スプリットへ
ジンの盗賊退治とリアエル涙目
サミアの町から少し離れた川べりの森の中、一見すると小屋だとわからない場所に、全身びしょ濡れではあったが、見るからに人相の悪い男達があつまっていた。その中でも髪の生え際が後退している特に人相の悪い男が、
「野郎ども、さっきは油断して逃げられたが、次は、絶対に奴ら皆殺しにして、船ごと荷を始め、女も全てうばいとるぞ!」
「「おう!」」
「頭、若いもんが一人行方不明でやんす」
「逃げ出した奴なんてほっとけ!」
「へい!」
「頭! 町に出してる見張りからで、輸送会社の奴ら、何でも貴族様の荷物を積んで、川を下るようですぜ」
「おうし、でかした! おい、お前ら、奴らを皆殺しにしてお宝も荷物も全部を奪い取るぞ!」
「へい!」
ここは、この近辺のみならず王国でもかなり名の知れた盗賊団のアジトであり、王国の軍も、街の衛兵達も血眼になって探している場所でもある。盗賊である彼らは『奪え、殺せ、犯せ』を基本として人身売買や殺人などを平気で請け負う超極悪集団であり、一部の貴族達からも仕事の依頼を受けているが、中々尻尾がつかませないのであった。そして、これまでも旅の途中で運悪く遭遇し殺害されたものの数は知れず、行方不明者の大半が、この連中のせいであると言われており、言うことを聞かない子ども達を脅かすのにも使われているほどであった。そして、昨今の被害からサミヤの街も捕縛を試みるも衛兵に多数の死傷者を出していた、郊外の見張り所襲われて全員が身ぐるみ剥がされた上で、ころされていることも、今は、王国警備隊がその取り締まりの任についているほど出あったがそれをあざ笑うかのように被害が拡大しているのであった。そのため夜の旅、特に、野宿は命を捨てるようなものであると言われているほどである。また、かれらの情報には高額な賞金が掛かっていたが、未だ有益な情報が得られていない状況であった。そして今、彼らは、街の衛兵が来ているのをほぼ同じ制服に着替えていた。服には、何かに刺さったあとなのか、穴が空いており、その周りがどす黒く汚れいたり、何かが流れたような跡がついていたが、まるでお構いなしであり、少し離れてみれば、街の衛兵そのものに見えるのだった。
「野郎ども、準備ができたか!」
「頭、いけますぜ!」
「よし、野郎ども、輸送会社の奴らを殺せ! 奪え! 血祭りのはじまりだ!」
「「おう!」」
盗賊団は、待ち伏せの準備へと、川へ向かった。
ところで、この盗賊集団とユイキュル・エキスプレス社には、浅からぬ因縁があった。それは、王国内の輸送会社を含む街と街との移動において、唯一、輸送中の襲撃で荷は奪われはしたものの、死者はでたものの、かろうじて何人かは、生きて逃げ延びることができたからである、そのおかげで盗賊団の存在が知られることになり、その手配書を作ることができたのだ。そして、その生き残りの一人が、誰あろうジンじぃである。ジンじぃにとって、盗賊団、特に、その頭と呼ばれる男に対しては、怒りしかなかった。襲撃を受けたとき新婚であった同僚が無惨に殺されたからであり、残された者の悲しみ方を見たことから、「もう二度と同じ事を起こさせない」と、輸送中の襲撃にも耐え、なによりも早く逃げることが可能な機体をつくることに専念していた。本来は武装も考えていたのだが、さすがに社長には武装については止められたのである。
ユイキュル・エクスプレス社サミア支店の整備場から、船に見せるための偽装を行った機体がゆっくりと出てきた。その姿は、かなり歪ではあるが、扁平した船という感じには仕上がっており、ダイアナは、その姿を見て「ダサい!」と早速文句を言っていたが、「なら行かんぞ!」と言われて渋々乗り込んでいた。当然、ジョワン達も乗り込んだ。その肩にはもちろんのことだが、むねを張るっているように見える鳥が留まっていた。
「ジンさん、どうして正面の下の部分が鋼鉄製になってるんですか?」
「お、坊主、良いところに気がついたな! これは、さっきアホどもが襲って来たときに、前部が若干傷がついておってな、もしものために、取り付けたんじゃよ」
