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CAGELING  作者: 岩崎都麻絵
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終章

 真砂子は虚ろな心のまま、服を着た。丁度鐘が三回鳴ったので、食堂に行き、食欲はなかったが、みんなして集まり、座った。一人でいるのは耐えられそうもなかった。だからといって目覚めの時の違和感を告白したいのとも違った。

 一人十三江だけが不思議そうにみんなを見ていた。彼の女は何事もなく目覚めたらしい。そうだ、十三江はまだ強制的なお見合いをしていない。だから今朝の出来事を共有していないのだ。真砂子は、みんな眠っているうちに体を触られたような変調を感じているの、と、十三江に告げた。もしかしから、人工授精と。

「お見合い相手と一緒になっていた方がよかったのかしら」

 と呟く者がいた。

 亜以子が否定した。

「いいえ、わたしはこれでいいわ。子種が何処の誰のだか知らないけれど、男と無理に一緒になるより、こっちの方がいい」

 あなたはそうだろうけどといった顔をしていたが、言わずに十三江は考え込んだ。

「一回でおめでた成功するかは別だし、今までの様子からして子どもができたら世話をしてくれるでしょう」

 亜以子の言葉に肯く者もいた。真砂子と企世子も、十三江も恋愛に関しては多少の幻想があるので、そうそう簡単に肯く気になれなかった。真砂子は深雪が羨ましくなった。深雪はどんな男性と会ったのだろう。きっと優しくて、悩みを聞いてくれるような男性だったのではないかしら。だから戻らず、男性といるのを選んだ。そしてその男性との子を産む。

 だが想像してみようとしても現実味を帯びては来なかった。やはりわたしは男性を知らないのだと、真砂子は思った。

「鮪や牛みたいに解体されないと判ったし、チェスの駒のようにゲームに使われない。わたしたちは繁殖用なのね。

 少しはロマンスを味わいたかったけれど、現実の男の人って女を見ると飛びかかってくのかしら」

 亜以子は慰めるように言った。

「それは真砂子ちゃんが可愛らしかったから、男の方が焦ったのよ。男はそういう所が駄目ね」

 企世子が言った。

「日本は少子化だとか、出産して子育てできる環境にないから当たり前だとか、色々言われているのに、日本人の浅知恵よりも、こうした訳の判らない存在に、子どもを増やすようにされてしまうのって、莫迦みたい」

 亜以子も真砂子も肯いた。

 大学で生物の研究をしていたという女性が語り出した。

「鮭は自分の生まれた川に戻り、子孫を残そうとする。その本能を利用して、人間は遡上してくる鮭を捕らえて卵と白子を採取し、受精させ、やがて孵化した稚魚の成長に合わせた世話をする。ある程度大きくなると、その稚魚を放流する。四年くらいのサイクルで、稚魚は成魚になって川に戻ってくる。それを捕まえて、と人間は繰り返す。

 鮭にとっては川を遡上し、縄張りを作り、相方を見付けて川底を掘って産卵、受精させて死ぬ。どんなに体がボロボロになっても、そうやって生きると頭に植え付けられているのでしょう。

 捕まえられて、人間の手で受精、放流された方が効率よく子孫を残しているのかも知れない。

 鮭という生物にとってどっちがいいなんて、誰も言えないわ。それに突然捕まえて、お腹を割いたり、生け簀を移動させられたり、鮭にとっては見えない存在にそうされているようにしか感じないでしょうね。

 わたしたち人間が戦争や公害などの不運をまき散らさず、絶滅しないように生かそうと誰かが考え付いたのかも知れない。それが、わたしたちの不幸かどうか、その誰かの知ったことではないように」

 真砂子は自分のお腹に手を乗せた。ここに子どもが宿ろうとしているのだろうか。自然にお腹が大きくなり、やがては赤ん坊が生まれてくる。生まれてきた子はどれくらい自分で育てられるかしら、一歳までなのかな。怖いけれど、自分の幼い頃の断片的な思い出から、母に可愛がられ、父に甘えていたのを知っている。そんな風に自分が子どもと過せたらいいとも心から思う。引き離されたくない。でも、赤ん坊が身近にいたことがないから、どう接したらいいか惑うかも知れない。その時は、保育してくれる人や介助してくれる人が現れるのだろうか。祖父のような人は赤の他人だったら困ると思う。家族だから、喧嘩したり仲直りしたりと暮らしてこられた。

 不自然な形で血縁関係を作り、それで種を残す。

 こんな状況を作った誰かは良いことをしていると信じている。誰のためのよいことかは真砂子たちに判らない。

「父親がいない、いつ間のにか妊娠した子どもとなれば聖人か英雄になると決まっているわ。だから平気よ」

 企世子が気力を取り戻そうと言い、みんなは可笑しがり、笑い声が漏れた。本当にそうなれば楽しい未来になるだろう。それだけが希望の細い糸のような気がした。

“cagelig”、籠の鳥を意味する英単語です。

 人間よりも高位の存在がいて、その存在が人間社会を見守っている、或いは操作しようとする、そんな物語がSFの古典的なモチーフであることは知っています。

 わたしは石ノ森章太郎の『サイボーグ009』の「天使編」や「神々との闘い編」で読んだ程度です。

 人間も動物の種類の一つとして、見えない手で生け簀の魚のように、籠の中を移動されられるひよこ、鶏のように突然扱われるようになったら……、の仮定で書きました。

 生け簀の魚やブロイラーが人間の存在をどれくらい認識しているか謎のように、物語の高位の存在を謎のままにしました。

 Absurd、不条理とキーワードに入れたように、理屈に合わぬ、滑稽な物語です。

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