川を渡ろう
ジョワンの鳥、活躍す!
「坊主、そこは危ないから端へよれ」
ジョワンは、これといってなにも考えずに、部屋の真ん中あたりに立っていたのだが、ジンじぃから、そこから離れるようにいわれた。それまでは、ただ、部屋の真ん中にあるスペースであったのだが、ジョワンがその場を離れると、床がゆっくりと動き出し開いていく、そこには、ジョワンがこれまで見たこともないような機械が組み込まれていた。いくつもの歯車が複雑に絡み合った状態で、なにやらハンドルが着けられているのだった。
「ほほぉ、ちゃんと整備はしとるようだな」
「そりゃ、もう、”いつでも使えるように! ”との社長命令もでてますから」
「ちょっと、あんた達、これは何なのよ? 二人だけで、わかった風な会話はやめてよ!」
「おおっと、すまんな副社長。これについては、社内でもあまりおおっぴらにしておらんから」
と満面の笑みを浮かべ、なんとなくしたり顔のジンじぃである。
「これの問題は、確かに向こう側だな。そういや、ウィルよ、今日のイースト担当は、誰じゃ?」
「ライです。いつもなら、もう帰ってるはずですが、この時期ですし、たぶん、まだいるとは思いますが」
「確認をとらんといかんな。一人は、向こうに居てくれないと、こいつは使えん」
「ちょっと、だから、これは何なのよ! 説明しなさいよ!」
ダイアナは、きちんとした説明を求めていたのだが、もったいぶっているのか中々説明してもらえず、少しイライラ声であった。
「ああ、悪い。こいつは、イースト側とこっちとの間を繋いでおる長いローブじゃ」
「ロープ? それが、なんなのよ!」
「ロープは、大きな輪っかになっておってな、輪は、こっちと向こうの歯車に掛かっておるわけじゃ。で、このハンドルを回せば、こっちから向こうへ、向こうからこっちへと、輪っかがぐるぐると廻るという装置じゃよ。よくできているだろ??」
ジンじぃは、自慢気に語る。ダイアナは、呆れ顔というか、この人たちいったい何を考えているのという顔をして
「ジン、あんた達、いったい、何を作ってるのよ、それどころか、何を考えているのよ! 大体、社長は、このこと知ってるの?」
と、ダイアナは、なんとも奇妙なものを見るような目つきで、ジンじぃをみる。それもそうである会社が勝手に川を渡るロープを張っているのである。しかも、副社長であるにも関わらず、この装置のことは知らなかったのだから、当然といえば当然であろう。「このこと社長は知っているの?」という言葉に表れていた。
「作ってから社長に承諾してもらった」
とはジンじぃの返事であり、それは、確信犯的事後承諾である。ダイアナは、それを聞くなり一瞬卒倒しかけたのは内緒である。当然ではあるが、誰も知らないと言うことなのだが、大佐は、立場上、この装置が川を横切るロープと聞いて、河川における船の往来に支障が出ることが考えられたことから、町から許可をもらっているのか心配になって尋ねたのだが、「黙ってればわからん」と言われてしまい。「頼むから、問題だけは起こさないようにはしてくれ」と、言うしか無かった。
「さて問題は、ほんとに向こうの事務所じゃな。ライがいるかどうかの確認せんとな」
「多分ですが、今日は、年末ですし、おそらくは、まだ、居るとは思うんですが・・・いざ、これを使うとなれば、そうですね。向こうが収納したままだと、確実に壊れます」
ジンじぃとウィルが、「どうするべきか」で難しい顔をしていた。ダイアナは、常識を吹っ飛ばされたが、何とか持ち直したのか、「なんとかしなさい、急いでるのよ!」と、再び口を開き掛けたのだが
「あのう」
「なんじゃい? 嬢ちゃん?」
「私が、向こう岸まで走りましょうか?」
「なるほど、向こう岸まで走れば・・・走れば? ちょっと待て、嬢ちゃん」
ジンじぃは、リアエルの提案を聞き、『えっ?』と、顔を見る。
「いやいや、嬢ちゃん、向こう岸まで橋もなければ、道もないんじゃぞ? 有るのは水面だけじゃぞ?」
「はい、水面を走っていけば・・・」
