八
みんなで遅い朝食を摂り、トイレに行きたい者は行き、ひととき心が落ち着いたともいえる。食堂らしき広い部屋で、寛ぐとまではいかないが、気ままにお喋りを始める者たちがいた。
「厚焼きのクッキーなんだか、栄養ブロックっていうものなんだか、水気が無くてもそもそする」
「水なしでは食べられないわね」
「注文をつけたら好きな物が食べられるようになるのかしら?」
「そうね。黙っているうちに野菜ジュースとプロテイン飲料になったら嫌だわ」
大きな声が響いた。
「お気楽でいいわね!」
寿々子だった。お喋りをしていた一人が寿々子を睨んだ。
「何よ、ここから逃げられるかどうかも判らないのに、厳しいことを言っても仕方ないじゃないの。それとも町内会みたいなのを作って、あなたが仕切るつもりなの?」
「あなたは逃げられるか試そうって気もないの?」
寿々子は立ち上がっていた。
「化け物や、獣と化した男と遭遇したら怖いわよ」
「わたしだって怖いわよ。ただ、自分の置かれた状況が判らないまま受け入れるのは嫌よ。あなたは平気なの」
「平気じゃないわ。でもわたしたちの手で何ができるっていうの、教えて欲しいわ」
寿々子はがっくりと椅子に座った。
「さっき誰かが言っていたみたいに、きっと飼い殺されるんだわ。人類がほかの動植物にしてきたみたいにして」
沈黙が下りてきた。
真砂子は何も言えない。とにかく死にたくないが、危険なこともしたくない。ここにいて、少なくとも飢えや乾きの心配が無いのなら、しばらく様子を見てもいいのではないのか、そう思うのだが、口に出す勇気がなかった。
「真砂子ちゃん、どう思うの?」
寿々子が尋ねてきたが、言葉が出ず、口をパクパクさせるだけだった。寿々子は首を振った。
亜以子が控えめな口調で言った。
「水場とか、庭とか、どこまで自由に使えるか試したりするくらいはできるんじゃない。こうやって生活するに足るような環境にあるのだから」
「そうね」
と寿々子は疲れ切ったような言葉を返した。プールみたいなところで顔や体を洗ったら自分が寝ていた部屋に戻るわ、とふらりと立ち、食堂を出ていった。
何人かが寿々子と同様に部屋を出ていき、なんとか仲間を作ろうとお喋りを続ける女性たちもいた。
真砂子は深雪を誘い、林檎と水のボトルを持って、自分のいた部屋に戻ることにした。
もう一人同じ高校で見掛けていた、企世子という娘が近付いてきて、三人で一緒に二階へ行き、お喋りをしていた。不安を忘れるためのとりとめのない内容。
「テストがなくなったよね」
「格好つけているだけで、油と汗で臭い男子がいないのは嬉しいよね」
「親がいないのもうるさくないし、弟だって生意気なだけだもん」
沈黙が一番嫌だった。とにかく喋った。喉が渇いたり、疲れたりしたら、代わる代わる順番を決めた訳でもないのに、駄弁り続けた。
大分時間が経って、恐らくは夕方なのだろう。またガランと金属音が3回鳴った。廊下に三人で廊下に出てみる。ほとんどがあてがわれた部屋に籠もっていたのだろう。廊下に同じように集まってきている。
「また下に行ってみましょうよ」
階下の食堂にはまた新しく食べ物が補充されていた。ただ、置かれている物に変わり映えはない。