」
船を漕いで渡る寄りも速い速度では、あったが、ダイアナには、関係ないようである。ただ、ジンじぃが居ないことで、八つ当たり出来ないのと、船が思いの外揺れていることから、おとなしくはあった。やがて、イースト街区の街灯りも見え始め、灯りを振る人影も見えてくる。
「あそこがそうですか? あれは?」
「そうね。あそこね。それにあれは、ライね」
ウィルやジンじぃが、イースト担当がライだと言っていた以上、当然と言えば当然ではある。しばらくして、船は、スプリット川の岸につく。装置は動いたままであったが、「カチッ」と音がするや、ロープとつながっていた金具は、カラカラと音を立てて空回りをしていた。
「ダイアナ副社長。ご機嫌、麗しゅうございます!」
ライは、ジョワン達に目もくれず、ダイアナを見るなり、仰々しく礼をした。
「そんな挨拶は、いいから、ちょっと手を貸してちょうだい」
「これは、失礼いたしました! お手をどうぞ」
ライは、手を差し伸べると、ダイアナを船から降ろした。
「ウィルの奴が、副社長をこんな船に乗せるなんて、ゆるせません!」
「あら、ジンが、これに乗っていけって、いったのよ?」
ジンじぃの名前を聞くなり、ライの挙動が怪しくなる。
「ジ、ジ、ジンさん、お久しぶりでございます!」
ジンじぃは、居ないのだが、船に誰が乗っているかなど、知らないライは、勢いよく頭を下げる。
「なにしてるの? ジンは、向こうの事務所よ」
ダイアナの言葉にホッとしたのか、ライは、
「副社長もお人が悪い、最初から、そう言ってくだされば良かったのに」
とは、ライの言葉である。そして、ダイアナは、船の方を見るなり三人に
「あんた達も早く、降りなさい」
と、促していた。ライは、船の上の三人は、誰だと不審そうな顔をして、手元の灯りで、船の方を照らす。
「リアエルさん、先に上がって、僕は、ジンさんの頼まれてることやってから、降りるから」
「ジョワンさ、君、私が先には駄目です。メイド長に、後で怒られます」
「大佐、すいません。リアエルを連れて先に降りてください。こっちに着いたら、ここの金具付け替えろって言われてるので、お願いします」
「わかった。リアエル君、ジョワン君の邪魔になるから、先に降りるんだ」
邪魔になると言われ、仕方なく降りるリアエル。
「坊や、何してるの? 急いでるんだから、早く降りなさい」
「ダイアナさん、少し待ってください。これでよし」
ジョワンは、付け替え作業を終えると、船から降りた。すると、船は、ウエスト街区へと戻り始める。
「ちょっと、向こうへ戻れなくなるじゃない」
ダイアナの横で、ライは、ごもっともでございます。と言った態度である。
「えっと、ジンさんが、明日の朝、定期便で帰って来いって言ってました」
「ジ~ン~っ! 私に野宿でもしろって言うの!」
「そこの男! ダイアナ副社長に失礼だろうが! なんてことをしてくれた!」
ライは、副社長ヨイショのある一言を言うのだが
「あ~、すまないが、ダイアナさん、急がないといけないのでは?」
「あっ、そうそう、そうなのよ! ちょっと、もっと早く言ってちょうだいよ!」
ダイアナは、カーネルの言葉に、バーグブレッド家の荷物を思い出すも、なぜか、大佐をにらむ。切り替えが早過ぎる人である。
「ライ、私は、これから、バーグブレッド家へ行かないと行けないのよ、だから行くわね」
「副社長が、お持ちになっているのが、そうなのですか! バーグブレッド家から当家宛ての荷物は速やかにとの申し出がございまして」
「あらそう! それじゃあ、行くわ。あなたたち、私の護衛、頼むわよ」
「副社長、お待ちください! 配達で副社長のお手を煩わせるなんて、滅相もございません! 私、ライが行って参りますが」
「ダメよ。私が直接頼まれたのよ! だから、私が、とどけるの!」
