スプリット到着
ジョワン君は、空気のような存在・・・閑話
王弟陛下の治める湾岸都市スプリット、夜の帳が降りようとしていた。今でこそチエーロに王国ナンバーワンの貿易都市の座を奪われてはいるが、王国最古の貿易港を有する都市である。ジンじぃの操る機体は、ゆっくりとスプリット港の岸壁へと近づく。
「岸壁との距離、確認してくれ」
「親方、微速でお願いします」
偽装帆を揚げてはいるので、歪な形をした帆船が着岸しようとしているように見えているのだが、ジンじぃは、浮上走行速度をほぼ0にし、舵取りを操作しながら慣性で岸壁へと近づいていく。
「間もなく着岸します!」
その声に合わせるようにジンじぃは、舵を操作することで、慣性による速度も水中抵抗最大にして0にする。
トン
軽い音がして、機体は着岸したようで
「着岸しました。アンカーを降ろします!」
「到着じゃ!」
ジンじぃは、振り返るとスプリットに到着したことを告げた。
「副社長、荷物届にいくんじゃろ?」
ダイアナは、途中ジンじぃを急かしたりはしていたものの、ほぼリアエルにメイドの心得を熱く語っていたため、スプリットに到着したことに気がついていなかったが、ジンじぃの一言で「そうだわ、早く届けにいかなくちゃ」と、荷物を手に持ち慌てて外へでるのだが、すぐに戻ってくる。
「ちょっと、ウエストタウンじゃないの!」
「当たり前じゃ、スプリットの支店事務所の横に着けないでどうする?」
「イーストタウンの郊外、イーストエンドなのに! ちょっとジン、向こう側へいってよ! 副社長命令よ!」
「まったく、注文が多い副社長様だ」
「大体、もう真っ暗じゃない! か弱い女性に川泳いで渡ってイーストエンドまで行けっていうの!」
ジンじぃは、こりゃダメだと大きくため息をつくと、
「うちの若いもん二人連れて行け。それで良いじゃろ?」
ダイアナは、不満げではあったのだが、ジンじぃが伝声管に
「二人とも、すぐ中へ入ってこい」
外の二人に声をかけたのだが、それよりも早く二人が中へ入ってきた。
「どうした?」
「親方、誰かコッチに来ます」
「誰か? こら、お前ら、誰が来たのか、確認してから入ってこんか!」
ジンじぃに言われたからか「しまった!」と言う表情を浮かべ、
「か、確認してきます!」
「もう一人は?」
「あ、事務所に行ってくるから、親方に言っといてくれと言われてたの忘れてました!」
ジンじぃは、指で眉間を押さえると、
「さっさと誰が来てるのか確認してこい!」
「すいません、親方!」
ジンじぃに、怒られ、脱兎のように飛び出していこうとしたのだが、丁度そのとき、もう一人が事務所から戻ってきた。
『ゴン』
鈍い音がして、二人は互いにぶつかりそれぞれが吹っ飛ばされたのだった。
「おまえら、もうちょっと気を付けんか!」
事務所から戻ってきた方は、出て行く方の頭が、思い切り頭突きの形で鼻にあたったようで、見る間に鼻血が滴り落ちてきていた。ダイアナもリアエルも、さすがに、こういうときの対処方法には慣れているようで、すぐに手当をはじめていた。
「こちらの船の船長はどなたかな?」
突然の声に驚き、声のする方を見れば、そこには制服を着た見知らぬ男が、中をのぞき込むように立っていた。
「どちらさんです?」
「私は、スプリット西街区、入港管理官である」
「入港管理官? 数ヶ月前までそんなものなど居なかったと思うんじゃが?」
ジンじぃは、男が入港管理官といわれて疑ったのだが、男は、手慣れているのか懐から、身分証明書取り出して、
『スプリット行政区西街区 河川管理部入港管理官』
と書かれたページを開けると、その場にいる全員に見せ、自分が正規の職員であることを再度告げた。
「で、その管理官が、何のようじゃ?」