「おやっさん、無茶はしないでくれよ」
「わかっとる。わかっとる。無茶はせんよ。儂からの無茶ははな!」
笑顔で答えるジンじぃに一抹の不安をおぼえる大佐であった。ダイアナは、何の話とリアエルに尋ねたが、尋ねられた本人はガチガチに緊張していたこともあり、果たしてうまく説明出来たかどうかは不明であった。
「それじゃあ、行くか! アンカー揚げろ!」
「「親方、アンカー、揚げました!」」
伝声管からは、ジンじぃの合図に対して、ほぼ同時に、声が聞こえてくると
「微速でサミアを離れるぞ!」
来たときとは異なり、非常に静かではあるが、それでも聞き慣れた音が非常に低く聞こえてくる。それでも、浮き上がる感じはしていたが、先ほどのようにはっきりとわかるというほどの感じでは無かった。が、それでいて速度がでているのがわかる程度であった。
「ジン、乗り心地は良いわね。あなたたちのただの道楽だと思ってたわよ」
「失礼な。社長の肝いりの新造機じゃ、悪いわけないわい!」
「そうは言っても、あなたち、いつも訳の分からないものであそんでるじゃないの」
「ちゃんとしたものばかりじゃろうが!」
「どこがよ。このまえなんて、」
ダイアナは、ジンじぃに言い返そうとしていたのだが・・・・
「親方! 前方に数隻の船が、進路を塞ぐように展開しています! サミアの旗が揚がってます!」
「街の衛兵が武器を構えている模様。停船しろとの合図をしています。親方、返信はどうしましょう?」
ジンじぃは、二人の部下からの報告を受けると、胸ポケットから双眼鏡を取り出して前方を見ていた。そして、たった一言。
「全力突破じゃ!! おまえら、前方に”停めれるもんなら停めて見やがれ! ”と送れ!」
「親方、良いんですか?」
「かまわん!」
「ジン、気は確かなの? サミアの衛兵なんでしょ? そんなことをしたら、うちらがあとから捕まるわよ! 副社長権限よ、停めなさい!」
「おやっさん、ここは、ひとまず、停船して」
「カーネル、見てみろ! 襟元がどす黒くくすんでたり、心臓の辺りに穴が空いてたり、その穴の周りが、どす黒い。そんな制服着た衛兵なんぞいるか? あれは血の跡だぞ、あいつら盗賊だ!」
大佐は、ジンじぃから渡された双眼鏡で前方を見た。かなり近づいた事もあり、言われたところが目についていた。ダイアナは、ジンじぃの気迫に圧されて何も言えずにいた。
「おやっさん、それでも、ここは一旦戻って衛兵を」
「ここで引き返すことは、無理じゃ。第一、そんなことしようものなら、奴らの思うつぼじゃ! それに、最優先で、副社長様の荷物を運ばんとな」
「なんで、私のせいみたいになってるのよ!」
と、抗議の声をあげたのだが、ジンじぃは、ここで一気に速度をあげる。ジョワン達は、その加速を身体で感じていた。
ジョワンにとって人生で初めてと二度目の盗賊との遭遇を今日しているのだが、機体を操るのはジンじぃであるため見ているしか無かったが、ダイアナの同行で緊張していたリアエルが心配で、視線をむけると、機体の速度が上がるにつれて、ガチガチだった先ほどとは打って変わって生き生きとした表情になっていく。
「ジョワンさ、君、スピードが、スピードがまた上がり始めました! この感覚は、凄いです!」
機体の速度が上がるにつれてテンションが上がっていき、明らかに興奮気味のリアエル、ジョワンは元気になって良かったと思っていたが、それを見ていたダイアナからは「メイドたるものがはしたない!」と、スプリットにつくまで、メイド心得を長々と説教されてしまうのであった。やがて、その速度が、最高速に近づく。待ち構える偽の衛兵たちは、思い思いの武器を構えていたが、見た目が衛兵なのに停まらず突っ込んでくる機体を見て、停まらないことを戸惑っていた。
「停まれ!」
と威嚇で銃を発砲するものも居た、だが、向かってくる船からの返信信号を理解出来る者は、その中には一人もいなかった。
「頭! あいつら、こっちへ突っ込んでくる!」