ダイアナの剣幕に圧されたのか
「で、では、バーグブレッド家から申し送りがございますので、少しおまちいただけますか? あと、そこの獣・・・・」
ライは、リアエルの耳を見て獣人で有り、イースト街区で獣人風情がウロウロするべきではないと言い掛けたのだが、その横にいる大佐を見るなり、何かに気がついたのか、言葉を失う。
「なぜ、あなたがここにいるんです!」
とは、ライの心の声である。
「どうしたの? ライ?」
「は、はい、少しお待ちを!」
ライは、事務所へと急ぎ足で戻っていく。大佐は、「やれやれ」と言った風であり、ダイアナは、「???」であった。
「えっと、一体、なにがどうなったんですか?」
「さあ? メイド長、何かなさったんですか?」
「何もしないわよ。急に、どうしたのかしら?」
3人は、大佐を見るが、その視線に肩をすくめて、「さあ?」と、答えるだけだった。
サミアからの街道をひた走る馬、明け方近くではあったが、まだ暗く霧に包まれる街道をスプリットへと歩みを進めていた。
「この霧、そろそろプリットですね。それに夜も明けることですし、このまま正面から入ると、馬のこともあり、少し面倒ですね」
男は独り言を言うと、街道筋から離れ、森の中へと進む。普通であれば夜であり、霧も深いことから迷うのが関の山なのだか、男は、何事もないかのように、森の中を進んで行く。やがて、森の木々が途切れ、広大な牧場のような風景が男の視野に入る。スプリット郊外にある侯爵家の別邸である。男の操る馬は、柵を越え屋敷に連なる納屋へと向かっていた。後、少しで納屋と言うところで、閉ざされていた扉が開く。
「ようこそいらっしゃいました。執事長! 何事でございますか?」
「ヘンリー様からの命令だここに来た。この後、街へ入る。戻るまでの間、馬を頼む」
男は、そう言うと、夜明け前の闇の中へ消えていった。
ここは、バーグブレッド家の屋敷の一室である。
「疲れてるのに、寝付けないや・・・」
ベッドに横たわるジョワンは、そうつぶやくと、天井をみつめていた。1日で、王都からスプリットまで、来たのだが、物凄く濃い1日であったからである。そのそばには、ジョワンの様子を窺うように鳥もいる。
「それにしても・・・・」
ジョワン達一行は、ダイアナの護衛と言うことで、イーストエンドの高級住宅街にあるバーグブレッド家へ向かっていた。ライから、バーグブレッド家の屋敷の表からではなく、裏口に廻るようにとか、その際は、周囲に注意するようにとか、バーグブレッド家からの申し送り聞いていた。ダイアナは、
「わかったわよ。それより、ライ、イースト街区の宿屋はどこ?」
荷物を届けた後、いくらなんでも街中で朝まで野宿なんてありえないことから、確認したのだが、
「すいません、こっちの街区には、宿屋が無いんです。先月までは、あったんですが・・・」
と、言葉を濁していた。
「副社長、狭い所で申し訳ございませんが、こちらの事務所にお泊まりいただく方がよいかと存じます」
「えっ? 4人も泊まれないじゃない?」 「あっ、副社長以外は、野宿です。無関係な方を泊めるわけに行きませんから、当然でしょ?」
「あらそ、でも、そうは言ってもね。そういうわけには行かないわよ、ねぇ?」
ダイアナは、そう言うと、大佐やジョワン達を見たあと、ライを見つめる。その目は、何となく怖いと感じたのか。
「わ、わかりました。副社長。ここを使って貰っても良いですが・・・副社長、何かあったときは、お願いしますよ」
と、答えると
「この後の事は、わたしは、帰ったので知りませんので」
