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サミアにて

リアエルの動揺。

 ここは、サミアの町はずれにある倉庫街。ユイキュル・エキスプレス社のサミア支店。サミア到着後、カーネル大佐達一行は、ジンじぃの勧めもあってその支店事務所にお邪魔していた。新型輸送機での貨客混在輸送についての改善点を聞きたいということと、スプリットへの移動手段間、冬の最中、外で待つのも大変だろうということからでもある。そして、ジョワンの肩に乗っていた鳥は、一行が建物に入る前に、機体のそばへと飛んでいき、まるで、「ここで見張ってるから行ってこい」と言わんばかりの素振りをして、人のような振る舞いをする鳥に、ジョワンは、「そう見えるのは、気のせいだよな」と、自分に言い聞かせていた。さて、一行は王都からサミアまで、馬車の半分の時間で到着できたことと、王都と違ってスプリット行きの手配などすぐに出来ると思っていたのだが、12月28日、年の瀬も押し迫ったこの時期にそう簡単にいくわけもなく。大佐の部下達が移動手段の確保に動いてはいたのだ手配できずにいた。


「大佐、空きのある便は、明後日までないようです」

「それだと、徒歩で途中泊まりながら、向かうのと変わらない」

「一応、5人がバラバラで向かう事ができるかも確認しました。辛うじて可能なようですが、どうしましょう?」

「我々三人が別々に向かうのは、問題ないが、ジョワン君達を別々には不味いな。しかもリアエル君を一人と言うのは危険だ」

「はい。では、軍で徴用しましょうか?」

「それだと、本来の任務に対して本末転倒だ」


 大佐は、しばらく考えると


「仕方が無い。これより君たち二人は、別々の便で、スプリットへ向かえ。先発隊とは、事前の打ち合わせ通り宿で合流せよ。私とジョワン君達は、遅れてスプリットに入るが、それまでは、情報収集(ききこみ)作業に徹底せよ」

「「ハイ!」」


「大佐、これより我々二名は先行した部隊と合流のため、サミアからの馬車便にてスプリットへ向かいます」


 二人の部下は大佐に一礼すると事務所を出て行った。


「ジョワン君、リアエル君、二人には、私が同行してスプリットへ向かってもらうことになる」

「大佐、徒歩でですか? 僕もリアエルさんもバラバラで向かってもかまいませんよ?」


 なんだかうんざり顔のジョワンであり、できれば馬車等を使っていきたいと思っていたのだが。


「徒歩で移動は、最後の手段だ。ただ、もしそうなった場合は、明日の朝ここを出て、途中一泊して次の日の夕方か夜に到着になる。それでは時間が掛かりすぎてしまう。それからリアエル君をこの時期一人で乗せて、何かあっては困る」


 そう言うと大佐は少し考え込み、


「どうにか都合が付かないか、私も確認をしてくる。もしもの場合は宿手配もしてくるよ」


 と、街へ出掛けていったのと入れ変わるようにジンじぃが入ってくる。


「坊主に嬢ちゃん、どうした? ん? カーネルは?」

「あっ、ジンさん。それが・・・スプリットまでの移動手段が無くて、大佐が今、手配できないか確認に街へ出かけたところです」

「そうか。そういや、坊主達はスプリットまで行くんだったな」

「ええ、そうなんです」

「まあ、なんとかしてやりたいが、儂の独断でというわけにいかんし、それにやり残した陸上走行試験をせんといかんから」


 実際、今回の試験結果によって年明け早い時期に、同じような機体を数台使った正式運用が始まる予定である。王国における更なる高速輸送時代の幕開けとなるが、それは別の話。