「こちらの河岸を利用しての入港について、この町における所属を明示した船籍証明書と、河岸利用許可書の確認に来た」
ジンじぃは、なんじゃそれと言う顔して、副社長であるダイアナを見るも、ダイアナもそんなもの知らないわよと首を横に振っていた。『なにやら、話が長くなりそうじゃわい』と、ジンじぃは、小さくため息をつきながらも、入港管理官だと名乗る男とやりとりをはじめるのだった。
ここは、スプリット郊外のノワイエ高級住宅街、イーストエンド。そのやや奥まった所に古びた屋敷があった。周囲の家々と比べると、かなり長い間、人の手が入らなかったのか、庭は荒れ放題で、無人のようではあったが、一歩、屋敷の中へ足を踏み入れると、そこは隅々まで、綺麗に掃除がされていた。ただ、窓には光が外へ漏れないように分厚いカーテンがしてあり、この場所だけが、周囲の家々とは違って、夜の闇に溶け込むかのようにひっそり佇んでいるように見えた。
「コンコン」
ノックの後、返事を待たずに、男がドアをあける。部屋の中は、灯りもなく、この屋敷の中、唯一カーテンの開けられた窓があり、そこからわずかばかり外の光が入り込んでいる。そして、それが窓際に人影を浮き上がらせていた。
「失礼いたします。お嬢様、広間にお食事の御用意ができました」
「そう・・・」
暗闇の中、返される言葉は、少し寂しげである。
「お嬢様、あまり窓のそばに寄られますと、外から見えてしまいます。お気をつけください」
「お父様は、まだもどられないのですね?」
そういうと、影は振り返る。
「はい、旦那様は、国王陛下に御助力を御願いにまいられておりますが、まだ、お戻りではでございません」
「伯父様が、お父様を助けてくださるかしら?」
「お嬢様、メディシス様も旦那様とご一緒と伺っております」
「・・・」
「差し出がましくは、ございますが、旦那様は、無事お戻りになりますと存じます」
男は、そう言うと、深々と頭を下げた。影は、再び、何も言わず窓際に佇むだけだった。
ジンじぃを始めとして、ジョワン達一行が、川岸に降り立つと、やはり、いつの間にか、ここは指定席という感じで鳥が、ジョワンの肩へとおりてきた。
「お前は、ほんとに、きままだな」
と、つぶやくと、鳥は、そのつぶらな瞳をジョワンに向け「何をのんきな! おまえ、大丈夫か?」と言わんばかりに、首を傾げているように感じられたのだが、「気のせいだよな?」とジョワンは思ってはいたが、そのうちこいつ、しゃべり出すのじゃ無いかと、やや不安に駆られていた。ところで、大佐とジョワン達の予定では、スプリットに到着後、合流予定の宿へそのまま向かう手筈であったのだが、その場所がどこか、はっきりと確認をしていなかったこともあり、「うちは、輸送会社だぞ! 事務所に行けば、そんなもん、すぐわかる! ついて来い!」というジンじぃの一言で、同行する事になった。夜霧の中、街灯の明かりがにじむ。次第に、霧が濃くなる。
「儂も歳をとったな。少し歩くだけでも、疲れるわい」
こぢんまりとした外観の支店の前に着くと、ジンじぃはひと言つぶやき、事務所の中へとはいっていった。事務所の中では、大量の書類に囲まれ、あたふたしている男がいた。その男は、少し青白い顔をして、見るからに痩せていますといういでたちをしている。この男は、スプリット支店の支店長のウィルである。ウィルは、ダイアナやジンじぃを見て、手元を止め、続いて入ってきたジョワンの姿を見て、訝しげな顔をし、その直後に現れたカーネル大佐を見るや、緊張した面持ちで、いきなり立ち上がったのだが、大佐の『緊張しないでくれ』という仕草から、”ホッ”としたのか、ダイアナやジンじぃに視線を向ける。
「ジンさん、お久しぶりです。あっ、副社長、お出迎え出来ず、もうしわけありません」
「ウィルよ。久し振りだな」
