聖騎士ユールセフと百二十五の堕落した魂
この物語には、小説家になろうにおいて不正に評価ポイントを取得する「相互評価クラスタ」の人たちにとって不愉快な内容を含む恐れがあります。
その世界の南大陸の中央を領土とする、宗教国家ウラフレスト。
その首都の第二神殿で、一人の聖騎士が神聖なる任務を受諾していた。
神殿の奥まった一室。
ここには信者のあつまるホールにあるような壁画もなければ、華美な装飾もない。
それでいてそこは神殿の中でも重要な区画の一つだった。
預言の代弁者が聖騎士に聖なる任務を託す儀式に使われる部屋だからだ。
「聖騎士、ユールセフであるな?」
預言の代弁者が口を開いた。
「はっ、聖騎士の召しを受けております、ユールセフにございます」
若き聖騎士、ユールセフははっきりとした声で答えた。
この国の人間としては珍しい黒髪だ。
その髪は短く、その顔つきは見る者に重厚な印象を与える。
彼の心の優しさは、その顔つきからはうかがい知れない。
長い紫のローブを着た、予言の代弁者は、黄金の装飾が凝らされた杖で床を軽くたたき、
「これより預言者評議会からの預言と、それに関する任務を与える」
そう宣言した。
ユールセフはしきたりに従い、代弁者の前に跪き、無言で言葉を待っている。
「預言によれば、我々の住むこの世界と違う世界から、百二十五人の『赦し無き者』が訪れる。その百二十五の全てについて、命を天に還すか、その死を確認すること、これが与えられる任務である」
「謹んで受けさせていただきます」
「されど、油断するな。彼らは『魔の同胞』によって、彼ら百二十五人は、『異能』を贈られている。邪悪な贈り物だ」
「心します」
重い声でユールセフは答えた。
儀式を終えて、ユールセフは騎士宿舎に戻った。
三階建ての白いレンガの建物。
聖騎士と言う存在に華やかなイメージを持っている者から見れば、質素にも見える建物だ。
だが、質素であることも美徳の一つと考えるユールセフはその宿舎が嫌いではなかった。
自室に戻って机に座り、あの後別に渡された書類を確認する。
任務の詳細が書かれた書類だ。
ユールセフはそれに真剣に目を通していた。
ユールセフが書類を読み終えた時、ドアが控えめにノックされた。
「どうぞ」
ユールセフが許可を出すと、
「失礼します」
そう言って入ってきたのは聖騎士見習の少年だった。
「何の用かな」
ユールセフは無愛想に言ったが、表情は厳しくはない。
「ユールセフ様は今日、聖なる任務を授かったのですよね? お話を聞きたくて参りました!」
やはりそうか、とユールセフは思った。
そして一瞬、次のようなことを言おうかとも思った。
『何を浮かれているのだ? 聖騎士見習としての勤めは果たしているのか? 剣の修行、祈り、神学の勉強、やらなければいけない事はいくらでもあるだろう……』
しかし言わなかった。
聖騎士が聖なる任務を受けるという事は、そうそうある物ではない。ユールセフを一番慕っているこの少年が多少浮かれるのも、無理はないところではあるのだ。
ユールセフは少し微笑み、
「いいだろう、話そう。――私も、一度考えを整理したかったのだ」
喜びの表情を浮かべる少年に、ユールセフは説明を始めた。
「私たちの住む世界とは違う世界から訪れるもの、ですか?」
「そういう事らしい。彼らはその世界で堕落の罪を犯した。その世界の神は彼らを世界から追放することに決めた。それに目をつけた、我々の世界の『魔の同胞』が、彼らに『異能』を授け、この世界に誘ったのだという」
少年は考えるように、小さくうなずきながら、
「彼らはどのような堕落の罪を犯したのでしょうか?」
そう聞いた。
「具体的には預言の代弁者も語らなかったし、この書類にも書かれていない。しかしとにかく、不正を行う団体に所属し、団体以外のものに不利益をもたらした、そういう事らしい」
ユールセフはすこし首をひねりながらそう答える。
「よく分からないというのはもどかしいですね」
別にユールセフのしぐさを真似したわけではないだろうが、少年も少し首をひねる。