「無理無理無理無理! 嬢ちゃん、そんなことは、できるわけなかろ?」
「えっ、でも、片足で水面を踏んで、その足が沈む前に、もう片方の足で水面を踏むを繰り返せば」
「えーっと、嬢ちゃん。気は確かか? だから、普通、そんなことできるわけなかろ?」
ダイアナは、リアエルの提案を聞いて、その手があったかと言う顔をしていた。
「ジン、この子は、100m ぐらいなら、水面の上を走れるわよ」
と、ダイアナは、リアエルの提案に賛成だと言わんばかりに、口を挟んできたのだが
「まあ、もし嬢ちゃんが、水面を走れるとしてもじゃ。ここの川幅は、300m ほどある。途中で、冬の川で水浴びになるのが関の山じゃよ」
リアエルの二つ名をしる大佐や、走る速度を体験しているジョワンは、「あり得る」と納得していたのだが、川幅を聞いて「流石に300mは、無理です」とは、リアエルの独り言である。
「ウィル、今、ロープは川底に沈んだままか?」
「そうですね。引っ張った状態では、ありませんから、引っ張れば水面近くまで引き揚げれますよ。ただ、今のまま、引き揚げたとしても、単にロープが張られているだけになりますね」
「それだと、ロープに沿って渡るから、漕いでわたるとあまり変わらんな」
どうやって、向こう岸と連絡を付けるか、早く連絡を取らなければ、それすら出来なくなってしまう。そんな中、ジョワンは、見ているしかなかったのだが、そんなジョワンの気を引くように、肩の鳥がジョワンの頭をつつく。最初は、気がつかないほど弱かったのだが、鳥はジョワンの気を引こうとしていたようで、次第に強くなる。
「ん? なんだ?」
ジョワンは、鳥の方を見ると、なにやら意思表示をしているかのような動きをしていた。『まさか・・・ね?』とは、思いつつも、どう見ても「まかさんかい!」と、胸を張っているかのようにしか見えなかった。「お前ほんとに鳥だよな?」とは、ジョワンの心の声である。
「あのう」
「なんじゃい、坊主?」
「僕の鳥に、向こうまで飛んでいってもらうというのはどうでしょう?」
「んっ? なるほど・・・じゃが、坊主の鳥、そんなことできるのか? 向こうへ行っても言葉が話せん鳥だと、手紙を持って行かさんとダメじゃろ? 坊主の鳥は、手紙を運べるのか? 大体どこへ飛んでいけばよいか理解できのか? どうじゃ?」
ジンじぃは、ジョワンの鳥にそんなことが、出来る訳がないといいつつも、化け物相手になにやら戦っておったことは、認めるがと、一言言うのだが、その途端、ジョワンの肩がすーっと軽くなるや、気がつけば鳥は、ジンじぃの頭上であった。そして、ジンじぃは何かが自分の頭におこったような気がしていた。それは、鳥が降り立ったということでもあるのだが、そこで鳥は、足でジンじぃの頭をゲシゲシ蹴っているようであった。
「んっ? なんじゃ?」
次に鳥は、なにを思ったか、ジンじぃの頭を嘴でつつき出す。
「な、なんじゃ、痛い! 痛い!」
鳥は、がっしりと、足でジンじぃの頭を離れまいと掴んで、ひたすらつつく。
「いたたた! なんじゃい!」
「鳥さん、ジンさん、つつくの止めて!」
ジョワンは、そういうのだが、鳥は、手を緩めない。
「な、坊主の鳥か? いたたたた。坊主! 止めさせろ!」
かなりの力で、掴んでいるようで、ジンじぃが頭を振っても離れない。手で頭の上を払おうとしても、何故か、鳥に触れず追い払えない。
「坊主、早く、なんとかしろ!」
「鳥さん、向こう岸までお使いに行って欲しいから、ジンさんをつつくの止めて」
「いたたたた!」
「ジンさんからも、お使いを頼むって言ってください」
ジンじぃは、鳥が人語解するとか、そんなファンタジーなことあるか! とは、思ったが
「わかった、わかったから、坊主の鳥にお使いを頼みたい」
ジンじぃのその言葉に、鳥は、頭を離れ、ウィルの机にちょこんと降り立つ。その姿は、なぜか、偉そうにみえる。ジョワンは、気のせいだと思うことにしたが、リアエルは、「流石、ジョワンさ、君の鳥さんです!」と、納得顔をしていた。