と、事務所の合い鍵をダイアナに渡すと、「帰ります」と足早に去ろうとしたが、その去り際、ランベール王弟邸は、危険なので近寄らない事と、リアエルの耳を目立たないようにフードを被る事を告げていたが、バーグブレッド家屋敷まで行く途中、必ず王弟邸前を通る必要があることから、どうしてかと尋ねたのだが、何かを恐れているのか、とにかく気をつけて下さいと言うだけであった。
「なにがあるんでしょうか?」
「行ってみないとわからないな」
ジョワンは、若干不安になるものの、大佐も、そう答えるしかなく、ダイアナは、お構いなしに歩き出していた。ちなみに鳥は、ジョワンの肩に乗っているのだが、なにも問題はないのか、それとも疲れているのか、静かなままであった。
イースト街区は、高級住宅街と言う色合いが濃く、大通りはあるのだが、旅行者が立ち寄れそうな場所は、皆無であり、少なからず営業している飲食店も、高級レストラン等しかなかった。しばらく行くと、ライの言っていた閉鎖された宿屋があった。石造りのしっかりした建物であったのだろうが、高熱で焼かれたかのように溶けている個所があり、入り口には、『立ち入り禁止』と『廃業のお知らせ』と書かれた貼り紙があった。奇妙な事に、宿屋の周りは、なんら燃えたような後がなく、ただ其処だけが燃えて溶けているようだった。それを見た大佐の表情は厳しいものとなる。ジョワンは、そんな大佐の様子を訝しんだが、声を掛けづらい雰囲気であった。やがて、大通りも突き当たり、ランベール王弟邸でもある領主の屋敷が見えてくる。霧に包まれ滲む街灯の僅かな灯りでさえ、その屋敷の威容を浮かび上がらせていたが、近づくにつれ、煤けた門や、荒れ果てた庭が、見えてくる。その門の所には、焚き火と人影がみえていた。
「なにか、あったんでしょうか?」
なんとなく、先ほどから同じ事しか言っていないジョワン君。少し恥ずかしいと思ったようで、
「えっと、何があったか、僕が聞いてきます!」
そう言うなり、ジョワンは、人影の方へと駆け出す。大佐は、少し待つように声を掛けるよりも先にである。
「あのう? すいません! なにか、あったんですか?」
「ん? お前は、なんだ?」
銃や剣など、思い思いの武装をしているのだが、見た目は、何処にでもいそうな男たちは、警戒心を露わにし、ジョワンに武器を向けていた。ジョワンは、鳥を心配したのだが、「これぐらい、一人でなんとかしろ」と、言わんばかりに、ジョワンの肩から離れ「もしもの時は、助けてやる」的な態度のように、ジョンワンには感じられていた。
「えっ、いや、僕は、怪しいものでは、無いです」
「はあっ? ここらで見かけない奴が、怪しくないわけないだろ!」
「おい、こいつ詰め所へ連れて行け! 何者か口を割らせろ、別に殺しても構わん」
男達の中でリーダー格の男が、そう言うなり、男達は、ジョワンを捕まえようと、取り囲む。ジョワンにすれば理不尽この上ない状況である。が、遠目にそれを見ていたリアエルは、二つ名に恥じないスピードでジョワンの元に駆けつける。その時、ダイアナは、「あの子、また、足が速くなって」と感心していた。
「ジョワン様、危ない!」
リアエルの走り込みで、男達の何人かは、吹き飛ばされる。あるものは、柵に頭から突っ込み隙間に挟まれるもの、またあるものは、顔面スライディングして気を失っているもの、さらには、脳天から地面にしこたま打ちつけて痙攣しているものなど見た目、屍累々である。
残った男達は、何事が起こったのかと、動揺していたのだが、走り込んできたために、リアエルのフードが、取れるや、
「おい、こいつ、獣人だ! 捕まえろ!」
事態は、悪化する。
「我らが街に、獣人など穢らわしい!」
リーダー格の男が吠える。そして、リアエルは、あからさまな罵倒に涙目で、ジョワンの方へ振り返る。
「グスン、ジョワンさ、君・・・」
「リアエルさん・・・・」
武器を持たない男が、そんな姿を見て、舐めてかかったのだろうか、リアエルにつかみかかろうとする。