「ええい、くそ!! 意地でも停めろ。乗ってる奴らは皆殺しだ!」
「「おう!」」
「撃て!!」
髪の生え際が後退してはいるものの目つきの悪い頭と呼ばれた男はそう言うと、一斉に構えられた銃や弓、投石機からの攻撃が開始されたのだが、ジンじぃが仕掛けていた前面の偽装用の鋼板が装甲の役割を果たす。盗賊達の攻撃が、たやすく、ものともせず跳ね返し、あれよという間に機体と盗賊達の船との距離が近づいていく。
「帆を左右へ展開する!」
ジンじぃは、ひと言叫ぶと、ぶら下がっていた二本のロープを力強く引っ張った。その時、機体の外から「ガチャン」と音がするや、盗賊達の元へ一直線で突っ込んでいく。
「盗賊ども思い知れ!」
ダイアナは、優雅な船旅のつもりだったのだが、突然、前面から見える景色が、急に青空だけになると同時に機体の前方が浮き上がるのを感じた。そして、宙に浮く感覚に慣れていないため顔面蒼白となる。大佐は、「やっぱりこうなったか」と予想していたのかように苦笑い。ジョワン達も宙を飛ぶ感覚を抱いていたのだが、次の瞬間、機体は、一跳ねする。巨大な機体が盗賊達の船に襲い掛かるようにのし掛かる。「グシャ」外から鈍い音がした。盗賊達は、やってくる船を通さないためにと船と船を連結していたのだが、それが裏目となる。巨大な機体が数隻の船を川の中へ押し込む。一部の船は、宙へと吹っ飛ばされる。衛兵の格好をした盗賊達は船と一緒に、冬の青空にかかる天を流れる川であるリベラ川へと向かっていくかのうようにはじき飛ばされる。機体はそのまま前面から勢いよく川へと着水し水しぶきが上げながら何度も水面をバウンドしながら進む。ジンじぃは巧みな操作で、速度を落としながらも川を下っていく。跡の残るのは、おそらくは船だったものの残骸だけであった。
「おやっさん、やり過ぎだ」
「正当防衛だわい! 帆をしまえ!」
「「格納をはじめます!」」
「おやっさん・・・・」
機体は順調に下っていく。スプリット川との合流まであと少しというところまで来ていた。ジンじぃのやり過ぎとも言えるような盗賊退治で機体にダメージがないか確認をしながらであるため、速度を落としたままであった。
「装置の温度は、かろうじて大丈夫だな。冷却するために停めるとスプリットへの到着が遅くなるから、このままの速度よりもう少し落として行くぞ」
「親方! またなにか、絡まっているようです」
「今度はなんだ? 確認して知らせてくれ」
「親方、右側の一部に破損個所を見つけました。これから修理にかかります!」
「わかった。修理が終わるまで速度はこのままにする。終わったら知らせろ」
「あっ、親方、絡まっているのは、船の残骸みたいです」
「どうりで操作が重いはずだ。それでどうなってる?」
「左側に、船の破片が刺さっているみたいで、前部の鋼板と機体との隙間に挟まっているようです。これから取り除きます」
「よし、任せるぞ。終わったら、知らせてくれ」
ジンじぃはそう言うと、支流からスプリット川へと入っていく。そして、ゆったりとした川の流れに乗りながら下っていく。前面から見える空の色は茜色へと変わって行こうとしていた。スプリットまではまだまだ時間がかかるようではあるが、これといったトラブルもなく進んでいく。ダイアナは、サミアを出る時は優雅な船旅といったつもりでいたが、盗賊騒動でのリアエルのはしゃぎようを見たことで、リアエルに「メイドの心得」についてこんこんと説教をするかのように語っていた。なのでリアエルは、涙目であり、「ジョワン様、助けてください」と視線を送ろうとしたのだが、ダイアナはそれを許さないという雰囲気であり、リアエルは蛇ににらまれた蛙状態でもあった。
一方、ジョワンは、空腹を感じていたが、王都の市場で買った串ものを鞄の中にいれてあったのを思い出し、鞄の中から取り出すと、「冷たくなっちゃったな」とつぶやくと、袋を開ける。すっかり冷めてはいたが、食欲をそそる匂いが漂う。それにと釣られるように一本手に取ると、かぶりつく。柑橘系の酸味が口の中に拡がる。「これ、冷めても美味しいな、また王都へ戻ったら買って食べよう」とか考えていたが、ふと鳥がいないことに気がついた。
