弟子、派遣される~王城到着、職業と適正は秘密です~
ピピピピピッ
けたたましいアラームの音が鳴り響く
『C.E.3700.07.30,UT.07:00』
男は、枕元の時計を無造作に手に取ると、時間を確認した。
「あ、もう,朝か・・・・今日の予定はっと。。。なんだっけ?」
と、独り言をつぶやきながら、再び夢の中へと男は帰っていった。
このあと、この男の部屋の扉が、激しく叩かれることになるのだが、男にとって、そんなことはお構いなしであった。
今は12月も終わり、キリリと冷え切った空気が遠くまで満ちているような澄み切った朝の空、あまりの冷たさに、少将の温度差では割れ無いはずのガラスが割れてしまいそうなほどである。ふと、空を見上げて少しばかり目を凝らせば、氷ではないキラキラと光る何かが、空から降ってくるのが見える。冬の寒さがいちだんと厳しくなる頃に、よく見られる、ここでは当たり前の景色である。
ガタッゴト、ガッタンゴトン、ガタゴトン
そんな寒い冬の朝、少し荒っぽい音を立てながら、きれいに整えられた石畳が続くの道を一台の馬車がどこかへ向かっている。ここは、ユイルキュエ王国の王都・エヌグランド。その馬車は、やや背の高い馬に引かれながら、先へ先へと進んでいく、その先には王都エヌグランドの中心部に、威風堂々と並び立つ塔と割と低い城壁に囲まれた城が見えている。
ガシャーン
そんな中、何かが、割れるような音が、突然、聞こえてくる。馬がいななき、御者はなにやら慌ててはいた。その音は、ずいぶん、はっきりした音で、すぐそばからだった。この音は、どういう理屈で起こるのかは不明ではあるものの、いつも冬のになると、空から何かが降ってくる時に聞こえる。そして、今回が、どうやら馬車の近くに降ってきたようであった。馬はというと、最初は、驚いたようであるが、御者と違って、すぐに落ち着いついたようで、すぐにそのまま歩みを進める。
カラカラカラ、ガッタン、カラカラ
やがて、聞こえてくる乾いた音に変わる頃、馬車は王城の門へと迫っていた。御者は、それを確認するように 馬の速度を落とし、それにつれて、馬車も速度を落とす。ちょうど門番が控えるところで、馬車は止まる。この馬車をよく見れば、古めかしくも威風堂々(いふうどうどう)とした紋章が装飾されており、AFIショルテ派遣協会と、古い書体の文字が刻まれていた。王城の衛士は、紋章を一瞥するなり慌てて門を開ける。
「ご苦労様であります。本日、国王陛下への謁見につきましては、こちらにも連絡が来ております。」
衛士は、やや強張った表情で馬車の中にいるであろう人物に敬礼していた。
「おお、君かい。衛士の弟子として派遣されて、つい最近、正規衛士)に昇格したと言う話を聞いたよ。おめでとう。」
馬車の中から初老の男が、顔をひょいと出すと、人懐っこそうな顔で、衛士に一言声を掛け
「こういうときは、君に何かお祝いをしないといかんな」
と、いたずらっぽく笑いかける。
「いえいえ、校長先生のお言葉だけで、感激であります」
衛士は、なぜか、老人の笑みからなんとも言えない恐怖を感じていた。それもそのはず、過去に先生と呼ばれるこの人物からお祝いと称して、とんでもない目にあわされた先輩のことを思い出したからである。ちなみに、先生と呼ばれるこの人物は、ショルテ弟子派遣協会理事長であり、協会傘下の訓練学校校長でもあることから、衛士は、この老人を先生と呼んでいた。
「あ、先生、すぐに、カーネル大佐をお呼びしますので、馬車の方はこちらの方へお願いします」
衛士は、本来伝えるべきことを慌てて伝えると、そのまま一礼して、詰め所に戻ろうとしたのだが、ふと、馬車のなかにもう一人、フードを目深にかぶった人物が乗っているのが見えた。
「ところで、先生、そちらの方は?」
「おお、こいつか?こいつはな、これから王城に弟子としてつくことになった君の後輩に当たるやつじゃ。今日は、その件もあって、国王陛下に謁見を願い出たのだよ。」
「僕の後輩ですか。で、どういった職の弟子なんでしょうか?」
「それはじゃな。・・・・秘密じゃ」
なぜだか、老人の顔が、また、いたずら小僧の笑みとなったのを見た衛士は、聞いてはいけないことを聞いたような気がしたのか、身体中の汗腺という汗腺から汗が滝のように流れでるような感覚に襲われた。
『・・・校長先生が、この笑顔をするときは、絶対、ろくでもないこと考えてる時だから、なにかが起こるに違いない・・・・・』
衛士は、弟子として王城にやってきたときに、
『衛士たるものは、常に冷静たれ!』
と、先輩衛士から訓示を受けていた。なので、ここでは、表情を一切変えずに、いたのだが、できれば、先生が問題を起こす前に、この場を逃げ出したいという衝動に駆られつつも
『後輩よ、お気の毒に・・・・』
と、口に出さないまでも、憐れみのような感情を抱きつつ、詰め所まで戻ると、所定の手続きをとるのだが、
「先生、カーネル大佐が、まもなくこちらに参られますので、今しばらくお待ちください」