「リアエルさん、危ない!」
ジョワンは、とっさに、つかみかかろうとする男に対して、リアエルを庇いにはいりつつ、半身を傾けながら腰を低くする。男は、ジョワンが姿勢を崩したことで、「ばかめ」と、思ったのだが、その状態で、ジョワンの拳は輝きながら地を這う、そこから勢い良く繰り出されるは、アッパーである。男は、かわすこともできず、驚愕した表情のまま、見事に顎へと決まる。
「グシャ」
鈍い音とともに、男は、宙を舞う。既に男の意識は無く、顎の骨は砕けている。リーダー格の男は、自分たちが武装しているにも関わらず、既に、無傷な者は、自分ともう一人しかいない。さらに、この男と獣人の仲間だろうか、男が向かってくる。どう見ても不利である。
「こちらの騒ぎは、何事ですか?」
不意に、その場を支配するような冷めた声がした。まるで夜霧の中から、突然、そこに現れたかのように、一人の紳士が立っていた。一瞬、王弟邸から誰か来たのかとおもったのだが、屋敷とは反対側である。
「これは、これは、バーグブレッド家の留守番執事殿、何のご用で?」
「屋敷の庭をそろそろ片付けようと、出てみれば、何やら騒ぎを聞きつけましてな・・それがよもや、王弟様が留守の今、こんな所で騒ぎとは、見過ごせませんな」
「俺たちは、ここの街区の自警だ。怪しい奴や獣人の取り締まる権利はある! それを行使しただけだ! なにが悪い!」
「おやおや? 人種差別は、王国法で禁じられているはずですよ? それにそちらのお三方は、よその町の方ですね。旅行者ですか?」
いつの間にやら、大佐も、ジョワン達のそばに来ていた。ジョワンは、声を掛けられたことに
「えっと、僕たちは、ユイキュル・エキスプレスさんのお手伝いで、ここに来たんですが」
「ええ、そうよ、坊や達は私の護衛で来てもらってるのよ。あなたは、バーグブレッド家のかた?」
さらに遅れて、ジョワン達のところに来たダイアナが、その言葉を繋げる。
「私は、バーグブレッド家別邸の執事でございます」
「よかったわ。王都からの荷物をお届けに参りましたのよ」
「それそれは、お手数をおかけいたします。ここでは、なんですので、当家までお越しいただけますか?」
「ええ、そうさせていただきますわ」
「と言うことだ。当家のお客様に、何かご用ですかな? ご用が無ければ、お引き取り願いますか?」
執事の言葉に
「チッ」
リーダーの男は、舌打ちすると、
「おい、帰るぞ!」
リーダーの男は、仲間の男達に、声を掛けると、気を失っているものを引き連れて、その場を去ろうとした。
「焚き火の火ぐらい消していきなさい」
リーダーの男は、執事の言葉に、忌々しさを感じつつも、荒々しく火を消すと、夜の闇に消えていった。自称自警団が居なくなり、街灯の灯りの下、執事は
「わざわざ、王都の本家より荷物の輸送ありがとうございます。それに、カーネル大佐、そちらのお二方も、わざわざの護衛ありがとうございます」
バーグブレッド家の執事だけあって、カーネル大佐のことを知っていたようである。
「やはり、わかりますか?」
「ええ、うまく気配をかえておられますが、それより、ここで立ち話もなんですから、お屋敷の方へご案内いたします。私をここへ遣わした主もお待ちですし」
執事はそう言うと、やれやれと言った感じで
「それにやっこさん達、ここへもどって来るでしょうから」
と言う執事に促され、一行は、バーグブレッド家別邸に向かう。しばらく歩くと、そこだけ闇に包まれたかのような屋敷と荒れ放題の庭が見えてくる。
「ジョ、ジョ、ジョワンさ、さま、あ、あ、あそこのま、窓に、な、何かいま、ます」
リアエルは、その屋敷の二階にある漆黒の窓に人影を見るや、まるで幽霊でも見たかのように、怯えた声をあげる。ジョワンも言われるがままに窓を全て見るのだが