 ジンじぃは、ジョワンにそう答えると腕組みをしながら考え込んでいた。


「そう言えば、ジンさん。橋の所で何かあったんですか?」

「ん? ああ、あれか。あれは、」


 その時、ジョワン達のいる応接室の扉が、勢いよく前触れも無く開けられた。


「ジン、ジンはいる?」

「おう、副社長、どうした? というか、どうしておまえさんがここに?」


 少しばかり体格のよいご婦人が部屋に入ってきた。この会社の副社長である。


「あ、いたいた。よかった。これでなんとかなるわ」

「藪から棒になんじゃい。それも副社長様自らお越しなんて?」

「様なんてつけて、いやあね」


 気のせいか、ジンじぃが冷や汗をかいているように見えるのだが。それ以上にリアエルが、そのご婦人の顔を見るや、大量の冷や汗をかいたかのように見えた。


「ダ、ダイアナメイド長。お、お久しぶりでございます」

「あら、誰かと思えば、リアエルじゃないの! どうしてこんなところにいるの? お城の仕事はどうしたの? あなたは、王都から出る許可証を持ってないでしょ?」

「え、えっと・・・・えっとですね。話せば長くなるのでございまするが」


 物凄く動揺しているリアエルである。ところで、彼女を動揺させているこの女性は、ユイキュル・エキスプレス社の副社長ダイアナ・バイロンである。リアエルが、メイドとして王城に勤め始めた頃のメイド長であり、リアエルを一人前のメイドに育て上げた人物でもある。王家の家令であるバイロン男爵と結婚後、後進の育成のためメイド長として王城に勤めていたのだが、「後進に道を譲る」と言いだしジルにその座を譲り、「私は、キャリアを生かすのよ」と、夫であるバイロン男爵を説き伏せて王都に本社がある会社に転職したと聞いたのだが、どうやらユイキュル・エキスプレス社の副社長に就任していたようである。


「まあ、いいわ。もう私はメイド長じゃないし、リアエル、そんなに緊張しなくても食べやしないわよ」

「!!!」

「リアエルさん、こちらの方は?」


 ジョワンは、動揺しているリアエルに声を掛けた。リアエルの首は油が切れた人形が「ギギギッ」と音をさせながら回るかのうように振り返ると。


「ジョ、ジョワン様、こ、こ、こ、こち、こち、こちらは、ジ、ジルさんの前のメ、メイド長様で、でございまする」

「リアエルさん、少し落ち着いて。始めまして、ジョワン・フォルテラです。訳あってカーネル大佐に同行する形でこちらに参りました。リアエルさんは、僕の従者としてこちらへ伺いました」


 ダイアナは、カーネル大佐の同行者と聞いて、ジョワンのことを「この坊や、新人の武官?」と、思った。が、「なぜ王城のメイドが、一武官の従者として付いてきているの?」、普通では有り得ない話だったことから「家の旦那もジルも、一体何をやってるの!」と内心非常に憤慨していた。


「坊や、王城のメイドを武官が従者にするっていったい何をやらかしたんだい?」

「えっ、僕は、軍人じゃないです」

「軍人じゃない? じゃあなんで、この娘を従者にしてるんだい? 恐れ多くも王家のメイドを! さては、この娘に手でも出したのかい!」

「ち、ちがいます。メイド長、ちがいます。ジョ、ジョワン様、ちがいますよね」


 リアエルが慌てて弁解する。ジョワンにすれば、公式な自分の立場『王の弟子』であることを説明すれば済むことではあったが、たとえ、この場で説明したとしても猛烈な剣幕でまくし立てるダイアナ女史の気迫に完全に気圧され気後れしたことで、自分自身で説明しても無理なような気がしていた。


「副社長、もうその辺で、いいじゃろ? 儂に用があるんじゃないのか?」


 ダイアナは、『ああ、そうだった』と、思い出すと


「坊や、ジョワンとか言ったかい。後でこの娘とのこと詳しく聞かせてもらうよ」


 リアエルは、「違うの違うの」と言っていたが、当然の如く全く信じてもらえないようである。


「ジン、急で悪いんだけど、スプリットへ行ってくれない? ちょっと、今日の早朝、バーグブレッド家からスプリットまでの荷物を頼まれちゃったのよ。でね。ここからの便が、トラブルかなにかあったみたいで、スプリットから戻ってきてないのよ。でも荷物は今日中に届けないと行けないっていうのに!」