「ちょっと、ウィル、なんでジンへの挨拶が先なのよ!」
ダイアナは、少し文句を言ったのだが
「ウィル! イースト街区への移動便、まだこの時間ならあるわよね?」
「えっ?」
「イーストエンドまで、荷物届に行かないといけないのよ!」
「あっ、はい。すく調べます」
「早く、お願いね」
「えーっと、ちょっと待ってくださいね。で、ジンさん、そちらの方は?」
「おお、そうじゃ、こっちの坊主は、カーネルの部下でよいのか?」
「ジョワン君は、一応は、私預かりとは、なっているので、そう思ってもらってもよいです」
「ということで、坊主、自己紹介じゃ」
いきなり話を振られ
「僕の名は、ジョワン・フォルテラと言います」
「これは、ご丁寧にどうも。私、こちらの支店長のウィルと申します」
「坊やへの挨拶は、あとよ。急いでちょうだい!」
「は、ハイ、少々お待ちを」
ダイアナの勢いに圧されて、ウィルは挨拶もそこそこに、
「えっと、確か、今週の便の予定は・・・」
積み上げられた書類の中に紛れ込んでいる今週の運行表を探し確認していた。
王都エヌグランドから続く夕暮れの街道、少し前までは、昼も夜も人の往来があったのだが、ここ最近、世間を騒がす盗賊集団のせいなのか、危険な夜間の移動は控えられており、夕暮れとは言え、まだ日がある時間にもかかわらず、人通りは全くなかった。そして、その街道をひとりの男が手綱を握り、ひたすら馬を走らせていた。ヘンリー侯爵の執事でもある男である。
「ヘンリー様」
「おぬしか」
「マリーの行方について、調べたのですが、ヘンリー様のご指定されていた宿に戻った形跡が無く、また、王都での足取りが、先日以降、確認ができませんでした」
「そうか」
「ただ、近衛と警備隊の連中が、宿を見張っているのを、確認いたしました」
「ふむ、おぬし、よもや、奴らに気取られてはおるまいな?」
「ヘンリー様、私めが、そのようなおくれをとることなど、万に一つでも、ございま・・・いえ、カーネルの部下には、おくれをとりましたが・・・宿の見張りなどしている連中にそのようなことなどございません。しかし、私めに深手を負わせたものにつきましては、今後、ヘンリー様の憂いとならないように、この手で始末はしておきます」
ヘンリーの問いかけに、男は、短時間であれ、自身を一時的な戦闘不能状態に陥れた奴を思い出し、溢れんばかりの憎しみと殺意をみなぎらせていた。
「そうか、おぬしに怪我を負わせたものは、カーネル配下ではあったな。確かに、我々にとって、憂いとなるやもしれんな。ふむ、では、その処分については、おぬしにまかせる」
男の殺意に圧されることもなく、ヘンリーは、今後障害となりえるものの排除を、改めて男に命じるのであった。
「ところで、ヘンリー様、このあとマリーの件は、如何いたしましょ?」
「宿の監視が、なにに拠るものかわからぬ以上、下手に手を出すべきではない。しばし様子を見るか。では、別のものを監視に手配せよ。おぬしは、ジョワン・フォルテラなるものの身辺を洗い出しむかえ!」
「はっ、それでは、マリーの件は、私に代わって別のものを手配いたします。私の方は、ジョワン・フォルテラの調査に向かいます」
「そうしてくれ。すまんが、そやつの出身地がどこなのかと、陛下の命で、今は、カーネルとスプリットに向かっておることしかわからんが、たのんだぞ」
ヘンリーは、城での一件から自宅療養を余儀なくされていた。また、執事でもある男も、治療のために屋敷に戻らされていたこともあり、ジョワンについての正確な情報が、ヘンリーの元へ届かなかった。それもあって、ヘンリーはジョワンの顔を知っているが、男の方は、その顔を知らない。そのため、自らの執事でもあるこの男を一時的な行動不能にしたの者と、男が排除すべきであると主張した者が、同じ人物であり、それがジョワンである事も知らない。このことが、幸となるか、不幸となるかは、今は、まだ誰もしらない。
