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星より眩く  作者: Letterake
31/44

第24話 モーティスハンド 2


 ――泥ワニ亭―― 

 このシティを根城とする多くの海賊がこの泥ワニ亭に訪れる。

 酒場という割には大仰な建物だが元々は金持ちの海賊だか商人だかの持ち物だったらしい。

 そのため個室が多く、仕事の打ち合わせに使われることも多い。


 泥ワニ亭に入る。

 酒の匂いと喧騒が支配するその場を足早に抜けていく。

 入り口に入って直ぐの広間には長い大テーブルが並べられ海賊達が武勇伝を語り合っている。

 個室が並ぶスペースはこの先だ。

 忙しく歩き回る給仕と酒を飲ませようとしてくる酔っ払いの手を避けながら進んで行く。

 ハシムが居る個室の前に来た。

 ハシムはいつも同じ個室にいる。

 ハシム以外の客がこの個室に入っているのを見たことが無い。


 良い報告ではない。

 仕事を失敗したのだ。

 このまま扉を開けずに帰ってしまおうと一瞬思ったが、そういうわけにはいかない。

 意を決して扉をノックする。


「入れ」


「失礼します」


 扉を開けて中に入る。

 木材で出来たテーブルが個室のほとんどの面積を奪い、濃密な水タバコの香りと煙が個室を満たしている。

 ハシムは居た。

 水タバコをふかしながら不機嫌そうな眼、つまりはいつも通りの眼で俺を見ている。


「で? 金はどうした」


「それが、スタッグが銃を持ち出してきて問答無用でこちらを撃ってきました」


「は? ……それでおめえはおめおめと逃げ帰ってきたわけか」


「申し訳ありません」


「使えねえガキだなおめえはよう!」


 コップが飛んできて俺の額を切った。


「っく!」


「いいか? 俺は明後日の午前9時までに上納金を幹部に届けなくちゃなんねえ。うちのナサル様は期限に厳しい。ナサル様の機嫌を損ねると命はない」


 ――ナサル―― 海賊団モーティスハンドのリーダーで冷酷な性格だ。

 ナサルは強力な魔術師で、気に入らない奴を片っ端から魔術で殺してきたことでのし上がった。

 ナサルの機嫌を損ねないようにするのがこのシティで長生きするコツだ。

 ハシムはナサルの機嫌を損ねることを恐れてかなおも俺に怒声を浴びせ続ける。


「銃を持ち出されたから何だってんだ。お前ら二人組みだろ? 片方が盾になっている間にもう片方が殴り倒せ。……そういやアベルはどうした?」


 無茶苦茶なことを……


「アベルは……今は家で休んでます」


「使えねえやつだな、お前一人ででも金を回収してこい。明日中に回収できなかったらてめえらとスタッグをまとめて殺して財産全部を上納金の足しにするからな」


「……努力します」


「努力なんぞいらねえ! 回収しろ! 結果を出せくそガキが!!」


 次は皿が飛んできた。

 間一髪のところで皿を避けて部屋の外に転がり出る。


「すいませんでした! 行ってきます!」


 逃げるように泥ワニ亭を後にした。




 どうする?どうする?どうする?

 思考が、ぐるぐると、回る、回る。

 

 どうやってスタッグを殺す?

 ナイフを持って突撃? ナイフが奴の胸に届く前に撃ち殺される。

 銃を買って対抗する? 銃を売ってる場所をしらない。ハシムに頼めば買えるか? ぼったくられるのは目に見えている。 そもそも銃を買ったとしてどうなる? スタッグの家のドアを開けて銃を乱射する?  

 スタッグが銃を窓で構えて俺が通りを歩いてくるのを狙われたら勝ち目がない。待ち伏せをされたらどうしようもない? 

 強化アーマーを買う? スタッグを見つければ殺すことは出来るだろう、しかし船の購入が遠ざかる、そもそも今の貯金で買えるかどうか怪しい。

 逃げる? ハシムからもスタッグからも逃げられるのか? ハシムから逃げようとするなら拡張区画に行かなければいけない。ハシムはあれでいて顔が広い。拡張区画に逃げるとスタッグと出くわす可能性がある。ハシムの仕事は辞めたと言い訳をする前に撃ち殺される可能性がある。

 ハシムを殺す? ハシムは今泥ワニ亭でタバコを吹かしている。 酒は? ハシムは酒を飲んでいたか? 飲んでいたはずだ。コップがおいてあったような気がする。つまみが載った皿を俺に投げてきた。まさかソフトドリンクをのみながらつまみを食べていたわけではないだろう。酒で酔っているなら扉を開けてナイフを突き出せば殺せるんじゃないか?