衛士は、”校長先生、ここでは問題を起こさないでくださいね”という気持ちを十分込めて、伝えることだけが、今の彼にできる、精一杯のことであり、彼にとって、この老人は、訓練学校時代の恩師でもあり、頭の上がらない存在であったからでもある。
「わかったておるわい。わしが何をすると言うんじゃ?」
老人にしてみれば、校長として卒業生が出世したことへを純粋に祝ってやりたいと思ってはいたが、今日は、国王陛下への謁見が目的であり、祝うことは二の次であり、なにも、教え子である衛士をいじめるつもりなど毛頭ないのだが・・・・
過去にお祝いと称して、卒業生に家をプレゼントとしたり、家具を送ったり、豪華な料理や高価なお酒を送ったりしたことがあった。だが、その界隈では、ちょっとばかり有名な幽霊屋敷と呼ばれる家で
「新居には、家具が必要だな」
と、何の確認もしないまま、部屋に入りきらない数やサイズの家具を送っていた
「引っ越し祝いのパーティをするじゃろうから、料理と酒を手配しておいてやろう」
と、これまた何も考えずに部屋を埋め尽くすほどの料理を手配したり、酒樽で玄関をふさいだりと度を越えたことをやらかしていた。ただ、当人には悪気などいうことは全くなく純粋に祝う気持ちから行為なのだが、それで受ける祝われる方が受ける被害は半端なかったようである。
そんな話など、すでに忘れているのか、衛士が立ち去った後、
『ここは、愛弟子のために、何か飛び切りの祝いをしてやらんとな』
と、衛士にとっては迷惑この上ないことをこの老人は考えていたのだが、”迎えがやって来る”という言葉に、馬車から降りる準備をしようと、老人は連れてきた同行者の方を見るのだが、どうもぼーっとしているようにしか見えなかった。
「これ、ジョワンや、」そろそろ馬車を降りる準備をしなさい!」
ジョワンという名の同行者に、声をかけるのだが、その声が聞こえているのいないのか、呼びかけに無反応であり、馬車の窓から外を眺めている。ふと老人が窓ガラスを見れば、同行者は、夢うつつなのであろうか、単にぼーっとしているだけのであることが見てとれた。
『こやつは一体、何を考えておるのやら、大物なのか、馬鹿なのか・・・・』
いつもなら、訓練学校の校長として卒業生を連れてきてあちらこちらへと行くのだが、今日は、王城で国王陛下との謁見ということもあり、ショルテ弟子派遣協会理事長として、この同行者を連れてきており、いつもより、その責任は重い。老人は、再び、この同行者に声をかけようとしていると、誰かがこちらに向かってくるような靴音が聞こえた。振り返れば。その靴音は、王国軍の軍服に身を包んではいたものの、がっしりとした体格をした男が、微笑み浮かべながら、老人と同行者がいる馬車のところへ歩いて来ているのが見えた。
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ガラガラガラ
馬車の振動が心地よいのか、一人に青年が、行き先も知らぬまま、馬車の中で、ぼーっとしていた。
「冬なのに、なんていい天気だろう・・・」
馬車の窓から澄み切った青空を見上げながらも、冬のポカポカした陽光に眠気を誘われ夢の中へ行ったり、戻ったりとしている。青年は、防寒用のフードが付いたマントを羽織り、そのフードで顔を覆うかのようにかぶっていた。
『・・・・なんだかとっても眠いな・・・ちょっとぐらいは寝ててもいいよな・・・・』
と、この青年の同行者である老人は、国王陛下との謁見ということもあり、すこしばかり緊張はしていたのだが、それとは、ちがって、ひたすら、のんびりしていた。
『う~ん、今日はどこまで行くんだろう・・・・ふわ~っ、朝が早かったから、ちょー眠いし、どうでもいいか・・・・・・・・』
この青年が、同行者である老人とともに、国王陛下との謁見することになり、その謁見の主役でもある青年である。彼は、今日・・・王国歴10468年12月26日・・・二十歳になったばかりであり、名をジョワン・フォルテラという。誰が見ても緊張感などまるでない、お気楽そうな雰囲気を漂わせる青年である。
『あんなところにベンチがあるのか・・・・こんな日は、こう緑に囲まれたあそこのベンチで横になってゆっくり眠ってたいなぁ。ああ、ほんとに眠い・・・』
ゆられる馬車の中でそんなことを考えているほどお気楽感満載な青年であり、妙にに緊張している同行者の老人とは対照的である。やがて、馬車は、王城の門の手前でその歩みを止め、同行者の老人が、衛士と話をしていることすら気が付かず、もう一度大きなあくびをすると
「これ、ジョワンや、そろそろ馬車から降りる用意をしないさい」
ジョワンは、ぼーっとしており、まるで夢の中の出来事のような感じで、老人の声を聞いていた。
『ああ、眠いのなんのって、なんでここに来ることになったんだっけ』
と、考えながらも、けだるそうに、声のする方を見る
「お迎えが来たようじゃな、ジョワンや、早く支度をしなさい」
「えーっと、どなたでしたっけ????」
と、はんぶん寝ぼけているような状態であったこともあり、こういう時のお約束とでも言った感じの返事をした瞬間、
ガーン!