「そうでもない。我々聖騎士と言うのはただの剣。剣は屠る敵が、なぜ死ぬべきなのかを知らなくてもいい。剣はただ持ち主の意志によって、振るわれるのみ。――さて、出発するかな」
ユールセフの言葉に、少年は驚く。
「もう、任務に旅立たれるのですか」
「堕落した魂の物が、異能の力を与えられれば、どのような悪事を働くか分かったものではない。それが百二十五人もいるのだ。急ぐに越したことはない」
少年は一度何かを言おうとして、それを飲み込んでから、
「旅の無事を、ユールセフ様が無事に任務を果たされることを、お祈りします」
そう言った。
「――うむ、敬虔であれよ」
ユールセフはそれだけを言って、まとめてあった荷物を手に取り、部屋を出てそのまま出発した。
二日後。
ユールセフはある小さな村に到着していた。
一面に広がる畑の中に、民家が点在しているような簡素な村だ。
ユールセフが人を探すと、農作業をしていた農夫が、ユールセフを見て少し怯えているようだった。
「怯えないでくれ、聞きたいことがある!」
ユールセフは声を張り上げた。
農夫はびくっと身をすくめた。
「驚かせたのなら済まない! 私は聖騎士だ! 任務を果たすため、聞きたいことがある!」
それを聞くと、農夫はおずおずと近づいてくる。
「な……なんでしょうか……」
「異なる世界から来た『赦し無き者』を倒す任務のためこの村に来た。私の情報によれば奴らのうちの二人がこの村にいるか、居たはずだ。心当たりはないか?」
農夫は息をのんだ。
ユールセフは黙って答えを待つ。
やがて農夫は二度三度頷いて、
「この村の南の端、古い墓場の近く、昔貴族様が別荘にしていた館に、最近二人の若い男が住み着いていますだ」
そう言った。
「館に二人だけで住んでいるのか?」
ユールセフは敵の戦力を確認する意味でそう聞いた。
「いえ、あの二人はこの村に来たときには、女奴隷を何人もつれてましただ。それも若い女ばかりでしただ」
「女奴隷か? それだけか?」
身を守らせる護衛を連れているだろうと予想していたユールセフは、そう確認した。
「はい、あ、いえ、連れていた奴隷の中に、男か女かよく分からない幼い子供の奴隷も居ましただ、そういう意味では、男の奴隷もいたかもしれませんだ」
農夫はそう答える。
「幼い子供の奴隷? 奴らは何をしているのだ? 幼い子供の奴隷に何の価値があるのだ?」
「何をしているか、という事なら、飲んで遊んで暮らしているように思えますだ」
堕落の罪を犯した者にふさわしいな、とユールセフは思った。
「幼い子供の奴隷は何のために連れていたのだろうな?」
ユールセフは特に深い考えもなくそう聞いた。
「聖騎士様に、こんなことを言って良いものか、どうか分かりませんですが……」
おずおずと農夫はそこまで言って口を閉ざした。
「言うがよい」
情報を求めていたユールセフはそう言った。
「まあ、その、村のもんは言ってますだ。あの幼い子供の奴隷を、ほかの女奴隷と同じ用途で使っているなら、それは大層罰当たりなことですが、あの怪しい二人なら、それもやりそうな事だと……」
ユールセフの表情が硬くなった。
「も、申し訳ありませんだ!」
あわてて頭を下げる農夫。
「いや、よい、お前に罪はない。しかしもしその通りなら、それはまことに邪悪なことだな」
「はい!」
「最後に聞いておきたい。その二人、どのような戦いの技を持っているか、分からないか」
「はあ、実は、村の若い者があの二人を追い出そうとして、殺されましただ……」
農夫の目に涙がにじんでいた。
ユールセフはしばし無言だったが、
「その若者の魂に安らぎが訪れるよう、わたしも祈ろう。その二人を倒した後になるが。それで、その若者はどのように殺されたのだ? 剣か? それとも?」
農夫は流れる涙をぬぐってから、
「それが、見た者の話によると、奴らの片割れが、手から黒い稲妻のようなものを出したと。その稲妻に撃たれた若いのは、たいそう苦しんで、のた打ち回っておっ死んじまいましたと……」
