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友喰い/和風ファンタジー(絵・まうすさま)

まうすさま(http://12021.mitemin.net/)のイラストに文章を付けさせていただきました。

ジャンル・必須要素は指定なしの作品です。

「夜叉よ、腹が空いたぞ」


 暗闇の中、幼い声が隣で寝転んでいた夜叉を叩き起こした。夜叉は初め聞こえない振りをしていたが、食料を要求する声は激しさを増す一方だ。


「人の子よ、今が眠る時刻であることはわかるな」

「知らぬ。わらわは腹が空いて眠れぬのじゃ」


 このままでは埒が明かないと、横になっていた夜叉が身を起こす。

 真っ暗な洞穴に差し込む月明かりが、正座をして空腹を訴える小さな娘の輪郭を浮かび上がらせていた。


「やっと起きたか!」


 人間は暗闇では目が利きにくい生き物だというのに。

 小娘の察しの良さに、夜叉は内心舌を巻いた。彼女は恐らく、数えで十くらいの歳であろう。それなのに、同じ歳の頃の子供と比べて随分としっかりしている。


「今は草木も眠るという時刻だ。我々も眠るのが道理であろう?」

「そんなこと知らぬ! それは夜叉の都合じゃ!」

「ならば、お前が食料を探しに行けば良い。お前の空腹のために私が動くというのは可笑しな話だ」


 そう云えば彼女も諦めがつくだろうと、夜叉はたかをくくっていた。

 泣き付いてくるようであれば、獣の皮をいで作った小娘お気に入りの寝具にくるんで添い寝してやることも辞さない構えだ。


 しかし。小娘の行動は夜叉の目論見をあっさりと裏切るものだった。


「では、行ってくるぞ」


 軽い足取りで洞穴を抜け出してしまう。

 彼女の手前、草木も眠る時間とは云ったが、森の中には獰猛な肉食獣が獲物を求めて闊歩しているはずだ。あの小さな体では、戦う前に喰われてしまうだろう。


「……っ! 待て!」


 小娘の後を追い、慌てて夜叉が洞穴の外へ飛び出した。


「なんじゃ、心変わりでもしたのか?」


 足元から声がして視線を落としてみれば、洞穴の出入り口のすぐ横にある大岩の陰に小娘はしゃがみ込んでいた。

 夜叉の行動を見越して、身を隠して待っていたのだ。

 無邪気だが悪知恵の働く小娘に、思わず嘆息する。


「無謀なことはするな」

「夜叉がかぬなら、わらわがくまでじゃ」


 己を試すように、真っ直ぐに見つめてくる幼い瞳に夜叉は負けを認めた。

 返事をする代わりに小娘を洞穴の奥へ押し込むと、出入り口を大岩で塞いだ。

 夜叉が不在の間、彼女が獣に襲われないための苦肉の策だった。初めは酷く動揺し泣き叫んだものだが、暗闇にも少しは慣れたと見えて小娘も大人しく洞穴で待っていてくれる。


「行ってくるぞ」


 夜叉が声を掛けると、洞穴の奥からくぐもった返事が聞こえた。




 少し歩くと、目の前が開けた。川辺に出たのだ。

 周囲を見回して腰掛けられそうな岩を見つけると、そこへ座って先に鍵状の針が付いた糸を川に投げ込んだ。

 こんな時間に釣れる魚がいるのか不明だが、試す価値くらいはあるだろう。


 ほとんど間を空けず、糸を引く手応えがあった。

 魚に逃げられないよう細心の注意を払いながら、すぐさま糸を手繰り寄せた。

 糸を引く力は強く、かなりの大物であることがわかる。水面に魚影が映ったのを確認し、夜叉はその尾鰭の付け根を豪快に掴み上げた。



挿絵(By みてみん)