「なんで、副社長様が直々そんな荷物を輸送しとるんだ? というか、ちょっとむちゃくちゃな依頼だろうが!」

「仕方ないじゃない? 貴族特権での依頼なんだから」


 聞くんじゃ無かったと思いつつも、朝方の王都本社事務所が、まるで嵐が通り過ぎたかのようなあれ具合だったことを思い出して、『それでか』と納得の表情のジンじぃ。


「で、儂にどうしろと?」

「あなた、外のあれ、試験運転だとか言いながら持ち出してるんでしょ? だったら、スプリットまで私を乗せて行ってよ!」

「試運転で、王都へ戻ることになっとるだが・・・」

「いいじゃないの。信用第一の会社何だから!」

「今からじゃあ、夜間走行の準備しないと無理だぞ?」

「じゃあ、さっさとしなさい! 副社長命令よ!」

「わかった、わかった。その代わり本社と社長に、スプリットまでの延長試験をする事を連絡しておいてくれ!」

「じゃあ、行ってくれるのね!」 

「゛副゛社長様からの命令には、逆らえんからのう」

「なによ。棘がある言い方ね!」

「ハイハイ」


 ジンじぃは、言い争っても無駄だと思ったのようで、部下の二人のところへ作業指示もあって、部屋をでた。


「ところで、坊やとリアエル、特にリアエル、詳しく説明なさい!」 


 というわけで、矛先がジョワンたちに向いたところへカーネル大佐が戻ってきた。


「ジョワン君、リアエル君、出発は・・・ダイアナさん? どうしてここに?」

「あら、カーネルじゃないかい! あんたが来てる事は、この坊やから聞いてたけど、どこへ行ってたんだい?」

「小官達は、国王陛下の命令で動いております。詳しい説明は、遠慮したいのですが?」

「私にも言えないのかい?」

「たとえダイアナさんといえど、申し訳ありませんが」


 さすがにダイアナもそれ以上は、聞きたくても王令と聞いて納得したのだが。


「大佐、僕がリアエルさんを従者にしている理由をダイアナさんに説明していただけますか?」

「ジョワン君、自分で説明しなかったのかい?」

「いや、なんとなく説明しても信じてもらえないような気がして」


 ダイアナの気性を知っているカーネルは、それもそうかと思ったようで、ジョワンが、「王の弟子」という職業であること、自分は、その場には居なかったが、カリー女史から聞いていたリアエルが従者になった理由を説明していた。


「そんな馬鹿げた話、一体全体、誰が信じるっていうのよ。信じられないわよ!」

「ダイアナさん、全て事実です」

「そんな理由でリアエルが、従者とか、国王陛下の弟子だとか、寝言じゃないの?」

「嘘ではありません。バイロン男爵やカリー女史に確認していただいてもかまいません」

「まあ、その話半歩譲って信じるとしても、あの馬鹿皇太子が、次期国王にならないってとこだけは信じたいわね」


 ダイアナは、すべて与太話と切り捨てたかったが、余りに真剣な大佐の表情から全てを鵜呑みにして信じるわけにはいかないと思いつつも、納得せざる得なかった。この後王都に戻ったダイアナがカーネル大佐の言っていたことが事実であることを知り、なんだかんだとジョワンに、厄介事を依頼してくるのだが、それは後の話。


「ところで、ダイアナさんは、なぜここに?」

「スプリットまで荷物を頼まれたのよ。バーグブレッド家からね」

「バークブレッド家ですか」

「ところが、サミアに着いてみたら、今日戻ってくるはずのうちのスプリット便が戻ってきた無いのよ。でね、外の桟橋を見てたら、社長の道楽号が止まってるじゃない」


 ダイアナは、まくし立てるように次から次へと止まること無く話を続ける。


「で、あれ動かせるのは、ジンか社長で、社長は、確か、チエーロへ行ってるはずだから、ジンが来てるだろうと思ったのよ」


「そしたら、ここにリアエルが居たじゃない。王城のメイドが、こんなとこに来てるのは、おかしいでしょ? うちの旦那やジルがちゃんと仕事してないって事にもなるし、それでこの二人を問い詰めてたのよ」