「おい、坊主、お前の鳥は、どうなっとるんじゃ?」
「えっ? どうと言われても・・・」
この中で鳥の素性を知る者は、リアエルとカリーや副官から話を聞いていた大佐だけであり、ダイアナもウィルもジョワンの鳥に対して、「いったい、どういう鳥なんだ?」と興味津々というのが素直な感想であったが、ジョワンにすれば、鳥との出会いをこの場で説明したとしても、理解してもらえ無いどころか、逆にふざけるなと言われそうな気がして、言葉に窮していた。そんなジョワンを見て、リアエルが、「ジョワン様に代わって!」と、鳥について説明をする。
「ジョワン様の鳥さんは!」
「坊主の鳥は?」
ジンじぃもダイアナも、固唾を飲んでリアエルの言葉を待っているようで、やや空気が重苦しくなるのだが
「とっても、とっても、賢いんです!」
「!?」
「そして、とっても、とっても強いんです!」
ダイアナは、頭を抱え、大佐は、苦笑い。ウィルは、何故か机に突っ伏すようにずっこけており、ジンじぃは
「ぶっ・・フッハハハハ、そうか、坊主の鳥は、賢くて強いか」
「はい、とっても、とっても、とっても、とっても、とっても、賢くて強いんです!」
ジンじぃは、リアエルのその答えに、大笑いしながら答えると
「じゃ、その坊主の賢い鳥に、向こう岸まで行ってもらうか」
「ちょっと、ジン、大丈夫なの?」
「他に手があるか? 副社長、明日の朝で良けりゃ、坊主の鳥に任せる必要もないがな」
「今日じゃなきゃ、駄目よ!」
ダイアナは、大佐が普通に船を漕ぐだけでも良いわよと主張するも、冬の夜に霧の中、向こう岸まで行くとして、川の流れや風など考えると、至難の業であり、この装置を使った方が、早くて安全にたどり着けると、言われてしまい。
「わ、わかったわよ。じゃあ、早く準備しなさいよ」
と、向こう岸の事務所への手紙を鳥に届けさせることが、決まったのだった。ジョワンは、鳥の様子を見ていたのだが、何故か、自信満々に胸を張っているように見えてしまい。『僕の気のせいだよな』とか、思ったのだが、リアエルや大佐に、笑われるのじゃないかと、やはり、聞けなかった。なぜなら、その鳥の立ち居振る舞いが、まるで、「俺の勇姿を黙って見ておけ!」と、言わればかりであるような気もしたからである。
そんなこんなで、ウィルは、向こう岸の事務所にいるであろうライへの指示をジンじぃから聞きながら、紙に書きしたためていた。
「ジンさん、この内容で良いでしょうか?」
「問題は、無いな。おっと、副社長がお怒りだとでも、書き足しとけ」
ダイアナは、なんで、私のせいなのよと、文句を言っていたが、ジンじぃは、さらっと流し、その紙を小さく畳むと、ウイルの机の上で足を上げて待つ鳥の足に結びつけた。
「坊主、おまえさんの鳥に任せる」
ジョワンは、ジンじぃにそう言われたのだが、鳥は、その言葉より早くジョワンの肩に戻る。
「川を挟んで、ここの真正面ですよね?」
「そうじゃ」
「外へ出て、方向を教えてみます」
そういうと、ジョワンは、鳥を肩にのせたまま、外へと出て行った。
「嬢ちゃんの言うように、坊主の鳥は、賢いのは、わかった。だが、なんなんじゃ? 人間の言葉理解しとるんじゃないのか?」
「おやっさん、彼の鳥は、特別なんだよ。私も聞いた話なので、それを説明する事が、難しいんだがね」
と、大佐は、少し考え込み、口を開こうとしたとき
「ジョワン様の鳥さんは、神様からのジョワン様への贈り物なんです!」
リアエルは、鳥がジョワンの元にきたあの時の事をそう表現した。
「嬢ちゃん、神様なんぞ、想像上の存在にしかすぎん。そんなものが、坊主に贈り物なぞできんじゃろ?」
「ほんとなんです!」
ジンじぃは、リアエルの言葉を否定すると、頭を軽く左右に振り。そして、ダイアナは、「この子へのメイド教育を間違えたのかしら」と、もある大きなため息をついたのだが
「おやっさんも、ダイアナさんも、リアエル君は、間違ったことは言っていない。なぜなら、エル教から、彼への贈り物こそ、あの鳥だと私も聞いている」