「あれ? 鳥はどこへ行った?」
ジョワンは、先ほどまでいたはずなのにどこへ行ったのだろうと、あたりを見回すが、機体を操作しいているジンじぃとダイアナに色々言われているリアエル、何かの報告書を読んでいる大佐しかいなかった。のだが、ふと、前面をみると機体の先に鳥が留まって前方を見ていた。いつの間に外へ出たのだろうと思ったのだが、周りには外へ出る窓が見当たらないことから「一緒に中へ入らなかったのかな?」と、自分の気のせいだったかなと首をかしげるだけだった。
丁度、その頃、王都エヌグランドのヘンリー侯爵邸では、
「ヘンリー様、休暇をいただきたくおもいます」
ヘンリーの部下で、執事でもある男は、ヘンリーに休暇を願いでた。
「どうした? まだ身体に傷が癒えないのか?」
「いえ、そういうわけではありませんが、どうしてもやりたいことがございまして」
「おまえには、調べてもらいたいことがある。それまではダメだ」
「わかりました。ところでその調べることとは、どういったことでしょうか?」
「おまえを治療に屋敷へ戻した日に、国王陛下主催で行われた宴で紹介されたジョワン・フォルテラと言う男の身辺を探れ」
「ハッ、ヘンリー様、そのようなものなど、ヘンリー様のお力でどうとでもなるのでは?」
男は、国王陛下主催であっても、そこで紹介されたものなど、侯爵の力があれば、自分が動くこともないのではと思ったが。
「そうも、いかんのだ。忌ま忌ましいことにな!」
苦虫をかみつぶすような表情で答えるヘンリーをみて
「ヘンリー様、何か事情が?」
「うむ、その男の職業が問題なのじゃ。それに、エル教の枢機卿まで加担しておる。儂にとっても、陛下にとっても、脅威でしかない」
「その男の職とは?」
「それは聞くな。思い出しても忌ま忌ましい」
ヘンリーが突然、凄い剣幕で怒りだしたのだが、その怒りの様子で、男は、ジョワン・フォルテラは、排除対象であると認識したが、エル教枢機卿が絡むと聞き、過去、エル教総本山であるアテンザ侵入時に、痛い目に遭わされた事から慎重な行動が必要であることは理解していた。
「ヘンリー様、ご安心ください。ジョワン・フォルテラなる者ですが、不慮の事故に遭い、二度とヘンリー様にも、国王陛下にも会うことも無くなりますでしょう」
「そこまでやらなくともよい。身辺だけ調査し弱みを見つけてこい。良いか? 枢機卿は敵に回したくはない」
男は、ヘンリーも止められたが、それでもジョワンを抹殺する気でいた。
「して、負傷され収容されている者の件とマリーの行方の件はどういたしましょうか?」
「負傷者の件は、チェスターが城の警戒で容赦ない取り締まりをしておるから、後回しで良い。マリーの件は、ジョワン・フォルテラの件と合わせて調査をする分には、かまわぬ。なにせ、今、その男は、スプリットに向かっておるからな。ただ、カーネルが同行しおる。よいか? カーネルだけには注意しろ!」
「わかりました。それでは、これよりマリーの足取りと、ジョワン・フォルテラの件の調査に向かいます」
男はそう言うと、すーっと、後ろへ下がり、そのまま、自身の影の中へ消えていった。男は、自分に怪我を負わした相手がジョワンであることを知らない。
ジョワンは、外にいる鳥が見つめる川の先の景色を同じように見つめていた。
王の弟子、ジョワン・フォルテラは、戦うことが嫌いで、なにがあっても全力で逃げる主義だと言っていのだが、なぜか、ここにくるまで既に三回も戦っていた。本来なら短時間で相手の特徴をつかみ、相手の裏を掻くことで戦いを避けたり、逃げ出したりしていたのにもかかわらずである。特に、フォグ・モンスターと初めて遭遇した時の推測が正しければ、サミアでは単なる霧がそこにあるだけで、戦うことすらなかったはずである。「僕は何を間違った、いや、勘違いしたのだろうか?」。
「大佐、少し良いですか?」
ジョワンは、大佐に自身の行動が間違っていたのかどうかを聞いてみようと思った。
