第2話 試験
5月になった。
今日はライトウィング・パイロット訓練校の試験日だ。
アベルと合流して訓練校の門をくぐる。
「見ろ! この筋肉! 完璧だ!」
アベルが上腕二頭筋を見せ付けてくる。
「ふっ。見ろこの筋肉の完成度を!」
俺も負けじと筋肉を見せ付ける。
骨と皮ばかりだった細い体が人に見せても恥ずかしくないレベルに肉がついた。
「ヘッヘッヘッヘ!」
「ハッハッハッハ!」
筋肉を見せ合い笑う変態2人。
そんなことをしていたら友人に見つかった。
「あ、アベルとレオだ!」
「げっ! サラとフィデール……ってことはエルネストの野郎も一緒か!」
アベルがいつも通りエルネストに敵意むき出しの反応をする。
「いい加減エルネストと仲良くしてあげなよ」
「エルネストはトイレだ。お腹が痛いらしい」
「何だ?あいつ意外とメンタル弱いのな」
アベルはフィデールと話し始めた。
「レオ、試験受かりそう?」
サラが話しかけてきた。
「ああ、俺とアベルでずっと特訓してたからな。受かる可能性はあるんじゃないかな」
「ホント!? 良かったぁー心配してたんだよ?」
「悪いな」
「ううん、ちゃんと受かってよ? 私、5人でパイロットに成りたいんだからね」
サラと話していたらエルネストが青白い顔でふらふらと歩いてきた。
直ぐにアベルがエルネストに絡む。
「よおエルネスト、どうしたんだお前、臭うぞ」
「何ぃ!」
鼻を自分の尻に向けて臭いを嗅ごうとするエルネスト。
「冗談だよ、面白いなお前」
「アベル! 君という奴は!」
「やめなよもう……試験始まるよ」
筆記試験が終わった。
まあまあ良くかけたと思う。
次はシミュレーターを使った試験だ。
シミュレーターでいきなりライトウィングを素人に飛ばせというのだからなかなか厳しいように感じるが、筆記試験、シミュレーター試験、体力試験、面接試験の内の一つであり、配点もそこまで高くはないと聞く。
練校のパンフレットにはシミュレーターを使った試験のことが記述してあり、シートベルトのつけ方、システムの起動のしかた、基本的な操縦のしかたが書いてある。
最低限の予習をしているかどうかを確かめるのだろう。
ヴァーチャルトレーニングルームに案内され、コクピットを模した座席に座った。
一つの部屋に8つのコクピット
4つのコクピットに一人の試験官がつく形だ。
俺の担当は若い女性の試験管だ
エルネストとサラの姿があった。
エルネストは先ほどまでの青白い顔がうその様に鋭い眼光で他の受験者を睨んでいる。
アベルとフィデールは次だろう。
シートベルトをつけ、ヘルメットを装着する。
勉強した手順を思い出しながらシステムを起動した。
パンフレットに書いてあったシミュレーターの操作法はアベルと一緒に何度も勉強した。
手順を頭に叩き込んだ。
実際にシミュレーターを使って練習することはできないが、ライトウィングのゲームを買ってなんとなくでも感覚を掴もうと練習した。
シートベルトのつけ方、システムを起動する手順、全てを細かく試験官が観察しているのがわかる。
機体の種類を選べるようになっていた。
10種類ある。
底面に槍をつけた機体、主翼の先端にブレードをつけた機体、強化装甲に覆われて硬いけど遅そうな機体。
機体の上部にブレードが突き出た青色の機体を選んだ。
ライトウィングのレースには様々なレギュレーションがある。ミサイルも故意の接触ももオーケーなもの、ミサイル禁止で接触だけはオーケーなもの、ミサイルも故意の接触も駄目なものなどがある。
ミサイルの使用や故意の接触はセーフティエリアを出るまでは行えない。
スタート地点からコースの4分の一まではセーフティエリアに指定されている。
これは開幕の密集した状態でミサイルをつかったり、接触をおこなったりしたら大惨事になるからだろう。
この試験はミサイル禁止で故意の接触は可能となっていた。
ミサイルが禁止なのは初心者にミサイルを避けさせるのは酷だからだろうか。
かといって故意の接触も禁じないのはライトウィングがそんなに甘いものではないことをわからせるためだろう。
ボタンが何もない操縦桿を握る。
操縦桿にボタンは必要ではない。
ボタンがなくてもリンク・システムを使って直感的に機体を動かすことができるからだ。