二人は、神様からの贈り物について、そんな馬鹿なという表情をしていたが、エル教からの贈り物と聞いても、まだ半信半疑であり、その顔を見合わせていた。そして、大佐の聞いた話だがというところに、ジンじぃは、話の信憑性を疑い。その場にいなかったと言っているのに、何故、聞いた話が真実だと言えるのだと問いかけた。
「二人とも、そんな信じられないという顔をしないでください。これは、その場にいた侍従秘書官からの話や副官から報告。そして、宰相閣下や王弟陛下の話を聞いて事実と判断したんですよ」
と、答えつつ、枢機卿もいらしていましたしねと言葉を足した。ジンじぃは、そんなこともあるのかと言う表情をしており、ダイアナは、侍従秘書官であるカリーの事をよく知っており、その彼女は嘘をつかないことから、話自体、眉唾だとは思ったのだが、信じざる得なかった。このことは、リアエルがジョワンの従者になっている事と合わせて好奇心をますます刺激していくことになるのであった。
「つまりは、ジョワン君の鳥については、普通の鳥では無いとは、思います。が、どれだけの能力を持つのかは、はっきり言って私にもわかりません」
大佐は、ジョワンの従者認定を彼の鳥がしている事も聞いてはいたが、それを知った王族や貴族達の露骨すぎる行動とダイアナの好奇心に油を注ぐと思ったことから、その話は言わなかった。当然のことながら、エル教の守護であるAFIが王城に現れたこともである。
リアエルは、大佐の説明で、ダイアナが納得してくれたことに、「私の言葉では、ダイアナメイド長に信用してもらえない」と、少し悲しくい気持ちにはなったが、ジョワンの鳥のことを認めてもらえた事で、
「だから、ジョワン様の鳥さんは、とても賢くて、強くて、偉いんです!」
と、誇らしげに言うのだった。
夜の闇が街を包み、夜霧の中、街の灯は、その霧に滲む。冬の夜風がやや強く吹く中、川縁にジョワンは立っていた。今、ジョワンは「鳥に言葉が通じるか」という問題に直面していたが、これまで事から、明らかに誰が見ても理解していると思えるではあるが・・・・
「う~ん、鳥さん、ちょうどここの反対側になる向こう岸で、ここにあるこの看板と同じ所へ、手紙を届けて来てくれるかな?」
鳥は、ジョワンが指差したユイキュル・エキスプレス社の看板を見ると、『任さんかい!』とか『やれやれ』とか、そんな空気を漂わせるポーズをとったようで『ピュル!』と、ひと鳴きの後、ジョワンの肩をすーっと離れると、川岸の建物の方へ一度上昇していった。
「えっ! 鳥さん、そっちじゃないよ!」
とジョワンは、「やっぱり、なんであれ鳥が言葉を理解するは無いよな」と思いはしたが、思わず声を掛けようとすると、上空10mぐらいまで上がったところで、鳥は、反転し降下をはじめると、スプリット川の河口へと吹き抜ける冷たい風など、関係無いといった感じで、夜霧に包まれた川面へと突入していく。ジョワンの横を通り抜けていくとき、小さな『ゴーッ』と言う音がして、その音が遠のいていく。そして、その音とともに次第に『バシャバシャ』と言う水が弾けるような連続音がしながらも、次第に遠ざかっていく。ジョワンは、ただ、鳥の飛び去った方に拡がる夜霧からかすかに聞こえてくる音を聞きながら、鳥が無事に向こう岸に到着することを祈っていた。
「さてと、今日の残り業務はと」
ウィルからライと呼ばれている、イースト街区事務所の責任者である。線が細く神経質に見えるウィルとは対照的に、おっとりとした性格である。
「ん? 何か聞こえたような??? きのせいか?」
バシャバシャ・・・キーン
遠くで、何か音がしているような気がしていたのだが、手元の依頼書の名前を見て、意識が書類に向く。
「あ、今日の日付で、バーグブレッド家から荷物が来たら直ぐに届けるようにって言うのがあるな」
ライは、「でも届いてないし、今日はもうウエスト街区からの運び込みも無いから、こりゃ、謝りに行かないといけないな」と、つぶやくと、
「バーグブレッド家まで行って、今日は帰るか」
・・・ガシャン!