「リアエルさん、落ち着いて、何も居ないって」
「え、でもでも」
「落ち着いて」
執事は少しだけ辺りの様子を窺うと、
「少々遠回りになりますが、こちらの方へ来ていただけますか?」
と一行に声を掛け、屋敷の裏手に回る道へと入っていった。
「表の方は、今、荒れたままにしておりますので、裏から入っていただく事になっており、大変心苦しいのですが、ご了承ください」
と、申し訳なさそうにいいながら、先へ先へと執事は進んで行く。ようやく裏手についたところで、もう一度、周りを確認して、裏口の木戸を開ける。
「狭いですが、頭に気を付けてお入りください」
裏手から屋敷の中に入れば、外とは違い手入れの行き届いた調度品の数々や、きれいに清掃された廊下や部屋。ジョワンは、外とは違う屋敷の雰囲気に飲まれていた。そして気がつけば、いつの間にか鳥は、定位置に戻っていた。
「こちらの荷物、ここでお渡しして宜しいかしら?」
ダイアナは、手持ち可能な小型だが厳重なケースを開け、中から小さな箱を取り出すと、書類と共に執事に手渡した。
「確かに受け取りました。お急ぎで無ければ、こちらでおかけしておまちください。主を呼んで参ります」
書類にサインをして、ダイアナに渡すと、執事は、部屋を出る。それと入れ替わるように、小さなテーブルを押しながら、一人のメイドが入って来る。そして、4人の前に、丁寧にお茶を出していくのだが、ダイアナは、「流石、バーグブレッド家のメイド!」と、何やら興奮しており、それを見て、なんとなく落ち着かないリアエルである。
ガチャ
「お待たせいたしました」
先ほどの執事が、扉を開けて入ってくる。
「お嬢様が参ります」
決して華美ではない質素ないでたちではあるが、気品を漂わせる少女が、執事の開けた扉から、物静かに入ってくる。ただその姿を見て、ダイアナと大佐の二人は、「えっ」となる。無理も今入ってきたこの少女、ランベール王弟の愛娘、リタ・デュ・ユイキュエである。本来、領主の屋敷にいるはずが、バーグブレッド家別邸に、主としていることに二人は、驚いたのである。
「皆さん、父からの手紙と贈り物を届けてくださり、ありがとうございます」
「えっと、気にしないでください。ダイアナさんのお供で、付いてきただけなので、お礼を言われるようなことはしてませんから、ね? リアエルさん」
「はい、ちょっと危ない人たちを吹っ飛ばしたりいたしましたが、これと言って他には無いでございます」
「あら、何か飛ばされていると思ったら、貴女でしたの!」
と驚いた表情の少女である。二人は、普通に、それでもリアエルは、貴族のご令嬢に対応するときの口調であったが、ダイアナは、
「あ、あなたたち! こちらのお方、誰だと思ってるの!」
「バーグブレッド家の方でしょ?」
と、ジョワンは、答えるが、ダイアナは、青い顔をして
「こちらは、ランベール王弟陛下のご息女、リタ・デュ・ユイキュエ姫であらせられます」
「「えーっ!」」
二人は、驚き声を上げる。
「姫様とは知らず、失礼いたしました」
と、ジョワンは、頭を下げる。
「姫様、私の教え子であるこの子が、大変な失礼を働き、申し訳ございません。ほら、貴女も謝りなさい!」
「さ、先ほどの無礼な振る舞い、誠に申し訳ございませんでした」
と、リアエル涙目で必死である。
「ダイアナさん、父が留守にしている今、館を守りきれず、ここに身を寄せている私に、そのような気遣いは、無用です。それより、お二人ともお名前は?」
リタの言葉に二人は、
「えっと、リタ姫、僕の名前は、ジョワン、ジョワン・フォルテラです。こちらは、リアエルさん、で、肩に乗ってるのは鳥さんです。この子には名前がまだなくて」