今、街道で馬を駆る男が目指すは、スプリット。夕暮れ前に、立ち寄ったサミアで、この時期の移動が混雑することから、カーネル達にここで追いつけるだろうと思い、彼らの情報を集めるのだが、
「サミアには、カーネル達を見かけたと言う話は無かったな」
男は、王都からサミアまでは、輸送会社に便乗したという足取りは、掴んでいたが、そこから先は、言葉通り、手掛かりも無く、男は、彼らがスプリットへ向かったのであろうと判断し、そのまま侯爵家で最も足の速い馬を走らせる。
スプリットへの街道の外れ、周囲の景色にとけ込むような建物の中にびしょ濡れの男がいた。
「くそっ、今日は、散々だ! ユイキュルの奴ら、絶対皆殺しにしてやる」
この男は、盗賊集団の頭である。同じ輸送会社に、二度も、襲撃をつぶされ、挙げ句、ぶっ飛ばされて、冬の川で泳ぐという、盗賊団始まって以来、このような有り得ない事を経験していた。そのためであろうか、激しい憤りを感じて、頭から湯気が上がっているかのように見えた。
「頭!」
「なんだ?」
「誰か、街道をきやすぜ! 王国貴族様の馬みたいですぜ!」
「ほう、鴨じゃねえか。よし、野郎ども、鴨の身ぐるみ剥いで、見せしめに、ぶち殺して街に死体を投げ込むぞ!」
「「おう!」」
ジン達輸送会社にやられたことへの腹いせだろうか、頭は、子分にそう命じた。盗賊達が、襲撃のために、包囲しようとしている中、馬を走らせている男は、街道周囲の奇妙な気配を感じていたが、とるに足らないものだと判断して、スプリットへの道を急いでいた。
「ん?」
しかし、ふと、前方を見れば、なにやら武装した集団が道を塞ぐ形で待ち構えている。そして、背後にも、男にとって差ほど気にもならない殺気らしきものを感じていた。
「ほう、これが、巷では極悪とか言われている盗賊団ですか・・・はっきり言って、邪魔ですね」
男は、そうつぶやくと、どこに隠し持っていたのか、切れ味の良さそうな小型の刀のようなものを取り出した。
「止まれ! 身ぐるみも、命も、全ておいていけ!」
結局、盗賊はどこまで行っても盗賊であり、本領発揮といった感じであった。
「野郎ども、殺せ!」
髪の生え際が後退した盗賊団の頭は、叫んだのだが、このあと、あり得ない光景を見ることとなる。
道を塞ぐ子分達の方へと駆けていく馬の速度が、先ほどよりわずかに上がる。
「強行突破か、素人が!」
と、頭は、ニヤリとした。盗賊団の一人が馬の前に立ちはだかり、正面から来る馬一撃で倒せるであろう大型の武器を構え、左右からは、乗っている男を馬からたたき落とそうと、棒のようなものを今にも突き出そうと構えていた。が、一瞬、馬上の男が何かをしたのか、『キーン』と音が急速に高くなっていく、それは耳鳴りに変わっていった。そして、馬は、まるで人が居ないかのように、その正面の子分に重なるように通り抜ける。構えていた武器が街道の固い地面に落ち、そこにいたはずの子分の姿が、霧のように薄まり、四散していく。男の持つ刀のようなもので細切りにされたと言うより、粉砕されたようである。周りの子分達は、『えっ?』と、動きを停め互いに顔を見合わせる。ほぼ同時に、男を馬から突き落とそうとしていた子分二人も、一人は右半身を、もう一人は、右腕をつけ根から、粉砕されたかのように四散する。右半身を失った男は、半身に残る手が、失った半身を触るも、あとから来る痛みと、失った半身から死を実感したのか、それとも、恐怖や痛みなのだろうか、うめきのような叫びをあげ倒れる。その断面から、血が途切れること無く噴き出す。残った半分の口をバクバクさせながら、次第に、瞳に浮かんでいた残忍な光も失われ、物言わぬ塊と化していった。腕を失った男は、腕のあったところから、血を吹き出しながら、叫び声をあげ、その痛みから気を失ったかのように倒れる。心臓の鼓動に合わせるように、止まること無く血が噴き出す。