 まくしたてるようなしゃべりで、いつの間にか話している内容がかわってしまっていたのだが、ダイアナの勢いに、大佐もジョワンも圧倒されていた。


「副社長、興奮しすぎじゃい。少しは落ち着かんか」

「あら、ジン、もどったの?」


 ジンじぃは、戻るなりそう言うと、


「今、調整させとる。一時間もすれば準備が完了する。カーネル、お前ら、スプリットに行くんだったな。便は、あったか?」

「それが無くて、部下二人には、先に行かせました。我々も明日には最悪徒歩にはなりますが出発しようかと」

「そうか、副社長、おまえさんの無理を聞いてやったんだから、この3人を儂が乗せると言っても、文句は言うなよ。文句を言うなら行かんからな」

「わかったわよ。荷物が届けれれば文句なんて言わ無いわよ」

「というわけじゃ。カーネル、スプリットまでのってけ。ただ、今度は途中でエレキ切れになるかもしれんから、さっきみたいには、スピード出せん、到着も、夜になるかもしれんがいいか?」

「おやっさんが、よければお願いしたい」

「よし、決まりじゃ。副社長、王都便まだあるから、さっきの話とそれから予備のエレキ充電の装置をサミアに送るように連絡しといてくれ。でないとスプリットからここに戻っても、王都へ戻れんからな」


 ジョワンは、徒歩旅でなくなった事に、ホッとしていたのだが、横にいるリアエルが「メイド長と一緒に、メイド長と一緒に、メイド長と一緒に」と同じ独り言を繰り返し言っていたので心配で声をかけたのだが、


「リアエルさん、大丈夫?」

「は、はい、大丈夫でございますります」

「リアエルさん・・・・」


『僕がリアエルさんを守らないといけない』と、少しズレた覚悟のジョワン・フォルテラ20歳であった。


 ダイアナは、ジンが直接王都本社への依頼をすればと主張していたが、副社長権限の方が上だろ? と言われてやりこめられていた。そんなダイアナを見てリアエルは、内心『ジンさん、師匠と呼ばせてください』と思ったようである。

 大佐は、先に行かせた二人に追いつくなと思ってはいたが、もし二人がこの場にいて一緒だと、またフォグ・モンスターに遭遇した時の混乱を考えて、仕方ないなと思ってはいた。ただ、出来る限り目立たずスプリットに入りたいこともあり、ジンじぃに、街外れで降ろして欲しいとたのんだのだが、


「スプリット手前から川の流れる速度で進ませるから、大丈夫じゃ」


 と言われて、そのまま町まで入ることになった。ユイキュル王国おける法律では、町と町の間での移動には、許可証がなければ厳しく制限するとなっており、輸送業務も例外なく許認可制となっていた。今回の輸送を伴わない試験運転を実施する場合は、必ずその旨を王国の役所へ移動における申請をしなければならないという規定があった。この規定のため王都エルグランドとサミア間で試験運転を行うという申請は行っていたが、ここでスプリットまで延長試験運転を行うと言うことは、法令違反となり、輸送会社の許可取り消しにされる危険性があり、通常の王国内輸送業務の許可証を持つユイキュル・エキスプレス社としては、(既存の船らしく見せるなどする必要はあるが)船便扱いの臨時便としてスプリットへ向かうと言うことにして、ジンじぃはダイアナの持ち込んだ案件に裏技的に対応することにしたからである。

 

「役所への許可申請上、スプリットからの戻りは、町から離れるまでは、従来通り馬で引っ張らせなきゃいかんが、副社長、文句は言うなよ?」

「文句なんて言わない。言わない」


 ダイアナは、そう言うと本社への連絡の準備をしに部屋を、大佐は、今晩泊まる予定にしていた宿に断りを、そして、ジンじぃは、最終調整へとそれぞれ部屋を出て行き、ジョワン達が留守番となった。


「リアエルさん? 大丈夫?」

「は、は、はい、でございまする」


 ダイアナは、この場には居ないのだが、リアエルは、未だ緊張していた。


「ほんとに大丈夫? 緊張し過ぎじゃないの?」

「き、き、緊張、なんてしてございませんでございます」


 ジョワンの目から見てもはっきりとそして明らかに緊張し過ぎていたのだが、さすがに、ここまで緊張している時、どうすれば良いかがわからなかった。


「ジョ、ジョ、ジョワン様、ど、ど、ど、どうしましょう。メ、メ、メ、メイド長様と、と、と、ス、ス、ス、スプ、スプリットまで、で、ど、ど、ど、同行で、で、ど、同行で、で、で・・・・」