「黒い稲妻か。答えてくれないか、その殺された若者の体には、どのような傷跡が残っていたか?」
「それが、体に傷はついておりませんでした。きっと、体の中から焼かれるか、傷つけるかする、邪悪な魔法ですだ」
「そうか。話をしてくれたことに感謝する。私にできることは、その二人を倒すことしかないが……」
無表情でそれを言うユールセフに、
「それさえしてくれれば、この村はまた、良くなりますだ」
農夫はそう言った。
「そうか、では待っていてくれ、そしてできれば我らが神への信仰を強く持つように。神は我ら全てを愛し、見守っているのだ」
ユールセフは心から信じていることを言った。
「そうします、きっとそうしますだ」
「では、さらばだ」
そう言って、ユールセフはその場を立ち去った。
農夫はユールセフがその背中に、先端が丸まっている変わった形の両手剣を背負っているのを見た。
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館の一室で、一人の男が5人の奴隷少女を侍らせてセックスをしていた。
男は脱色した茶髪で、やや肥満気味。
奴隷少女たちは鎖つきの首輪をつけられている以外、一糸まとわぬ全裸である。
行為を終えて、男はしばらくけだるそうにしていたが、ふと手を宙にかざし、そしてその手に黒い稲妻を発生させた。
小さな黒い稲妻が、ぱちぱちと音を立てながらその手にまとわりついている。
「ヒィッ!」
奴隷少女の一人が悲鳴を上げる。
その黒い稲妻の手で、少し触られただけで、とんでもない苦痛を味わわされることを、この奴隷少女たちは全員身をもって知っているのである。
「1番と2番、それから4番と5番」
男は奴隷少女たちを番号で呼んだ。
「はい!」
返事をする四人。
「3番を押さえつけろ」
その命令を聞いた奴隷少女たちが戸惑った一瞬に、3番の首輪をつけられている奴隷少女は、部屋から逃げ出そうとした。
黒い稲妻が伸び、彼女を撃った。
「ギャアアアアアア!」
彼女は可憐な少女のものとは思えない、獣じみた悲鳴を上げ、のた打ち回った。
それでも、這いずるようにして、部屋のドアの方へ逃げようとする。
「早く押さえつけろ!」
男はいら立ちを隠さずに怒鳴りつける。
四人は恐怖に突き動かされ、3番の奴隷少女をつかまえた。
男の前で押さえつけられた3番の奴隷少女。
怯え、震えながらも、気丈に男の方を睨みつけてる。
「お前さあ、ご奉仕にやる気がないよね。嫌々やってるって感じ。何でなの? お前、不良品なの?」
奴隷少女は口を一文字にして開こうとしない。
「何とか言えよ!」
男は稲妻をまとった指で少女の顔面を突く。
「アガァッ! ……ッ、クッ……」
少女は痛みに身悶える。
首のあたりの筋肉が痙攣するようにびくびくと動いていた。
「はぁっ、はぁっ、……あんたが……」
少女は苦しい息をしながら、そう喋りだした。
「あん? 何だ?」
恫喝するような声を出す男。
「あんたが! あたしの妹を殺したから!」
少女は血を吐くような声で、叫んだ。
「んー? 何言ってんだ?」
男は本当に分からない様子で、そう言った。
「あの、ご主人様、それは、9番ちゃんの事かと思います」
奴隷少女の一人が、そう口をはさんだ。
「あーあのチビ! あれ別に俺が殺したわけじゃないじゃん、勝手に自殺したんじゃん、舌噛んでさ」
「あんたが、レイプしたから! だからあの子は死んだんだ!」
それを叫ぶと、3番の奴隷少女は目を閉じ、うつむいて涙を零した。
「奴隷相手にレイプとかあるの? 奴隷の体ってご主人様のものだろ? どうしようと自由。それをレイプとか人聞き悪いなあ」
男は心外だという風にそう言った。
「あの子は……あたしもだけど……奴隷に落とされて間もないのに……あんたは! 嫌がるあの子を無理やり! それも、みんなが見てる前で!」
「うるせえな」
男は、黒い稲妻をまとった指を、その奴隷少女の乳首に近づけた。
「うっ……」
