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怪人サーカスへようこそ!/ホラー(絵・出受 遠々さま)

出受 遠々さま(http://20608.mitemin.net/)のイラストに文章を付けさせていただきました。

ジャンル・必須要素は指定なしの作品です。

 街にサーカスが来る。


 知らせを聞いた時から、ターニャの胸は高鳴っていた。

 平凡すぎてつまらない毎日も、サーカスなら変えてくれると信じていたのだ。


 ターニャはまだ自分の目でサーカスを見たことがなかった。風の噂で、どこそこの町にサーカスが来た、こうこうこういう見世物をやったと聞いたことがある程度だ。

 それでも、見たことも聞いたこともないショーの数々はターニャの想像をかき立てた。


「わたし、絶対サーカスを見に行くわ。そうして仲間に入れてもらうの」


 友人に会うたびターニャは力説する。おさげ髪を揺らし頬を紅潮させる彼女を、友人たちは口をそろえて「無理だ」とたしなめた。

 親によく似て頑固なターニャは、忠告など耳に入らない様子でサーカスへの憧れを語る。


「サーカスにはね、猛獣使いがいるんですって。檻の中にいても恐い猛獣を、自分の思うように扱えるのよ。犬やなんかみたいに。

 彼はわたしの美貌に惚れるわ。そして『僕を猛獣のように調教してください』って言うのよ。きっとそうよ。そうに決まってるわ!」


 恍惚としながら語るターニャには友人も苦笑いするしかなかった。

 確かにターニャの見た目は悪くない。けれど、それだけで虜にできるほど猛獣使いも甘くはないだろう。

 そんな苦言もターニャの耳にはちっとも届いていなかった。




挿絵(By みてみん)


 町の広場に赤と黄の縦縞模様のテントが張られ、いよいよお祭りムードが高まってきた。

 音楽が流れ始め、テントの入口が開く。これから始まるショーの前に、サーカス団員が町の中をぐるりと回って宣伝をして歩くのだという。


 テントから現れたサーカスの一団を見た瞬間、ターニャは落胆した。そこにいたのは四人の人間と燕尾服を着た白いウサギで、想像していたよりもずっと奇妙な恰好をしていたからだ。


 ターニャが仲間に入りたいのは、こんな奇妙な集団ではない。きっちりとした燕尾服を身につけた座長が率いるサーカスだ。

 しかし。目の前にいる集団の中で燕尾服を着ているのは白ウサギだった。

 ウサギは自分の顔よりも大きな懐中時計を抱え、座長よろしく彼らを先導して歩いている。


「サーカスぅ、サーカスですぅ。ぜひぜひ皆さんご観覧をぉ~」


 赤と黒のこれまた奇妙な衣装を纏った子供が、蚊の鳴くようなか細い声で宣伝を始めた。ターニャと同じくらいの歳のようだが、男なのか女なのかさっぱりわからない。

 ただ不安そうな目で辺りを見回しながら、弱々しく宣伝の文句を言って回っているようだった。


「アンタ、螺子ねじが切れかかってるんじゃなイの?」


 ピエロのように赤くて大きな鼻と派手な化粧の女が、赤黒の子供にケチをつけた。フリルにまみれた傘を畳んで腕にひっかけると、子供を立ち止まらせる。

 その子供の背中には、からくり人形のように大きなゼンマイが付いていた。


 ガチガチと音を立てながら、ピエロ女が両手でゼンマイを回す。

 すると、さっきまでの弱々しい声が嘘のように子供が大声でハキハキと話し出した。


「ちょっとォ、誰よ、今日の螺子当番は! ……ア、いけない! アタシだった!

