黒助の桜/児童文学(絵・汀雲さま)
汀雲さま(http://1720.mitemin.net/)のイラストに文章を付けさせていただきました。
ジャンル・必須要素は指定なしの作品です。
私のじいちゃんの家には桜の木の形をしたランプがあって、その木の根元には黒猫の置物がいた。なぜか、昼間でも、部屋に誰もいない時でも、いつでもランプの光はつきっぱなしだった。
淡いピンクの光を放つ木の下で、猫はじっと桜を見つめている。
ぽつんと置きざりにされた猫と桜は、いつ私が遊びに行っても二階の暗い部屋のすみっこにいた。
大切なものなのか、そうじゃないのか良くわからない。
「ばあちゃん、なんでいつもあそこに置いてるの?」
飾るならもっと目立つところに置いてあげた方がいいし、隠すならしっかり箱にしまえばいいのに。
私が主張すると、ばあちゃんは困ったように「ふふふ」と笑ってじいちゃんを見た。
じいちゃんは難しい顔で新聞を読んでいて、私たちには構ってくれない。
「あれはね、おじいちゃんの物なのよ」
「え? 嘘だ!」
いつも怒ったような顔をして黙っているじいちゃんが、こんなに可愛い物を持っているなんて。
私には納得できなかった。
そもそも、じいちゃんは猫が嫌いだ。
じいちゃんの家の庭に猫が迷い込んできた時も、怖い顔でじっと睨みつけていた。ビックリした猫が逃げ出すまで目をそらすこともなかった。
その時のことを知っているから、余計にじいちゃんと猫が結びつかない。
「おじいちゃんは照れ屋で頑固だから」
口元を手で隠しながら笑ったばあちゃんに、私は首をかしげた。
頑固なのはわかるけれど、じいちゃんは照れ屋ではない。
「いつか気が向いたら話してくれるんじゃない?」
「ふぅん……」
いつも無口で話しかけても適当な返事しかしてくれないのに?
私の言葉に、ばあちゃんは小さく笑っただけだった。
ある日、私は急にばあちゃんの家に呼び出された。
ばあちゃんのいとこが入院したとかで、お見舞いに行くことになったらしい。そのいとこと面識もなく、足も悪いじいちゃんは家に残ることになった。
いとこの住む町はここから少し離れていて、日帰りで往復するのは難しい。なので、ばあちゃんの代わりにご飯の支度を頼まれたのだ。
うちに泊まりに来てくれたら楽だったのに。
文句を言いながらカレーの鍋をかき混ぜる。イモが少し溶けてしまったけれど、今まで作った中で一番の出来だった。
そんな上出来なカレーも、じいちゃんは難しい顔をして黙々と食べていた。
口に合わなかったのかと心配で、食べているカレーの味がちっともわからない。
「ごちそうさま」
結局、じいちゃんが言ってくれたのはその一言だけだった。
特にやることもなくて、テレビをぼんやりと眺める。普段なら見ることのない時代劇だから、話がちっともわからなかった。
悪い奴をやっつけて、めでたしめでたし。それなら昔観ていた戦隊ものと大して変わらないように思えた。
時代劇が終わった後は演歌ばかりの歌番組が始まり、私はあくびを噛み殺すのに必死だった。いつもと同じ金曜日のはずなのに、タイムスリップしたような気分だ。
――この時間、家にいればバラエティー番組を見てるのに。
心の中では思っていても、怖い顔でテレビを見ているじいちゃんに言う勇気はなかった。
こんなことなら家で録画予約をして来ればよかった。
後悔交じりに十個目のあくびを噛み殺す。じいちゃんの邪魔にならないように気を付けながら居間を出た。
私が向かった先は、二階の奥の部屋だ。
扉を開けるとひんやりした空気が流れだしてきて、足元の熱を奪われる。冷たい部屋とは対照的に、桜のランプが柔らかい光を放っていた。