 危険だ。宇宙海賊だからといって地上での荒事を経験していないわけではないだろう。そもそもハシムの活動のメインはシティ内部で傘下の店を管理することであってコア・パイロットではない。宇宙に居ることのほうが少ないはずだ。

 ハシムが言った様にアベルを盾にして殴り殺す? 馬鹿か。アベルのシールドならたしかに数発は持つだろうけど……

 

考えている間に家に付いた。

 とりあえずアベルとローナに相談しよう。



「敵意が無いことを示して粘り強く交渉するしかないだろ」


 アベルが言った。

 

「交渉を続ける?出会い頭に問答無用で撃たれたらどうする?」


「手を上げて武器を持ってないことを示しながら話しかければ問答無用では撃ってこないと思う」


「思う……か、その予想が外れたら俺たちは死ぬことになる」


「まったく当てがないわけじゃない、俺たちとスタッグの関係自体はそこまで悪いものじゃなかった。良いものでもなかったけど、――あいつは急に態度を変えた。何か上納金を払えなくなる理由ができたんだ。相談に乗り、協力する姿勢を見せればいきなり撃ってはこない」


「……」


 粘り強く交渉を続ける。それは確かに正解の道なのだろう。俺が考えたどの案よりも現実的でベストな選択肢だ。

 しかし――スタッグが持った銃から放たれる魔力の弾丸が直ぐ傍を通り抜けていく光景を思い出す。

 もし、交渉の余地がなかったら? スタッグが俺たちを見つけたら即座に撃ち殺すと決めていたら?

 俺たちは死ぬことになる。

 退屈なシティから出て、宇宙を渡り、たどり着いた先は夢と冒険が溢れる理想の新天地からは程遠く、価値観が全く違う新しい街で命の危険に晒されながらここまで必死に生きてきた。

 まだ何もやっていない。何も成していない。

 ここで死ぬわけにはいかない。

 自分の命は1つしかなく、それを賭けるにはあまりにもリターンが少なすぎる。


「俺は、スタッグを殺すべきだと思う」


「レオ、スタッグを殺しても良い方向には進まない気がする。交渉をつづけよう」


「やつに命を賭ける価値はない、確実に殺せる方法を考えて暗殺するべきだ。」


「殺そうとして失敗したら向こうは確実に俺たちを殺すぞ、交渉なら失敗しても殺されない可能性がある」


「……」


「……」


 互いに譲らない。

 長い沈黙が場を支配する。


 アベルがため息をついて口を開いた。


「なら、どっちもためそう。俺が先にスタッグと交渉する、失敗したらお前がスタッグを殺せ。ただし、俺は殺しには関わらないぞ、レオ、お前が一人でやれ」


「いいだろう」


「何で大事なところで喧嘩するかな」


 ローナが呆れながら首を振った。



 俺とアベルは再び拡張区画に来ていた。

 アベルはいつも通りの格好で、俺はぼろぼろの外套とフードを纏い、浮浪者のような格好で手にはナイフを握り締めている。

 俺はスタッグの家の近くで待機し、アベルの交渉に耳を澄ます。アベルの交渉が決裂したらアベルはスタッグの家のドアを開け放って不機嫌そうに足音を鳴らしながら出て行く、面倒な奴が去ったと油断してドアを閉めに来たところで俺が素早くスタッグを刺殺し、家財から金目のものを回収する。そういう手筈になっている。


 アベルがスタッグの家の戸を叩き、家の中に入っていったのを確認してから俺は窓からは見えない位置にある家の壁にもたれかかった。



 アベルが出てきた。アベルは俺に向かって口の端をゆがめながら親指を立てた。

 上手く笑えていないところをみるに完璧ではないだろうが、とりあえず交渉はうまくいったようだ。

 自分の格好と、先ほどまでの人殺しの決意が馬鹿らしく感じられてため息をついた。

 結局、おれは余計なことしかしてないってわけだ。アベルに頼りきった生活を変えようと決意したばかりなのに、なんて無様なのだ。



 家に帰って、アベルに詳細を聞く。

 

「で? 交渉はどうなった?」


「とりあえず撃ち殺されはしなかった」


「見ればわかる」


「スタッグの母親が病気らしくてな、普通の医者じゃあ直らないんだと。」


「病気?」


「ああ、テネスリージョンのステーションで妙な光に触れたらしくてな、それ以降体の調子が悪くて医者に見せたところ連邦中央クリニックにいかないと直せない上にこのままだと長く持たないと言われたそうだよ」


