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コインの女神が微笑めば/ハイファンタジー(絵・halさま)

halさま(http://5892.mitemin.net/)のイラストに文章を付けさせていただきました。

ジャンルは指定なし・必須要素は「少年ふたり、左年長、右年下獣人。背景、裏側から見た大時計」の作品です。

 その日は、朝の訪れを告げる時計台の鐘が鳴らなかった。

 平凡な一日の始まりに起きた、非日常。そのためにマルクは人生で一番長い一日を過ごす羽目となる――。



挿絵(By みてみん)



「明日は王様の誕生をお祝いするお祭りですよ? そんな日に時計台の鐘が壊れているなんて、時計職人の面目丸潰れです!」


 机を勢いよく叩きながら、エイラが声を大にして訴えた。普通の人間よりも優れた聴力を持つ獣人のマルクには、今回の彼女の声は鋭すぎた。

 キンと突き刺さるような高音に顔をしかめていると、エイラの視線が反応を求めて投げかけられた。自分だってそんなことは重々承知だ、とアピールするために渋々頷く。

 その場に集まった他の男たちも、一様に険しい表情を浮かべていた。


 時計台の異変に気が付いた彼女が町中の時計職人を招集したのは、つい小一時間前だ。時計自体は問題なく動いているのだから、トラブルが起きたのは鐘を鳴らすための仕掛けのどこかだろう。

 とはいえ、マルクの曾祖父が子供の頃に作られたような古い時計台だ。内部構造を的確に把握している時計職人はこの場に居合わせていなかった。


「ですから! 明日までに! 是非とも! 時計台を! 修理してください!」


 力強い演説を続けるエイラは、時計台の管理人の孫娘だ。大好きな祖父のために気合いが入っているのだろう。だが、いかんせんマルクの耳には音量が大きすぎた。

 エイラが話に熱中している間にじわじわと後退し、ついに壁際まで逃げてきた。それでもまだ頭痛がするほど声が通るのだから恐ろしい。

 肝心の祖父はといえば、曲がった背中を椅子の背もたれに預けて孫娘の口上に聞き入っている。


 困り果てて顔を見合わせる職人たちをよそに、エイラは背後の樫の扉を引いた。

 職人たちしか立ち入ることの許されていない扉をくぐると、そこには無数の歯車がひしめき合っていた。今は修理のために全ての歯車の動きが止められているが、普段はこれらが全て連動して動き、町の人々に時刻を知らせているのだ。