あたりに響き渡るほどの大きな音がした。それこそ、星が散るような一撃が、ジョ ワンの脳天にさく裂した。(本当に、少し離れた衛士の詰め所にまで聞こえていたようであり、その音に驚いた衛士は、音のする方を見て、ぎょっとしたが、見なかったふりをしたのは言うまでもない)
「痛ってーー、じじぃ、何するんだよぉ~頭が割れる~」
ジョワンは、その痛みに涙目であり、老人を睨むもうとしたのだが、もう一撃、食らわせてやろうかと思っているのか、手に持た杖を無表情に振りかざしているのを見て、狭い馬車の中、あとずさりしつつ、
「こ、校長先生、やめてください。頭が割れます。頭の周りで星が回ってます」
「このクソガキが、目上に対する言葉使いに気を付けんか!! 毎回毎回、協会内では儂が理事だということや、学校の校長であることそっちのけで、ことあるごとに、悪態(をつきよって、お前というやつは、まったく」
これまで好々爺然とした振る舞いをしていた老人が、怒りとあきらめが混じった複雑な表情で、ジョワンを見ている。
『まったく、こやつはいつまでたってもこの調子。これがこれまでなかった職業の弟子かと思うと、どうなることやら・・・・まったく持って心配じゃ・・・・』
と、声に出さないまでも、一抹の不安を覚えるのだった
「ジョワンや、今日の陛下との謁見と、その際のお披露目が終われば、ぬしは、ここで生活をすることになる。今のような言葉遣いをするでないぞ。」
「えーっと、気を付けます・・・・たぶん・・・・きっと・・・・・・・・」
今ここがどこで、今日は何をするのかを思い題したジョワンという名の青年は、次第にその声のトーンを落としていく。そんな様子をみていて、老人は、ますます不安を募らせていくのだが
「ほれほれ、馬車の外にお迎えがきたぞ、さっさと支度をせんか。降りるぞ、忘れ物はないな?」
ジョワンは身の回りに忘れ物がないかを確認しながら、馬車から降りる老人に
「大変だ!!」
「なんじゃ?」
「今、頭の周りに、たくさん見えていて、回っていた星がありません。」
老人は大きくため息をつくと
「・・・・・さっさと降りてこい。」
あきれた表情を浮かべていた。
『やはり、こやつはある意味、大物か、それとも、大ばか者もしれんな・・・』
何度も何度も、ろくでもない思いが頭の中をよぎりつつ、迎えにやって来た軍人に軽く会釈をする。
「フォルテラ校長、いや理事長とお呼びする方がよいですかな?ようこそ、王城へ!。国王陛下が今か今かと、お越しになるのをお待ちでございます」
「カーネル大佐、貴公が迎えに来られるとは、かたじけないのう。そうじゃな。今日の儂は、協会理事長としてきておるので、理事長で頼む」
「承知しました。フォルテラ理事長、それにしても、よもや馬車で、正門ではなくこちらの方に来られるとは思いませんでしたので、お迎え遅れて申し訳ございません」
笑顔の中に、張り詰めた雰囲気を漂わせるこの男は、衛士の上司でもあるカーネル・モノリシック大佐である。
この老人、王城の正門でjはない入り口へ行けば、そこの衛士が責任者である大佐を呼ぶことを
予測したうえで、このような返答しており、そういうことを一切見せない食えない爺さんである。
「では、協会理事長でよろしいですかな?」
「堅苦しいのう。ただの理事長でかまわんよ。」
カーネル大佐は、理事長の後ろでフードを目深くかぶっているのに、ほわーんとした空気を漂わせる不思議な同行者。なぜか目が離せなくなる青年を不思議に思いながら、
「理事長、そちらの同行者が、今回の王城勤めの新たな弟子ですか?」
「そうじゃ、今日の主役でな、名をジョワン・フォルテラじゃ」
「はて、フォルテラとは、理事長のお孫さんですか?」
「こやつは、孫ではないぞ。儂の遠縁というか、甥っ子の子じゃ、まあ、わしからすれば孫ともいえるがのう」
と、理事長が答えるのを聞き、とジョワンは、 何か慌ててて様子で、フードをとり払うと、
『こんなじじぃと似てるわけない!』
と言わんばかりのアピールをするかのうような表情を見せたるのだが、理事長は振り返りもせず、ジョワンの足をこれでもかとばかりに、力一杯踏みつける。
「!」
ジョワンは、声を上げる間もなく涙目になる。カーネル大佐は、そんな二人の声には出さないまでも暗闘ともいえるようなやるとりから、理事長とその同行者、ジョワン・フォルテラの関係をなんとなく察したようである