 キャハハハハッ」


 ピエロ女は一人で喋りながら、再び傘をさした。ポケットから小さなボールを取り出すと、傘の上で器用に転がしながら歩いていく。

 その後ろに続くのは仏頂面の背が高い男だった。彼は猛獣使いらしく、手に鞭を持っている。


「ん、んー……っ!」

「何? どうしたの、ターニャ」


 急に唸り出したターニャに、それまでサーカスの面々に見入っていた友人が驚いて声を掛けた。


「こ、好みではないんだけど、悪くはないわね!」

「……呆れた。まだ猛獣使いにご執心だったの?」

「まだとは何よ!」


 ターニャが抗議を繰り広げる間に、サーカス団の一行の姿は通りを曲がり、見えなくなっていた。


「ちょっと、もぅ! アピールする前にいなくなっちゃったじゃないの」


 見失った猛獣使いへの未練をぶつけるように、ターニャは足元の小石を蹴り飛ばした。




 広場は開演を待ちきれず集まった人々でごった返していた。この町のどこにこんなに沢山の人がいたのだろうかと不思議になるくらいの人出だ。

 そこへ、宣伝を終えたサーカスの面々が帰ってきた。


「沢山の皆さまのお越し、誠にありがとうございます。開演まで今しばしお待ちください!」


 喉が張り裂けそうな声量で告げると、彼らはカラフルなテントの奥へと消えていった。

 人々の好奇の視線を一挙に集めるテントは、なかなかに小ぶりだ。果たして全員が入り切れるのだろうかとターニャは心配になった。


 しかし、実際にテントへ入ってみると、ターニャの不安は杞憂だったことがわかった。中は想像以上に広く、広場で待ちくたびれていた人々を丸ごと詰め込んでもまだ余裕がある。

 ターニャはぞろぞろとテントへ入ってくる人を見つめながら、開演を今か今かと待ちわびていた。


 低いざわめきで満たされていた会場が何の予告もなく暗転した。突然の暗闇に驚く声が上がるが、すぐに静寂が訪れる。

 スポットライトが降り注ぎ、落ち着いた男性の声が滑らかに流れ込んできた。


「紳士淑女の皆さま方、ようこそお越しくださりました!

 これよりノーマン一座のサーカスショーをご覧に入れます。まず初めはピエロ女と螺子巻き少年だ!」


 燕尾服のウサギが流暢に人間の言語を扱い、口上を述べる。その光景に衝撃を受ける人々の前へ、あの中性的な子供が現れた。その後ろには派手な化粧のピエロ女が続いている。


 真っ先にスポットライトを浴びたのはピエロ女の方だった。彼女は大きく息を吸い込んで、白く塗られた顔が真っ赤になるのがわかるほど力み始めた。

 すると、みるみるうちに彼女の赤い丸鼻が風船のように膨らみだした。赤い鼻はあっという間にピエロ女の顔よりも大きくなり、それを怯えた顔をした螺子巻き少年が引きちぎる。

 見事な連携プレーに客席から拍手が沸いた。


 拍手がひとしきり落ち着くと、冷静さを取り戻した客席から悲鳴が上がった。

 鼻をもがれたピエロ女の顔の真ん中には、ぽっかりと穴が穿たれている。本来あるべき鼻がないだけで、人はこんなにも奇妙な印象になるのだろうか。


「やァ~だッ!」


 ピエロ女が恥じらう乙女のように顔を手で覆うと、次の瞬間にはまた赤い丸鼻が復活した。

 そこへ螺子巻き少年がやってきて、ぎこちなくピエロ女が膨らませた丸鼻の上に乗ろうとした。ボールは少年から逃げるように右へ左へと逸れ、彼はバランスを崩しては地面に叩きつけられている。やっと立つことができたかと思っても五秒と持たずに転倒してしまった。


「ヘタクソ!」

「ちゃんとやれ!」


 観客がきつい言葉で少年をなじる。

 ターニャもそれに乗ってやじを飛ばした。

 ウサギの紳士が困ったように観客の前へ現れ、深く頭を下げた。


「申し訳ございません。なにぶん、彼は昨日ノーマン一座に入ったばかりでして……」

「こンな時はアタシの出番よォ」


 底抜けに明るい声と共にピエロ女が、少年の背中についたゼンマイをガチガチと回していく。

 螺子巻き少年は急にしゃきっとしたかと思えば、軽やかに大きなボールの上へ乗った。そのままゆっくりと足を動かし、観客席のすぐ近くまで玉に乗ったまま移動してくる。


 時に早く、時にゆったりと緩急を付けながら玉乗りを披露した少年に、会場の空気が変わった。

 驚く人々をよそに、軽やかに大玉を降りた少年はハシゴをするすると上って綱渡りを披露した。


「やればできるンじゃなーい!」


 少年の成功を誰よりも大きく褒め称えたのは、他でもないピエロ女だった。彼女の拍手につられて会場内も拍手と歓声に包まれる。


「アタシも負けてらンないわ~!」


 言うが早いか、彼女もハシゴの上に立ち、ジャグリングをしながら綱渡りを始めた。バランスを崩したかのような演技も交え、観客の視線を一身に集めながらコミカルな芸を披露する。

 そうしてひとしきり盛り上がると、螺子巻き少年とピエロ女は仲良くお辞儀をして舞台の奥へ戻っていった。


「皆さま、お騒がせいたしました。お次はわたくし、ウサギ伯爵の奇術ショーです」


 ウサギの紳士は一礼すると、ピエロ女たちが残していった大きな丸鼻を真上に投げ上げた。大玉が落ちてくるタイミングに合わせてステッキを振ると、玉が弾けて星の形をしたキャンディーが客席に降り注ぐ。


