第7話 旅立ち
「まだか、アベルは……」
腕を組んで壁にもたれ掛かる。
横には衣服その他もろもろの生活必需品が入っているカバンがある。
役所とラダン・コントロールタワーが見える。
白く清廉なイメージを植えつけるコントロールタワーは深夜の闇の中では不気味な黒い塔だ。
アベルは荷物を取りにコントロールタワーに入っていった。
居住区は上層階にあるから時間がかかっているのかもしれない。
それとも親か兄弟に見つかったか。
本当にこのシティを出られるのだろうか。
不安からかマイナス思考に陥り始めそうになったところにアベルがやってきた。
「悪い、またせたか?」
「遅かったな誰かに見つかったのか?」
「流石にこの時間は皆寝ているよ。それより見ろ! これを!」
「知らん。なんだそれは」
「起動キーだ! 宇宙船のな」
「起動キー? どんな宇宙船だ?」
「親父が外交に使うやつだ。性能はそこそこ良いはずだ」
「お前そんなの盗って大丈夫なのか?」
「勿論大丈夫じゃない! ばれる前に逃げるぞ」
「はぁ……ばれて捕まったときは全部お前のせいにするからな……」
「捕まらなければいいよ。急ぐぞ、2番ドックを目指す。ついでに車のキーも盗っておいた。ここから外縁部まで歩くと遠いからな」
アベルと車に乗り込む。
シティに車はほとんど存在しない。
シティの主要な通路には動く歩道、トーヴァーが設置されている。一昔まえまではトラベレイターと言っていたものを面倒くさがりなシティの人間が略して最近はトーヴァーと言う人間がシティでは増えてきた。
トーヴァーがあるのに車を使うのは建設業の会社と一部の偉い人くらいだ。
「トーヴァーじゃだめなのか?」
「トーヴァーは2番ドックまで直通のが無いからな、シートベルトつけろ」
「お前運転できるのか?」
「できるだろ、ライトウィングよりずっと簡単だ」
「……運転したことは無いのか……」
「問題無い!」
「はぁ……」
ため息をつく。
仕方が無い、アベルを信じよう。
車の中から星明りに照らされた。シティを眺める。
黒い影絵の様に佇む建物を見て苦笑いする。
「(シティの見納めがこれか。黒くて何も分かりはしない)」
そう思っていたら特長的な建物のシルエットが浮かぶ。
「アベル、神殿の横で止めろ」
「はあ? 何の用だよ」
「少しな」
車から降りて神殿の中へ向かう。
「お前いつから敬虔な信徒になったんだ?」
「俺は不真面目な信徒だよ。新年に家族に連れられて渋々祈るくらいだ」
神殿の中に入ると独特の匂いが鼻につく。
内部の壁には様々な神の像が並べられ、一番奥に主神である太陽と月の女神の一際巨大な像が立っている。像の足元には蝋燭が並べられ、いくつかの蝋燭はこんな時間だというのに灯がともっていた。
目を閉じる。
10秒にも満たない時間。
「めずらしいですね、こんな時間に人がいるのは」
目を開けるとそこには修道女がいた。
「この時間に祈るということはライトウィング・パイロットの方ですか?」
「いえ、何故そう思われたのですか?」
「そうでしたか。今日は赤閃の日と言って、戦いの神、マルカシウスが坐すとされる星が見えるのです。この星が見えたり見えなかったりするのですが一年の内、この日の深夜だけははっきりと良く見えるのです。このシティでマルカシウスに祈るような職業の方は多くいませんので」
「なるほど、数時間前に窓から上を見たら赤く輝く星が見えました」
「それがマルカシウスの星でしょう。運がいいですね数時間の間しか見れないのですよ」
「そうでしたか、お話ありがとうございます。もう行きます」
「いつでも気軽にお越し下さい」
神殿を出て星空を見る。
赤い星はもう見えなかった。