「随分と、お二人は、仲がよろしいようですね。何というか、これまで、訓練学校卒業後、王城勤めとなった協会派遣の弟子とは、雰囲気からして違う。なかなかよい資質を持っているようですな」
「いやいや、大佐。こやつは、誠に、不肖の弟子というか、先ほども言うたように、甥の子なのじゃがな、こやつが5歳の時じゃったか、両親を亡くしてのう。身内も儂以外おらんかったので、そのまま預かっておったてな、じゃから孫のようなもの、いや、息子のようなものという感じかのう。こら、ジョワン、後ろに下がっとらんで、前に出て大佐にあいさつせんか!」
涙目全開のジョワンは、「孫のような」とか「息子のような」とか、また言われて、またまた嫌そうな顔をしながらも促されるまま
「じ・・・理事長から紹介のありまりた王城勤めの弟子としてこの度参りまつったジョワン・フォルテラと申します。カーネル大佐様、今後ともよろしくお願いいたしまする。」
じじぃと言いかけた途端、理事長からのすさまじい殺気を感じ、少々びくつきながら噛み噛みな挨拶をするジョワン。カーネル大佐は、この青年のことを、なかなか面白いと気に入った様子である。
「ところで理事長、今更ですが、どうして王城の正門ではなく、こちらの通用門の方へお越しになったんですか?」
大佐は、本来、最初に聞くべきことを思い出したかのように、唐突に話題を変えて尋ねると
「そうじゃな、理由はあってのう。それがこやつの職にかかわることが絡んでおってな」
「ほう、それはそれは、で、彼の職がですか?それについて小官に教えていただけますかな?」
「いやいや、それは陛下との謁見にて、お披露目することになっておるから、たとえ大佐といえども、今は、無理じゃな」
「ほう、小官にもお教えいただけないほどに重要な職の弟子ですか?それは、お披露目が楽しみですな」
大佐はそういうと、少しばかり笑みをこぼしていた
「理事長、僕の職って、それほどまでに重要な職なんですか?それに重要な行事の時には、協会の空中を飛ぶとかいう移動機をつかうとか言ってたじゃないですか。僕の職が、重要だっていうんなら王城に来るのにそれを使えば良かったじゃないですか。」
ジョワンは、ここぞとばかりに理事長をやり込めようと言葉をまくし立てる
「なのに、どうして馬車にしたんですか。景色はよかったですけど、眠くなるわ、殴られるはろくなことないじゃないですか。大体僕の職は、おっ、あぎゃぁ・・・」
いつのまにか理事長の黄金の右ストレートが、ジョワンのテンプルにクリーンヒット。その拳は、王者の風格を漂わせるような一撃であり、大佐は驚愕の表情を浮かべている。
「陛下とのお披露目まで待てというに、それに、馬車でボーっとして眠りこけておったのは、おぬしのせいじゃろうが、この馬鹿者が」
「まあまあ、理事長、彼、ジョワン君が、国王陛下との謁見とお披露目をする前に、もうボロボロになってますよ。それにしても、理事長、なかなかのパンチをお持ちで」
大佐は、突然の出来事に、何とも言えない表情をしながら理事長に声をかけつつ、先ほどに、続き、2度目のあおりに、
「この青年、なかなか面白い奴だな」
と、感心していた
「いやいや、これは、年寄りの冷やかし程度じゃよ。ところで大佐、この馬鹿のことよろしく頼みます。こやつ、この調子なので、この後苦労すると思うのじゃが、もう儂が手助けすることは、この後できんじゃろうからのう」
「じ・・・理事長、もう寿命ですか?ですか?いつ逝くんですか?ですか?」
ジョワン・フォルテラ、どこまでもマイペースで空気を読まないやつである。ただ、黄金の右ストレートを警戒してかやや逃げ腰ではあるが、そこはご愛敬である。
「ははははっ、この様子を見ているとジョワン君なら大丈夫でしょ。これだけ神経が太ければ、王宮内のはびこる魑魅魍魎にも負けないでしょう。」
「魑魅魍魎のう、まあ、わしの目から見ても確かに、こやつは、少々のことではめげないとは思うのじゃが・・・・いや、まあ、儂の懸念は、謁見のあとになれば大佐もわかるじゃろうって」
微妙に遠い目をする校長を訝しむ大佐ではあったが、詰め所の衛士がそわそわとした素振りであり、その視野の端に入ってくる
「どうした?何事か?」
衛士は、ピンと背筋を伸ばし敬礼をすると