「リアエルさん、落ち着いて、落ち着いて」

「ピュル? ピュルルルル? ルルルル! チュン!」


 いつの間にか、ジョワンも気がつかなかったのだが、肩の上に鳥が戻ってきていた。「お前、いつのまに?」とは思っていたが、なぜか鳥が胸を張り「おう、任せとけ!」と言っているような気がしたが、そんなバカなという気持ちでいた。


「ヒューイ、ピュルルルル?」


 なにやら、鳥が羽根でリアエルに、身振り手振りで何かを主張しているように見えたのだが、ジョワンは、「おまえ、鳥だよね?」。初めて見た時は、何もない所から現れるという突拍子もない登場をしたにしても、それでも少し毛色の違った鳥であるが、その後、どう見ても鳥として振る舞っていたので、やはり鳥だよなと納得していたが、鳥らしくない振る舞いに、思わず「おまえ、僕の言っていることがわかるのか?」と尋ねたかったが、


「ジョワンさ、君! 鳥さんが、ついて来いとか言ってるみたいです!」


 鳥の努力の甲斐もあったのかすっかり落ち着きを取り戻したリアエルは、鳥の羽ばたきに釣られて歩き出していた。「リアエルさん、鳥と話しできるの?」と聞きたかったのだが。


「リアエルさん、待って待って!」


 ジョワンは、慌てて後を追いかけて部屋をでるのであった。




 さて時間は、すこし戻り王城、仮救護室。


「そういう訳ですので、貴女には『王の弟子』ジョワン・フォルテラの従者という立場になっていただきます」

「どうしてもですか?」

「断る事もできますが、失礼ながら、貴女の身辺調査をさせていただきましたが、シュート在住で許可証も無く、王都に来ている事は、国法の違反となり、申し訳ないですが逮捕させていただくことになります」

「それは、脅しですか?」

「そうとっていただいても構いません」

「わかりました。少し考える時間をいただけませんか?」

「そうですね。すぐにお返事というのは、私も少しせっかちですね。『王の弟子』ジョワン・フォルテラは、明日からの軍の任務に同行いたします。ですので、彼が戻って来るまでに、どうするか決めて頂ければかまいません」


 カリーは、ジョワンが『王の弟子』であることを告げ、気の毒とは思ったがマリーの意志とは無関係に従者認定されたことを教えた。歓迎の宴での出来事を全て知るカリーだからこそ、全ての説明が出来るのであって、「嫌な役回りだけど、あの事は侍従長は知らないし仕方ないわね」とは、カリーの独り言である。


 そして、マリーの方はというと、課せられた命令に失敗していても唯一のマスターはヘンリーであり、カリーから排除対象であるジョワンの従者と認定されたと言われても、それは出来ない話であった。ただ未だに、マスターと連絡が取れない状況であり緊急時には自己保全を優先すべきではあったが、そのために相反する完全な矛盾を抱えてしまうという状態に陥ることを彼女は理解していた。なので、答えを出す期限をカリーに決められたことは助かってはいたのだが、それまでにマスターになんとか指示を仰がなければいけないという自身の結論を導き出していた。


「わかりました。ジョワン君が戻ってくるまでにお返事します」


 なので、今は、そう答えるしかなかった。


 翌日、ジョワンは出発前に一度マリーのところに顔出し、ややこしいことに巻き込んでしまったことにひと言詫びると、リアエルや大佐達ともにスプリットに向けて旅立って行った。マリーは、その行き先がどこなのか聞いたのだが、機密事項だからと教えてもらえなかった。



 鳥は、リアエルとジョワンを、速度を上げたり落としたりしながら、まるで、ついて来いよという感じで誘導しているようであったが、ジョワンはあくまで気のせいだと思っていた。ここで、リアエルに「人の言葉理解してるよね?」と聞いて、「そんなバカなことあるわけ無いです」と言われたくなかったからである。