「なにかね、ジョワン君?」
「はい、実は霧の姿をしたフォグ・モンスターについてなんですが、僕は二回も遭遇しました。最初のときは、ひとが怖いと思うものを見せるんだとおもいました。が、どうしてその恐怖が実体化するのか、そして、襲いかかってくるのか、わからないままでした」
ジョワンは、最初に遭遇した時に感じて思ったことを言った。
「で、さっき、街で遭遇した時は、建物以外何も無いところに、大量のネズミ姿をしたものが生み出されていた。僕の考えていたとおりなら、何かの恐怖が映された、そして理由もなくそれが実体化したと最初の時と同じように考えたのですが、実際、周りには誰もいないし、何もなかった。僕が感じて思ったことは間違いだったんでしょうか?」
最初の遭遇時にジョワンは、逃げ出すことができなかった。それどころか守るために戦った。それは、たまたまなのかジョワンには、ただの白い塊しか見えかったことと不思議なタリスマンなどを使うことで、なんとかする事ができたからである。もし、また遭遇しても、恐怖が実体化しなければ戦うことないだろうと思っていた。
なので、大佐やリアエルの話から思いついただけではあったが、これで大丈夫だと思った。ところが、サミアでの出来事は、それに当てはまらなかったのだ。ただ、襲いかかってくることだけが共通しているに過ぎなかった。
「ジョワン君、これまで王国軍では、このモンスターとの遭遇と思われる件は、幾度とも無く記録されている。が、その正体は未だに不明なままでね。ただ今回のように、軍として公式な記録されたものはほぼないんだよ。なので、あくまでも非公式に記録された内容を元にしてでしか、君の疑問に答えることしできない」
少し申し訳なさげな表情を浮かべながらも大佐は、ひと呼吸おいて
「ただ、これまでの記録の中にあって今回のように特殊と思われる話の中には、何かに遭遇したのか荷物を残して忽然と消えてしまったり、精神に異常をきたした状態で発見されたり、霧が晴れた後に無残な死体の山が見つかったりとかある。が、どの話もきちんとした確認が取れていないため信憑性が低い。そして、そういったものばかりが我々軍に上がってくるんだよ」
現実感離れした報告の裏を取るために我々軍が存在しているわけではないがねと、少し考え込み話し続ける。
「だが、今回の件が、事実として取り扱うことになる。今後のことを考えるなら将軍とも相談しなければならないが、ジョワン君、君が導き出した答えは、いくつもある可能性の一つであるかも知れない。但し検証による確認は必要にはなるだろうがね」
その事実確認のため、我々が検証に動くことになるかも知れない。と、言葉を足した。ジョワンは、自分の考えが、可能性の一つであって、悲嘆することではないと言われた事で安堵はしたが、これまでのように自分の描いた道筋通り物事は進みにくいと言うことに、まだ少し気づけずにいた。そして、それが後になってトラブルに巻き込まれる事にはなる。
「あっ、そういえば」
ふと気になる事が別にもあったようで、
「大佐、土壌改良剤というのは、なんなんでしょう? あの時、使ったら”ジュッ”って音がして縮んで消滅したんですが?」
「そうだな・・・・土壌改良剤の袋には、主成分として石灰と書いてあった。それと、掛けると縮んだということから、強制的水分を奪ったのではないかな。あくまでも今ある情報から判断したに過ぎないがね。もし、次遭遇する事があれば、試してみても良いかも知れないがね」
そう言うと、
「まあ、それでも、出くわさないに越したことはない。それよりも、ジョワン君、あまり無茶なことはしないように」
と、少しばかりくぎを刺していた。ただ言われたジョワンは、
「気がついたら、矢面になっていただけなので、そんな気は全くないです。出来れば逃げ出したいです」
と真顔で返事をしていた。ジョワン本人は、指摘されると嫌がるが、これは理事長と同じく無意識に相手を挑発ししまうような事をしているからであり、そのことに、気づいていないからであった。しばらくして、伝声管から声が聞こえてくる。