 複雑に組み合わされた歯車の間は、通り抜けるのがやっとの幅しかない。


「あいたたた……、わしには無理だ」


 先頭を切って扉をくぐった中年の時計職人が、苦しそうに顔を歪めて腰を押さえ込んだ。

 歯車の通路の狭い隙間に身体をねじ込もうと無理な姿勢を取ったのだ。


 一人が音をあげると、次から次へと脱落者が現れた。

 高齢の職人が多いため無理をさせることもできず、ついに残るはマルクともう一人だけになってしまった。


「そっかー、二人かぁー。……ま、二人とも若いんだし、頑張って!」


 エイラはマルクの肩をポンと叩いた。

 もう一人の男は見たことのない人物だが、どこかの工房の新入りだろうか。装備だけはしっかりしているようだ。


「……よろしく、お願いします」

「よろしく」


 戸惑いがちなマルクに軽く会釈をすると、青年はスルリと歯車の隙間に潜り込む。彼は後ろを振り向いてマルクの様子を窺うこともせず、スタスタと歩きだしてしまった。

 置いていかれまいと、マルクも慌てて後を追った。


 先を行く青年は、重装備の割に動きが素早い。彼を見失わないようにするのがやっとだった。


「……っと!」


 青年が急に立ち止まったので、マルクもぶつからないよう咄嗟に動きを止める。勝手なペースで行動してばかりの青年に、文句の一つでも言ってやろうと彼を見据えて驚いた。

 気が付けば出入り口の光がほとんど届かない所まで来ていたのだ。

 青年は背負ったリュックからランプを取り出すと、慣れた手つきで明かりを灯した。


「……すごい」


 二人同時に感嘆の声を漏らす。

 ランプの光が届く範囲は全て、歯車で埋め尽くされていた。これだけの量の歯車を狂いなく動かし続けるのはどれほど難しいことだろう。

 この時計台を設計した職人の技量には圧倒されるばかりだった。


「鐘はきっと、時計台の一番上にある。そこまで登って、故障している部分を探しながら下ってくるのが賢明じゃないかと思うんだ」


 マルクが提案すると、青年は二つ返事で了承した。


「それと、あまり自分勝手なペースで進むのはやめてくれないか? この先ではぐれたら、とてつもなく面倒なことになる」

「ああ……、それはそうだね。すまない」


 マルクの話を聞いているのかいないのか、青年はうわの空な返事をした。腹は立つが、青年の気持ちもわからないではない。

 足場は悪いが、技術の粋が詰め込まれた時計台の内部を思う存分観察できる。それだけでマルクの心は踊っていた。


「ところで、ダンナはどこの工房だい?」

「『ダンナ』なんて呼ばれるほど歳は食ってないよ。なんだか妙な気分だ」

「ん……? ここいらの工房じゃ職人同士が『ダンナ』と呼び合うのは常識だろ?」


 マルクが問い掛けに、青年は足を止め振り向いた。ポケットからコインを取り出し、爪先で軽く弾き上げる。


「表か裏か?」


 器用に右手の甲でコインを受け止めるとマルクに挑戦的な視線を向けた。

 頭上の歯車を気にしてか、控えめなコイントスだった。


 五回転。

 マルクはコインが空中で回った音を思い返す。


「表だ」

「……正解」


 青年が手の甲に被せていた左手をよけると、コインに刻印された女性の横顔が現れた。

 見たことのないコインだ。どこか異国のものだろうか。


「――僕はどこの工房にも属していない」


 マルクの思考を遮った青年の言葉は、マルクの思考を停止させるのに充分すぎる効果を発揮した。

 職人同士の常識をむず痒がるのもこのためか。


「なんだって!? それじゃダンナは……――」

「ああ、お察しの通りさ」

「じゃ、じゃあ。ダンナはいったい何者だ?」

「表か裏か」


 再びコイントスで選択を求められる。

 七回転。


「表」

「正解。しがないトレジャーハンターさ」


 ヒラヒラと手を振って答えた青年に、マルクは目を丸くした。

 世界各地を巡り、古代の財宝などを見つけては古物商に売り渡すことで生計を立てている者がいることは知っていた。けれど、実際に目の当たりにするのは初めてだった。


「すごいな……」

「あぁ。本当にすごい。ここならお宝の一つや二つ、すぐに見つかりそうだ」


 マルクは青年の職業について感想を述べたつもりだったのだが、彼は別の意味に解釈したらしい。噛み合わない会話にもどかしさを覚えつつ、青年への興味は高まる一方だった。


「ところでダンナ、名前は?」


 ダンナ、と呼び続けるのは妙な気もして、マルクは青年に問いかけた。彼が迷いなくコインを弾き上げる姿に辟易するも、耳はコインが空を切る音をしかと捉えていた。

 六回転半。


「今度は裏だ」


 表か裏かを問われる前に、先制攻撃をしたつもりだった。

 青年は薄く笑うと、コインを覆う手を外した。


「残念だったね」


 そこには女性の横顔の刻印がある。表だったのだ。

 マルクの聴力からして、回転数を数え間違えるというのは考えづらい。ということはコインを弾く時に表裏が逆になっていたのだろう。

 何とか理由を付けて自分に納得させようと試みた。


「キミが外したからには、僕に教える義理はないね」


 飄々と言ってのけると、青年は足元に注意を払いながら歯車の間を通り抜けていく。マルクもそれについて故障箇所を探す作業に戻った。




「……ん、これは」


 唐突に青年が屈みこんだ。

 その手には埃を被ったビンの蓋があった。


「珍しい……。こんなに保存状態がいいなんて、夢みたいだ」


 子供のように目を輝かせると、丁寧に紙で包んでカバンへ押し込んだ。

 その動作に呆気にとられながらマルクは口を開いた。


「ダンナはそんなゴミまで集めてどうするつもりだい?」

「ゴミ!? キミはなんて失礼なことを言うんだ!」


 急に語気を強めた青年に気圧される。


「数十年前の職人たちが、作業の途中にここで休んだんだろう。その時に残された、歴史のあるレアなお宝だよ。しかもこれは……当時の限定デザインだ。コレクターの所へ持って行けばかなりの値が付く。

 それをキミは、ゴミだと言って切り捨ててしまうのか」


 流れるように紡がれた青年の言葉には目を丸くするばかりだった。

 マルクにとってはゴミにしか見えないそれも、一部の人間にとっては貴重な一品なのか。それを見極めるのがトレジャーハンターの仕事なのだとしたら、どれほど高度なことだろう。