「ブロンコ侍従長)から、『大佐はどこへ行った』と、『本日の謁見と新人のお披露目に参られたフォルテオ理事長とその同行者は、まだついてないのか』との、問い合わせが、先ほどから何度も来ておりまして、至急、ご連絡の方をお願いします」
「おおっと、そうだったな。理事長、ジョワン君、国王陛下がお二人のおいでをお待ちしております。一旦控えの間まで、私がご案内しますので、まいりましょうか?と、その前に、ジョワン君は、少しばかり身だしなみを整えた方がよさそうだな?」
大佐は、告げると、衛士のいる詰め所に向かい、何かをしていたようだが、すぐに二人のもとへ戻ってきた
「手の空いているメイドを一人、今、手配したので、ジョワン君、彼女が来たら、少しばかり身だしなみを整えてもらうとよい。そのあとは、彼女が、控えの間まで、案内してくれるはずだ」
カーネル大佐は、ジョワンにそう告げると理事長の方をむき、
「理事長、侍従長に、『本日のゲストをお連れする』と連絡するように伝えたので、控え室までいきますか?」
「そうじゃな、今日は陛下への謁見とお披露目に来たのじゃから、行こうかのう。ジョワンや、メイド殿が来たら、少しマシな格好にしてもらうのじゃぞ」
「じ・・・理事長が、暴れるからこうなったんでしょうが、僕が自分でぼろぼろになったわけじゃないやい!」
ジョワンは抗議するも、腰ははるか彼方に逃げているのである。
「大佐、早く行こうかのう」
理事長は、ジョワンの文句を華麗にスルーすると、大佐と共に歩き出す。ジョワン、なんだか涙目で、哀れである。そして、その姿を見て、心なしか衛士のまなざしが何気に生温かい。学生時代、訓練学校で首席であった衛士にとっては、最後まで理事長に名前を呼ばれなかったことで微妙なダメージを食らっていたが、目の前にいる後輩が輪をかけて悲惨な状態だったことが、微妙に救いになっていたようである。その二人の微妙な空気の中、メイドが一人、こちらへ向かって急ぎ足で来るのが二人の目に映ると、ジョワンは少しほっとしたが、衛士は、それがリアエルという名のもメイドであることがわかると、顔が青ざめていた。
「リアエル!、走るな!止まれ!」
衛士が突然叫んでことに驚くジョワンであった。
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王城内の長い廊下を歩く大佐と理事長。理事長にすれば、これまで王城勤め者を連れてくる度にここに来ていることもあり、城内の変に見慣れた景色が目に入ってくる。
「ところで、ジョワン君の職は、まだ秘密と言うことでしたが、彼の持つ能力ぐらいは、教えてもらってもよいですかな?」
二人の到着を待っていたと言うことから到着後すぐに謁見かと思われたが、侍従長が何やら段取りがあるとのことで、ちょうど、ジョワンの着替えもあり、大佐は、理事長を控えの間へ案内することになっていた。大佐自身、なぜだか、ジョワンという若者の持つ少し変わった雰囲気には、興味を持ったこともあり、また、理事長とのやりとりの中で、完全に翻弄されて涙目になった上、最終的には放置されてしまった若者のことをもう少し知りたくなっていた。
「ジョワンの能力を知りたいと?」
理事長は、少し考えると
「ふむ、まあ、あやつの能力ぐらいなら教えてもよいかもしれんなあ・・・。それがな、かなり変わっておってな。言葉で説明するのはたやすいことじゃが、それだとちと理解しづらいかかもしれんな・・・やはり、こういうときは、どういったものか一度見た方がよいじゃろう」
「見た方が良い?それはどういうことですか?」
理事長は、先ほどの悪戯っぽい雰囲気とはうって変わったような真剣な顔をして
「のう、大佐、儂が許すからあやつを思い切り殴ってもらえるかのう?」
「理事長、ご冗談でしょ。謁見前ですよ、しかも、小官は軍人ですよ。本気で殴りかかろうものなら謁見どころではありませんよ」
「大丈夫じゃ、むしろ、大佐の方が心配じゃよ」
「そういう問題ではなくてで・・・・・・んっ?小官が心配と?理事長、どういうことですか?」
「言葉通りじゃ、大佐、わしが思うに、ぬしの方が危険だと思うとる」
大佐は、理事長の言葉に、驚いて、理事長を見るのだが、そこには、ふざけた様子など無かった。
「そうですか・・・・わかりました。理事長が、そうまで言われるのでしたら・・・いや、ですが、いきなりというのは、どうもいただけません・・・・理事長、彼が控えの間に来たら・・・・軽く手合わせをするということでどうですかな?」