吸い寄せられるようにランプと猫の置物がある机の前にかがみこむ。猫と同じ目線で桜を見上げると、ランプのかさの中にある電球が見えた。
――この子、いつもこんな景色を見てるんだ。
なんだかしみじみした気分で、思わず猫を撫でたくなった。
陶器でできた猫の背は触れると冷たかった。
「気に入ったか」
急に声が聞こえて、私は飛び上がるほど驚いた。
いつ来たのか、部屋の入口にじいちゃんが立っている。桜のランプと猫の置物のに気を取られていて全く気付かなかった。
言い訳の言葉を探して視線を泳がせる。先に喋ったのはじいちゃんだった。
「黒助の話はばあさんから聞いたのか」
「……くろすけ?」
耳慣れない名前に、私は首をかしげた。
「ここは寒いから下で話そう。それも持っておいで」
じいちゃんに促されるままランプと猫を持って階段を降りる。両方持ってみると、猫の方が小さいのに少し重かった。
テレビの消えた居間でじいちゃんが聞かせてくれたのは、じいちゃんがまだ子供の時の話だった。
じいちゃんが子供の頃、住んでいた家の庭に一匹の黒猫が迷い込んできた。その黒猫は庭にあった大きな桜の木が気に入ったようで、いつも気の周りで遊んでいた。
小さかったじいちゃんは黒猫を気に入り、「黒助」という名前を付けて飼うことにしたらしい。
黒助は野良猫だから、ほとんど触らせてくれない。けれど、桜の時期になると決まって木の下でじっと桜の花を見つめているので、その時だけは自由に触れたのだという。
「猫も花見をするんだよなァ」
じいちゃんの言葉はひどく印象的だった。
黒助は、じいちゃんの家に来てから三年後、桜の花が散り終わった時期に病気で死んでしまった。黒助は大好きだった桜の木の下に埋められて、いつでも花見ができるようにしてやったのだという。
想像がつかないけれど、じいちゃんはそれから毎日泣いて過ごしたらしい。
「新しい猫、飼わなかったの?」
私が質問すると、じいちゃんは遠くを見つめながらぽつりと漏らした。
「その年の夏、桜の木が枯れたんだ」
普通なら青々とした葉っぱをたくさんつける時期になっても、桜の枝は丸裸のままだった。
黒助を埋める時、深く掘り過ぎて根っこを傷つけたのかもしれない。
じいちゃんはそう言って寂しそうに笑った。
桜も黒助もなくなって、いよいよ立ち直れないほど落ち込んだじいちゃんのために、じいちゃんのお父さんとお母さんが買ってくれたのが桜のランプと猫の置物だった。
黒助は野良だったから、もっと痩せて毛並みもボロボロだったらしい。けれど、その日から黒猫の置物はじいちゃんにとって「黒助」になった。
「欲しかったら持って帰っていいぞ」
「……そんな大事なもの、もらえない」
じいちゃんの宝物だなんて、ばあちゃんに言われた時には信じられなかった。今こうして話を聞くと、なんだかじいちゃんがいつもと違って見える気がした。
次の朝、目が覚めたのはいつもより早い時間だった。
朝ってこんなに静かで、遠くで鳥が鳴いているのが聞こえて、なんだか素敵だなぁとため息が漏れる。窓から庭を見ると、じいちゃんがしゃがみ込んで何かしていた。
よく見れば、足元に三毛猫がいる。
「おはよう」
私が声を掛けると、おじいちゃんの背中がぴくりと揺れた。慌てて猫を追い払おうとするけれど、猫はその手にじゃれついている。
じいちゃんは恥ずかしがり屋で頑固で、ちょっぴり怖い。でも、黒助のおかげで前よりもじいちゃんのことが好きになった。
朝日に照らされたじいちゃんの耳は、ほんのり赤く染まっていた。
しばらくぶりに児童文学を書いたら、児童文学っぽい文体がわからなくて悪戦苦闘しました。
企画短編はダーク系が多かったので、ほんわかハッピーエンドが書けて良かったです。