「!」
ライは、突然、何かが割れた音して、その音がした方を見ると、窓が割れ、そこには、片足を上げた鳥が、「これをとれ」と、ばかりのポーズをしていた。
「え? バードストライク????」
あまりの突然の出来事に、ライは、「事故だ|」と思ったのだが、よく見るとその足には、なにやら手紙が結びつけられていた。ライは、恐る恐る鳥に近づくが
「ピュル!」
鳥の一鳴きに驚き、ビクッとするが、鳥は「早く手紙をとらんかい!」と、足をライの方に向ける。ライは、意味がわからない自体に、ドギマギしながらも結んでいる手紙を足から取り、中身を確認した。
「えっ! ジンさんが来てる?」
ライは、思わず鳥を見て、再びその先を読む
「げっ! ダイアナ副社長も来てる?」
再び鳥を見つめるが、
「俺、何かやらかしたっけ?!」
プチパニックである。が、「ピュルリ!」鳥にちゃんと読めと言われた気がしたのでさらには先を読む。
「装置のレバーをひけ!? えっ、何ですと! あれを動かせと!」
ウィルの署名入りで、ジンじぃの署名もある。
「ウィルが、手の込んだいたずらしてくる訳ないし」
困惑の表情で鳥を見つめ、ふと、思ったことを口にした。
「ところで、君は、何者なんだい?」
ライには、目の前の鳥が、鳥とは思えない態度をとっているように見えたためから、思わず鳥にたずねた。もし、この場に他に誰かがいたなら、ライの行動を奇異に思われたかも知れないのだが、今、この場ではひとりであったことが幸いしていた。鳥は、ライの言葉に、何故かサムズアップしているように見えたが、言葉で応えてくれる訳もなく。
「鳥に聞いても仕方ないか」
と、両手を拡げ、やれやれという状態であったが、
「もし、これが悪戯だったら、ウィルの責任にしよう」
と、独り言を言うなり、壁際のレバーを引いた。当然、ウィルがレバーを引いたときと同じように、床が動きだす。鳥は、それを見届けると、「ピュルル!」とひと鳴きのあと、破れた窓から、勢いよく飛び出していった。ライが、鳴き声に気がついたときには、鳥の姿は既になく、「動かして良かったのかな」と、思ったのだが、手紙が残されていたことで、鳥がそこにいたことが事実でだったと再認識していた。
「鳥さんは、大丈夫かな?」
ジョワンは、鳥が心配で、猛スピードで突入していった方向を、じっと見つめていた。
「ジョワン様、鳥さんは、どうなりました?」
「あ、リアエルさん、そこは様じゃなくて、君で」
どんな時もぶれないジョワンではあるが、虚を突かれたのは「えっ」となるリアエルであった。
「さっき、向こう岸へ飛んで行ったんだけど、この霧だから、心配でね」
「そうですか、ジョワンさ、君、鳥さんは、賢くて強いから、大丈夫ですって」
リアエルが、そう答える。辺りに立ち込める霧は、この町を有名にするだけあって、さらに深くなる。
「ジョワンさ、君、何か聞こえませんか?」
リアエルの可愛らしいリボンがついた耳が、ピクピクする。
「ん? いや、何も聞こえないけど」
リアエルの耳には、唸るようなサイレンの音が、少しずつ大きくなっているのが、聞こえていた。リアエルは音がどこから聞こえるのだろうと、辺りを見回し。
「!」
頭上に視線を向けるや
「ジョワンさ、君、あれ!」
ジョワンの耳にも、音が聞こえ出し、リアエルの言う方を見ると、鳥が急降下してきていた。
「えっ?」
鳥は、ジョワンとリアエルが居るのを確認したのか、降下速度を落とし、ジョワン達の頭上でくるっと宙返りをすると、ジョワンの肩にすたっと着地した。
「鳥さん、格好いい!」
ここのところスピードが、その心の琴線に触れているリアエルの一言であった。
「鳥さん、ちゃんと、向こう岸へ手紙を届けれたか?」
ジョワンは、肩にちょこんと乗る鳥の方へ首を回して視線を向け、そうつぶやくと、鳥は、まるで「心配するな」とばかりに、胸を張っているかのようだった。「気のせいよな」とは、ジョワンの心の声である。
ガコン
大きな音が、事務所内に響く。
「ん? 動きだした? 随分と早いな?」
ジョワンの鳥に、連絡を頼んで、まだそれほど時間は、経っていない。それどころか、リアエルが、「ジョワン様も鳥さんも心配です」と、外へ出たばかりである。