 目的の場所に着いたのだろうか、鳥はすーっとジョワンの肩に降りてくる。


「ジョワンさ、君、あれを見て!」

「リアエルさん、゛さくん゛じゃなくて、君でね」


 ジョワンは、リアエルにそう言いながら、リアエルの指差し方をみると、犬や猫が通れるぐらいの建物の隙間にうっすらと白い靄がかかっていた。靄は地面からcm程の高さまでしかなかったのだが、昼下がりの街外れとは言え街中で霧や靄が出ることは考えられず、明らかに、フォグ・モンスターだと思えた。が、ただ今にも消えてしまいそうな様子であり、よく見ると小さなネズミのような生き物が、あちら、こちらに散らばるようにいた。今も目の前で実体化していた。


「ジョワンさ、君、あんなにたくさんの小さなネズミが、どうして?」


 そういえばと、フォグ・モンスターのことを思い出して、ポケットに入れてあるものを取り出して見ると、やはり僅かではあるが光っている。が、その光も次第に消えていく。視線の先のフォグ・モンスターの姿もそれに合わせるかのように消えていった。まるでネズミを生み出し終えて消えたかのようにジョワンには見えた。


「ジョワンさ、君、ネズミが!」


 大半のネズミの姿をしとものが、ふわっと霧のような状態になり霧散し消えていく中、僅かに残ったものは周囲を見回して物陰へと隠れるもの、ジョワン達に興味を持ったのかこちらを伺うように向かってくるものなど、せわしなく動いていた。


「ジョ、ジョワンさ、君。あ、あれは?」


 そんな中、こちらへ向かってくるネズミのような生き物に、気のせいか、一体だけ少しずつ大きくなっていく個体があった。よく見ると細い触手のようなもので周りのものを取り込んでいるようである。


「リアエルさん、近寄らないで、離れて!」


 ジョワンは、リアエルの手を取ると駆け出した。肩の鳥は攻撃をしようと飛び立ちかけたねだが「おまえも逃げるんだ!」。鳥もその言葉を理解したのか、ジョワンたちの前を飛び立ち誘導し始めた。最初はネズミのような姿をしたものが、次第にその形を保てなくなったのか、崩れていく。既に元がどういう形であったのか、わからなくなっていた。それは大きくなって行くにつれて向かってくる速度も次第にゆっくりになっていく。


「ジョワンさ、君、あれをあのままにしいてて大丈夫でしょうか?」

「多分、全然大丈夫じゃない。けど・・・・どうすればいいんだ」


 手元には、武器はない。機内でフォグ・モンスターと戦った時は、ポケットの中の御守りが光る剣となり戦う事ができた。怪物が実体化する直前であったからでもあったのだが、今は戦う術がなにもない。


『何か、何か無いのか』


 ジョワンは、自問自答する。向かってくるものの危険性を考えて街中ではなく外へと、建物を曲がりながら、誘導しているが有効な手だてが思い浮かばない。


「リアエルさん、先に戻って、すぐに大佐かジンさんを呼んできて!」

「ジョワン様!」

「早く!」

「わ、わかりました。大佐かジンさんをすぐに呼んできます。ジョワン様、ご無理をなさらずに!」


 リアエルは、そう言うと駆け出して行った。もう原形を留めていない、元がどういった生き物の形をしていたか、どうかもすでにわからない。そんなものがゆっくりと、蠢きながら近づいてくる。ジョワンは、人の気配がない方へと、うまく誘導していた。


「こっちだ、こっちへ来い!」


 振り返って見れば、さらに一回り大きくなっているのだが、良く見れば何かを避けるような動きをしていた。注意深く辺りを見回すと、゛土壌改良剤゛と書かれた袋が、積み上げられており、『緑化プログラム実施中』と書かれた看板やプランターなどが重ねて置かれていた。どうやら土壌改良剤を避けているようである。


「やってみるしか無いか」


 ジョワンは、そうつぶやくと距離を保ちながら周り込み土壌改良剤と書かれた袋のところへと移動する。元ネズミのような形をしていた何かは、向かってくるのだがある距離まで近づくと、忌ま忌ましいと言わんばかり形を変え左右へと広がる。ジョワンは、袋の口を開けると、それに向かって中身をぶちまけた。


