第0話 それは憧れ
それは星より眩い英雄譚だ。
星の明かりに照らされながら本を読む。
ときたま通りがかる軍人が怪訝な顔でこちらを見てくるが気にはしない。
物好きしか訪れないようなシティ外縁部の通路で星々の明かりで輝く頁をめくる。
珍しい紙媒体の本。
そこに綴られているのは美しい姫を救い出すために魔物と戦う騎士の物語。
国を救い、姫を助け出し、人々に称えられる英雄の物語。
ただの一兵卒であった騎士が国を、姫を救い出すために剣、魔法、知恵、人徳を使って魔物を倒しやがてたどり着く強力な魔王を撃ち滅ぼし最後には姫と結婚して王になる話。
古い物語だ。
とても古い物語。
子供でさえ読みはしない。
そもそも今、このシティではほとんどの人間が連日連夜行っているライトウィングの大会に注目していて、何かの物語を読みふけるような奇特な人間は圧倒的少数派なのだ。
その少数派の創作物マニアの間でもここ最近の流行は、荒廃して崩壊寸前のシティから脱出して安全なシティ、つまりここラダンシティを目指して可愛いヒロインと遺跡マニアのナード主人公が旅をする話だ。
遺跡、あるいは歴史マニアのナードが失われた長距離航行技術を発見してシティからヒロインを連れ出し愛の逃避行をしたり、失われたハッキング技術やウィルスを見つけだしてそれで悪い支配者層の悪事を暴きだしシティを良い方向に導いたりする物語。
剣と魔法の英雄が紡ぐかび臭いファンタジーなど誰も話題にはしない。
わかりやすい英雄像を望む人間は今目に見えるライトウィングパイロットのほうへ向けられている。
つまり、シティの人間が寄り付かないような場所で誰も読まないような物語を読んで、誰も行きたがらない外の世界に憧れの視線を向けている俺は変人の中の変人だろう。
いや、そんなに変人ではないだろう。
英雄願望なんて年頃の男子であれば誰しもが持っていてもいいようなものだ。
シティの男子が持つ憧れはライトウィングパイロットに向かっているだけだ。
俺が皆と違うのは外の世界を知っているからだろう。
俺の父親は外の世界の人間だ。
失われたはずの長距離航行技術によって作られたエンジン、長距離航行実現に必要な希少鉱石を使った宇宙船でこのシティに来たのだ。
父は外の世界について多くは語ってはくれなかった。
それでも外の世界には魔法があり、魔物が跋扈していて、美しい姫を救い出すような英雄譚が現実に存在することを教えてくれた。
その話をするときの父の複雑な表情。いつも最後に付け加えられる外の世界は危険で恐ろしい場所だという話から、外の世界が決して甘い世界ではないことは分かっている。
――それでも、それでもそこには美しい英雄譚が存在するのだ。
仲間達と力を合わせ、知恵と勇気でスリル溢れる冒険を切り抜け、美しい姫君に求婚される可能性がそこにはあるのだ。
ここから見えるあの星々の先に、その英雄譚は実在するのだ。
――ああ、あの美しい輝きの先へ、飛んで行きたい。