「それじゃと、あやつの能力を100%引き出すことはできんかもしれんが・・・・まあ、大佐の気持ちもわからんでもないし・・・それでよいか」
大佐は、理事長の言葉に、若干、怪訝な表情を浮かべながらも、ここまでもったいぶられたことから、その能力を確認するためい理事長の提案に乗ってみることにした。ただ、理事長のあまりの自信ぶりに、個人的な興味と言うより、軍人としてのプライドが若干くすぐられもしていたので、ジョワン・フォルテラという新たな王宮勤めとなる弟子の実力を知る機会と考え
『本気でやって、後の、謁見自体をめちゃくちゃにはできない、ほんとに軽くだな』
と考えると、ほんとに軽い手ほどき程度でジョワンの能力を探ることにしたのであった。ただ、理事長が、最後に、なぜか、悪戯小僧のような笑みしていたことだけが気にはなるのだった。
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キィ、キキィーッ!
と言う音が今にも聞こえそうなぐらいの勢いで、ジョワンと衛士の前に、一人の少女が立ち止まった。その少女は、大佐が呼んだメイドである以上、当然のことながら、メイドの衣装をまといはしていたのだが、一目で人間ではないことがわかる耳をしており、そこにはワンポイントアクセサリーなのであろうリボンをちょこんと付いている。少女は、衛士に一礼し、
「衛士君、カーネル大佐からすぐに来るように言われたんだけど、大佐はどちらに?」
少女は、王城勤めのメイド、名をリアエル・チャールストンという。
「えーっと、リアエル、今日、国王陛下へ謁見されるお客様が来られることは知ってるよね?」
「えっ?えーっと、そういえば、そんなことを聞いたような・・・でも、ジルさんに『あんたは、関係ないから』って、言われてたんだけど?それがどうかしたの?」
「いや、いや、関係ないはずないだろ。って、ジルさん、何を勝手に侍従長からの通達無視をやってるのかな」
衛士は、リアエルの言葉に、頭を抱えたくなっていた。
「じゃあ、まさかと思うけど、どうして大佐がメイドを一人、ここへ寄越してくれってことになったのか、理由は聞いてないとか???」
「えーっと、なんにも聞いてないけど、一番手の空いてるのが私だったから、すぐに行けって言われただけよ?」
「そりゃさそうだよね。うん、わかってたよ。そりゃ、詳しい話とか聞いてるわけないよね・・・うん」
こめかみに手を当てる衛士。なぜだか渋い表情をしている。そんな 衛士の横に並び立つ怪しげなフード付きマントを羽織った人物を見て、リアエルは、何かを察したのか
「えーっと、そちらの方は、お客様ですか?まさか、私、お客様の案内係でよばれたの??」
衛士は「そうだけど」と言いかけたのだが、イヤイヤと首を振る
「ま、まさかと思うけど、国王陛下に謁見される人って、この人??」
「そう、そのまさか。俺の隣にいる彼が、その謁見に来た人物。正確には、派遣協会理事長と一緒にだけどね」
そう衛士は答えるのだが、突然、話を振られたジョワンは
「は、初めまして、ジョワン・フォルテラと言います。今日から、こちらに弟子として勤めになります。よろしく」
型にはまったような自己紹介をするが、理事長から、何の弟子かはいうなと言われていることを思い出し、自分の職業については、ふれなかった。
「え?ええええ?弟子様?」
「ジョワン君、こちらがメイドのリアエルだ。見た目は獣人族で、今、なにかパニックになってるみたいだけどだが、心配ない。彼女が、君を大佐たちのところまで案内してくれるよ」
大佐と校長がいなくなって緊張が解けた衛士は、後輩であるジョワンにそう声をかける。衛士の言葉に動揺していたリアエルは、
「ようこそ、お越しくださいました。弟子様。私は、リアエルと申します。何か御用がございましたら、何なりとお申し付けください」
ジョワンの目の前で、チャームポイントの犬耳がはっきりとわかるメイド服を着た女の子が深々とお辞儀をしていた。
「リアエル、ちゃんと聞いてないようだから、大佐から伝言を伝える。『彼、ジョワン君の身だしなみをきちんと整えて、それが、終わったら謁見の間の控え間まで案内するように』ってことになっているので、あとはよろしく!」