「ジョワン様から、紹介いただきました。リアエル・チャールストンです。王城メイドでしたが、色々あって、今はジョワン様の従者となってます。姫様よろしくお願いします」
「ピュル、ピュルルルル、ピュルピ!」
なぜか、鳥まで自己紹介していた。
「リアエルさん、そこ、様じゃなくて、君でね」
「ジョワンさ、君・・」
お約束である。
「ジョワン様、リアエルさんに、鳥さんですね。私のことはリタとよんでくださいね。ところで、ジョワン様は、カーネルさんの部下の軍人さんなのですか?」
ジョワンは、リタの質問に大佐を見る。大佐は、
「彼は、私と同じ軍人ではありません。ジョワン君、君が自分の適性職業を言ったとしても、ここにいる姫様やバーグブレッド家の執事達なら問題は無いよ」
ただひとりダイアナさんだけは、興味津々状態である
「僕の適性職業として判定されたのは、『王の弟子』です」
「そう、彼の職業は、エル教枢機卿も認める『王の弟子』です。ダイアナさん、他言無用ですよ。王城のものはみんな知っていますが、王国民には、秘密です。良いですね?」
ダイアナは、驚きのあまり、大佐を見るが、他言無用としっかり釘を刺されていた。
「ジョワン様のご家族は、王家の血筋の方なのですか?」
リタは、ジョワンの職業を聞き少し不安になる。
「僕の両親は・・・小さい時に行方不明になっていて、祖父のこととか知りません。でも、父の叔父、弟子派遣協会の理事長に育てられ、そのとき僕の両親は、普通の家庭の人だと教えてくれました」
ジョワンの身の上を聞いたリアエルは「ジョワン様、かわいそう」とか、つぶやくも、「そこ、”様”じゃなくて”君”で」としっかり返されていた。
「では、王族とは、無関係ということなのですね?」
「はい、姫様」
リタは、ホッとした様子で
「私のことは、姫と呼ばないでリタと呼んでください。リアエルさんもね」
リタはそう言うとにっこりと微笑む。
「では、リタさんって呼びます」
「はい、それで構いません」
「リ、リタさ、様」
リアエルは、やはりリアエルであり、極度の緊張状態となり。
「リアエルさん、そんなに緊張せず、リタと呼んでください。私も、お二人を、ジョワン君とリアエルさんって呼びますね」
とは、言われても、そう簡単にリアエルの緊張状態が解けるわけではないのも当然である。
「ところで、皆さん、お食事は?」
「お昼とおやつみたいな感じでは、食べましたが、夕食は、まだです」
ジョワンが、そう答えると、
「実は、私も、まだなので、ご一緒しませんか? 一人での夕食は、つまらないですから」
リタは、食事を誘うと、執事に、食事の用意をするように伝えた。執事は、ここ数日元気が無く、食が細かったリタが「食事をとる」と言ったことが嬉しかったのか
「皆様、すぐにお食事の用意をいたしますので、おまちください」
というと、ジョワン達の返事も待たずに急ぎ足で部屋を出て行った。
「ジョワン君、鳥さんに名前が無いとの事でしたが、私が名前を付けてもよろしいですか?」
リタは、ジョワンに、そう言うと
「リタさん、鳥さん次第かなっと思うので、僕はかまいませんよ」
「ありがとう。じゃあ、私、考えてみますね!」
リタは、鳥さんの名前をあれやこれやと、考えていた。食事の準備ができて執事が戻ってきたとき、リタの楽しそうな様子を見て、ここ数日の落ち込みようとは対照的な様子に、ほっと安堵していた。
「皆様、お食事の用意ができました。こちらへお越しください」
そう告げると、リタと一緒にジョワン達は、食堂へと向かって行った。食堂には、質素ではあるが、色とりどりの料理がならんでいる。ジョワンは、これまで見たこともない料理に感動していた。
ジョワンは、ベッドに横になるも寝付けないまま、夕食の時の食事の事を思い出していたが、その後、リタから聞かされた出来事の内容に、奇妙な違和感と不気味さを覚えるのだった。