少女は恐怖から身をよじって逃れようとするが、4人に押さえつけられていてはほとんど無意味だった。
「ギイイイイイイアアッ!」
少女は長い悲鳴を上げ、がくりと体を落とした。
びくん、びくんと体が痙攣していた。
「まったく自殺とか迷惑だよねー、こっちは金出して買ったのに。大損害じゃねえか。躾がなってない、ってそうか、奴隷になって間もないのか」
男は独り言のようにそう言い、
「まあわかったよ、お前、ろくに調教されてない粗悪品なんだな?」
靴で少女の顎を小突きながら、そう言った。
「殺せよ! あたしを殺せ!」
憎しみを込めて少女はそう吠えた。
「ばーか、殺さねえよ、俺がこれから調教してやるから感謝するんだな! ふん、ちょっと楽しみだぜ」
「おーい、ジュンちゃん、ちょっと入るぜ」
ドアを開けて、男が部屋に入ってきた。
長髪でやせ気味の男だが、顔つきはどこか幼さが残る、頼りなさそうな印象の男だ。
手には鎖を持っていて、その鎖には3人の奴隷少女が繋がれていた。やはり彼女らも全裸だった。
「何だよトシ」
いいところだったのに、と言わんばかりの態度でジュンと呼ばれた男は言った。
「いや、ここにいるよなって思って」
トシと呼ばれた方の男は不思議そうにそう言う。
「はあ?」
「一階の方から足音が聞こえた気がして。だからジュンちゃんここにいるよなって思って、確認しに来た」
ジュンは部屋を見回し、奴隷の数を数えた。
「俺にお前に、1番から8番。全員居るな」
「泥棒かな」
トシは心配そうな顔でそう言った。
「こないだみたいに俺らを追い出そうとしてるやつかもな。まあ、俺の魔法で返り討ちさ」
得意げに、ジュンはそう言った。
「頼むぜ! じゃあ、俺はこの3人と続きを……」
楽しげにそう言いかけたトシは、言葉を切った。
「どうした?」
怪訝な表情をするジュン
「やっぱり足音が……」
そう言い、トシは耳に手を当てた。
コツ……コツ……。
確かに足音が聞こえた。
この部屋に近づいてきているようだ。
「まかせろ」
ジュンはそう言い、右手に纏う黒い稲妻の量を大幅に増やした。
「……最大出力だぜ」
自信ありげな表情を見せるジュン。
足音が部屋の前で止まり、
コン、コン。
ノックの音がした。
「どうぞ?」
ジュンは邪悪な笑みを浮かべて、そう言った。
ドアが開かれる。
ドアを開けたのはあの聖騎士、ユールセフだった。
ユールセフは何かを言う間もなく、黒い稲妻に撃たれた。
ドアの前にひざをついてしまうユールセフ。
「死んだか?」
トシが怯えたようにそう言う。
「最大出力だぜ、死んでないまでも、体は麻痺して……」
ジュンの言葉が途中で止まった。
ユールセフが、ゆっくりと立ち上がったからだ。
「ご挨拶だな。まず間違いないと思うが、確かめさせてもらおう」
威厳のある声で、ユールセフはそう言った。
「た、確かめるって、何をだよ!」
トシが虚勢を張るように怒鳴る。
「わたしの目標は『赦し無き者』のみ、お前たちがそうであるのかどうかを、確認する。」
ユールセフは背中の両手剣を抜いた。
普通の剣なら鋭くとがっている剣先は、丸くなっていて、戦いに向かないようにも見える。
しかし、その重そうな剣で斬られれば、例え刃がついていなくても重傷は免れないだろう。
「や、やるのか!?」
ジュンが右手に黒い稲妻をまとわせ、吠える。
「まずは確認だ」
ユールセフは剣の切っ先をジュンに向けた。
剣がわずかに赤い光をまとった。
そして、剣の腹に刻まれている百二十五の小さなくぼみの一つが、赤く光った。
ついでトシの方にも剣の切っ先を向けた。
やはり剣が発光し、先ほどとは違うくぼみが赤く光った。
「な、何なんだよ!」
トシが怯えた声で言う。
「確認は済んだ。異世界から来た『赦し無き者』で間違いないようだ。貴様らを倒す」
ジュンは、無言でもう一度黒い稲妻の奔流を放った。
バチイッと音がして、それがユールセフの体にはじける。
だがユールセフは、今度はひざも床につくことなく、耐えた。
一瞬動きを止めたのみで、一歩一歩ジュンに近づいていく。