「連邦中央クリニックってことは……」


「ああ、遠いし、金がかかる。スタッグは店も私財も全部売り払った金を母親の入院費に使ったらしい」


「じゃあスタッグは金を一切持ってない?」


「ああ、残ってるのは飲み代にもならないスタッグが住んでるぼろぼろの小屋だけだ」


「なんてこった」


「実際にスタッグの家の中を確認したが残ってるのはぼろぼろの机と椅子、腐りかけの棚だけだった。あとは銃といくつかのジャガイモがあったけどそれを売っても当然だけど上納金には届かない、ハシムが自分の懐にいれる分をかさ増ししているせいで尚更にな」


「スタッグを奴隷として売り払う」


「売れないだろうなあ」


「どうする?」


「俺たちの貯金を上納金として出そう」


「そしてコア・パイロットへの道が遠ざかると」


「しょうがないだろ」


「しょうがない? お前はスクラップの山に埋もれて生涯を終える気か?」


「しょうがないだろ! ハシムはこの家を知っている。上納金を回収できなければ俺たちを殺してローナを奴隷として売り払う。あいつはそういう奴だ!」


「そうかよ、じゃあこの家で愛しのローナちゃんと一生ちゅっちゅしてろ。お前はコア・パイロットになれなくてもそれで幸せなんだろ?」


「てめえ!」


俺とアベルはヒートアップする。


「喧嘩しない!」


「っくっ!」


「いてえ!」


ローナの拳が飛んできた。


「お金ならまた稼げばいいでしょ? 1年とちょっとの貯金なんて大したことないじゃないか」


「そういうわけにはいかない、何か問題があるたびに俺たちの貯金を崩してハシムの機嫌を取っていたら俺たちは一生船なんて買えない」


ローナに反論し、考える。

 どうすればいい?


「アベル」


「何だよ」


「ハシムを殺そう」


「本気で言ってるのか」


「本気だ。あいつが上納金をアジトに持っていくところを襲って殺そう。全ての上納金を盗れば船をけるだけの金額になるかもしれない」


「……」


「モーティスハンドのアジトは1番ドックに隣接しているけれど、ハシムは飲み屋街から1番ドックに向かう道を使わずに橋を渡る道を使うだろ? あの道はモーティスハンドのアジトかリサイクル場にしかつながってない。人通りは多くない筈だ。そして橋の下の水路には泥ワニが居る。死体は残らない」


「反撃されたらどうする? 勝てるのか?」


「橋の上で挟み撃ちにすれば良い、一人が奴の進行方向に姿を現して注意をひきつけている内にもう一人が背後から刺せば良い」


「本気なんだな?」


「ああ」


「少し考えさせてくれ」


「俺は、この宇宙を自由に飛びたい。飛ぶための翼がほしい。その翼が黒く穢れていても飛べれば良い。飛ぶことができれば、少なくとも今よりかはましな景色を見ることが出来るかもしれない」




----------




 俺はぼろぼろのフードと外套を纏って橋の上で欄干に背をもたれ、座り込んでいる。手には酒瓶、完全に酔っ払いの浮浪者だ。

 ハシムが歩いてくるのが見えた。

 上納金が入っているであろう袋を手に持った状態で。

 俺はのこったわずかな酒を飲み干すふりをしてふらふらと橋の中央に進む。

 そこで大げさにえづきゲロを吐く振りをした。


「邪魔だ酔っ払い! ったく」


ハシムが俺を蹴り飛ばして追い払おうとする。

その背後からアベルがナイフを持ってハシムに向かって走る!


「ん? ……!」


 足音に気づき振り返るハシム。

 アベルの手にナイフが握られてるのを見ると袋を落とし横に移動しながら素早く銃を構える。

 俺が罠だと気づき前でも後ろでもなく横に距離をとりながら銃を構えるのを見るにやはり荒事にはなれている。

 でも、気づくのが少し遅かった。ナイフを持って迫るアベルより酒瓶と取り出したナイフを構えて迫る俺のほうが近いのを見てあわてて俺に照準を合わせようとしたが俺の酒瓶がハシムの顔面を捉えるほうが速い。

 酒瓶が砕け散るがハシムは顔面の衝撃に耐え、俺に向かって銃を発砲する。とっさの魔法で防ぐが一発の弾丸で魔法の盾は砕け散り、痛みと衝撃が襲う。

 ハシムが魔法を使えるという話は聞いたことが無いが、酒瓶で顔面を殴ったときの感触は魔力の盾で防がれたような感じがした。

 しかし、それは火事場の馬鹿力のようなものだったのだろう。

 左右から突き出された俺とアベルのナイフはハシムの腹に深く沈みこんでいった。



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