「とにかく、世の中にはいろんなコレクターがいるんだ。一般人からすれば珍妙にしか映らない物が、莫大な価値を秘めていることもある。そこだけはわかってもらいたいね」

「……あ、ああ。それは、済まなかった」


 若干腑に落ちていない様子も見られたが、彼はマルクの謝罪を受け入れた。

 今は時計台の修理が最優先で、仲間割れなどしている暇はないのだ。




「……っと、これは」


 時計台を半ばまで登った頃、不意に青年が声を上げた。屈みこんだ彼の手の中を覗き見るようにマルクは覆いかぶさる。

 そこにあったのは、ひとつの歯車だった。


「なんだ、欠けてるのか」

「欠けてるだって!?」


 つまらなさそうに肩を落とした青年から歯車を奪い取る。

 ランプの明かりに照らしながらまじまじと歯車を確認すると、確かに一部が割れていた。どうやら、その欠けが原因で留め金が外れて床に落ちてしまったらしい。

 時計台の故障の原因はこの歯車のようだ。


「完全な形なら良い値がついたかもしれないのに」


 ぼやきを漏らす青年をよそに、マルクは自分の鞄を漁った。

 取り出したのは修理用の工具をひと揃えと、交換用の歯車。あとはマルクの経験と技術が試されることになる。

 誰にも頼ることができない緊張感に、自然と息を飲んだ。


 青年は欠けた歯車の隅々にまで見入っていた。角度を微妙に変えながら光にかざしてみたり、欠けた破片が落ちていていないか床に這いつくばったりと自由そのものだ。


 その間も黙々と作業を続けていたマルクが、大きなため息を吐いた。どうにかこうにか、歯車を噛み合わせることができたのだ。

 そのタイミングを見計らって青年が話しかけてきた。


「実に鮮やかな手つきだったね。キミのことを見直したよ」

「それはありがとう。名残惜しいけど、エイラたちの所へ戻ろうか」

「うーん……」


 歯切れの悪い青年の返事に、マルクが首をかしげた。


「僕はもう少しここを見て回りたい」


 唐突な要求にマルクは沈黙した。マルクたちの目的は既に達成されたのだから、これ以上ここにいる必要はなかった。

 技術の粋が詰め込まれた時計台とはいえ、あってないような管理しかされていないから技術以上に埃がひどい。いい加減に呼吸も苦しくなってきて、明るく空気の綺麗な外の世界が恋しくなっていた。


「僕が勝てばもう少し付き合ってもらうよ」


 マルクの意思を無視して、青年はコイントスをした。

 今まで以上に高く上がったコインは素早く回転しながら青年の手元へ帰ってくる。


 ――十四回転と半分。


 たとえ回転数が多くなろうとも、回転速度が早まろうとも。普通の人間以上の聴力を持つマルクの前ではさしたる障害にならなかった。


「裏だね」


 断言したマルクの前で、青年の手が開かれる。

 そこには女神の刻印が微笑んでいた。


「僕の勝ちだ。もう少し付き合ってもらうよ」


 嬉しそうな青年を前に、マルクは苦い顔をした。




「――……で、ダンナはどこに行くんだい?」

「さあね。気が向く方さ」


 軽妙に笑いながら歩みを進める青年にピッタリと付いてマルクは歩く。彼らは時計台を出た後も行動を共にしていた。


「ふぅん。ところで、ダンナ」

「ん? なんだ」

「ダンナのコイン、両方表なんだろう?」


 唐突なマルクの言葉に、青年は目を丸くして立ち止まった。その隙をついて青年のポケットから例のコインを抜き取った。


「……やっぱりか」


 摘まんだコインの表裏を見比べながら、マルクは苦笑した。

 マルクほどの聴力がありながら表裏を見極められなかった原因。それはコイン自体にあったのだ。


「このコインの秘密を見破ったのはキミが初めてだよ。僕の負けだ」

「それにしても、よくこんなものを見つけるな」

「ああ……。市場には滅多に出回らないオタカラさ。これだけは何があっても手放すつもりはない」


 マルクの手からコインを取り返しながら、青年は誇らしげに言った。

 通貨としては利用価値のない、見る者からすればガラクタでしかない代物。それを追い求めて世界を旅をするトレジャーハンターの彼。

 マルクにとっては何もかもが未知の世界だった。


「キミは本当についてくるつもりなのかい?」

「ああ。時計台のお守りはもうたくさんだ」


 うんざりとした調子で答えたマルクに、青年は「時計台じゃなくて彼女のお守りだろう?」と軽口で返す。

 彼の指摘通り、エイラの相手を面倒に思う部分もあった。しかし、それ以上に彼への興味が尽きないのだ。


「ところでダンナ、名前は?」

「表か裏……」

「表。もうネタは明かしただろ?」


 青年がコイントスをするよりも早く、マルクが告げた。彼は苦笑しながら弾きかけたコインをポケットの戻す。


「……それもそうだね。僕はキース、トレジャーハンターだ」

「オレはマルク。見ての通り獣人だ。これからよろしくな、キース」

「ああ。よろしく」


 二人が握手を交わす。

 遠くで、国王の誕生を祝う時計台の鐘が鳴り響いていた。

「両面の表のコイン」というワードが浮かんだ時、これは書ける!と思いました。

一番苦戦したのは、コイントスのトリックを暴かせるために何度もコイントスをするよう会話の流れを作った所でしょうか…(笑)

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