「何でだ! 何で効かない? 俺の力が弱くなったのか? あ」
ジュンは後ずさりながら、あることを思いついた。
部屋の隅で怯えている奴隷少女の一人に、黒い稲妻を放ったのだ。
「ギャアアアアアア!」
絶叫してのた打ち回る奴隷少女。
やがて、その奴隷少女は脱力し、ひくひくと体を痙攣させるだけになった。
「ちゃんと効いてるじゃん! って言うか殺しちゃったか?」
混乱した様子のジュン。
「まあ、そんなのはまた買えばいいじゃん! それよりこいつ何なの!」
トシは明らかにユールセフに恐怖している。
「トシ! 場所を変えよう! 墓場まで行くぞ!」
ジュンはそう叫ぶと、ユールセフが入ってきたのと反対のドアを開け、部屋の外に出て行った。
「OK!」
トシもそのあとを追った。
ユールセフは奴隷少女たちを一瞥したが、興味なさそうに二人の男を追った。
円筒状の墓石が立ち並ぶ墓地に来た。
二人の男は、墓地の中央でユールセフを待ち受けていた。
ユールセフは堂々と彼らに向かって行く。
黒い稲妻がユールセフを襲うが、それは一瞬彼の動きを止めるだけのようだった。
「くっそー! 何で効かねえんだ!」
「もしかして無茶苦茶、HP高いんじゃね、あいつ?」
二人の男はあわてた様子を見せている。
一歩一歩近づくユールセフ。
「こうなったらトシ、頼むぜ!」
「お、おう、最大パワーでやってみる!」
トシは大きく息を吸い込み、地面に両手を当てると、勢いよく立ち上がり、両手を天高く掲げた。
ゴゴゴ……と地面が揺らぎ始める。
ユールセフはあたりを警戒しつつも、足を止めない。
地面の何か所かが、ボコッと盛り上がる。
そしてそこから土をかき分けて出てきたのは、死者たちだった。
骨だけになっている者。
まだ腐肉をまとっている骨。
比較的新鮮な死体。
それらがうめき声をあげ、地をさまよい始めた。
ユールセフは嫌なものを見たとばかりに眉をひそめた。
「死者たち! その男を襲え!」
トシの命令を受けて、全ての死者がユールセフに向かった。
「……先に倒しておくべきは、貴様であったか」
ユールセフはつぶやく。
そして重い鎧に重い剣を持っているにしては驚異的なスピードで、トシに接近する。
「うわあっ、死者たち、俺を守れ……」
その言葉を言い終わった時には。
ユールセフの剣が、トシの体を両断していた。
不幸なことに、彼は即死できなかった。
「うぐえええええ」
下半身を失った痛みに、上半身がのたうつ。
「な、なんで、こんな事に……俺はただ……」
声はほとんど消え入りそうだった。
「……そんなぐらいの……あ……」
いいたい事も最後まで言えなかった様子で、彼は絶命した。
「な、何なんだよ!」
ジュンは後ずさりながら、怯えた声で叫んだ。
トシの体から、煙のようなものが立ち上る。
それはユールセフの剣に吸い込まれるように動き、煙が消えると、剣の腹の百二十五のくぼみの一つに、青い光がともった。
「一つ」
ユールセフは低い声でつぶやき、ジュンの方を見た。
「何なんだって聞いてるんだよ!」
ジュンは怒鳴った。
「この剣か? 今回の任務のために授かった。処刑人の剣だ」
ユールセフは歩みを止めずに答えた。
動く死者たちは、守るべき対象を失って、あてもなく歩いている。
「何でおれを処刑する!? 俺が何をしたって言うんだ? 奴隷に何をしようが勝手だろう!」
「勝手だな」
ユールセフは興味なさそうに答える。
「じゃあ! 何でだよ!」
「罪を犯してもと居た世界を追放されたのだろう? 神の御許で、自分の罪について理解しなかったのか?」
ジュンは一瞬虚を突かれたような顔をした。
「……あれかよ! あれは、おかしいだろう! 相互評価クラスタが何だよ! そんなに悪い事か? 世界を追放されるほど? おかしいだろう!」
「わたしは貴様が罪を犯した事を知っている。その罪の詳細は、私が知る事ではない」
「まて、話を聞いてくれ! 相互評価クラスタは運営公認なんだ! 運営はそう言うのがあることを知ってるけど、処罰しないんだ! だからセーフ、というか合法、むしろ正義なんだ!」