馬に乗った男は、加速そのままに、盗賊団の中を駆け抜けていく。
その場にいた盗賊団の全員が、その惨状を目にして、立ち尽くす。やがて、蹄の音も消えたころ、冬の冷たい風が、四散した子分や噴き出した血しぶきの生臭い匂いが周囲に拡がっていく。盗賊団の頭は、その凄惨な光景に、顔を青ざめさせていく。
「な、なんなんだよぉ! 俺たちがなにをしたっていうんだよ!」
日頃の悪事から考えると、盗人猛々しい叫びである。ただ、王国一恐れられているいう盗賊集団であって、そのあり得ない惨状を前にすると、そう叫ばざる得ないのであろう。そして、その場で力なく、しゃがみ込むのであった。やがて、日もすっかり暮れ、人だったものの塊と人影が、確認できるだけとなっていく。
「邪魔をしなければ、無駄に死ぬ必要もなかったものを」
男は、手に持った小型の刀のようなものを、懐にしまいながら、つぶやいた。この男は、ヘンリー侯爵の執事でもあり、執事としての職業判定されているのだが、この男が持つ能力は、分子レベルで振動させることができる高周波を発生させ、その共鳴振動を利用して物質を沸騰させているのである。普段は、この能力をほどよく利用して、お湯を沸かし侯爵にお茶を入れていたりするだが、一度、侯爵の命を受ければ、政敵などが原因不明の事故で死傷させるために、この能力をつかっているのである。ただ、広範囲に共鳴を伝播させるための補助道具として、小刀のような道具を用いているのであり、普段はペーパーナイフとして利用しているのである。職業判定を受け、能力を持つ者と、ただ人を襲い、時には、殺し、そして盗み奪うことしか出来ない王国一凶悪な盗賊集団であっても、能力を持たない以上、力の差は歴然としていることもあり、この二つがぶつかることなどは、普段あり得ないことであった。翌日、放置された死体の通報からサミアの衛兵による調査が入ったため、街道が数時間通行止めになりサミアやスプリットからの通行人達から苦情が上がることとなる。
事務所では、ウィルが運行表を探しながらも、申請書の件で色々問題が発生しており、そのせいで、サミア への戻り便が、街からの出口で足止めをされているなど、色々と話していたのだが、ようやく見つかけた運行表の時刻を確認して今日の対岸へ渡る定期便が、既に終わっていることを告げたことが、ダイアナに怒声を上げさせた原因であった。ただ理由が理由であるので「明日の早朝にすればどうか?」とジンじぃは火に油を注いではいた。
「ちょっと、ジン! なんとかしなさいよ!」
「なんとかしろって、儂にどうしろと?」
「この荷物、届けないと行けないのよ! 何回言えばいいの!」
ジンじぃは、途中、何度かは、言っていたが、ここでは言うのは、はじめてだろうと言いたかったが、ドッと疲れが出そうな気がしたので、黙っていた。
「ダイアナ副社長、落ち着いてください」
副社長を落ち着かせようとしたが、支店長では、抑えることができず、更に文句を言い掛けていた。ジンじぃが、向こう岸へと、乗ってきた機体を動かせば良いのだが、そう言うわけにも行かなかった。というのも、先ほどあったスプリット入港管理官から求められたスプリットにおける「岸壁使用許可証」および「船籍登録証」の提示を求められたことが発端であった。
ジンじぃは、管理官に
「数ヶ月前には、そんなもの無かった」
と主張したのだが、
「今月に入って決まったことで、輸送会社等にも既に通達している」
と、いわれてしまい。挙げ句。
「持っていないのであれば、貴社に対して違法操業として、スプリットでの業務停止もありえる」