「親方、右側修理完了!」
「こっちもおわりました!」
「よし、少し速度をあげるぞ」
修理の間、速度を落としゆっくりと川をくだっていたが、ここで少し速度を上げる。ダイアナは、サミアを出てからリアエルにメイドの心得をずーっと語っていたのだが、それでもスプリットへの到着時間だけは気にしていた。それもあり補修が終わり、ジンじぃの速度を上げるというのを聞くと。
「ジン、今日中に、荷物を届けたいのよ。大丈夫よね?」
と、いてもたってもいられないとばかりに聞くのだが
「そうじゃな、まあ、大丈夫だろ」
「”まあ、大丈夫”じゃ駄目なのよ!」
「わかった、わかった」
やや、のんびりとした口調で切り返すジンじぃ。それでも急げ急げと急かすダイアナに
「慌てなさんな。それより落ち着け、副社長」
と、飄々と答えていた。ダイアナのイライラは募るのだが、だからといって、この機体の操作ができるわけでも無く。ジンじぃを急かすしかなかった。そのおかげで、リアエルは、ダイアナから解放されて少しほっとしていた。
機体は、ゆっくりと進む、川幅は次第に拡がっていく。順調に進んでいくのだが、日が沈みはじめる。茜色の空は、東の空から暗闇をまといはじめる。移り変わっていく景色を眺めながら、一行は、これといったトラブルも無く進む。ダイアナは、ジンを急かし続けていたが、サミアまでの戻り、最後まで馬に引かせたままでもどるで良いか? と言われて、それ以上急かすことができなかった。
「そろそろ、速度を落とすぞ」
「ジン、大丈夫なの?」
「間もなく、スプリットが見えてくる。あくまでも”これ”は、船だからな。速度は船並みでないといかんだろ」
機体の速度は、川の流れと変わらない状態となる。川の前方に、霧が見え、そしてその先のぼんやりとした光が見え始める。
「大佐! 前方に、フォグ・モンスターです!」
「ジョワン君、落ち着きなさい。あれはただの霧だよ」
「えっ?」
「坊主、スプリットの事はしらんのか?」
「何がですか?」
「スプリットは、1年の大半が、霧に覆われている。朝と夕方なんて、ほぼ毎日霧が出ておる」
「え? そうなんですか?」
「何でも、スプリットの沖合の海水温が高く、森を越えてくるアウラからの風やリベラ川の影響で、霧が発生しやすくなっておると、どこかの偉い学者が言っておったな」
「そうなんですか? リベラ川って、あの空を流れる川ですよね?」
「そうじゃ、あの川へつながる場所がスプリットの西の町に外れにあるんじゃ。なかなかおもしろいぞ」
ジンじぃは、そう言うとジョワンの方を向きそう言うと、操作していた席から立ち上がった。先ほどまで低く聞こえていた音が完全に消え、船のように進み出す。この後の操作は、方向舵の制御だけで良く、部下達にあとはまかすことにしたからである。
「左右の方向だ制御をまかせるぞ」
「「親方、了解です!」」
遠くに見えていた光が、次第に大きくなってくる。霧ににじむスプリット。有名な霧の港湾都市スプリットの姿である。ここは、東の街区であるノワイエと西の街区であるプラウトの二つに分かれた行政区である。また、二つの街区は、船での行き来しかできない状態が続いていたのだが、近年、両街区を結ぶための橋を新たに架けると言う工事が進んでいた。が、この工事対する賛成派と反対派が互いに衝突する事態が日常茶飯事となり、架橋工事はストップしていた。ここ最近では、賛成派が行方不明なる事が多発しており、両派の穏健派と行政区長により年の瀬の休戦が提案されていたが、行方不明事件が続いたことで、両派の衝突がますます激化していた。王弟陛下ランベールの所領ではあり、両派の代表者に話し合いによる和解を呼びかけていたが、何者かの妨害により、ランベールは負傷したこともあり、一時的に王都へ待避していたのである。今回、カーネル大佐達がスプリットへ派遣された理由は、王弟陛下からの要請でもあるが、この騒動の解決である。やがて、スプリット東街区であるノワイエの港まで、あとわずかとなる。