ユールセフは目を細めた。
怒りの現れなのだが、ジュンにそれに気づく余裕はない。
「正義と言ったか」
「そう、正義、するのが正しいんだ! しないのはただのバカ、俺らの実力をひがんでる奴らが……」
「処罰がくだらないことを、正義と呼ぶのなら、誰にも知られずに人を殺しても正義か? どうやら、貴様の魂の堕落は本物のようだな」
怒気をはらむ声で、ユールセフは言った。
「何でだよ! じゃあなんで俺らは異能を与えられて、この世界に来た!? 許されてるからじゃないのかよ!」
「それは魔の同胞、つまり悪魔がしたことだ。この世界に混乱をもたらすためにな」
そう言い放ち、ユールセフは剣を振り上げる。
その時。
死者たちの動きが変わった。
半分はユールセフに狙いを定め、半分はジュンに狙いを定め、歩き始めた。
「な、何だあ!」
動転を隠すこともできないジュン。
「……命令の効き目が終わったか」
ユールセフは死者たちに目を向ける。
一体の、ほぼ骨だけの死者がユールセフに襲い掛かる。
対峙したユールセフは渾身の突きを放つ。
剣先の丸まった部分の打撃は、死者の肋骨の中央を打ち、その肋骨を広範囲に四散させた。
下半身だけになった死者が崩れ落ちる。
そのまま流れるように動き戦う。
重い両手剣は体の一部のよう。
旋風のように剣が回り、複数の死者を一度に屠る。
やがて、ユールセフに狙いをつけていた死者は全滅した。
今動いている死者はすべて、ジュンに向けて向かっている。
「くそっ、こうなったら! 限界を超えて最高出力!」
ジュンは両手に黒い稲妻をまとう。
そして勢いをつけて、死者にその奔流をぶつける。
しかし、死者は一切足を止めず、彼に向かっていた。
「何でだよう!」
涙目になりながら、ジュンは黒い稲妻を放つ。
まったく効果はない。
「ちくしょおおおおおお!」
そう叫んで放ったた黒い稲妻が最後になった。
ジュンは死者に頭から、足からかじられ、食われて死んだ。
「愚かしい」
ユールセフは素直な感想を漏らした。
「私にはともかく、死者たちに苦痛を与える魔法が効くものか」
ジュンに与えられていた異能、黒い稲妻は、純粋に苦痛のみを与え、時に人をショック死させる魔法だった。
ユールセフが何度も耐えたのは、純粋に彼の精神力ゆえであった。
ジュンの死体があった場所から、煙が立ち上り、ユールセフの剣に吸い込まれた。
剣の腹のくぼみに、二つ目の青い光がともった。
その後、ジュンを食った死者達を屠り、ユールセフがこの村ですべき事は終わった。
館の中。
8人の奴隷少女が、口々にいろいろなことを言ってユールセフを引き留めようとしていた。
「わたくしめをあなた様の奴隷にしてくださいませ」
「お礼をしたいのです、ご奉仕をさせてください」
そのようなことを言う彼女らに、ユールセフは言った。
「わたしは奴隷を必要とはしていない。奉仕と言うのが肌を重ねるようなことを言うのなら、それもできない。わたしが肌を重ねる女性は、まだ巡り会わぬ一生の伴侶のみだからだ」
「それでは」
奴隷少女の一人が言った。
「私たちはこれからどうなるのでしょう」
心配そうな表情だった。
「わたしは主人のいない奴隷を見つけたのだから、その奴隷たちは奴隷市場に送られるべきなのだ。わたしには奴隷を解放する権能はないし、ほかにできることはない」
ユールセフの言葉に、失望や安心の声どよめきが広がった。
「それでも、一つだけ、お願いがあります」
3番と呼ばれていた奴隷少女が、必死の声でそう言った。
「言ってみるがいい」
「妹の墓を、作らせてください。わたしの妹が、ここで死んだんです。せめて、お墓だけは……」」
彼女は涙ながらに訴えた。
「許そう」
ユールセフは言った。
「はっ……」
「墓を作ろう。死者は弔われなければならない」
「ありがとうございます!」
こうして、この村におけるユールセフの物語は終わった。
しかし、彼が残り百二十三の堕落した魂を回収するまで、彼の旅は終わらないだろう。