衛士は、リアエルに、大佐からの命令を伝えると、ジョワンの方を向き
「では、後輩君、王宮勤めなら、またすぐでも会うことになるだろうから、またその時にでも!」
と、衛士は、後輩であるジョワンに挨拶をし詰め所に戻って行くのだが、なぜだかその背中から微妙に哀愁が漂っているのを感じたので、ジョワンは、思わず「先輩」と声を掛けそうになる。が・・・
そんなジョワンにリアエルは、
「弟子様、ジョワン・フォルテラ様でございますね。それでは、『フォルテラ様』とお呼びしてよろしいでしょうか?」
ジョワンは、一番呼ばれたくない名前で呼ばれたようで
「リアエルさん、ジョワンって呼んでもらえないかな?フォルテラって、呼ばれるのは慣れてなくてね」
フォルテラと呼ばれると、どうしても理事長のことを思いだしてしまうジョワンは、いつもなら露骨に嫌な顔で訂正するのだが、今は、にっこり微笑みながら
「だから、フォルテラって呼ばれると、なんだか、むずがゆくて、それに『様』って言われるほど、僕は偉くないし、普通にジョワンと呼んでくれるかな?」
「それではジョワン様とお呼びいたします。」
リアエルはそう言うと、再び頭を垂れるのだが、
「いやいや、『様』ってつけなくてもジョワンって呼んでくれていいから、『様』って言われるとむずがゆい・・・」
「いえいえ、ジョワン様、メイドとして『様』をつけずにお呼びするなどしては、メイド長や上の者から怒られてしまいます。」
むずがゆさを感じているジョワンは、「う~ん」と、うなりつつ、おそらくは歳も近いだろうリアエルには『様』なんてつけてほしくないっていう思いから、「普通に名前を呼んでほしい」と改めて言ってみたのだが、「どうしてもそれはできません」というリアエルに断れる始末。
「せめて、他に人が居ないときぐらいは、『様』をつけずに呼んでくれないか、さっきから『様』つけられて呼ばれて、これ、見てよ、肌が鳥肌だよ、鳥肌。もう、それこそ、むずがゆくてたまらないから、リアエルさんお願い!」
土下座する勢いのジョワン・・・『様』抜きのために必死である。
「ほんと、お願いだだから、『様』抜きで!」
リアエルにとって、自分がメイドとして王城に仕えることになり、これまで、『自分のことを様付けで呼ばないで』と言われたことが、一度も無かった。それどころか、仲間内の会話で、『様』をつけなかったことで、上司であるジルからこっぴどく叱られることすらあった。だから、ジョワンの真顔に提案に
『この新しい弟子様は、こんな事をおっしゃってられるけど、ここまで公言して、もし他の弟子の方々に知れたら、大変な目に遭わないだろうか?』
と、彼女は、内心、そう心配するのだが、それでも、ジョワンのあまりの必死さに、
『でも、この方は、身分だとかそういった事を気になさらない方なのかな?』
と、なぜだか、王宮に勤めて以来、初めて、なんとなくほっこりとした不思議な気持ちになり
「わ、わかりました。ジョワン様、頭をおあげください。他の方がいらしゃらない時は、できる限り、ジョワン”君”とお呼びしますから、それでよろしいでしょうか?ただ、私一人が『様』をつけなくても、他のメイドや、王宮の方々は、つけますし、皆様の前で、『様』をつけなければ、私が叱れてしまいますので、その時は、ご容赦願います。それと、私は、メイドございますので、ただのリアエルと呼び捨てでかまいませんので」
「げっ!そうなの?嘘・・・・」
ジョワンは、目の前いるメイドから『様』抜きで呼ばれることを少しだけ回避できたことにほっとはしていたが、この先、『様』をつけて呼ばれるだろう事が多くなると言われ、それを想像してしたようで、一瞬にして、疲れた表情へと変わっていき、その顔色の変化にリアエルは、思わず声を出して笑いそうにはなるのだが
『このジョワン・フォルテラと言う方は、これまで、弟子としてここに来られた方々とは、全然違う方なんだ』
と、彼女は、ジョワンと言う人間を理解したようである。
「ところで、ジョワン様、カーネル大佐からのご指示にあったお召し物の着替えに参りませんと、本日の国王陛との謁見に遅れてしまいます、急ぎ参りましょう」
リアエルから言われた”国王陛下との謁見”という事実を突きつけられ、その様子を想像しては、地味に精神的ダメージを継続的に受けるという離れ業をやらかして、その場に立ち尽くすジョワン、だが、その手をリアエルは取られ、引っ張られながらもいやいや歩き始めるという状況の中、なんとか、目の前に広がる現実に戻ってきたジョワンは