「これで向こう岸へ漕ぐより早くいけるようにはなったが、それにしても・・・」
ジンじぃは、少し首を傾げて「早すぎる??」とつぶやいていた。
「ジン、それ、動いたの??」
「ああ、動いた。少し早過ぎな気もするがな」
「じゃあ、もう向こうに行けるのね? カーネル、お供お願いね」
ダイアナは、向こう岸へ行けるとなって、先ほどの剣幕はどこへやら、上機嫌である。大佐は、わかったと頷きつつ、ジョワン達に個々に残ってもらうべきか、どうするか思案していた。ジンじぃは、装置の確認をしつつ
「ウィル、川底からのローブが無事か確認に出てくる。しばらくここは見ててくれ」
「了解です」
「副社長、焦るな、ちょっと待て」
「なんでよ。すぐにじゃないのよ」
「ローブに掴まって川を泳ぐなら止めんよ」
「それは、嫌よ!早く用意しなさいよ」
やれやれと言う表情を浮かべて、ジンじぃは、外へ出た。外にいるジョワン達を見て、
「坊主、おまえの鳥は、もう戻ってきてるのか?」
「はい、さっき戻ってきました」
「そうか」
ジンじぃは、ジョワンの鳥について、何かを言おうとしたが、肩にのる鳥を見て「どう見ても鳥だな」と、思い返し
「ジンさん、どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
首を横に振りながら、川面を確認した。
「ふむ、水面まで、ちゃんと上がってきておるな」
そう言うと、
「坊主、少し手伝ってくれ、嬢ちゃんは、ダイアナとカーネルを呼んできてくれ」
ジョワンは、ジンじぃから手助けを求められたことで、返事したのだが、リアエルは、ダイアナと言う言葉が、ネックなのか右手右足が同時にでるくらいの緊張状態で、二人を呼びに行くのだった。
「ジンさん、何を手伝えば良いですか?」
「ちょっとまってろ、ここの鍵を開けるから」
カチッと音がすると、建物の横にある頑丈な扉が開いた。そこには、少し大型の舟が置いてあったが、大きな金具がついていた。
「坊主、これを運び出して、川に浮かべる。で、さっき水面近くに浮かび上がっておるロープをみたじゃろ? あれをこの金具を着けるんじゃ」
「これをですか?」
「まあ、つなぎのは、儂がするがな」
ジョワンは、ジンじぃに促されるまま、舟を担ぎ出すと川のそばまで行き、川へと浮かべる。あとは、待っていましたとばかりにジンじぃ乗り込むと、手際よく金具をロープにつないだ。
「ジン、用意ができたんだって? 早く行きましょうよ!!」
「準備はできたが、儂はこっちで、歯車を回す作業に入るからついて行かんぞ」
「ジン、二人お供って言ってたじゃ無い! 貴方もついてくればいいじゃない! そこの坊やに、貴方の代わりをさせれば!」
「こらこら、あの装置は、扱いが難しいんじゃぞ。坊主には無理だ。坊主、おまえがついていけ」
「えっ? 僕がですか? えええっ???」
「そうじゃ。儂の代わりにたのむぞ、坊主」
「ジョワンさ、君が、行くのでしたら、私も行きます!」
リアエルが自分もとついて行くと主張するのだが、ダイナと一緒になるためその表情は、ややこわばっている。
「副社長、よかったな、お供が3人じゃぞ」
とは、ジンじぃである。大佐は、二人をどうするか考えていたが、何故か、同行が決まったことに、「ん?」とはなったが、仕方無いなというふうであった。
「おやっさん、この二人も連れて行くのは、問題なないが、これに乗って大丈夫か?」
「5人まで乗れるから大丈夫じゃ」
「わかった。じゃあ、悪いが、ウエスト街区のこの宿に、伝言を頼めるか??」
「ん? なんじゃ?」
「いや、部下が、そこの宿にいるので、あとで合流すると」
「ああ、あいつらか。わかった。おまえらを向こうに送ったあと、儂が行ってくるわい」
「頼みます」
ダイアナは、大佐達が話している中、船に乗り込んでいた。
「ジン、これ、かなり揺れるわよ! なんとかしなさい!」
「舟が小さいんだから、揺れて当然じゃ!」
「わかったわよ! カーネルも、坊や達も早く乗りなさい!」
ジンじぃは、そう言い残すと、装置を動かすために、その場を離れた。一行は、いよいよ、イースト街区へと向かうこととなる。