 ジュッと音がして、掛かったところが焼けたかのように溶けていく。それを見て更に大量の土壌改良剤をぶちまける。



「ジョワン様が、ジョワン様が!」

「嬢ちゃん、ちょっとおちつけ!」

「リアエル君、どうしたんだ?」

「変なモノが出てきて、それでそれで、大佐かジンさんを呼んできてと、早く戻らないと!」

「さっぱりわからん」

「リアエル君、落ち着いて、ジョワン君に何か助けが必要な事が起こったんだな?」


 リアエルは、うなずくとジョワンの元へ戻ろうとしていたのだが


「リアエル君、待ちなさい。君はここで待っていなさい。おやっさん、すまないがリアエル君を頼む」

「でもでも」

「嬢ちゃん、カーネルに任せて、坊主を待つんじゃ」

「でも、ジョワン様が・・・」

「嬢ちゃんが行っても足手まといになる。待つんじゃ!」


 リアエルは、それでもジョワンの元へ戻ろうとしていた。


「嬢ちゃん、坊主がどうして嬢ちゃんを先に戻らせたか考えろ! カーネル、早く坊主のところへ行け!」


 大佐は、おやっさんが言うまでも無くジョワンのもとへ向かった。



 元々ネズミのような形を不定型な何かは、ジョワンから掛けられたもので次第に小さくなっていくのだが、それにつれて動きが素早くなっていく。掛けようとすれば、かわされる。あわよくばジョワンを取り込もうとするかのように向かってくる。そんなとき、


「ジョワン君!」

「大佐、危ないから、余り近寄らないで! それより、そこにある土壌改良剤とかいた袋の中身を、この化け物に!」


 大佐は、ジョワンの足元が真っ白になっており、更に拳より大きい塊が跳ね回っているのが見えていた。


「ジョワン君、それは?」

「フォグ・モンスターから実体化したネズミもどきです! 最初は、ネズミみたいな姿だったんですが、得体の知れないものに!」


 避けられながらも掛けていく。地面は既に白くなり、跳ねる度に小さくなっていく。


「大佐、そちらからもお願いします!」


 大佐は、袋の中身が何かを確認していたが、ジョワンの声に促されるように、数回狙いすますように投げつける。前後から何度も同時に土壌改良剤を投げつけられ、ますます小さくなり、やがて、ポンッと音がすると霧状になり消えて言った。


「ふーっ、なんとか、倒せた。大佐ありがとうございます。ところでリアエルさんは?」

「おやっさんと一緒に待つように命じてはきたのだが・・・」


「ジョワンさ~ま~!」


 リアエルは、ジンじぃを引きずるような形でジョワンのところへ走ってくるのが視野に入ると、やれやれと言った感じの大佐であり、


「嬢ちゃん、止まれってくれ!」


 ジンじぃの叫び声が聞こえていたが、ジョワンは、それを見て苦笑いするしかなかった。


「リアエルさん、ジンさんを引き摺ってるって」


 リアエルは、ジョワンの無事な姿を見て、ほっとしたのか。その場にへたり込むと、わーんと泣き出すのだが、それをなだめようと必死のジョワンであり『ばあちゃんに怒られる』と内心、冷や汗だったが、なんとかなだめて大佐やジンじぃと共に戻るのだが、その途中。


「こっちの準備が終わり次第、出発する。 カーネル、戻ったら荷物を積み込んでくれ。坊主達もな」


 いよいよ、スプリットへの出発になるのだが、サミアの町プロジェクトとしておいてあった土壌改良剤をばらまいたことで、その犯人捜しが町を挙げての行われたり、後で、ジョワンがそれを聞き、謝りに行き、理由を説明しても信じられてもらえず、いたずらをしたということで罰金を科せられ危うくサミアへの立ち入り禁止となり、シュートや故郷のラオウ村へ帰るのにサミアを通れないという悲惨な状態になりかけたりしたのだが、大佐が少し裏で動いたようで立ち入り禁止はなんと避けたようである。

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