「リアエルさん、ちゃんと歩くから、そんなに引っ張らないで、大丈夫だから、ね?」
詰め所に戻っていった衛士、ふと気が付くと何やら外が騒がしい。気になって顔を出してみると、後輩がメイドに手を惹かれて歩くという奇妙な光景を目にして、『何事だ?』と、身構えるも
「ちょっ。お~い、リ?、リアエル?何事???? って、後輩君、何、手を引っ張られてるの????」
「ジョワン様のお召し物のお着がえに、お連れしようとしているところです」
「リアエルさん、自分で歩く・・・歩くから、もう大丈夫だからね?」
「国王陛下を、お待たせするわけには参りません。急いでください。」
「だぁ~、もう引っ張らないで、ちゃんと歩くから」
「ダメです。」
「なんでぇ~」
「わたしが、ジルさんや侍従長から叱られてしまうからです。さあ、急ぎますよ?」
「僕は、叱られないんだけど?」
ようやく歩き出したジョワンは、真顔で答えた。リアエルは、さらに急げとばかりにジョワンの手をさらに力強くよく引っ張りはじめる。改めて、ジョワンは、そんなメイドであるリアエルを見る。そこには、なぜかどこからかだしたゴーグルをかけたメイドがいる。ジョワンは、
『えっ、なんで???』
と、疑問に思ったのだが、なぜだか、嫌な予感しかしなかった。それを見ていた衛士は、何が起こるか察したようで
『これは・・・やばい・・・・』
と、声に出さないまでも、詰め所の中へ引っ込んだ。
「Readuy Go!!」
そのとき、リアエルは独り言のように、確かにそういうと、一気に駆け出した。
衛士の目の前で、後輩のつま先から火花が散っったかと思いきや、次の瞬間、その足が宙に浮いている様子が見えた
「リ、リアエル?ジョワン君をほとんど引きずってる。」
と、衛士は、一言、声をかけようとしたのだが、何かを察して、こちらをちらりと見た、リアエルの目を見た瞬間何も言えなくなる。そんな状況でも、ジョワンは、先輩である衛士に助けを求めるように
「せ~~ん~~~ぱ~~~~い~~~~~た~~~~~~す~~~~~~~け~~~~~~~~」
なんとかこえを上げる。ジョワンの目は衛士の目をとらえて、声も衛士の耳の届いたはずが、そっと衛士は目をそらし空を見上げている。ジョワンは、リアエルを止めてもらえると思っていたのだが、それは適わなかったようであり、当のリアエルは、これ以上遅れるわけにはいかないばかりに、メイド魂全開。ジョワンの声は、衛士には、ドプラー効果を起こしながら伝わりつつ、詰め所前を通り過ぎていく。
「ほんとに、今日はいい天気だなぁ~」
その場には、校長に名前を忘れられたり、リアエルから衛士君と呼ばれたりで、名前を呼んでもらえなかった衛士だけが残されていた。なんだか、急に静かになった詰め所。急に、なんだか寂しさから、その目に。ちょっぴり涙が溜まりかけていた。ただ、そんな静けさの中、彼の耳には、どこか遠くから、何かが聞こえていたようなのだが、
『ここでは、何も起こらなかった』
彼は、そう全て気のせいだと思うことにした。
「ドクター!いや、リーダー、会議をするって言い出したのは、貴方ですよ?それが遅刻するなんて!」
「いや、ごめんごめん、すっかり忘れてたんだよね。なにせ、目が離せないことばかりあるからさ?」
「それはそうですが、それでも、報告会も兼ねているんですから、もう少し、責任者としての自覚をもってください」
「・・・いや、好きでなったわけでは無いんだけど・・・・」
肩身の狭いリーダである。
「ところで、前の報告にあったけど、構造体が経年劣化すると崩れるって事だけど、それで、全てが解除されるって、ならない?」
少し離れた席に座る男が、手をあげる。
「その件ですが、劣化した、再構成されるようです。なので、全面的な解除とまでは生きません」
「そう、無理なのか、それで、そっちは危険はないの?」
「えーっと、地表まで落下することが確認されてます」
「それ、危ないでしょ?なんとかならないの?」
「一応、耐久性をあげることはできるので、そうですね。全ての構造体は100年で入れ替わる程度までなら可能です」
「しかたないけど、そっちの方向性でお願いね」
報告をメインとする会議は、続く・・・・