 そこからウサギの紳士はさまざまな手品を披露した。

 奇術ショーの後は全身緑の怪力男フランツが、怪力自慢をして見せた。通常なら考えられないフランツの芸当も、ターニャにとってどうでも良いものだった。


 肝心の猛獣使いは一向に姿を見せない。

 しびれを切らしたターニャは、ついに大声を上げた。


「猛獣使いのショーはまだなの?」


 ターニャの言葉に会場がざわつく。それを察知したウサギの紳士が深く頭を下げた。


「我らがノーマン一座、生憎ながら猛獣を連れておりません」

「なんですって!?」




「猛獣を使わない猛獣使いなんて猛獣使いじゃないわ」


 サーカスの出し物が全て終わった後も、ターニャだけは納得がいかないままだった。他の観客が次々とテントを出て行く間にも、友人を捕まえて不平を漏らし続けている。

 そこへぴょこぴょこと飛び跳ねながらウサギの紳士が近寄ってきた。


「いかがなされました? お嬢さん」

「いいえ。ちょっと不満だっただけよ」


 毅然と言い放つと、ターニャはテントを去ろうとした。


「少しお時間をいただけないかな?」


 予想だにしなかった言葉をウサギの紳士に掛けられて、ターニャは戸惑いを隠しきれなかった。

 本当に少しで済むから、というウサギの言葉を信じ、ターニャは友人と別れ一人でテントの奥へ誘われてゆく。


「実は、君に我らがノーマン一座の仲間になってもらいたいのだ」


 急すぎる提案に、ターニャは絶句した。

 サーカスの仲間になることはターニャも望んでいたことだ。とはいえ、あまりにも唐突で返す言葉が見つからない。


「先ほどの君の毅然とした態度。あれこそ私が求めていたものなのだよ。衣、食、住。何一つ不便はさせない。最高の贅沢を保証しよう」


 あまりに良すぎる待遇もターニャの不安を煽った。


「……わ、わたし、サーカスの芸なんてできないわ」

「そんなことなら心配ご無用。螺子巻き少年のハンスだって昨日仲間になったばかりだ」

「彼は昔からそういう事が得意だったんでしょう?」


 ターニャの問いかけに、ウサギの紳士は首を横に振る。


「いいや、見ての通りさ。螺子を巻かなけれなどこにでもいる内気な少年だ」

「螺子を巻かなければって、あのゼンマイが本当に彼に付いてるみたいな言い方ね」

「その通り。昨日彼の体に取り付けたんだよ。ハンス、入ってきて背中をお見せ」


 ウサギの紳士が呼び掛けると、螺子巻き少年がやってきておもむろに服を脱ぎ捨てた。その背中には本当にゼンマイが生えている。


「ひっ……」

「普通の人間にできないことをする。それがサーカスだ。普通の人間にできないことをするとなれば、普通の人間の体は不要だろう?」

「そ、そんな……」


 動揺するターニャに、ウサギの紳士はぐっと顔を近付けた。


「私だって、生まれつきウサギだったわけじゃない」


 言いながら、自身の顔よりも一回り大きな懐中時計の文字盤を外した。そこに入っていたのは、時計を動かすための歯車ではない。

 そこにあるはずのない臓器だった。模型のようなリアリティのないそれには、無数のチューブが連結されている。チューブは時計の内部を巡り、ウサギの紳士が着る燕尾服に繋がっていた。


「これは私の脳味噌だ。君にもこんな風に……ちょっとだけ手術を受けてもらう。

 君がサーカスに入りたがっていると聞いたものでね。どうだ、願ってもない話だろう?」

「あ、あれは冗談よ!」

「今ちょうど、猛獣使いの相棒になる獅子娘が欲しくてなぁ。君はサーカス、特に猛獣使いにご執心なんだろう?」


 動物ならではの変化に乏しい表情で紳士は問いかける。底知れぬ闇を湛えた瞳に見据えられ、ターニャはブルブルと震えながら首を横に振るのがやっとだった。


「怖くなどない。我々だってやっているんだ。さあ、君も仲間になりたまえ」

イラストの奇妙な雰囲気を文章に起こすのはわくわくしますね。

ウサギ伯爵に関しては、この短編の中に書ききれないくらい設定ができ上がっていました。医者を志していたが落馬事故によって命を落としかけ、仕方なく伯爵が開発していた技術を用いてウサギに脳を移植(?)した、とか。妻は団員たちの肉体を改造するための医療用人工知能、とか(笑)

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