「……これは、喰えるのか?」


 目の前に現れたものを見つめ、思わず声を漏らした。

 そこにいるのは、上半身が人間の男そっくりな、所謂いわゆる人魚だった。


「貴様っ、友人に向かっての第一声がそれか!」


 人魚が猛烈な勢いで喚き散らす。それは良く見知った顔だった。

 無意識のうちに通い慣れた友人の棲家に釣り針を垂らしていたらしい。


「寝ているところに針を引っ掛けられた上に、食料扱いとはな。呆れたもんだよ」

「いや、済まない。最近拾った人間の小娘がな、空腹だと云って寝付かなかったのだ」

「だからと云って俺を狙うことはないだろう」


 至極真っ当な云い分に、夜叉は深く頭を下げるばかりだった。

 人魚は顔をしかめながら釣り針を外し、鰭が傷んでいないか月明かりに透かして確かめている。


「……というか、お前が子育てだなんてどういう風の吹き回しだ?」

「らしくないか」

「当たり前だ。お前は泣く子も黙る夜叉様だろ?」


 人魚の口振りに夜叉は眉間を押さえて項垂れた。

 夜叉は鋭い三白眼と額に生えた角のために恐れられることも多いが、実際は温厚な男だ。


「……で、どこの子供なんだ?」

「知らん。野宿をしていたから棲家に連れ帰ったまでだ」


 夜叉が応えると、人魚は意外そうな顔をした。


「真名を知るは全てを知ると同じ。容易く真名を漏らすなと教えた」


 夜叉の説明に、人魚も首肯で同意を示す。


「なるほどな。しかし、それは俺たち妖の理屈だろう?」

「身分を知った上で匿えば、人間に仇なしたと同じだ」


 これまで人間と共生できたのは、互いに不利益が生まれなかったからだ。

 しかし、小娘の口振りから察するに彼女は身分の高い家の生まれだろう。そのような者を攫ったとなればこれまでの関係性も一瞬にして崩れ去る。


 夜叉の危惧するところを理解した人魚は難しい顔で考え込む素振りを見せた。

 彼女が自らの意思で夜叉に付いて歩いているとしても、他の人間からしてみれば彼の妖しげな能力ちからに魅了され、かどわかされたとしか思われないのだ。

 ――たとえ、彼らにそのような能力がないとしても。


「夜叉、人間を匿うのは良いが、めとるのはやめておけよ」

「……何故そんなことを云う? 私が随分と入れ込んでいるように聞こえるではないか」

「その通りだと思うがな」


 呆れたように返しながら、人魚は己の腹に刻まれた古傷を指でなぞった。


「俺たち人魚の肉を喰えば不老不死になると云われているだろう? でも、あれは嘘だった」


 人魚は昔、人間の娘に惚れ込んで妻とした。しかし、人間と妖とでは生きる時間が違う。その差を埋め、一日でも永く共に居られるようにと己の肉を抉り、彼女に与えたのだという。


 効きすぎる薬は逆に劇薬にもなり得る。身体の急激な変化に耐え切れず苦しみ抜いた末、次の晩に妻は命を落とした。人魚が欲を出さなければ、もっと永い時間を共に過ごすことができたのに、だ。

 そんな経験をしているからこそ云える言葉だった。


 当の夜叉は、自分に限ってそんなことはないと一笑に付してしまった。

 それを見た人魚は「お前もじきにわかるさ」と告げて乾き始めていた鱗を川に浸す。


「この川を一里も下れば溜め池に出る。そこなら人間が好む魚も多かろう」

「そうか。夜分遅く、済まなかったな」


 夜叉は友人の尾鰭を傷つけたことを詫び、川沿いを歩き始めた。


 暗闇の中、小娘は空腹を抱えて眠りこけているかもしれない。

 帰った時に眠っていたなら、無理に起こさず魚は翌朝の朝餉あさげにしよう。

 小娘の反応を想像し、夜叉は小さく笑みを零した。

夜叉さま書いててすごく楽しかったです。

クール系天然最強説。

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