操縦桿に触れるだけでリンク・システムは起動する。
リンク・システムが意識とヴァーチャルの機体を同化させていく。
自分の手がライトウィングの主翼になったかのような感覚。
シミュレーターではあるが、リンク・システムは本格的なものだろう。
ヴァーチャルの、存在しないはずの風を感じる。
俺の瞳にはヴァーチャルの飛行コースが映し出されていた。
巨大な岩が転がるレース場。
実際にシティの湖の横に設置されたレース場だ。
地上に設置された門を順番にくぐっていかなければならないため超低空飛行でのレースになる。
横には7機のライトウィングが並んでいる。
その中にはサラとエルネストもいるはずだ。
ヴャーチャルで実際にレースを行って適正を見る試験だ。
緊張する。
「3……2……1……初め!」
「……!!」
明らかにスタートダッシュが他より速い機体が3機いる。
機体に名前がかいてあるわけではない。
隣のコクピットを覗き込めるようにもなっていない。
でも、わかった。
前に飛び出していった3機の中にサラとエルネストがいることを直感した。
なんとかして追い着きたい。
危なっかしく空に揚がった俺の機体が前に出た3機に追い着こうと翔けて行く。
距離の差は縮まらない。
1機、俺の横を抜けていった。
あわててカーブの外縁に膨れたところをさらにもう1機抜かしていった。
順位としては6位だ。
平均以下の順位だ。
せめて4位にはなりたい。
カーブを曲がった先の直線で思いっきり加速した。
途中で抜かしていった2機を追い抜き、次のカーブ手前で減速する3機に追い着く。
U字型の急なカーブだ。
減速が間に合わないことを悟るとバーニアを吹かしたまま機体を急な角度に曲げる。
天と地が逆さになりそのままぐるぐると回りだす。
コースに設置された柱をかすり、錐揉みしながら機体が吹き飛んで行く。
コントロールを失った。
このままだとどこかにぶつかる。
技術も何も無く、障害物が無い方向、空へと意識を向けてバーニアを吹かした。
機体がある程度まで上がったところで体勢を立て直した。
コースへ戻っていき、チェックポイントに置かれている門をくぐる。
今の順位は5位だ。前方には黒い機体、それから大きく離れて1,2,3位の機体が固まっている。
大分時間をロスしたと思ったが、後方の機体が俺の吹っ飛びっぷりに驚いて操作を誤ったのか俺の後ろに飛んでいる機体はもういなかった。
前の3機の順位は変わらない。
白い機体が戦闘を走り、赤、緑と続いていく。
さっき見たときも白、赤、緑の順だった。
このまま3位までの順位はほぼ確定だろう。
そう思ったら緩いカーブで白い機体が外周にそれた。
操縦ミスだろうか。
違う。
罠だ。
カーブをお手本のようなきれいな減速で曲がっていく赤い機体に白い機体が迫る。
白い機体は主翼の先端に強化装甲がついている。
白い機体の狙いに気づき、機体を回転させて下部から突き出た槍を白い機体に向ける赤い機体。
ぬるりと、滑らかに回転した白い機体は槍を避け、強化装甲を赤い機体に叩きつけた。
白い機体は上に弾かれ、赤い機体は下に弾かれ落ちていく。
巻き込まれないように2機の外側から大回りした緑色の機体を置いて白い機体は差をつけてゴールに向かって進んでいく。
赤い機体は回転しながら落ちていって、地面のぎりぎりで一瞬止まり、体制を立て直したように見えたが、地面にぶつかり航行不能となった。
前方の戦闘を見て触発されたのか直線で追いつき併走していた黒い機体が白い機体の真似をしてカーブで少し外周にそれ、前に出ようとする俺の背後につき、タックルをしかけてくる。
黒い機体は先端に長いブレードがついている。
「ハッ! そうはさせるか」
俺はバーニアを切った。
推進力がなくなった事により重力に従い下降と減速が行われる。
黒い機体は俺の機体の上を通りすぎるように前に出て、俺の機体の上部にあるブレードに切り裂かれた。
黒い機体のシールドがダウンし、脱出システムが作動する。
箱のようなものが黒い機体から飛んで行き、
「(パイロットが脱出するところも再現しているのか、細かいな)」
操縦者が居なくなった黒い機体が俺の上に落ちてきた。
「えっ?」
次の瞬間、俺は地面にたたきつけられていた。