などと言われてしまう始末であったが。
「バーグブレッド家からの依頼の仕事なのよ」
ダイアナは、『ここは副社長たる私の出番よ』と、ばかりに、管理官に「貴族依頼便であること」告げ、手持ちの荷物に申し受け証、そこにある家紋を見せた。管理官は、それを見るなり、やや挙動不審なりながらも、
「明日朝すぐの申請すること」
「許可証発行まで、移動禁止。移動した場合は、罰金と業務停止処分もあり得る」
等を、ジンじぃに告げた。
「その許可証の発行に掛かる時間は?」
と、ジンじぃは、尋ねたが、
「明日の申請時に聞くように」
と、言われるだけだった。そして、その去り際、管理官は、今の街の状況から、暴徒に依る襲撃が多発している。船には必ず人を常駐させるよう告げ、それが無理な場合、少し離れた所にある管理事務所で、管理料を払えば人を派遣すると言い残して行ったのだが。
「ありゃ、袖の下、寄越せって言うことじゃな」
「そうみたいね」
「これは、許可証の発行も、金次第だろうな」
「やっかいね」
と、ジンじぃとダイアナが、妙に納得した様子で話をしつつ、大佐の方をちらちらとみていた。それに気付いたのか、
「わかったから、二人とも、こちらをちらちら見るのは、やめてくれ!」
と、溜め息混じりに「これ、利益誘導になるんだがなあ」と、大佐は、つぶやきながらも
「今回の件が片付いたら、王弟陛下に、この件についての対処についてお伺いをするから」
という返事を聞いたジンじぃとダイアナが、「よっしゃー」とサムズアップしている姿が、印象的ではあった。余談ではあるが、この時、ジンじぃは、部下の二人に留守をさせるが、自分も支店に顔出しをした後、ここに戻って一夜を明かすことを二人に言うと、
「親方、あのう、そのう・・・」
「なんじゃ? はっきり言わんか!」
「何か食べ物お願いします」
切実である。ジンじぃも、「そういや、こいつらの飯を忘れておったわ!」と大笑いしていたが、
「「そんなぁ」」
と、二人が、ハモるように返事をするのだった。が、それを聞いたジョワンが、何か思い出したように、リアエルにひと言告げると、「残り物ですいません」と、大量に作っていたお昼の残りを取り出して、二人に渡した。二人は、それをむさぼるように食べ始め「女神さま~」と、言いだし、リアエルをあがめだした。それを見たジンじぃが、それにあきれていたのは、別の話である。
大佐は、ダイアナの怒声を聞くや、やれやれという表情を浮かべながら
「ダイアナさん、少し落ち着いて!」
そう声を掛けると
「ここまで、便乗させてもらったことでもあるし、私が、ダイアナさんを向こう岸へ送るのを手伝うよ」
「あら、カーネル坊やが、エスコートしてくれるの? 悪いわね」
大佐のひとことで先ほどの怒声は、どこへやら、ニコニコ顔である。
「おやっさん、ボートはあるかい?」
「ん? まあ、有ることはあるが・・・まさか、カーネル、漕いで渡るというのか?」
「最悪、漕ぐことになるかもしれないが、仕方ないだろ?」
「まあ、う~ん」
冬の夕暮れ少し後、川面を冷たい風が吹く。霧もまだ濃い中を、対岸へ船を漕ぐことで渡るというのは、少々厳しく、河口に近いことから波の影響も受けることも考えられた。しばらく、ジンじぃは考え込むが
「おい、ウィル、あれはあのままか?」
「えっ、あれって?」
「馬鹿もん、あれじゃ!」
「??? ・・・あ! あれですね! でも、あれは、向こう岸の事務所にも人が居ないと、大変ですよ? 一応、ジンさんが言ってたとおり一週間に一度は動かしてますが・・・・」
ウィルは、そういうと部屋の隅へ行き、壁にあるレバーを引いた。「ゴゴゴゴッ」と、大きな音がすると、部屋の真ん中にある床の一部がゆっくりと開いた。